La Lune Lunatique

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通夜までのこと

そういえば、父がなくなった日の夜、子ども達を寝かしつけた後、夫がしばらく、実家まで来てくれました。
ちょっと打ち合わせとかして、夫は先に家に戻り、私はもう少し、色々なことを話したりしてから、実家を後にしました。

で、このブログに記事アップして、寝なきゃ…と思いながらも、実際はやっぱり、ほとんど眠れなかったですねぇ。そんでも、3時間ぐらいは眠ったと思うのですが、実家の母と妹は、ほとんど一睡もできなかったようです。

翌朝の月曜日は、上の子は運動会の代休日で休みだったんです。で、一日、学童保育の予定だったのですが、義姉が預かるといってくれたこともあり、朝、起こして、おじいちゃんが死んだことを告げて、8時過ぎには夫の実家に送り届けました。
やはり、息子は予想通り泣いちゃいました。「生きている間にもう一回会いたかった」と言って。娘は「実感がわかないからCちゃんは涙が出ない」と言ってましたが、それもまた、正直なところでしょう。一週間に一度は会っていたとは言ったって、一緒に住んでいるわけでもないし。
今、父の死から一週間を過ぎてなお、これを書いている私にも、実はまだ、実感はあまりありません。実家へ行けば、まだ、父がいるような感じが、どうしたってしてしまいます。

ともあれ、月曜は、子どもを送り届けて、夫は午前中だけ仕事に出て、私は、お坊さんがいらっしゃる前には実家に着き、供花がどうした、通夜の食事は何人分だ、なんつーことを、母と妹とやってたわけです。
葬儀社の方から、希望すれば湯かんも出来るが、どうするか、とお尋ねがありました。

うちの父親は、着る物にうるさい人で、70過ぎだというのに、まだ毎年一度は、オーダーでスーツを新調していました。そんでもって、毎日風呂には入るのに、出かける前は必ず、もう一度シャワーを浴びる、という人でした。
そんな父が、入院以後、結局一度も、お風呂には入れないままでした。(最初に自分で、シャワーつきの個室を選んだのに、すぐIVHとか入っちゃって、結局、シャワーどころじゃなくなっちゃったんですね・・・。)
これはやっぱり、湯かんをしてもらおうよ、ということになり、昼過ぎから、葬儀社の方が専用の車で、湯かんをしに来てくれました。
丁寧にきれいにしていただいて、顔色も悪かったのですが、薄化粧をしていただいて、これは本当に、お願いして良かったです。まるで、生きている人のように、気持ち良さそうに見えました。

そのちょっと前に夫が帰ってきて、あと、母の妹夫婦が駆けつけてくれて、向かいの小母さんがお昼を差し入れてくれたりして、みんなで簡単な昼食。その後、夫が子ども達を迎えに行って、叔父叔母が、うちの子ども達を連れて、子ども用の服を買いに行ってくれました。

燃えにくいものを入れてはダメ、ということで、茶系のスーツと、暗目のピンク色のワイシャツと、えんじのネクタイ、という、いかにも父らしい服を一式、それから、ゴルフのグローブとティーなんかを柩に入れました。

納棺の後、4時30分頃に家を出たのですが、さすがにお棺に納めてしまうと、前夜のように数人で運べる重さではなくなっていました。ホント言うと、叔父がいったん、仕事先に戻らなければならなかったのですが、無理を言って、柩を運び出すところまでは手伝ってもらいました。あと、うちの夫と、近所のおじさんたちと、葬儀社の人と。

斎場に着いてからは、親族がぽつぽつとやってくるので、控え室に案内して、お茶を飲んだりしながら、供花の順序がどうのとか、細かい打ち合わせ。

考えてみれば、結婚してから、私の方の親族の葬式は、10年でこれが3回目なんですね。最初が母の父、次が母の母。で、葬儀の後も、一周忌、三回忌としばらく法事が続くこともあって、うちの夫は、私の母方の親族とは何度も顔を合わせていたので、それは非常に助かりました。

そんなこんなのうちに通夜の時間が近づき、ぽつぽつと弔問の方がお見えになったりしたのですが、皆さん、父が入院していたことも知らない状態で(そりゃ、最初は一ヶ月で退院の見込みだったのが、19日間で死んじゃったんですから・・・)「一体どうして・・・」と口々におっしゃり、その度に母は経過を説明しなきゃなんない。
そんでもって、弔問客も、やっぱり、父の昔の仕事関係とか、母の友人知人関係がほとんどなので、私たち娘では、お顔を拝見してもどなたか分からないこともあり(古いお付き合いの方は、ああ、と思い出せる方もいらっしゃいましたが)結局、母をあちこち呼びまわる羽目に。一人の人と経過を話し出すと、長いこと話し込んじゃうものだから、説明だけでも大変でした。

あとで、弔問客の名簿を見た母によれば、これはどういう関係の人だろう・・・と首を捻った人はほとんどなかったそうです。これは、母によれば、毎年、父の出す年賀状の宛名書きをやっていたおかげで、住所と名前を見るとぴんときたそうで、手書きで名前書きをすることにも、意味はあるのだなぁと変なことに感心しました。

私の、10年以上も前に直属の上司だった方が、忙しい合間をぬって来てくださって、本当に驚きました。実は、私の祖父を昔ご存知だった、ということで、祖父の葬儀にも、どこで聞かれたのか、来てくださった方でした。もう一人、かつての上司がやはり来てくださって、思わぬことで驚くと同時に、本当にありがたく思いました。
それから、小さな子どもがいるのに、わざわざ来てくれた友人。どうしても来れなくて、とお香典だけを言付けてくれた人、弔電をくれた人。みんな、ありがとう。

小さな子どもと言えば、赤ちゃんを抱えたお母さんと、まだ3歳ぐらいの子どもを抱えたお父さん、という若夫婦が通夜に来てくださって、どこのどなただろう?と思っていました。
後で聞いたところ、実家の一軒おいた隣の家の息子さん夫婦で、息子さんは、うちの妹の同級生でした。そこのおじさんおばさんには、今回も本当にお世話になって、特におばさんは、この斎場で着付けの仕事をしてらっしゃるので、今回、母も私も着付けをお願いしたのですが、おばさんも、息子さんには「私たち夫婦が出るんだし、小さい子どもがいるんだから、あんたたちは行かなくても・・・」とおっしゃったのだそうです。
ところが、若奥さんが、「いつも、子どもと散歩している時、おじさん(うちの父)は声をかけてくれて、子どもが木の実を欲しがると取ってくれたり、親切にしてもらったので、どうしてもお別れに行きたい」と言ってくださったのだそうです。
うちの父って、そんなに小さい子に優しかったかしら・・・と、ちょっと驚かされたエピソードでした。(きれいな若い女性にはとっても親切な父でしたから、案外、奥さんの方に親切にしていたのか・笑)。
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by mmemiya | 2010-10-05 22:05 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)
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