La Lune Lunatique

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通夜・その後

通夜式、という奴は、うちの場合、葬儀場で、一定の時間の間にやったわけですが、通夜ってのは、本来、いつ弔問があってもいいわけですよね。
実際、通夜式の後からも、それに間に合わなかったという方がぽつぽついらっしゃいました。私たち夫婦は、母、私の妹、それから母の妹と共に、葬儀場に泊まりました。通夜の後、親族や遠方から来てくださった方(母の高校時代の同級生は、どういうわけか関東地方在住の人が多く、それでも6人も集まってくださいました)には、簡単な食事をしてもらって、あと、うちの子ども達は、義父母の家に、一緒に連れて帰ってもらって、そちらで一晩泊めてもらいました。

当地方の風習では、通夜には「お淋し見舞い」として、和菓子(主としてまんじゅう)を持っていくことがよくあります。昨今は、昼間は仕事等で無理だから、と、通夜だけにお見えになって、その場で香典を置いていかれる方も多いわけですが、通夜と葬儀の両方にいらっしゃる方は、通夜にお淋し見舞、葬儀に香典を持っていらっしゃるわけです。
こちら側は、通夜の参会者にはそのお礼の品、香典をお持ちの方には、香典返しをお渡しします。

ところで、父の出身地である信州では(長野県全域かどうかは知りませんが)、病気で亡くなった人の入院中、見舞に行けなかった人は、通夜の時に「お見舞」という封筒を持っていらっしゃるんですね。
今回も、父が亡くなる一週間ちょっと前に、父の亡長兄長男、父の姉とその息子娘、は、病院までお見舞に来てくれたのですが、お見舞には来れなかった父の亡次兄のところからは、「お見舞」と「香典」の両方をいただきました。
このお見舞って、紅白の熨斗袋に入ってるんですよ。葬式の時に紅白の袋を見ると、え?という感じがしますが、本当に、しきたりというのは地域によって大きく違うものですね。
逆に、供花とか果物の籠盛とかは、信州はこちらほど多くないのかな?うちのあたりでは、費用はたとえ喪主側が持つのであっても、それなりに花が両側に並ばないと…みたいなところがあって(で、生花は「一対」が全て基本です。)「孫一同」(って、うちの二人しかいないんだけど)とか、色々並ぶわけです。
うちの夫と私の名前でも、生花一対を出して、そんで、妹はと言えば、父や喪主である母と生計は一つなんで、よく考えると奇異な気もしますが、まぁこういうのは形式だから・・・と、「子供一同」ってのも出しましたよ。
これも、生花一対とか、籠盛とか、こっちで、出す人の名前と出す物の内容を一覧にして葬儀社に渡すんだけど「子供一同は枕花の方がいい」とか色々アドバイス貰って、けっこう書き換えました。
あと、数合わせで、叔父と叔母が別々の名前で違うものを出したら、花の大きさの関係で、叔父の名前は小さく、叔母の名前はすんごい大きく…となったり、ま、色んなことが起こるものですね。

こういう花の順番とか、焼香順とか、色々順番を決めなきゃいけないのがまたうっとおしいのですが、まぁ、花は当初は身内だけだったのでそう難しくはなく(その後、こちらからは連絡してなかったけど、新聞の「おくやみ」欄を見て、なのか、父が70になるまで時々お邪魔していた会社から花が届き、葬儀には飾らせていただきました)、焼香は、もう、喪主以外、誰も名前は読み上げず「お近くの方から・・・」にしてしまいました。考えるの面倒だもん。(ま、でも、座るときに大体、着席順は考えないといけないから、結局、順番ってのは全く考えないわけにはいかないんだけどね・・・)

新聞のお悔やみ、といえば、そこの欄に載ると、ダイレクトメールやらセールスやらがいっぱい来るそうで、掲載を希望するかどうか、葬儀社で聞かれましたが、まぁ、後から「知らなかった」と言われるのもなんなので、掲載してもらいました。実際、セールスはいっぱい来ますが、葬儀社のアドバイスとして「とりあえず、返礼品関係のセールスは『お香典は辞退しました』と言えばOK」と言われ、実際、それで帰ってくれます。仏壇屋はそれでは帰らないけど(笑)。

食事をしている間に、親族控え室のほうに父の柩が移動して、そこで夜を明かすわけですが、そんな時間になってからも、ぽつぽつ、弔問の方がお見えになりました。信州の親戚は、そのあたりで、こちらで手配したビジネスホテルへ移動。実家もうちも、とても人様を泊められるスペースとかないので…。
ホテルまで案内しなきゃいけないかと思っていたんだけど、「ナビがあるから大丈夫」と。便利な時代になったものですね。父の見舞もナビで来てくれたので、あんまり細かい場所説明もしなかったし。

10時半頃、関東在住の従弟(母の妹夫婦の一人息子)が、仕事終わってやってきて、従弟も親族控え室で夜明かし。まぁ、と言いつつ、仮眠は取るんですが。

最初のうちは、親族控え室に移動してからは、みんなで香典袋と弔問客名簿の突き合わせをやって、香典袋開けて中味確認して、足してって…。電卓を誰も持ってこなかったです。そこまで実務的なことには頭はまわらなかった(笑)。とはいえ、それぞれの香典袋に入ったままだと、とんでもなく嵩張りますから、そんなもの持って歩く訳にもいかないし。

あとは、みんなでなんとなく色んな話をしてましたが、時間が経つのがものすごくゆっくりで。
最初のうちは、父の話をあれこれしてたんだけど、そのうち、亡き祖母の話になったりして(母方の親戚ばっかりだったからね、その場にいるのが)。

うちの父の金遣いが派手なのは(やたら人に奢ったりとかが好き)知ってはいるつもりだったんだけど、叔母が、父と母が結婚する前に、どういうわけかデートについていって、「そうしたらお義兄さんが、ひょいと5千円くれたのが忘れられん。私の初任給が1万2千円だったんだよ?初任給の半分のお金をぽんとくれるって、なんだ!?と思って、あれはホント忘れられん」と、私たちの知らないエピソードを披露。ちなみにその金は、いつの間にか、祖母がちゃっかり半分は持っていったらしい。
まー、年金生活者になってからも、月の小遣いが8万円(タバコ代別。じゃあ、小遣ってなんのための金だ!)という父でしたので、大黒柱(だよね、年金生活者でも)が亡くなったというのに、母は「これから生活が楽になる」と言っております。どんな家だよ、それ。
定年後の第二の職場の飲み会とかでは、終わり頃になると若い人たちが寄ってきて、「二次会はどこへ連れて行ってくれますか」状態だったらしい。まぁとにかく、ええかっこしい、って人でしたなぁ・・・。
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by mmemiya | 2010-10-10 22:46 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)
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