La Lune Lunatique

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集団の中の子ども

土曜日、生まれて初めてライブハウスなるところへ行ってきた。中学時代の同級生がライブをやる、というので、母に子守してもらって夫婦で出かけたのである。

といっても、仲が良かった友人、というわけではなく、むしろ、親同士の方が交流があり、今回も母がご案内を頂いたのだが、私にも一度聞きに行ってみたら、となったのだった。

近々3枚目のCDが出る、とのことで、全国をまわっている途中のようで、この土曜、日曜が地元でのライブ。チケット売っているのはご両親で、客席にもご親戚なのか60歳代かひょっとすると70歳代か、なんて方がちらほらいらっしゃる。それから、もう(特に男性は)名前がはっきりと思い出せないんだけど、あ、多分、中学の同級生よね、という顔が何人か。ま、当然といえば当然か。

歌の方は、民謡調というか、昔からあるお囃子みたいなリズムや掛け言葉も取り入れたりして色んな世代になじみやすそうな音楽で、けっこう楽しめたし、なにより、そういうことをなりわいにして生きているってすごいなぁなどと感心してしまった。

ところで、私も夫も、どうも友人というのが多くない方で(30歳代の今から、しっかりと<濡れ落ち葉になる>(古いですか?)と宣言している我が夫…)、ライブハウスで見かけた面々は勿論、その他の元同級生ともほとんど交流がない。
小学校低学年の頃はともかく、ある程度の年齢になってからの私は、いじめを受けた経験というのもないけれど、例えば小学校の修学旅行で、「好きな子同士で班を作れ」と言われて、どうしよう、と思っていたら声をかけてくれた子達がいてほっとした、なんてことを覚えてるぐらいだから、当時からクラスの中での交わりってのがそんなに濃くなかったんである。卒業後に疎遠になるのは致し方ないと言ってもいい。

ただ、卒業して過去のことになってしまえばそれだけのことだけれど、中にいる間というのは、あの<クラス>って奴は、時にはかなり重いものなんである。外に出てしまえばそれだけのものなのに、学校というあの閉鎖的な空間の、あの、同じ年齢の人間で作られたあの閉ざされた場の逃げ場のなさ、というか重たさはなんだったのだろう。

今、「子育ての大誤解」という本を読んでいるのだけれど(なかなか読み進められない…)、これは、親の子育てというのは、従来言われていたほど子どもに影響を与えるものではなくって、子どもにとって影響がずっと大きいのは子ども同士の集団である、といったようなことを説明している本。
まだほとんど読めていないけれど、例えば、最近ずっと続いている子どもの自殺報道などを見ると、本当に、親はなんと、子どもの集団に対して無力なものか、と思う。「私の後を追って死なないでね」と親を気遣ったり、「またお父さんとお母さんの子どもになりたい」などという言葉があるにも関わらず、死を選んでしまう子ども達。ある時期の子どもにとって、子どもの集団というのは圧倒的な圧力を持って迫ってくるものなのだ、と心底思う。今となってみれば、どうしてあんなちっぽけな場所の、あれだけの人間関係が、あんなに心に重かったのか、と、笑えてしまうようなことなのに。

学校が悪い、とかいう単純な問題でもなく、いつの時代でも、子どもには親との関係より、子ども集団での関係や立場の方が圧倒的に重要である時期、というのが、どうしたって存在するのだろうと思う。また、「子育ての大誤解」の著者はアメリカ人だけれど、彼女は3年間、クラスの中で全員に無視される、といういじめを受けていたそうで、いじめが日本特有の問題か、というと、そういうものでもなさそうだ。

今から次第に大きくなって、あの閉ざされた、圧倒的な力を持つ場へと入っていく子どもたちに、何ができるかはわからないけれど、親としてはもちろん、我が子を守りたいのだ、なんとしても。
親の無力さを心に刻みつつ、それでも、精一杯、子どもを守ってやりたいと、恐らく、ほとんど全ての親が心の底からそう思っている。
だからどうか、子どもたち。楽しい日々でもあると同時に、突然、圧倒的に重く迫ってくるあの空間を、あの季節を、どうか誰もがくぐり抜けられますように。
子どもたちにその力を。私たちに、子どもたちに手を差し伸べられるチャンスを。神を信じていなくても、精一杯のできることを探したら、あとはただ、祈ることしかできないように思えてしまう。
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by mmemiya | 2006-11-19 23:27 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)
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Commented by at 2006-11-24 18:03 x
すごく分かります・・・<圧倒的に重く迫ってくるあの空間

子育てをしていて思うに、非常に図太い子供のほうが比較的楽に
生きていけるのではないかと思うのです。
図太く、そして明るく、そしてセンスがある子供であれば。
そんな子供は奇特だと思うので、たいていの場合はそのどれかであるか
もしくはどれも持ち合わせていないか。

でも生きやすい=幸せではないということはその空間をすごしてみなければ
分からないことで(何が起こったとしても)
それを子供に説明するのは本当に難しいと思います。
だから、親ばかではない絶対的な味方であること、それだけは肝に銘じて
あの場所へ送り出せたらいいのかもしれませんよね。
Commented by mmemiya at 2006-11-25 19:56
あー、そうですねー。今の所、うちは上の子の繊細さが非常に気になります。
下は(今だけかも知れませんが)かなり図太いので、あまり心配要らなさそう、というか…。

親というのは、自分の経験してきたことを、全て子どもに伝えて、自分と同じ
目にはあわないで済むように、なんておせっかいを焼きたくなるものですが、
実際のところ、子どもの体験を代わってやることなんてできないし、子ども自身が
自分で体験しなければ学べないこともたくさんあるのでしょうから、あとは、
親が味方である、ということを実感してもらうにはどうしたらいいか考えるぐらい
しかないのでしょうね…。