La Lune Lunatique

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器用・不器用

本日は、高校の同窓会に出席していました。

クラス会でも、学年会でもなく、「高校全体の」同窓会総会。そんなもん、これまで一度も出たことがなかったのですが(同窓会事務局に、結婚も転居も連絡などしていない)なんでも今年は私たちの年が幹事年にあたるとかで、去年の秋に職場に電話かかってきたり、あれやこれやがあって、まぁ、準備はお手伝いできませんが、まぁせめて当日は行きますわ・・・ということで、非社交的な私としては、出席したって碌に知り合いもいないんじゃないか、と思いつつも、浮世の義理で参加。

出てみてわかったんだけど、要するに、総会の参加費(と、広告費)がかなり余剰金を出し、これが同窓会の各種運営経費(母校への寄付とか。)に充てられていくわけですわ。ということで、幹事年には「動員部」なるものがあって、とにかく一人でも多い参加者を募る、と。

我々平成元年卒のほか、10歳上の昭和54年卒、20歳上の昭和44年卒が幹事年なんですが、昭和44年は百人以上が参加していて、まぁ、61歳だとそろそろお暇もありますわよね、という感じ。54年卒は100人にちょっと届かないくらい。で、我々はと言えば、去年のS63年卒は150人ぐらい!来たらしいが、我が学年は50人を切ってました、参加者。まぁ地元に残ってる人も多いとは言えないだろうしね・・・。

一学年450人、うち、女子は確か120人ぐらいだった筈で、男子はともかく、女子は在校中は大体全員顔と名前が一致してたつもりなんだけど、いやー、出席者名簿を見れば「ああ、そんな名前の人、いたいた」と思うけど、全然どんな人だったか思い出せない人、多数。男子はまして分からん。(中には3年間男クラ、つまり男子しかいないクラスだった、なんて人もいるわけで・・・。)正直、「やっぱ来るんじゃなかった」という気にもなったのですが、まぁ、あれから20年以上も経つと、さすがにオトナですから、隣の席に座った、高校時代、一言も言葉を交わしたことのないであろう男性とも、接点とか探りながら、まぁなんとか、当たり障りのない会話をすることができた。こんなところで竹内銃一郎の話をするとは思わなかったよ、とか。
帰り、会場から駅までのシャトルバスでは、なぜか恩師(クラス担任ではなかったが、教科担任ではあった)の隣に座ることになってしまったが、そんでもまぁ、30分弱の間、途切れることなく、現在はある高校の教頭であるというその先生と四方山話を続けることができたのも、これもある種の年の功ではあるか。
それにしても、なんかやたらみんなに「ちっとも変わってない」と言われた私。それって喜んでいいの?いやー、見違えるほどオトナっぽくなったとか女らしくなったとか言われたかったわ(笑)。ちょびっとだけ複雑な心境。

なにしろ社交的でもないし、20年以上音信普通だった人とは、やっぱりそう滅茶苦茶盛り上がるほど親しかったわけでもないしで、メールアドレスだの携帯番号だの交換するわけでもなく(男性相手だと何人か名刺交換はしたけど)、じゃあまたね、なんつって(その「また」はいつあるんだ?みたいな・笑)帰ってきたのだが、一人、高校時代にそれなりに親しくしてた人に会った。(ここで書いた「男友達」の一人。)
1年ほど前、彼のお父さんの訃報記事が新聞に出ていて(地元大学の先生だったので)、喪主が彼になっていたので、こっちに戻ってきているんだろうか?と思ってたのだが、聞いてみたらずっと他県にいるらしい。とはいえ、滅茶苦茶遠いわけでもないので、同窓会のためにわざわざこっちへ来たらしい。

高校時代、私は3年間、体育祭や球技大会の準備をする「体育委員」というのをやっていて、その委員会活動の中心メンバーとは、学校帰りにマック行ったりラーメン食べに行ったり、休みの日にも集まってボーリング行ったりビリヤード行ったり、みたいなことをしていたのだが、彼もそのメンバーの一人で、一応、彼らがどこの大学行ったかまでは知っていたのだが、その後は誰の消息も知らなかった私。今の子達だったら、メールアドレスだのなんだのを知ってて、なんとなくつながりが続くのかもしれないけど。

今回、聞いてみると、彼は某大の物理学科を出た後、東大の院へ行き、そこで、どうも研究者は自分に向いていないと思い、人に何かを還元できる仕事がしたい、と思って医学部へ入りなおし、今は医者をやってるんだそうだ。最初、貰った名刺が赤十字病院の名刺だったんで、「え?医学部じゃなかったよね?」と吃驚してしまった。
高校時代から、背が高くて顔立ち整ってて、スポーツ得意で、社交的で、っつー子だったが、今回も、出席してる女性ほぼ全員と「なつかしーねー」みたいに親しくしゃべってる感じで、いやー相変わらず、っつーか、そーか、あの頃は気づいてなかったけど、でも、頭もよかったんだね、みたいに見直した私(笑)。会話してたら「ほら、あの時代に携帯とかあったらさ、その後も連絡取れてて、今頃、僕たち結婚したりしてたかもしれないし」とか言われて「は?」って感じでしたが(勿論、当時、付き合ってたとかそういう関係では全然ない。あ、でも、メンバー中電車通学だったのが私だけで、彼は駅のそばに住んでたので、けっこう自転車の後ろに乗せてもらって駅まで送ってもらったことがあった。そのせいか、彼のことを好きな後輩から、「miya先輩って○○先輩と付き合ってるんですか!」と詰め寄られたことがあったな・・・)、後で別の女性にも全く同じ台詞を言っていた(笑)。ホント相変わらずだわ、と感心。これで3児の父で小児科のドクターか・・・。さぞかしお母さんたちに人気があるに違いないわ。彼は3年次、男クラだったのだが、そんな暗さ(?)は微塵も漂ってない。
なんというか、世の中には、器用な人っているもんだよなー、と思う。当時から、彼に引き比べて自分の不器用さってのが、結構、内心で自己嫌悪の素になってたりしてたのをふと思い出したんだけど、まぁ、人間、やっぱ持って生まれた性質ってのがありまして、なかなか、器用なふりして生きることもできません。と言いつつ、息子には、せめて今よりもう少し、器用になってもらいたいもんではあるのだけど・・・(苦笑。)

器用と言えば、全員進学が当たり前、短大進学者は数人いたかどうか、ほぼ全員が四大へ進み、400人以上は共通一次を受験、みたいなこの高校を卒業して、今回参加してた女性の多くが、聞いてみるとけっこう専業主婦だったのはちょっぴり意外だった。旧帝出てたりする子も多くて、何かもったいないような気もした。で、働いてて凄いねー、みたいなことを複数の子から言われたんだけど、どっちかって言うと、私は不器用だからなんか働き続けている、ような気もしないでもない。ま、でも、なんにしろ、40過ぎてそう大きく自分を変えられるもんでもなかろうし、今となってはこんな自分がけっこう気に入っているので、ま、これはこれでいいのよね、うん。
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by mmemiya | 2012-06-10 23:36 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)
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