La Lune Lunatique

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多分、どこにも正解はなく。

しばらく前に、「児童虐待」という理由で施設措置されていたわが子を、母親が待ち伏せして連れ戻した…というニュースがあった。それだけなら、未遂も含め、あちこちでけっこう起こっていそうな話だが、この母親がその後、オランダへ行って母子で生活を始めた、というのと、連れ戻しの際に協力したのが母親の実父のほか、「児童虐待を理由に施設や里親に措置された子どもと実の親をもう一度、一緒にさせるための活動をしている団体」のメンバーで、その人々が逮捕された、というのが耳目を集めたのだと思う。

オランダというのはちらっとネットで見る限り、割と、児童虐待においても施設入所措置をとらないまま、家族に関わっていくことが多いそうな。で、それが理由かどうかは分からないが、今回の母子も、オランダでは、一緒に暮らすことが認められたらしい。

赤の他人に暴力を振るわれた、なんて話とは違い、もとが、濃密な関係にある「親子」だ。単純に「もう絶対、顔も見たくない」とか「怖い」とか割り切れる間柄ではなかろうし、施設入所措置が是か非か、などというのも、簡単に結論付けられる問題ではない。そもそも、結論など出るときがあるのだろうか。ただ、「児童相談所が虐待を把握していたのに、子どもが死亡した」といったケースが現にある以上、いったん、親子を引き離す、という措置そのものは、現実的な選択肢の一つとしてありうるのが当然だ、とは思う。(家族再統合が不要だ、という気はない。)
ところで、今回、上記のような活動をしている団体は複数ある、と、ニュースに出ていたので、ちょっと検索してみたら、「児童相談所に虐待を捏造され、わが子を奪われた」とか、あるいは児童虐待ではなく、DVで、同じように、「ありもしないDVをでっち上げられ、夫婦が引き離された」とかいう<事態>(当事者の言い分としてはそのようであって、他者が見てどうなのかはここでは置く)に抗議する、子どもを奪い返そう、といったページが、なるほどヒットした。
それで吃驚したのが、これらの団体の言い分によると、そういう、<児童虐待の捏造>だの<DVのでっち上げ>だのが起こっているのは「フェミニストによる家族解体の陰謀に、児童相談所(DVの場合は配偶者暴力相談支援センターが、っつーことか)が染まりきっているから」なんだそうだ。児童相談所の職員も吃驚だろう。
バックラッシュがどうこう言われ始めたころから、「フェミニストは日本のよき家族を、ひいては社会を壊そうとしている」みたいな言説はよく見かけたが、まさか、こんな場所でリンクしてくるとは思わなかったよ。まぁ、DV防止法を所管しているのは(なぜか)内閣府男女共同参画局ではあるわけだが、なんつーか、現場の判断の苦悩を省みず(DVだって、結局、連れ添った情だの共依存だので、傍から見りゃひどい目にあってる人が、暴力を振るう相手のところへ戻っていってしまう、なんてのはよく聞く話)、フェミニストの陰謀のせいにしてりゃ、深く物事考えずに済んで楽でいいよな、というか、世の中の複雑さを、なんでもかんでも誰かの思想的陰謀のせいにしてしまうことで思考回路を止めちゃってる人が最近多すぎないか、みたいな脱力感がある。

「よき家族」とはなんであるか、は、人によって微妙に異なり、恐らく、正解はない。ある人にとって居心地のいい家族が、傍から見りゃ文句付けたくなるような形態である、ってことだってあるだろう。思想的に右の人も左の人も、他人の生活をとやかく非難すべきではない、と、私は思うけどな。
子育て、っつーのも、恐らく、どんな育て方でも、子はそれなりに育つのだと思う。「それなり」にどの程度を求めるのか、はともかく。
例えば、電化製品なんてなくって炊事に時間がかかって、着る服は全部、自前で縫わなきゃならなくて、で、農作業では男も女も働き手で大忙し、ってな時代には、多分、「私の子育てはこれでいいのだろうか」なんて思い悩む暇もなかった筈で、子育て論だのなんだのがこれだけ売れているのは、日本がそれだけ豊かになってゆとりが出てきたってことだもんな。
そうそう手をかける暇がなくても、年上の子どもやら近所の人やら色んな人のお陰で子どもはそれなりに一人前になっていった時代があった以上(ついでに言うなら、女は無知で愚かなんで、子どもの身の回りの世話はしていいけど子育てなんかすべきでないって時代もあったわな)、今の時代にそれを真似したって(近所の人はあんまり育ててくれないだろうけど)まぁ、多分、それなりに大きくはなる。そういう意味で、子育てに正解なんてモノはない。
ただ、人間は誰しも、生きている時代状況と無縁ではいられないので、あまりにも、現在「かくあるべき」とされる子育てからかけ離れたことをやっていると、「うちの親は愛情がない」と思われたりする可能性は充分あるだろうが。

まぁ、「かくあるべき子育て」にあまり振り回されず、あまりに教条的になりすぎることなく、その時々に最善と思われること、やれるだけのことをやるしかない、という、ありきたりの結論にしか結びつかない訳ですが。とりあえず、日々、家族全員楽しくあることが一番です。
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by mmemiya | 2009-01-20 22:29 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(5)
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Commented by at 2009-01-21 07:57 x
おひさしぶりです!
ワタシもこのニュース、食いつきました。
実際のところはどうなの?という疑問符が沢山ついてしまって。

虐待で親子が引き離されるというのは「よっぽど」なんだと
ワタシは理解してきたのですがそれは違うのか?どうなの?と。
だって第三者機関が判断するわけですからね。親子関係を。

子供側の言い分はどうなんでしょう。
母親は「やってない。言いがかりだ」といったところで
子供の本音を聞かないとただの「拉致」になりますよね。
そのあたりは十分子供の人権を無視していると思うのですが。

つまりやっぱり犯罪じゃね?という疑問です。
Commented by いさな at 2009-01-22 21:59 x
はじめまして。いさなといいます。
少し前にここにたどり着いて以来、ちょくちょく読ませてもらっています。確か邦楽関係の話題で飛んできたような。私は昔、地唄三味線を弾いていました。

私は今小さな子どもがいるので家にこもっている毎日で、世界全体どころかおよそ身近な出来事にも、自分で意識して集中しないと目や耳に入らないのですが、こういう状態のとき、「単純な」思想に流されやすくなることを身をもって感じています。
自分で考えてないと、誰かが考えてくれたことについ乗っかってしまう。それが自分が考えた末に得た「考え」とはまったく異なったものだとしても、疑うことをしなくなった頭には違和感すら湧かなくて。一つの問題でも、ちょっと目線を変えれば違った立場の人がそこに関わっているものなのに。
「思考を止める」。まさにそうそう、と頷いてしまいました。

現実を知ったところで何をどうすることもできないかもしれないけど、子育てにしろ世の中のことにしろ、自分以外のことに目を向けてあれこれ悩んだりううな垂れたりワクワクしたり、そういう「訓練」は日常的に必要なことだよなあ、と、mmemiyaさんのブログを読んでいて思いました。
Commented by mmemiya at 2009-01-22 23:40
夏さま
そうですねー、子どもを入所させる施設も里親も、絶対数が全然足りていないと思うので、そういう面からも、私も「よっぽど」だと思ってました。ただ、今回報道のケースでは、わずかな報道を見る限りでは身体面の虐待があった、とは書かれてないんですけどね。
子どもは、どんなにひどい親からでも、愛されたいのではないかと思います。引き離されて会えなくなるよりは、傍にいたいのではないかと。また虐待されるかもしれないけど、何かのきっかけで愛してくれるかもしれないから。引き離されてしまえば、その希望さえ消えるわけで。子ども側に「どう思う」って聞いたら「お母さんのところに帰れて嬉しい」と言うんじゃないかなー、って思っちゃうんですよね。だから、「子ども本人がいいって言ってるんだから一緒にいるのが一番」と言い切れないのが、この問題の難しいところなんじゃないかと思うんです。
Commented by mmemiya at 2009-01-22 23:47
あと、裁判所の判断で施設入所が決まったのを、「裁判所が間違ってる!」と自力で覆してしまうのは、それは日本が法治国家であることを否定してる、ってことですから、当然犯罪ですよね。極端な話、「こいつは私にひどいことしたのに死刑じゃなくて無期懲役なんて許せない!私が代わりに殺してやる!」ってのは、心情はともかく絶対やっちゃいけないことですからね。それでは社会のルールが崩壊します。警察はこの母親も逮捕したいんだけど、オランダとそういうルールができていなくて、現状、手が出せない、ってことですね。
Commented by mmemiya at 2009-01-23 00:58
いさなさま
初めまして。邦楽関係の話題が全然ないに等しいブログを、その後も覗いてくださってありがとうございます。私は三絃は全然弾けないのですが、三絃の音は大好きです。(ああいう、さわりのついた音ってのは、西洋音楽ではあまり聞けないですよね。)
絶対に、誰かと全く違うオリジナルな考え、ってのを持つのは、多分、人間誰だって無理で、みんな、誰かに大なり小なり影響されたりするものですよね。でも、たまには色々考えてみることも、きっと大事ですよね。自分と直接、関係なさそうなことでも。
日々の育児とか、あんまり突き詰めて考えすぎていると日常がまわっていかないでしょうけど(笑)。
ここは私が、時々、自分の頭を使ってみている場所、って感じですが、今後とも、ご縁があればよろしくお願い申し上げます。