La Lune Lunatique

mmemiya.exblog.jp
ブログトップ

私のマルクスby佐藤優

大量に引用されている各種文献の小難しい文章を流し読みしつつ、あー、もう寝なきゃー、と思いつつ、つい読了。

いや、読み終わって、何が一番印象的だったかって、マルクスだのキリストだのじゃなく、とにかく、高校生やら大学生の政治活動、いわゆる学生運動が、ものすごく盛んなことだ。盛んすぎる、っつーか。党派が違う学生同士、相手の骨を折ったりと派手な衝突をするし、救急車を呼ぶと警察に通報される、って、大怪我しても救急車を呼ばないとか、なんというか、もう、えーっと、著者って私と10歳しか違わないよね?これって同じ日本の、わずか10年前の出来事なの?みたいな。特に、高校生がこんなに政治的、ってのは、うーむ、10年の時代の差なのか、都会と田舎の地域差なのか。(私に言わせりゃ埼玉は充分、都会だと思う。)
どーでもいいけど、私の母校は、佐藤氏の母校と同じく、旧制一中の流れを汲んでいる。うちは当然、男子校じゃなかったけどね(学年の半分近くは男子クラスだったが)。新聞部とかは、ちょびっと政治がかってたかも?とか思うし、そういや、クラスメートに、民青に入ってる子もいたが(単に親が共産党員だったんだと思うが)、いやぁ、自分の高校時代の10年前に、我が母校がこんなだったとはとても思えん。このあたりは名うての管理教育地域でもあるので、生徒もおとなしかった、ってのが大きいのか。

大学もねぇ…自治会・・・自分が入学した頃の自治会長は、かろうじてなんとなく覚えてるけど…。
私が大学生の頃、天安門事件があった。中国語をやってる友達に誘われ、大阪市内で開かれた、大学生による天安門事件への抗議集会ってのに行ったところ、死語、というか、歴史上の用語だと思っていた「全共闘」なる単語を見てびっくりした。奈良女子大学全共闘の声明文とかね。それ見て、「我々は、中国の学生と連帯し…」なんてビラに、「こっちから連絡の取りようもないのに、どーやって連帯するんだよ」と、ものすごい白々しさを感じたことは覚えている。インターネットとか、当然、ない時代ですからね。わずか10年前にこんなグチャグチャを、しかも大阪の隣の京都の大学でやっていたとは…というのが、この本を読んでの最大の驚きであった。
あ、あと、なんか、みんな、「革命」を信じているのですよ。学生だけじゃなく、教員にもそんな感じの人がいたりして。革命を信じる、というか、日本に革命が必要だ、と思ってる。
これはなぁ・・・私の大学時代は、もろに冷戦終結時期とかぶってるからなぁ…。ソ連とかの状況は本当の共産主義だか社会主義だかとは違う!といくら叫んでみても、なにしろ、説得力に欠けていたことは疑いない。
そうそう、旧東側では、海外に留学させずに語学が上達するカリキュラムを組んでいた、という記述には目が留まった。そっか、留学させたら、亡命しちゃいかねないもんな。以前、ハンガリーに何回か行ったとき、簡単な打ち合わせ等は英語でやってたんだけど、ハンガリー側の方の英語が、ものすごく聞き取りやすいきれいな(と、英語が母国語でない人間が言うのも変だが)英語で、どこで英語勉強されたんですか、と何気なく聞いて、英語圏の国なんて行ったことない、と言われて吃驚したけど、よくよく相手の年齢とか考えたら、当然だったんだよね、思えば。無知というのは恐ろしいものだ。

他には、なにやら、小難しい本を読んで、よく勉強してらっしゃること、というのも、ま、印象には残りましたがね。自分の大学時代も、ある面では、勉強自体はそれなりにやったんだけど…なにしろ、語学というのは、分からないところを置いておいて先に進めば、まぁますます分からなくなるものなので、我が母校、留年がすごく多い。1年次から2年次に上がるときに、約1割留年し、2年次から3年次で1.5割留年、最後に卒業時点でまた1割卒業できない、というのが大まかな流れで、計算すると、4年で卒業できる人は7割程度、ってことになってしまう。で、まぁ、大学生でも予習復習欠かせないのだが、語学自体の基礎をやってる間は、ゼミとかそういう形式じゃないので、どっちかっていうと高校の延長みたいな雰囲気なんだよなぁ。あんまりちゃんとした論文とか、読まなかったよなぁ、とは思う。(私だけか?)

しかしそれにしてもだ、政治運動にせよ、キリスト教の流派にしても、ほぼ同じようなものを信じている筈なのに、ささいな方針の違いで、なんでそんなに大きな争いになるのだろう。セクト争いってのは、ホント、部外者から見ると訳がわかんないよねぇ…。全共闘がどうした、とかいう本を全然読んだことのない私にとっては、自分達の考え方だけが真実、なんて考えるのは、ロクなもんじゃなさそうだ、ってのが、この本から得られる最大の教訓なのかもしれない。

あ、ゆうべ、本を読み聞かせずに寝かせたら、娘の夜泣きはありませんでした。本日も、今のところ、なし。
やはり、寝る間際の本は刺激が強すぎるのか。特にグリム童話とか読んでたせい?
[PR]
by mmemiya | 2010-03-24 22:58 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://mmemiya.exblog.jp/tb/13196348
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by みけ at 2010-03-25 22:36 x
佐藤優って方は、私と同学年みたいですけど、あの時代に学生運動なんて聞いたことないです。団塊の世代が学生運動で、その後の人たちがが三無主義、私たちの頃は校内暴力が真っ盛りでした。都立高校の学生運動はやはり旧制中学の流れを汲む学校が盛んでした。制服廃止・授業改革などが広まったけど、私たち以降は制服も生徒側の希望で復活してました。

私たちの世代には団塊の人たちを胡散臭く思っている人が結構います。「何かやった気になってるだけなんじゃない」とか。私は彼らを見て「何であんなに若く見られたいんだろう、若いことにそんなに価値があるのかな」と思いますけど。

留年、ウチの大学は学科によってかなり違うみたいでしたけど、入学早々教授たちに言われたのは「世話がたいへんだから留年するな」。毎年30%くらいいたみたいです。私の学科は勉強がたいへんなのではなく実験実習が多くて、講義の単位を落とすと敗者復活する時間がない。私のクラスはなんとか乗り切ったものの4年になってから留年を決めた人が出ました。今はあきれるほど修士に進みますので、研究室には4年・留年・研究生に院生。先生たちはうんざりしてるのではないかと思います(笑)。
Commented by mmemiya at 2010-03-25 23:42
みけさま
なんだか、局地的に京都では、学生運動が生き延びていた?らしいです。理由は不明ですが…。
団塊の世代のうさんくささ、というのは、なんとなく分かります。そして、世代は違えど、佐藤優もまた、ものすごく「胡散臭い」ところがあるのです。なんでだろう。神様の話とかは面白いんですけど。
「若く見られたい」のは、若いということでとてもチヤホヤされた経験から来てるってことはないでしょうか。戦後、価値観がひっくり返って、大人たちが自信喪失して、若い者を「何馬鹿なこと言ってる」と一喝する力をなくしちゃって、やたら若者を誉めそやした・・・とか?

理系は実験実習って、ホント大変らしいですね。1,2年の間はなんとか自宅から1時間弱かけて通ったけど、3年からは下宿、って友達がけっこういました。留年してどんどん学生が増えてくと、確かに、おもりする方は大変ですよね(笑)。