La Lune Lunatique

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食事療法、っつータグでも作るか。

2日前、この冬一回目のキムチを漬けたが、ちょっと下漬けに手を抜いてしまったこともあり、仕上がりは今ひとつ。ううむ、リベンジしなければ、の前に、もちろん、このキムチを食べねばなりませぬ。ちょっと人様に差し上げられる出来ではないしな~。料理に使って食べてしまいたいのだけれど、そうすると、子供用にまったく別の料理を作らないといけないのがメンドクサイ。

白菜のほかに、大根、にんじん、蕪をたくさんいただくので、先日初めて、蕪を焼いてみた。5ミリぐらいの厚さに切って、フライパンで焼く。これが、ただ焼いただけなのに、甘みが出てなんとも美味しい。塩豚と蕪をフライパンで焼いて出したら、娘に「お母さんの料理はやっぱり美味しいね~」と褒められた。いやー、こんな単純な料理(つか、料理というほどのことはしてない)で喜んでいただけるなんて、ちょっと詐欺師の気分よ。その前日のビーフシチュー(赤ワインにトマト缶を加えて煮込んだ)の方がもう少し手がかかっていたのに、どうも、どっちかっていうと塩豚と蕪の方が受けが良かったわ。そんなものかも。

そういえば、コメント欄で教えていただいたように、玄米を、今まで以上に時間をかけて食べるようにしたら、胃もたれを感じなくなりました。食べ方が間違っていたのですね。なんか、子どもたちの噛み方なんか、かなりいい加減な感じなんだけれど、あの子達は大丈夫なんだろうか…。
私が、あれもあんまり食べちゃダメだしこれもあんまりたくさんは…、と言っていたのを受けて、娘が「じゃあ、お母さんはどんなものを食べるのが一番いいの?」と聞いてきた。なかなか難しい質問です。まだ、食事記録やその中の炭水化物量をきちんと記録するに至っていないんだけど、今までより、すこーしご飯の量を減らして…と思っていたら、昼前とかに、すごく空腹になったりする。放っておくと低血糖でふらふらになりそうだし、かといってそこで甘いものを食べて…って繰り返しが膵臓にいいかといえば、なんともはや。糖質制限食派の意見では、そこで食べるべきは無糖ヨーグルトかナッツ類なんだそうだけど、ヨーグルトはともかく、ナッツ類っつったらカロリーはすんごいですからね。通常の糖尿病食品交換表での食事指導だったら絶対推奨しないでしょう。
夕食後は、今までより多少ご飯少なめ(30g弱ぐらいか?減らしてるの)でも、特に空腹でもないし、昼食も、割とおかずも多いので夕方の空腹もそんなに感じない。これはつまり、朝食におかずが少なすぎる、ってことなのね。しかし、朝、おかず作ってる暇がなくて、おかずは大体、前夜の余りものなんですが(あとは果物と、たまに納豆が加わる)前夜の家族の食べ具合で、朝食に残る量にはムラもある。朝食のメニューを豊かにするのが、カーボカウント上は課題かも。炭水化物を減らす分、他のものでカロリー摂らなきゃいけないからね。毎日納豆がお手軽か?


しばらく前にたくさん本を買ったのだけれど、気づくと古いマンガを読み返していたりして、まだ買った本は手つかずだったり。そんな中で、少しずつではあるが読み進めているのは、佐多稲子「夏の栞」。
ハタチ前後の頃だと思うが、「本を勧める本」みたいなのをけっこう読んでいた時期があった。「だれそれが選ぶSFこの50作」とか「お薦めのミステリーはこれだ」「近代日本文学…」とか、ジャンル別に色々な人が、これだけは読んでおけ、みたいな文章を書いてる本。その中で、この「夏の栞」の紹介文も目にした記憶はあるのだが、手に取ったのは今頃。
昔目にした紹介文は、<何某の小説に「サルトルとボーボワールのように」を合言葉にする男女が出てきたが、私は女友達とのつきあいのなかで、ふと、「佐多稲子と中野重治のように」という言葉が不遜にも頭をよぎることがある>みたいな文章だった。
夏の栞は佐多稲子が綴った、中野重治の追悼文。異性関係としてではなく、長く非常に親しかった二人。佐多稲子は「私は中野さんとのつきあいで、自分が男でなかったというのが残念で…」という台詞をはいた、というのも、前述の紹介文の中で引用されていた。でも、その引用のおかげで、昔の私はわざわざこの本を探そうとは思わなかったのかもしれない。男友達との関係の中で、自分が男であったらよかったのに、と思うなんて、私には理解を超える話だったから。
しかし、この本を実際読んでみると、70歳を超えていてもなお、佐多と中野の間には、男と女だからこそ生まれる、微妙な機微が見え隠れしていて、それは、とてもじゃないが単純に「男同士だったらもっと深い友情が結べたのに」という種類の間柄ではなさそうに思える。それが証拠に、中野の妻である原泉は、佐多とも親しい友人ではあるけれども、中野の中に時折かいま見える、佐多の特別な存在感に、明らかに不快感を表明している。
ひととひとの間の感情は、「友情だ、恋だ」などと単純に分けられるものではなかろうし、もちろん、感情そのものが常に一定であるわけもない。いっそ同性であったなら、も、真実ではあっただろうが、同時に、異性だったからこそ良かった、という面があったことも、きっとあるのだろう、と思う。そして、友情の域に収まりきらない異性間の揺れる感情は、いくら齢を重ねても、消えていくものではないらしい。当然と言えば当然だよな。私はついつい、年をとればそういう感情は薄らぐものかと思ったりしていたが、単に、「そういう感情は年寄りにはそぐわない」という世間の中で、己の感情を隠しているだけ、というのが正しいのだろう。
まだ全編を読み終えてはいないのだけれど、なんというか、参ったなー、というのが正直な感想。
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by mmemiya | 2008-12-11 23:38 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)
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