La Lune Lunatique

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コミュニケーション能力の素地、って何よ?

最近、息子は、毎日、先生方が作られたと思しき、小さな一枚のプリントを宿題として持ち帰る。半分は国語(助詞の「は」とかの表記をやっている模様)、半分は算数で、今は引き算。で、出題されている問題を解くだけではなく、自分で問題を作って、自分でそれを解いたり、ってのも、余白でやるといい、ということなんですが、ふと見ると「0-3=3」とか書いている。
授業でやっているプリントでも、「○○が5個、××が4個あります。どちらが何個多いでしょう」とかいうような問題に、式を立てて答えを出す、なんて場面で、「4-5」という式を書いて、先生から「小さい方から大きい方は引けません」なんてコメントをもらったものがあった。

で、「0-3は3じゃないよ」と言うと、「だって、3足りないになるだろ」と言う息子。それは、確かにそうなのだが…。ある意味、表記の仕方を知らないだけで、多分、理解が間違っているわけではないのだ。で、夫に「負の数って何年生で習うんだっけ」と言ったら「中学生じゃないか」という返事が。まさか!と思って調べて吃驚、本当に、中学生になってはじめてやるんだよ。そんなこと、すっかり忘れていた…。小数も分数もやるけど、負の数はやらないんだね、小学校って。

さて、小学校の英語教育についてなんですが、到達目標ってのはないんだそうです。あくまで外国語そのものの定着は目指していない、と。新学習指導要領の英語活動の目標ってのも「外国語を通してコミュニケーション能力の素地を養う」となっているわけですが、分かったような分からないような文章ですわな。そもそもコミュニケーションって何さ、コミュニケーション能力ってなんなのよ、その「素地」って何か説明してくれよ、ってなもんです。
この言葉でネット検索をして見るのも、なかなか興味深い発見が出来るのですが、例えばそんな、立派な家を建てるためには土台が大事、とか言われても、ねえ。じゃあ、外国語習得における土台って具体的にはなんですか、ってとこまで書いてくれなきゃ、そんな比喩じゃ説明になってないぞ。これこそコミュニケーション能力の欠如と違うんですか、ねえ。

ところで、我が息子の報告によると、先日の授業参観後の、次の英語活動の時間には、「I like apples.」と習ったそうです。で、あんた、applesって何か分かってんの、と聞いたところ、「知ってるよ、りんごが2個ってことだろ、1個じゃなくってたくさんあるってことだよ」だそうで。一体、どんな説明があったのか。この複数形への修正は、最初から予定されていたことなのでしょうか。でも、いったん、I like apple.って、先生が例として発音しておいて、次週にI like apples.じゃ、余計な混乱を招きそうで、そんなことする意味が分からんし。

この息子の話を聞いた夫が、なぜか笑い出し(理由は聞き漏らした)、「もういい、まぁ英語はかーちゃんが教えればいいやろ(ウチの夫は私を「かーちゃん」と呼びますが、自分の母親のことも「かーちゃん」のままです。文脈で判断できるとはいえ、この辺、核家族だからこういう変形が起こるんですかねぇ。鈴木孝夫氏によれば、義母が「ばーちゃん」になる筈なんだけど。)」と言い切った。いや、だからさ、私、「英語を教える」はできないってばさ。そんなスキルないし。教える方法論をどこでも習っておりません。

まぁしかし、放っておきゃいいってもんでもなかろうな、と、私は私なりに「コミュニケーション能力の素地を養う」について、何をするか考えてみましたよ。家庭内でなんかやるとすれば、当然、娘も無視できないわけで、幼児から小学校低学年程度に対する取り組みね。
前提として、ここでは「コミュニケーション」を、ひとまず「自分のことを知ってもらう」「相手のことを知ろうとする」ということにします。相手のことを知ろうとする中で、自分で自分のことを再発見する、というのも重要なことだろうと思いますが、そこはとりあえず、深入りせずにおきます。

で、目標をもう少し噛み砕いて言うと、「幼児なりに、あるいは小学校低学年なりに<自分や周囲のことを把握し、別の人に伝えられるようにな>り、<自分とは異なる背景・文化にある人々がいるということを知り、それらの人々のことをもっとよく知ろうとする>」というあたりが、まぁ、この年齢における「コミュニケーション能力の素地を養う」ってことになるかな。

その目標に向けての取り組みは3点。

1.「日本語で」相手に伝わる表現が出来るようにする。相手のことを上手く聞きだせるようにする。
三森ゆりかさんの本とかワークを買ったりしたので、その辺から徐々に、独りよがりでない表現ってものを理解させられるといいな、と思います。

2.自分の属する社会とは異なる文化というものがあることを知る。
簡単に言うと異文化理解、とか言われるものですが、なんか、いい絵本とかないか探してみます。単に風俗慣習(日本にはないハロウィーンっていう行事があるんだよ、みたいなレベル)じゃなく、もう少し、ものの考え方自体が異なる文化があるってことを分かってもらえるといいんだけど、そんなこと、理屈で話したってしょうがないので、まぁどれだけ伝わるかは、なかなか難しいだろうとは思いますけど。
あと、この「異文化」が、西洋だけに偏らないようにすること。

3.日本語と外国語では、それを成り立たせる「音」が全く違うことを知る。
基本的に、言葉は「音」によって成り立つものなので、音抜きでの教育ってのはあんまりしたくないんですね。「音」が違う、と気づくこともまた、異文化を知る、ってことでもありますし。
(ところで、バイリンガル教育ってなことを調べていくと、聾者に対する日本手話と日本語対応手話のバイリンガル教育について、いくつも興味深い話を読むことができます。だからもちろん、音声抜きの言語というのも存在はしています。)
とりあえず、松香フォニックス研究所の「バナナじゃなくてbanana」という教材が面白そうなので買ってみようかな、と。小学生でも知っている、カタカナ化した、つまり、日本語化した英語由来の言葉を、それぞれの言語の発音で比べた、というもののようで、「音の違い」に意識的になるにはうってつけなんじゃないかな、などと思っているのですが。
実は、授業参観時、単数複数以外にもう一つ「あちゃー」なことがあって、それは、先生が黒板にはった「I like...」というカードの上に、なんと、振り仮名がふってあったことなんですわ。あれは止めてほしかった。

「負の数」については、ちょーっと小1には難しすぎるんだろうなぁと思いつつ、「はじめまして数学」という本を注文してみました。全てルビが振ってあるそうなので、もし読みたければ読めるよ、ってことで。なにしろ息子は、夏休みの目標に「毎日一冊本を読む」なーんて目標を立てやがりました。でも、図書室の貸し出しはないんだけど。そんなにたくさんの本をどこで調達するっていうんだよ。(図書室の本も、本当にちゃんと読んでいたのか私には確かめようがないんですが、毎日、返しては違う本を借りてきていた。一応、内容を聞くと答えたりしていたので、字が大きいとはいえそれなりのページ数もある「ゾロリ」シリーズとか、あれでも一日一冊ペースで読んでいた、らしいです。)
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by mmemiya | 2009-07-11 23:09 | 子育て、子育ち