La Lune Lunatique

mmemiya.exblog.jp
ブログトップ

それにつけても戸籍は面倒

木曜日、子ども達が実家でお習字だったので(母は運転できないので、バスで実家へ行くことになった子ども達。)実家へ行ったら、母いわく「昨日、A市役所(父の本籍地)から電話がかかってきて、明日、戸籍関係を発行できるって言ってた」とのこと。

死亡とか出生とかの届け出を受け付けたところから、本籍地への連絡って、どういう風にやるものなのか想像がつかないのですが、まぁとにかく、時間のかかるものですよね。
今、自分の戸籍謄本(正確に言えば「戸籍全部事項証明書」)が手元にあるのですが、私の場合、出生の届け出が1月12日、当時の本籍地(現在、私の両親の戸籍がある長野県A市)にそれが届いた日が1月21日、となっています。
あれー、でも、夫の出生届1月31日、「送付を受けた日」が2月8日になってるなー。夫のこの時の本籍地って、出生地と同じかと思ってたけど違うのかな。
うちの子供たちは、本籍地の隣の市(当時の住所地)に出生届を出していますが、上の子が3日後、下の子が5日後に送付を受けた、と書いてあります。

まぁ、そんなことは瑣末なことなのですが、戸籍制度って、やっぱどうにかならんもんですかねー。戸籍の家族単位のあり方とか、そういうことについても、意見は皆さん、色々あろうかと思うのですが、今回、とにかく思ったのは、「なんとかもっとシンプルな管理制度にしてくれよ」ってことなのです。

自分と全く無関係な場所においてもいい「本籍地」というものに、今さらどれだけの意味があるのか全然分からないし、個々の市町村が戸籍を管理するよりは、どっかに日本国民全員について記録する役所を一つつくって、各市町村からオンラインでデータやり取りする方がよっぽど便利だと思う。でもって、一人の人間が生まれてから死ぬまで、一本で一元管理してくれないものか。

こういう記録を紙で処理するしかなかった時代には、今までみたいな戸籍制度でもしょーがなかったかなー、と思うのですが、とにかく、一人の人間について、生まれてから死ぬまで、さっと一目で分かる記録がないって、不便でしょうがない。
平成6年の法務省令によって、各市町村は順次、戸籍を電算化しました。これによって何が起こったか、といえば、電算化される前の離婚とかは、電算化後の戸籍に引き継がれなかったため、「生まれてから死ぬまでの全ての戸籍を用意してください」と言われたら、現行の戸籍(電算化後は「戸籍謄本」と言わず「戸籍全部事項証明書」と言います)の他に、電算化前の戸籍も取らないといけないわけです。

そもそも、相続登記とか、一部金融機関がなぜ「生まれてから死ぬまでの戸籍」を要求するかといえば、「本当に相続人はこれだけなのか?隠し子とかいないんだろうな?」ってことを確認するためでしょ?だから、当然、現時点での情報だけでなく、電算化前の「もう現状とは違うから載せないね」ってデータまで必要になるわけですよ。

法令の変更によって改製される前の戸籍を「改製原戸籍」と呼びますが、平成になってからの電算化によって生まれた「改製原戸籍」の他にも、戦後、家制度が大きく変わったときに、全国的に戸籍が書き換えられ、それ以前の戸籍はやはり「改製原戸籍」と呼ばれるものとなりました。こちらは「昭和の改製原戸籍」と呼ばれることも多いようです。

平成6年の法務省令によって・・・と書きましたが、実際に各市町村が戸籍を電算化したのはだいぶ後です。私の戸籍は平成14年に改製されてます。父の戸籍は平成18年に改製されてるそうです。
昭和の方も、家制度が変わって、戸主とかいう制度がなくなって、身分制度がなくなって…というのは昭和22年のことなのですが、実際に各市町村の戸籍が改製されたのは、大体昭和34年頃・・・と思ってましたが(というか、自分が見たことのある改製原戸籍は昭和34年ごろが多かったような)昭和33年から40年頃の間に行われていたそうです。

そろそろ、父の戸籍が届くと思うのですが、本籍地A市役所に事前に電話した時には、A市役所にある父の戸籍は三つだと言われました。
「現行の戸籍」「平成の改製原戸籍」そして「独身時代の戸籍」だそうです。で、生まれたときの本籍地は、その市ではない、と。

父、昭和13年の生まれです。当然、昭和の改製原戸籍がどっかにある筈です。結婚は昭和44年かな?私が引っかかってるのは、例えばA市の昭和の戸籍改製が昭和34年だとしたら、昭和の改製原戸籍がA市にない=21歳の時点での本籍地はA市ではない、ってことになるからなのです。

法務局に「どうしても、生まれてからの戸籍が要りますかねぇ」と聞いたら「10歳ぐらいからのでいい」とは言われました。(要は、人間の生殖能力が何歳からあると思うかってことね)。でもなぁ、10歳時点で本籍地がA市だったら、絶対、昭和の改製原戸籍があって、A市から取り寄せる戸籍は計4つになる筈なんですよ。

あー、これは絶対、次は新潟に戸籍要求しないとね~。はああ・・・。(A市からの戸籍が届かないと、当然、従前の本籍地が分からないので、まだ次のアクションには移れません…。)

本籍だの戸籍だの、誰が考えたんだよー!きー!!と思っている人間は、きっと、日本中にいっぱいいるんでしょうねぇ・・・。
[PR]
by mmemiya | 2010-10-16 09:40 | 日々雑感 | Trackback | Comments(3)
トラックバックURL : http://mmemiya.exblog.jp/tb/14799213
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by みけ at 2010-10-16 23:52 x
miyaさん、お父様は本籍地を変更されていたんですか。たいへんだと思いますが、こういうことでもないと親や先祖の戸籍をしっかり見ることはないですよね。

私は10年前に父を亡くした後、墓を改葬しました。その時に日本の戸籍の威力を思い知りましたよ。よくぞこんなに綿々と記録を残すものだと。
実家の墓は九州某県の市営墓地で、曾祖母が権利を買ったものです。3畳ほどの土地に11の墓がありました。墓は一つにまとめる時に中に入る人々の生没年の届けがいるのです。苗字が違うものがいくつもあり、関係が分からない。そこで戸籍を徹底的に探したのですが、もしやと思い、苗字の違う人の本籍も父と同じ番地で探してもらったら、、、出てきたんですよ!江戸末期生まれまでは遡れました。
Commented by みけ at 2010-10-16 23:52 x
(続きです)お墓の数が多かったのは若死にした曾祖母の妹などが一人用の墓だったためです。先祖代々とは別に建てたこと、墓石には21歳と数えで記されていたけれど、私が計算したら本当は19歳。親が夭折した末っ子を不憫に思ってのことだと思いました。
改葬は本当は父がやると言っていたのに30年もほったらかしでした。結局私がやるはめになりましたが、神主さんを呼んでリニューアル&グランドオープン?した時には、本当にやって良かったと思いましたよ。

今は法律で自分の直系しか戸籍が引き出せなくなりました。それでも母の時も私が戸籍を取り寄せたら、いとこ達があとで詳しく教えてくれと言ってました。自分の親でも結婚した後のことしか知らないのは普通ですよね。戸籍を見るとその一族が何を本筋にして生きて死んでいったのかが何となく見えてきます。不思議ですよ。
Commented by mmemiya at 2010-10-18 21:37
みけさま
墓地関係はけっこう面倒…というのは聞いたことがあったのですが、生没年の届が必要なんですね。なんでだろう?
古い戸籍はいくらか見たことはあって(といっても、せいぜい昭和初期のですけど)戦争で燃えてでもいない限り、ちゃんとたどれば出てくる戸籍ってのはすごいもんだとは思います。
ですが、現代になってしまうと、コンピュータが当たり前の時代に、なんか不合理なことやってるなー、って気になっちゃうんですよね。
全国各地を転居するのが当たり前、みたいな時代に「本籍地」もなかろうと、という感じです。家族単位・ただし2世代まで、となったせいで、結婚すると戸籍が新しくなるってのも、一通とるのにいくらかかると思ってるんだよ~、やめてくれ~って感じです。
まして平成6年の電算化なんて、頼んでもいないのに勝手にそれまでの戸籍と別の戸籍になっちゃったんですから…どうせならただ、紙に書いてあったことを電子データにするだけじゃなくて、もうちょっと抜本的に便利なシステムを考えて欲しかったなぁと思います。