La Lune Lunatique

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「儒教と負け犬」あるいは日本の女は甘ったれか?

金曜、久しぶりに飲みました。
このところ、年に一度程度、ワインつきお食事をする他は、飲み会といえば職場の歓送迎会ぐらいで、ホテル宴会場で出される日本酒など美味しいと思ったこともないし、元からビールはそんなに好きじゃないし(いや、黒ビールとか、エール系はけっこう好きなんだけど…)そんな場では、注がれたときに飲む程度なんで、ちゃんと飲むのも久々、まして泡盛なんて本当に久々。

そういや、昔は妹と、ロックで泡盛飲みながら、カラカラ(泡盛の入れ物ね)をいくつか空けたこともあったような気もしたけれど、もうすっかり夜は寒いし、今回は泡盛も焼酎もお湯割り。
実は、夫の風邪がうつったのか、出かける直前に「この体調は拙いかも…」と思っていたのだが、酒飲んでるときは快調でした(爆)。ま、あまり食が進まなかったのは体調が整ってなかったせいかもだけど、お酒が美味しくいただけたのでまぁそれで良し。飲みながらずいぶん愚痴らせていただきました。おかげさまで、色々と元気になれた気がしますが、よく考えると、目上の人相手になんという厚かましいことをやってるのかしら、私、と、後で反省した(笑)。こんな風に愚痴を聞いてくれる人に恵まれていて、私はきっと、幸せ者です、はい。

往復の電車の中で、新書一冊読了。今井むつみ「ことばと思考」。同じく今井むつみさんの「レキシコンの構築」に前から興味があったのだけれど、素人が4,000円近い専門書を買うことにちょっと躊躇していたら、先日、新書コーナーで「今井むつみ」の名を見つけ、迷わず購入したもの。と言いながら、行きの電車の中ではやや体調が悪く流し読み、帰りは…お湯割り4杯ぐらいで別に酔ってはいなかったものの、まぁやっぱり、じっくり読む環境ではなくて流し読み。
言葉が思考を規定する…と、まぁ、碌な知識もない私でも、粗雑なサピア・ウォーフ仮説もどきみたいなものを漠然と信じてはいたのだけれど、本当に言語が思考の方法を限定するのか、これまで科学的な検証はあまりなされてこなかった、と言われると、なるほど、そうなのかも。非常に楽しい本です。またじっくり読み返そう。

土曜。なんとなく、熱もないのに体調がすっきりしない一日。やっぱり夫の風邪をうつされていたのか…。前日から葛根湯飲み続けてたんだけどねー。必要最低限の家事しかせず(息子は朝から子ども会行事で出かけていった)ゴロゴロと本など読んだり昼寝したりして過ごす。
「儒教と負け犬」酒井順子、出てからもうずいぶん経つ本なんだけど、東京、ソウル、上海、それぞれの東アジア都市での30代未婚女性の生態を、インタビューなどして、共通点と相違点を探っていく本。これが、予想よりかなり面白い。
私は、日本の晩婚化の一因には、絶対に「恋愛は素晴らしい」という雑誌漫画ドラマその他諸々からの刷り込みと、「結婚とは当然、恋愛の結果によるもの」みたいな価値観が絡んでる、と思っていたのですが、酒井さんは、晩婚化の原因の一つは「儒教」にあるかも?と考えるんですね。
男女は平等、という教育を受けて、一生懸命頑張ってきた女性達。でも、男性は結婚相手には「自分よりちょっと下の学歴」「自分よりちょっと下のキャリア」(ついでに年齢も「ちょっと下」か?)を求めたがる。一方で、女の側にも「自分より<ちょっと上>の頼れる男がいい」みたいな意識が、どこかに根強くあるんじゃないか、と。で、まず、なかなか結婚相手を見つけにくい。更に、「女はどれだけ働いても、家では家事を一手に引き受け、男を立てないと」と言われりゃ、そんなきついことを求められたら、そりゃ逃げる女もいるよね、子どもなんか産んでられないよね、ということにもなる。
で、3都市の未婚女性を比べると、日本の「負け犬」が、一番、「男性と対等である」という意識が弱いのだそうです。でもって(これは「だから」とつないでいいのかどうか)セックス経験が一番豊富なのは日本の負け犬。不倫率もダントツで高い(まぁ、当事者アンケートに基づく数字、とはいえ)。これでいいのか、と酒井氏が不安になったのもむべなるかな。(これも、雑誌とかが「恋愛してないと負け」「セックスしてないと負け」みたいに煽っている結果ではないか、と著者は書く。)
あと、日本においては、結婚と幸福との結びつきがあまりにも希薄である、とも彼女は書いています。
まー、色々な話が出てくるので、とてもここで全貌は紹介できませんが、結婚願望など全然なかったけど、たまたま30で結婚した私としては、けっこう、「負け犬」の話はひとごとじゃないと思えちゃうんですわ。ただ、「同棲なんて当たり前」的な日本負け犬の価値観は、都会限定のような気も…。ま、私の身近でも「婚約中」で一緒に住んでる人とか、知ってることは知ってるけど、この田舎では「当たり前」じゃない気はする。というか、私なんて、たまたま二人とも実家住まいだったので、色々メンドクサイし一緒に住むかぁ→正式な(法律上の)「結婚」という形にこだわるわけじゃないけど、親もいる地元で同棲ってのも(相手の親に)何言われるか分からんなぁ→ならまぁ、結婚するかぁ、というのが結婚した経緯だったので、同棲への心理的ハードルはけっこう高かったのよね。

「結婚と幸福の結びつき」については、恋愛真っ只中の状況だけを「愛し愛される幸福な姿」だと思ってしまうと、結婚生活乗り切るのはきついだろうなぁ、と思う。日本の結婚が幸福でないのか、「幸福」の定義が問題なのか、その辺は微妙かも。
そこらの「少子化対策」の担当の方がこれを読んで、なんかの政策が打ち出せる、とはあまり思えませんが、「負け犬」の人に限らず、日本人全体が、もっと、「幸せなくに」(政治的スローガンみたいでヤだけど)ってどんなもんか、考えなきゃいけないんじゃないの、という気は、すごくする。

あー、あと、この本読みながら、もう一つ思い出だしたこと。金曜、飲んだ後に、なんというか、男の人の家庭に対する責任感というものと比べると、自分の考えってかなり甘いかなー、と、ふと思ったのですよ。いや、毎日、実際のご飯を作って食べさせることに関しては、それなりに手を抜かずにやってるつもりなのだけれど、精神的な意味で家族を養っていく、という責任感ね。共働きの私と一家の大黒柱を比べるのはおこがましいかもしれないけど、一家の稼ぎの半分強は自分が担ってても、なんとなく、最終的に支えるのは夫、みたいな意識が、私の中にも、どっかにあるかなー、という。
自分の方がどうしても、家事の負担が多い気がして、なーんか不公平、という感覚が、結婚10年経っても微妙にぬぐえないのが正直なところなんだけど、メンタルな意味での責任感だけ夫に押し付けて「私ばっかり大変!」って言ってるのって、ずれてるよな、と、ちょっと考えさせられた。(別に金曜日、そういう会話を直接したわけではなくて、なんとなく、私がそう感じた、ってだけのことなんだけど。)
別に、日頃「いざとなったらいつ辞めてもいいし」と思いながら仕事してるわけじゃないつもりなんだけど、どっかで、女だから、と、逃げを考えてる自分がいるかな、と。
そう気づいたところで、自分が一朝一夕に変わるわけではないけれど、ちょっと、もう少し、考えてみようと思う。

さて、これを書いている今日は、夫の実家で、いつもの通り午前中から夜8時まで過ごして来ました。夫の実家では、いつも、ものすごい量の食事を出されるので(っていうか、それを作るのは主に義姉と私であるわけですが)そんでもって、揚げ物とかのことが多いので(今日はイカのリングフライを大量に揚げ続けた私・・・)このときだけは、いつも、自分が「逆流性食道炎(胃食道逆流症)」であったことを実感できます(笑)。したくない。
なるべく自分の分は少なめによそったつもりだけど、今もちょっと胸焼けが…うう。
夫も、実家へ帰ると、いくつになっても義母の中では高校生並に食べることになっていて(笑)、食べろ食べろと言われ続けるので、夫も食べすぎで帰ってくる。やれやれ。
そして今日は、夫の実家へ出かけようとしたらいきなり車のバッテリーが上がってるとか、散々な一日でした。(結局、夫の実家まで歩いていって、ブースターケーブル借りて、で、バッテリーを交換した…。最近、たまにエンジンかかりにくいかな、とは思っていたけど、そんなにバッテリーが弱っているとは思っていなくて、他にどこか悪いところがあるのかと焦っちゃったよ。結局、バッテリー以外はチェックしてもらったけど問題ないそうですが・・・。)
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by mmemiya | 2010-11-21 22:10 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)
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