La Lune Lunatique

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「発達凸凹」

この日曜から、うちの母とうちの子ども等の計3人は、私の叔母の家へ泊まりに出かけていました。去年の夏に引き続き、ありがたいことです、本当に。
母が木曜のコーラスの練習を休むわけにはいかない、ということで、水曜の夜、帰ってきました。天気が悪かったので、あまり出かけられなかったようだけど、おかげで息子は読書感想文を仕上げて帰ってきました(笑)。そして二人とも「夏の友」が終わったので、あとは「たからもの(一人一作品)」だけだなぁ、実質上。
息子の工作が、難しすぎるのでは、と思うんだけど(モーターで動くロボットね)気の済むようにやらせてみろ、と夫が言うので、まぁ見守ることにしました。娘は最初、絵日記と言ってましたが、絵本作りに変えました。本日、あらすじが書きあがったところです。あんまりこれまで、娘の書く「お話」が完結したことがないので、今回は先にあらすじを書かせてみました。

<娘の考えたお話・あらすじ>
おにいちゃんとおねえちゃんといもうととおかあさんとおとうさんの5にんかぞく。
おかあさんはいもうとがちいさいからおしごとはやすみをしている。おにいちゃんとおねえちゃんはがっこうにいっている。いもうとはおかあさんとうちでおるすばん。
いもうとはあしたがまちどうしい。あしたはたのしいくりすます。おねえちゃんとおにいちゃんもあしたがとってもたのしみにしている。
あさになってもぷれぜんとがない。こどもたちはがっかりしている。おかあさんはこどもたちをなぐさめる。つぎのあさ・・・ぷれぜんとがあった。こどもたちはにこにこ。おとうさんとおかあさんもにこにこ。



私は「なにか、ピンチ!みたいな出来事がないと、お話になりにくいよ」とアドバイスしただけで、あとは、このあらすじは娘が一人で考えたものです。このあらすじに対しては「なんで最初、プレゼントがなかったのか、わけを考えておいてね」とコメントしておきました。ここから「おはなし」にするときには、けっこう口を出さなきゃならないかも(あらすじからそれていっちゃうかも?)だけど、そんでもって、夏にクリスマスねぇ、とも思うけど、ま、頑張ってくれ。

娘は文章を書くのが好きで、これは私も同様でしたが、うちの息子、かなり私に(中身は)そっくりなところもあるのに、文章はからっきしダメなんですわ。読書感想文も、うーむ、これが小3の作文か…というのが正直な感想ですが、まぁ、書き上げただけで良しとしよう。
文章が苦手なことやら、思い通りにならない時に長時間拗ねることやら、は、ADHDとはまた別の発達障害を髣髴とさせるところもありますが、そんでも、私が勝手に思うところでは、ぎりぎり個性の範疇ではないかなぁ。発達のでこぼこは人より大きいとしてもねぇ…。

と思っていたところ、子ども達が出かけた後の日曜に夫と行った本屋で、杉山登志郎先生の「発達障害のいま」という新書を発見。読んでみたら、正に、発達障害の手前?のところで、杉山先生は「発達凸凹」という概念を提唱しておられました。この分野の第一人者(と勝手に思う)がこういう言葉を使っておられるとは。
確かに、人間誰でも得意不得意はあるもので、この分野は、あの分野は、とグラフにすれば、まっ平らって人はいないでしょう。
ただ、多くの人のグラフは、多分、遠目で見ると平らに近く見えるのに対し、遠目で見てもでこぼこしてるのが、うちの子や私みたいなタイプかなー、などと最近思います。
杉山先生曰く、「発達凸凹」は、悪いところばかりじゃなく、ある分野で優れた才能を発揮したりすることもある。ただ、苦手な分野を上手に補えず、うまい対処が出来ないと、それが「発達障害」になってしまうのだそう。なるほど、という感じです。その他にも、愛知という場所で児童精神科の臨床最前線にいらした経験に裏打ちされた、児童虐待と発達障害の関連性(単に、障害のある子は育てにくいから虐待されやすい、というだけではない話)など、非常に読み応えのある本でした。

このエキサイトブログでも、アスペルガーの診断を受けた当事者の方が書いてらっしゃるブログがあって、私はいつも読んでいるのですが、ご自分の特性を、なんとか周囲と調和させていこうと努力しておられる姿勢には、いつも頭が下がります。
凸凹の大きい子どもが小さいうちから、親や周りの人間は、その子の苦手分野を上手くフォローしてあげるとともに、少しずつ、自分で自分の苦手なところをどう補うか、ってことを意識させなきゃいけないのでしょうね。周囲の人、みんながみんな、凸凹のある人に気を配って対応してくれるとは思えないですしね。周囲から「なんか分かんないけど困った人」扱いされるというのは、本人にとっても、実は周囲にとっても不幸なことだと思いますが。(対応次第で「困った人」でなくなるのならば、周囲にとっても、接し方を考えるメリットはある筈なんですよね。)

そういえば、昔、一緒に仕事をしていて、とてもやりにくい人がいました。私はその人に、ときおり、電話やメールで指示を仰がなきゃいけなかったのですが、とにかくこっちの言いたいことが分かってもらえなかったりして、非常に苦労していました。
そんなことを同僚に愚痴っていたら、それを聞いていた上司が、「アスペルガー的な傾向のある人だと思って接したらどう」とアドバイスしてくれたのですね。
実は私は彼女と、高校時代、同じクラスにいたことがあります。言葉を交わした記憶はほとんどなく、記憶に残る彼女の姿は、いつもうつむき加減で、あまり誰ともしゃべらない人でした。
そうかー、と思って、色々私なりに考え、対応を変えました。
たとえば・・・
・一度に聞くことは一つだけにする。
・いつまでに回答して欲しいか明確に示す。(前の質問に対する答えがまだ来ていないうちに次の質問が必要になった場合は、二つの質問のどちらに先に回答が欲しいか示す。)
・聞くときは、電話は止めてメールにする。
・たとえを使わずに聞く。(「たとえば・・・」と、自分では状況を上手く説明したつもりだったのに、彼女は、たとえ話と実際の状況の些細な違いに意識を引きずられ、私の言いたいことが伝わらないことが度々ありました。)

これで確かに、彼女からの回答は、それまでよりもちゃんと返ってくるようになりました。まぁ、全てが常にうまくいったわけではないですが、上司の慧眼には感謝しています。ただ、誰もが私のその上司のように、人の特性を鋭く察知するわけでもないし、彼女自身が「私に聞くときはこうしてください」と示せるようだったら、もっと多くの人と円滑に仕事が進めらるかもしれないわけで。

などとエラソーなことを言いながら、うちの息子に、自分の苦手なところをどう自覚させればいいのか、ってのは、理屈はともかく、実際にはなかなか難しいんですけどね…。
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by mmemiya | 2011-07-28 21:55 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)
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