La Lune Lunatique

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つーことで自分の受けた英語教育を振り返ってみる

私は、基本的に、自分が中・高と受けてきた英語教育に、実はあんまり不満を持っていないのです。
(大学でも第二外国語は英語でしたが、高校までの授業の応用、みたいな感じだったので、一応、中・高と書きました。)

それはなぜかと言うと、私は自分の現在の生活の中で、特に英語について不自由を感じてないから、です。基本的に、英語なんぞ日本での日常生活にほぼ要らないわけですから、これが英語圏在住とかなら、また、感想も違ってくるのかもしれませんが。

大学卒業して、初めて海外旅行をしてみたところ、とりあえず、自分は英語圏でパッケージプランじゃない旅行をするのに困らない程度には英語を聞き話せる、と自分では感じました。
ちょっと知りたいと思ったことについて英文のウエブサイトをざっと読み流す程度には英語を読みます。何かの本やウェブに「アメリカでは云々」と書いてあると、裏づけを取るために英文の関連サイト探したり、とかですね。あと、必要とあればちょっとした英語のEメールは書きます。(それが充分にPoliteかどうかの判定は自分ではできませんが。)

それで現在の私の日常では困ることは何もないため、多分、私の英語力がこれ以上向上するのはちょっと考えにくいですね、現状では。そもそも、このレベルからの劇的な向上ってのは簡単ではないだろう、と予想はつくし、そこを乗り越えるためにものすごい努力をするだけのモチベーションがない。

子どものころを振り返ると、多分、この世に英語ってものがある、と知ったのは、叔母を通してだったんじゃないか、と思います。母の弟の配偶者だった人なのですが、母より8歳ほど若かったはずで、私にとっては、ひとまわりちょい違うだけの、都会の、綺麗な憧れのお姉さん的存在の人でした。
私が小学生の時、神戸で、ポートピア博覧会、というイベントがあったのだけれど、この叔母が、会場でボランティア通訳か何かをしていたような記憶があります。その前なのかその後なのか、英語のポップアップ絵本もプレゼントしてもらったような。
あと、中学に入る前、家にシリーズで揃えてあった学習事典(祖母が買ってくれたんだと思う)「旺文社教科別学習大事典 ジュニア・エポカ」で、確か「英語」もあって、それを読んでいました。当時のことだから、音声教材なんかはついておらず、音として英語を聞く機会はほとんどなかったとは思うのですが、多分、私は、中学での英語の授業を、楽しみにしていたんだと思います。
で、だから、中学へ入るとすぐに、NHKのラジオ「基礎英語」を聞き始めたんじゃないかな、と思うのですが、自分がどこで「基礎英語」の存在を知ったのかは思い出せません。店頭にテキストがあったからかなー。あと、親にねだってリンガフォンのテープを買ってもらったのも中学のときなのですが、あれは、多分、悪くない教材だったんだろうけど、高かった割に活用していません…。申し訳ない話です。

中学2年のとき、日本を公演して周っていたルーマニアからの劇団がうちの市にも来て、お芝居を見せてくれたことがありました。当時、その公演の主宰サークルの代表を、私の母が務めていたのですが、公演後、ささやかな歓迎行事が催されたとき、うちの母は私をその人たちの前に連れて行って「ジスイズマイドーター」と言っただけでどこかへ行ってしまいました。
いきなり一人で国際交流?させられることになった私が何をしゃべったかなんて覚えてやしないのですが、何年英語を勉強しているんだ、と聞かれて「Two Years」と答えたことと、最後に彼らが「See you in Bucharest」と言ったような気がした…ということだけは覚えてます。ちなみに、ウチの母はそれを聞いて早速、サークルの会報に「次はブカレストで会いましょう。 そう言って彼らは帰っていった…」みたいな文章を物しました。文章自体は覚えていないけれど、なかなかの名文だった記憶はあります。でも母よ、それを聞いたのはあなたじゃない、って感じだったんですけどね、私としては。

高校に入った後は、最初のうちこそ「ラジオ英会話」のテキストを購入したりもしていたのですが、やがてラジオ講座を聞くこともなくなり、私の「学校の授業以外での英語学習」はここで打ち留めとなります。

中学高校は普通の公立高校で、取り立てて変わった英語教育など、受けた筈もありません。高等学校では、われわれの世代ではもはや知る人も少ないであろう「ヤマテイ」こと山崎貞さんの「新々英文解釈研究」なんかを使用する、乱暴に言えばかなりアナクロな英語の授業を受けました。
なんたってあなた、この参考書、著者の息子さんが「父が亡くなって、もはや四半世紀が過ぎたが、こうして使い続けていただけるのはありがたいこと…」みたいなコメントを寄せておられ、四半世紀もまだ生きていない高校生にしてみたら、な、何それ!みたいなカルチャーショックを受けるには充分でした。もちろん、それだけの名著である、と言えばそうなのでしょうが、さすがに現在は絶版になっているようです。(初版は大正元年らしい。ヤマテイを駆逐した、と著者が自負する伊藤和夫の「英文解釈教室」の初版が昭和52年。それだって私が小学校に入る前に出てるじゃん!ちなみに、3つ年下のわが妹は、同じ高校の出だが、もう、ヤマテイは使用していません。)ちなみにこの本で覚えているのはもうクジラの構文だけですが、あんなもの、使う機会は一生ないような気がします。

ざっとこんな経緯で現在にいたり、今の私は、学校で習うだけの英語で、基本的には英語学習なんて充分じゃん、と思ってるのですが、それはやっぱり、単なる向き不向きの問題も絡むと思います。教科としての英語は、中高を通して私の得意科目でした。それがEnglishにどう結びつくかは、また別の話ではありますが。
あとこれは、あくまで自分の世代が受けた英語教育前提の話ですね。楽しくコミュニケーション!を重視した英語教育では読み書きリテラシーの方がおろそかになりがちってことはあると思います。一方で、私の受けてきた英語教育ではリスニングの方が不十分で、私はそれをラジオ教材なんかで多少補ってきた、ってことなのかなぁ。
それと、文章を作る方に関して言えば、文法という理屈をある程度飲み込むだけでなく、一定量の文を理屈ではなく覚えこむってのはけっこう重要ではなかろうか、と感じます。そういう意味でも、ラジオ講座のスキットを、当時はほぼ全部暗記していた、ってのは大きかったのだと、今にして思います。
対して私のフランス語のほうは、まぁ大学で習ったのは2年間だけなのですが、とはいえ、週に5コマの2年間、ものすごく足りないわけではないでしょう。文法だけをいうなら、もはやフランス人でさえ滅多に使わない単純過去なんてのまで一応習ってるわけですから。(フランス人に「パッセ・サンプルを習った」というと、大抵は驚かれます。)にも関わらずフランス語力がいまひとつなのは、理屈抜きでとりあえず頭の中に覚えこんだ仏文が、多分、少なすぎるのだと思ってます。

実は、20代も後半になって、少しだけ、いわゆる英会話学校に行ったことがあります。フランスに行く前の一年弱、仕事が終わった後の夜間、週に1回だけ、ベルリッツって所に通ったんですよ。フランス語力がかなり初歩的レベルだったので、これなら英語力のブラッシュアップをした方がまだしも実用レベルになるんじゃないか、と思って、当初、月の半分は英語、半分はフランス語のレッスンを取ったのです。でも、フランス語の上達が相当遅いので、こりゃ、限られた時間で両方やってもどっちつかずになるだけだわ、と、2ヶ月ぐらいで英語のレッスンはやめてフランス語に専念することにしました。
当初のベルリッツのレベルチェックで、フランス語はレベル3(中級の一番下。旅行が出来るレベルよりちょっと上ぐらいとか。)、英語はレベル5か6(中級の後半。日常的な問題なら大体対応できる、ぐらい?)って所だったはずです。

と、長々と振り返ってみると、学校教育だけで充分、であったのか、3年間、平日は毎日欠かさずコツコツと聞き続けたラジオ講座の存在がかなり大きかったのか、判断に迷うところではありますね。
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by mmemiya | 2008-08-23 01:24 | 日々雑感 | Trackback | Comments(4)
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Commented by みけ at 2008-08-25 12:53 x
父が語学講座マニアで、テレビのフランス語講座を録音していました。小学校6年くらいからそれを聞いて、中学からは自分でテレビとラジオのフランス語講座を視聴しました。高校生からはアテネフランセに通い、確か中等前期まで終了しました(試験は半分ディクテだった。ああ)。英語より先にフランス語を触れたせいで、外国語音は口の形とか息とかで作るものだと思っていたのに、学校英語は聞こえるような音が作れない。そのうち音そのものがよくわからないことにも気付いてしまった。これはフランス語学習の弊害かもしれないです(笑)。
「パッセ・サンプル」、私もやったかも?なにせ、テキストは「モージェ・ブルー」です。アテネフランセ教授陣もバカにしまくりの教科書でした。私がアテネで学んだことは「フランス人は毒づく」ということ、何か言われたら言い返すこと、でないとバカにされることでした。フランス人が苦手という後遺症は残りましたが、異文化初体験としてなかなか有益でした(教科書を放り投げ、「オリンピック是か非か」というディベートをやらせた先生がいました)。
Commented by mmemiya at 2008-08-25 23:38
おお、そうですか、英語より先にフランス語!
私は高校生になって、ラジオフランス語講座を始めたのですが、基礎英語みたいな、文法の初歩から噛み砕いてお勉強、みたいなスタイルではなく、フランス語講座はもう少し会話重視のように思え、あっという間に挫折しました。それなのになぜ、性懲りもなく第一外国語にフランス語を選んだのか…。
オリンピック是か非か・・・そんなディベートが出来るフランス語力というのは羨ましい限りです。フランス人は言い返さない人間は馬鹿だと見做す、ってのはそうかもなぁ、と思えますね。
Commented by みけ at 2008-08-27 18:25 x
いえいえ、ディベートなんてもんじゃなく、先生の趣味で討論させようとしてただけです。アテネにはレベルがどんなに低くても、ムリヤリなんか言わせるという先生が何人もいました。ちなみに「コーラ、是か否か」というテーマもありました。もちろん、先生はNon派!なんでも、Non!(笑)

> 山崎貞さんの「新々英文解釈研究」
私は聞いたことないですねー。初版が大正では旧制中学だったウチの父が当然知っていそうです。英語の力をつけるには英語の本をじゃんじゃん読め!という方もいますね。ウチの父がそうでしたが、読み書きだけは不自由しないって人はそういうタイプなのかも。
語学校に行くのって、やってる気にはなるけど、本当のところMiyaさんみたいに「ラジオ講座」で毎日続けるというのが1番効率よくに力がつく気がします。
Commented by mmemiya at 2008-08-31 14:10
コーラ、フランス人、好きな人多そうですが(笑)。私はまだ、パリにスターバックスが出来る前にパリを去ったのですが、今やスタバもすっかり定着しているそうですし。若者はアメリカ風ってだけでカッコいいと思ってそうにも見えますが。
あ、新々英文解釈研究は、旧制高校受験者がよく使っていた参考書だそうですので、お父上はご存知かも。実家のどこかをひっくりかえせば出てくるかもしれませんが、まぁとにかく古今の名文がずらっとあって、あれを完全にマスターしていれば、確かに大抵の読み書きには不自由しないかもしれません。「鯨が魚でないのは馬が魚でないのと同じだ」なんて文章を実生活で生かせる日は多分、来ませんが(笑)。