La Lune Lunatique

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方言だったのか!

日本各地に同じテレビの電波が届き、方言がどんどん失われつつある、と言われて久しい。
まぁ、私だって、親世代、あるいは祖父母世代の言ってることはおおむね分かるけど、その言葉は自分では使わないよなぁ、ってのは、多々ある。

昔、あれは国語の教科書だったっけ、首都あたりで使われる言葉が徐々に地方に広まっていき、やがて、首都では、それが別の新しい言葉に置き換えられるが、首都から遠く離れた地方には、古い言葉が残る…ってな話を読んだのは。
そういえば、橋本治が「源氏供養」の中だったかで、古語の「いぎたなし」って言葉をどう訳すか、という話を瀬戸内寂聴にしたら、「いぎたない、って今でも使いませんか?」と返されて驚いた、という話を書いてたなぁ。古語辞典に載ってて現代語辞典にない言葉が、地方では現役だったりすることは、けっこうあることのようで。
だから、方言って、地理的にけっこう離れたところで、同じ言葉が残ってたりする。あれもけっこう面白い。

言葉が変化していくのは必然ではあり、ただ、変化のスピードが変わっている、というだけなのかもしれない。
同じテレビ放送を全国で見てたって、やがて日本から方言というものが全く消えるか、と言われれば、言葉が生き物である以上は、地域差もまた、当然に生まれてくるものなんじゃないかな、とも思う。
たとえ、遠い未来に地球上全ての人が英語を話すようになったとしたって(それ自体ありえない、と思いたいが)その英語は、地域によってずいぶん違う英語になるだろう。それを全く同じ人工的な言語に統一するってのは、きっと無理。
日本語にしたって、昔からの方言が消えている、と言われる一方で、新たに生まれる方言、ってのもあるしね。
ラーフル、ってのは鹿児島で使うんだっけ、前に、当地方でも、商品の箱に「ラーフル」と書いてはあるのを見たけど、ここらでそういう呼び方は聞かないなぁ。
私達が、小学校とかで各種発表や壁新聞に使った、薄っぺらくて大きな、くるくる丸めてある白い紙を「B紙」と呼ぶのも、近代になって生まれた方言だろうし。(B全判の大きさだからそう呼ぶらしいけど、ビーシはビーシであって、なんでビーシなんだ、などと考えもしないってのが普通だと思う。)

一方、古語、というわけじゃないんだろうが、当地域には、なんか時代劇みたいな、と言われるような言い回しがいくつかあって、例えば「ご無礼」なんてのは、私の年代だとそう使うわけじゃないが、けっこうな日常語ではある。
うちの上司なんか、たまに、勤務時間が終わってすぐ帰る、ってな時は「悪いけどわしゃ今日はこれでご無礼するで」と、いつも言うような気がする。「失礼する」と「ご無礼する」は、しかし、似てるけど、全部置き換え可能じゃないような気もするなぁ・・・。

と、方言について、それなりに関心があったつもりの私だが、実は今日、40年近く生きてきて、「え?これって方言だったの!」と知った言葉が二つあった。いやあ、やっぱ、方言ってのは生活に深く根づいてますねぇ。疑問に思ったことすらなかったよ。
一つは「さらえる」という言葉。「どぶ浚い」といった「さらう、さらえる」って言葉は辞書に載ってるけど、ネット辞書では「川・井戸などの底にたまった泥などを取り除く」という、限定した意味になっていた。辞書によっては「すっかり取り除く」という意味で、「鍋を浚う」なんて例文も出てましたが、私達にとって、「さらえる」というのは、まず第一に、<料理がちょっとだけ残っている皿をきれいにする>という言葉です。
「あー、これ、あとこんだけしか残ってないで、もうさらえちゃって!」とか。うちの娘は、食事の終わり頃、毎日のように私にご飯茶碗と箸を渡して「さらえて」と言うが、これは「ご飯茶碗にバラバラになってるご飯粒を一箇所にかき集めてくれ」と言ってるのです。これは、なんか、微妙に間違った「さらえて」のような気もするんだけど…。

もう一つ、知らなかったのは、「おちょんぼ」である。髪の毛をとめるゴム(飾りつき)のことなんですが。
名詞としてだけじゃなく、「おちょんぼして」とか、動詞にもなるんですが、私の語感では、髪の根元をゴムでぐるぐるやるのが「おちょんぼする」であって、みつあみを編んで最後に髪ゴムでとめるのはおちょんぼじゃない気がする。でも、これはイマイチ自信ない。こんな言葉、なかなかちゃんと語義を説明してる本もなかろうし。
というわけで、「おちょんぼする」を使用される方、どんなのがあなたにとっての「おちょんぼする」か教えてください。
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by mmemiya | 2010-03-10 22:50 | 日々雑感