La Lune Lunatique

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カテゴリ:子育て、子育ち( 215 )

「発達凸凹」

この日曜から、うちの母とうちの子ども等の計3人は、私の叔母の家へ泊まりに出かけていました。去年の夏に引き続き、ありがたいことです、本当に。
母が木曜のコーラスの練習を休むわけにはいかない、ということで、水曜の夜、帰ってきました。天気が悪かったので、あまり出かけられなかったようだけど、おかげで息子は読書感想文を仕上げて帰ってきました(笑)。そして二人とも「夏の友」が終わったので、あとは「たからもの(一人一作品)」だけだなぁ、実質上。
息子の工作が、難しすぎるのでは、と思うんだけど(モーターで動くロボットね)気の済むようにやらせてみろ、と夫が言うので、まぁ見守ることにしました。娘は最初、絵日記と言ってましたが、絵本作りに変えました。本日、あらすじが書きあがったところです。あんまりこれまで、娘の書く「お話」が完結したことがないので、今回は先にあらすじを書かせてみました。

<娘の考えたお話・あらすじ>
おにいちゃんとおねえちゃんといもうととおかあさんとおとうさんの5にんかぞく。
おかあさんはいもうとがちいさいからおしごとはやすみをしている。おにいちゃんとおねえちゃんはがっこうにいっている。いもうとはおかあさんとうちでおるすばん。
いもうとはあしたがまちどうしい。あしたはたのしいくりすます。おねえちゃんとおにいちゃんもあしたがとってもたのしみにしている。
あさになってもぷれぜんとがない。こどもたちはがっかりしている。おかあさんはこどもたちをなぐさめる。つぎのあさ・・・ぷれぜんとがあった。こどもたちはにこにこ。おとうさんとおかあさんもにこにこ。



私は「なにか、ピンチ!みたいな出来事がないと、お話になりにくいよ」とアドバイスしただけで、あとは、このあらすじは娘が一人で考えたものです。このあらすじに対しては「なんで最初、プレゼントがなかったのか、わけを考えておいてね」とコメントしておきました。ここから「おはなし」にするときには、けっこう口を出さなきゃならないかも(あらすじからそれていっちゃうかも?)だけど、そんでもって、夏にクリスマスねぇ、とも思うけど、ま、頑張ってくれ。

娘は文章を書くのが好きで、これは私も同様でしたが、うちの息子、かなり私に(中身は)そっくりなところもあるのに、文章はからっきしダメなんですわ。読書感想文も、うーむ、これが小3の作文か…というのが正直な感想ですが、まぁ、書き上げただけで良しとしよう。
文章が苦手なことやら、思い通りにならない時に長時間拗ねることやら、は、ADHDとはまた別の発達障害を髣髴とさせるところもありますが、そんでも、私が勝手に思うところでは、ぎりぎり個性の範疇ではないかなぁ。発達のでこぼこは人より大きいとしてもねぇ…。

と思っていたところ、子ども達が出かけた後の日曜に夫と行った本屋で、杉山登志郎先生の「発達障害のいま」という新書を発見。読んでみたら、正に、発達障害の手前?のところで、杉山先生は「発達凸凹」という概念を提唱しておられました。この分野の第一人者(と勝手に思う)がこういう言葉を使っておられるとは。
確かに、人間誰でも得意不得意はあるもので、この分野は、あの分野は、とグラフにすれば、まっ平らって人はいないでしょう。
ただ、多くの人のグラフは、多分、遠目で見ると平らに近く見えるのに対し、遠目で見てもでこぼこしてるのが、うちの子や私みたいなタイプかなー、などと最近思います。
杉山先生曰く、「発達凸凹」は、悪いところばかりじゃなく、ある分野で優れた才能を発揮したりすることもある。ただ、苦手な分野を上手に補えず、うまい対処が出来ないと、それが「発達障害」になってしまうのだそう。なるほど、という感じです。その他にも、愛知という場所で児童精神科の臨床最前線にいらした経験に裏打ちされた、児童虐待と発達障害の関連性(単に、障害のある子は育てにくいから虐待されやすい、というだけではない話)など、非常に読み応えのある本でした。

このエキサイトブログでも、アスペルガーの診断を受けた当事者の方が書いてらっしゃるブログがあって、私はいつも読んでいるのですが、ご自分の特性を、なんとか周囲と調和させていこうと努力しておられる姿勢には、いつも頭が下がります。
凸凹の大きい子どもが小さいうちから、親や周りの人間は、その子の苦手分野を上手くフォローしてあげるとともに、少しずつ、自分で自分の苦手なところをどう補うか、ってことを意識させなきゃいけないのでしょうね。周囲の人、みんながみんな、凸凹のある人に気を配って対応してくれるとは思えないですしね。周囲から「なんか分かんないけど困った人」扱いされるというのは、本人にとっても、実は周囲にとっても不幸なことだと思いますが。(対応次第で「困った人」でなくなるのならば、周囲にとっても、接し方を考えるメリットはある筈なんですよね。)

そういえば、昔、一緒に仕事をしていて、とてもやりにくい人がいました。私はその人に、ときおり、電話やメールで指示を仰がなきゃいけなかったのですが、とにかくこっちの言いたいことが分かってもらえなかったりして、非常に苦労していました。
そんなことを同僚に愚痴っていたら、それを聞いていた上司が、「アスペルガー的な傾向のある人だと思って接したらどう」とアドバイスしてくれたのですね。
実は私は彼女と、高校時代、同じクラスにいたことがあります。言葉を交わした記憶はほとんどなく、記憶に残る彼女の姿は、いつもうつむき加減で、あまり誰ともしゃべらない人でした。
そうかー、と思って、色々私なりに考え、対応を変えました。
たとえば・・・
・一度に聞くことは一つだけにする。
・いつまでに回答して欲しいか明確に示す。(前の質問に対する答えがまだ来ていないうちに次の質問が必要になった場合は、二つの質問のどちらに先に回答が欲しいか示す。)
・聞くときは、電話は止めてメールにする。
・たとえを使わずに聞く。(「たとえば・・・」と、自分では状況を上手く説明したつもりだったのに、彼女は、たとえ話と実際の状況の些細な違いに意識を引きずられ、私の言いたいことが伝わらないことが度々ありました。)

これで確かに、彼女からの回答は、それまでよりもちゃんと返ってくるようになりました。まぁ、全てが常にうまくいったわけではないですが、上司の慧眼には感謝しています。ただ、誰もが私のその上司のように、人の特性を鋭く察知するわけでもないし、彼女自身が「私に聞くときはこうしてください」と示せるようだったら、もっと多くの人と円滑に仕事が進めらるかもしれないわけで。

などとエラソーなことを言いながら、うちの息子に、自分の苦手なところをどう自覚させればいいのか、ってのは、理屈はともかく、実際にはなかなか難しいんですけどね…。
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by mmemiya | 2011-07-28 21:55 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

発表会終わり…

今年もピアノの発表会が終わりました。

まー、このところ、仕事が忙しかったのもあって、「練習しなさい」と言う以上のことは何も出来ず(って、もともとそう何もやってないけど)特に、上の子、ひどい出来。

娘の方は、ストリーボックの「金の星」でしたが、ちらっとミスはあったものの、まぁなんとか弾けたか、というレベル。(ただし、最初から装飾音を省いて取り組んで、最後までそのままでした。)

例年のごとく、練習不足だなー、という子も(うちの息子含めて…)けっこう多いし、小3ぐらいまでの子がほとんどなんで、そんなに聞き応えのある曲は多くないんですが、今回は、ホント、息子の引き際、というか、やめさせ際をしみじみ考えさせられました。

実際のところ、多分、弾く能力自体は娘より息子の方が上だと思うのだけど(これは夫も同意見)娘はそれなりに練習するので、まぁなんとか聞けるレベルには仕上がる、というタイプ。対して息子は、ピアノやめろと何回言っても「やめたくない」という癖に、言われなきゃ練習しない。学童で宿題やってこなくて、家で練習時間が全然取れない日も度々。習い始めた最初の頃はともかく、もうそろそろ、指が回ってないのが明らかになってきた。

発表会を見ててしみじみ思うのは、やっぱ、ピアノで弾く意味があるのはポピュラーソングじゃないなー、ってこと。
毎回、歌謡曲を弾く子とか、ディズニーの曲を弾く子とかいるけれど、ピアノじゃない楽器で弾いた方がいいんじゃないの?って思えちゃうんだよね。最初からピアノ用に作曲された曲(別に、いわゆるクラシックだけじゃなくって現代曲も含む)を聞いた後では、なーんかつまらないなー、と思える。ただ、正直、こういう曲って、<年数だけは多少続けているが、年齢相応のクラシックを弾くのはちょっと出来ない…>っていう層の受け皿になってるんだろうな、と思ってしまうわけよ。

うちの息子も、来年の発表会には小4である。今回も、プログラム貰ったときに、息子の次の子が弾くのがチューリップのラインダンス、と知って、げ、そんなレベル差が際立つプログラム順…と思ったのだが、かといって、もう、幼児に混ぜてもらう年でもないわけで。来年一体、あの子はどの程度の曲が弾けるっていうのか。ギロックとかで、なんとか、そこそこ聞き映えして、かつ弾ける曲があるのかなー、ってな感じですか。申し訳ないけど、私としては発表会にポピュラーソングを持ってくるのは勘弁だわ。それなら、ピアノで弾くなんちゃら、なんて楽譜はいくらでも売ってることだし、それなりのお値段の月謝を払うのなどやめて、独学で弾いてくれればいい、と思う。(というか、本人にはもう何度も、習いに行くのを止めろ、別に家で勝手に好きな曲を弾く分には構わないんだから、と言ってるんですがね…。)

娘は、多分、けっしてピアノの上手な子ってことにはならないと思うのですが、練習し続けるなら、そんで、弾くのが好きなのならば、特に止めさせる理由はないだろう、と思われます。あと一年で、人形の夢と目覚めを弾ける位のところまでいかないかなー、とか、発表会前には勝手に考えてましたが、今日、弾いた子がいて、聞いてみたらやっぱ後半は相当に難しそうでした。娘本人は、人形は人形でも、今回弾きたがっていた曲の中に、ギロックのフランス人形が入っていたが、ペダルが入るけど、あれは一年後なら十分弾けるでしょう。

それにしても、去年は、発表会が終わってから、コンクールのお話があったのですが、今回は発表会の前日、発表会前の最後のレッスンで、もう、コンクールはどうするのか、というお尋ねが。
去年、非常に大変だったコンクールなのですが、娘は今年も出たいという。しかも、今回は小1までコースではない方で。
さすがに息子は出るとは言いませんでした。(そんなこと言ったら、親がどう反応するかはさすがに分かっているようだ。)

その代わり、先生から、9月ぐらいまでに今の教本を終えて、次の本に入って、2月か3月にグレードテストを受けなさい、と言われたので(娘はコンクールとなると、12級はまだお預けですな…。ちょっと前までは、秋にグレード、って話だったのにねぇ。)まー、そこを一区切りとして、そこまでは頑張ってもらうかなー。その頑張り次第では、次の教本終了ぐらいまでは目をつぶってもいいかもしれないが…やっぱそろそろ、引き際考えないとですよ。やれやれ。
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by mmemiya | 2011-07-24 15:10 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

発達のでこぼこは誰にでもある、と思う。

先週半ば、学童保育へ迎えに行ったら、今年からいらした学童の先生に呼び止められ、30分近く、話をされた。
大変、もってまわった言い方をされたこともあり、一体、事実として何があったのか、は、ちょっとあいまいなところもあるんだけど、どうも、要するに、うちの息子について、発達に問題があるんじゃないか、ということがおっしゃりたかった模様。

まぁ、保育所の頃から、そういう意味では、全然優等生じゃない。小3になった今でも、授業中、話を聞いてるんだかなんだか余所見はしてるし、宿題が何だったか書き忘れてくるし、あれやこれやと問題だらけである。幼すぎるんじゃないの?と思うところも多い。一方で、妙にませた感じのところもあるわけだが。

そういう意味で、私も、発達障害の子に対するアプローチの本なども参考にしているところはあるし、ADHD含め、それに近い傾向はあるよな~、と、以前から、我が子のことを見てはいた。
ただ、全くの素人考えだけど、この子をどこか専門機関へ連れて行って、なんらかの診断名がつくかっていうと、微妙、というか、多分、つかないんじゃないのかなー、とも感じているわけだ。

発達障害の特徴というのは、多かれ少なかれ、多くの人に見られる特徴でもあって、ただ、それが、多数派の集団の中で、あからさまな不適合を起こすかどうか、というのが、結局は診断の分かれ目なんじゃないか、と思う。(だからこそ、自閉「スペクトラム」と呼ぶのだよね。)そういう意味では、うちの子は、でこぼこは結構大きいものの、なんとか、多数派の集団の中に納まる程度…という感じがするわけだ。
もっとも、長男の問題の多くは、私の幼い頃の状況そっくりであって(そんな姿を見せたことなどないのに、本読みながら歩くわけですよ、息子は。私、毎日、小学校から30分、本読みながら下校していたなぁ…って、人間には、「本を読みながら歩く遺伝子」ってのが、どっかにあるんですかね?)で、その、同じような問題を抱えていた私が、今、「立派に」ではなくとも、なんとか社会で生きていけている、ってあたりで、私の我が子に対する見方は、自ずと甘くなりすぎているのかもしれない。

というわけで、タイムリーにも土曜日が授業参観で(前夜、母親に指摘されるまで、土曜だから弁当が要る、ってことをころっと忘れてた私。まぁですから、あんまり今も、変わってないといえば変わってないです。)希望者は担任と懇談が出来たため、担任の先生に、時間を作っていただきました。

率直に伺ってみましたが、担任としても、軽度発達障害というのとは違うように思える、との話。ただ、不適切な時間に本に没入しちゃうところは改めるべきなので、トークンなどで学校としても改善を図っていきたい、というありがたいお言葉をいただく。

もう一点、叱られた時にだまりこんでしまう、というのは、例えば家でも夫を更に怒らせる要因になっていたりもするので(今回の学童でも、それが問題視された模様。)そのへんも対応が必要かな…というお話。私も、学童で話を聞いてから、うーむ、これはやっぱ、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)かなー、などと思ってはいたのですが、担任からも「ソーシャルスキル」という言葉が出たので、ま、やっぱそうですねぇ、ということになる。

…実際のところ、どこかへ相談に連れて行って、たとえグレーゾーンと言われようがなんと言われようが、たとえばSSTなりなんなり、何かうちの子が参加できる場が見つかる、というのなら、そりゃ積極的に相談機関へ赴いてもみるのですが、恐らくそれは望み薄でしょう。生活態度にも問題はあるが、まぁ、他の同級生の男の子にも、同じような状態の子は複数いるそうですし、学習面では今のところ、つまづいているところはありません。担任の先生の見る限りでは、クラス集団の中で浮き上がっているわけでもない。このレベルの子に何か公的サービス(相互扶助的な私的サービスでもいいけど)を、といったってねぇ、と思えば、ま、親の私がなんとか工夫していくしかないのでしょう。

といっても、SSTなんて、名称は知ってても知識ゼロに等しいので、俄か勉強中。これから一ヶ月、仕事がちょっとバタバタなので、一朝一夕に改善、というわけにはいかないでしょうが…。

娘の誕生日、ということもあって、土曜の夜は私の母と妹と一緒に食事。週に一度、うちの子らに習字を教えている妹にも意見を求めてみたが、妹の見るところ、息子は注意されるとものすごく固まってしまう、という話。そして、注意されていることが何か、というのは理解しているにも関わらず、全く妹の注意が「響かない」と。で、色々試してみたが、<なぜ、平仮名の、この部分の線は細く、この部分は太く書かなければならないか>ということについて、それぞれ、元となった漢字を見せて、「ここは元の漢字のこの線があるから、太くないといけない。ここは、一画目と二画目をつなぐときに出来た線だから細くていい。」と、順々に説明してやったら納得した、とのこと。
どうも、自分の中にある基準で納得できるまでは、注意されたことを受け入れられない、という頑固?な性格らしい。まぁ、叱られた時に、こりゃ納得してないなー、というのは、私もたびたび見て来たのですが、そんなに理屈っぽいとは、まぁ困ったもんだ。

ま、しかし、ともかく、頑張ります…。あー、あと、うちでも忘れ物とか宿題を学童でやったか、とかに、トークン(ご褒美システム)を取り入れないと、ですなぁ…。
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by mmemiya | 2011-06-26 22:14 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(7)

何歳の英語?

今週は、娘小1のクラスにも、息子小3のクラスにも、AETの人が来る英語の授業があったよう。

うちの子らの通う小学校は、小1から定期的に英語の授業があって、私はそれに懐疑的であることは前々から何度か書いているのですが、二人とも、トム先生(仮名)の授業は楽しかった!と喜んでいる。
まぁ、はっきりとした害がなければ、放っておくよりしょうがない、とは思っているのですが(まさか、英語の授業が厭で市外へ引っ越すというわけにもいかん…)娘が「ほわっちゃねいむ?ってやったんだよ」と話すのを聞いて、また色々考えてしまいました。

大人になった私たちが、英語をしゃべる場面でWhat's your name?という表現を使う機会って、あんまり想像つきません。事務的にいっぱい名前を聞かなきゃならない仕事に就くとか…?うーむ。(事務的に流すならYour name,please.でいいかもしれんしな。)

で、What's your name?の丁寧さ、ということについて、ちょっとネットを彷徨っていたら、これを「子どもっぽい表現」と書いてあるところがあって、そうか、と膝を打ったのですね。

確かに、アメリカの小学生に日本語を教えるとしたら、私も「失礼ですが、お名前はなんとおっしゃいますか?」なんて言い回しは教えないかもしれない。うちの子だってそんな言い方、まだできんな。そういや息子がときどき「○○してくださった」という言葉を使いますが、正直言って、会話の中でそこだけ浮いてる感じはします。
今日も、ピアノ教室行って帰ろうとしたら、教室に上がっていく階段(ある家のガレージの上にあるスペースが教室になってる。そのおうちがカワイに貸してる訳ですね、場所を)に立てかけておいた私たちの傘が傘立てに入れてあって(きたときには傘立てはなかったんですが)息子が「ここの家の人が入れてくださったんだよ」と言ってましたが、普段の会話のレベルとちょっとずれてるので、間違った日本語じゃないけど、妙な感じです。

で、話戻して、多分、小1や小3がお互いに「What's your name?」って言い合ってるのは、そう、おかしいことじゃないんだろう、と思えるんですね。だからこそ、AETが来たってやってるんでしょう。(先生が生徒に尋ねる、って場合も別におかしい表現じゃないし。逆だとあれだけど。)小1が学ぶ英語は7歳の英語、考えてみたら当たり前。
で、小学生で小学生の英語表現を習い、中学生で中学生の英語を習い、高校生で高校生の…それを、大人の英語にする機会って、普通に日本の中で暮らしてたら、多分、そんなにないんですよ。そこがすこーんと抜ける。で、結果として、ある意味で「(大人の)英語が話せない大人」が出来上がる、そういう側面もあるなー、これ、と思ってしまいました。
英会話教室なんてのに行ってても、いざ、ビジネスで英語が必要となったら、ちゃんとそういう目的を明確にして習わないと、「友達を作る」英語しか習わずに終わっちゃう可能性だってありますからね。
小学生から英語を習えば、英語を話せる日本人が増えるかも、っていったって、どういうレベルの英語が話せるようになるかって視点も要るよなー、などと思ったことでした。

そういや、これは又聞き、というか又読み、だが、デーモン閣下(が最新の芸名の筈。)が、自分はニューヨークの小学校へ行っていたからそれなりの発音は出来るけど、子どもの英語しか話せないので、今、自分が英語をしゃべっていると、ネイティブスピーカーが見れば、しゃべり方が子どもみたいなヘンな奴と思われるだろう、ってなことを言ってたそうで。
あ、こちらのブログ(Sweet Heart日記)ですね。

…やっぱ小学校から英語教えりゃ英語ペラペラになる、とか、簡単なもんじゃないですよ、言葉って、ね。
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by mmemiya | 2011-06-18 20:47 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

娘の眼鏡

ようやく、娘に眼鏡を作った。

就学時健診でひっかかるまで、娘の視力が悪いなどとは考えていなかったのだが、眼科へ行ったら左右共に裸眼0.7。最初は「乱視のみ」という話で、そんなことがあるのか、一体どんな見え方なんだ、と思っていたが、ひとまず経過を見る、というお話で次に受診したとき、わずかに遠視もある、と聞かされた。

遠視、あるいは娘のような遠視性乱視の場合、一番気がかりなのは、脳に伝わる像がいつもぼやけている(近視は近いところはぼやけてない)結果、眼鏡をかけても見えにくい、という、要は「弱視」になることだと思うのだけれど、どちらも軽いものだったためか、矯正視力は、左右とも1.0出ている。

娘が遠視性乱視、と言われて、なんでこれまで気づかなかったんだろう、と、親としてはちょっと落ち込んだ。軽いから余計に気づきにくかった、ってのはあるんだろうけど、子どものちょっとした異変を見つけるのって、やっぱり難しいですね…。3歳児健診と就学時健診の間に、5歳児健診を作れ、と主張なさってる先生とかいらっしゃいますが(まぁ主に、3歳児健診では発達障碍が分かりにくい、というハナシだったと思うけど)そうかもなぁ、という気にもさせられる。

弱視については、息子の保育所の同級生にも、娘の保育所の同級生にも、アイパッチをしてる子がいたし、全然知らないわけでもなかったのだけれど、改めて遠視性乱視を調べると、早く眼鏡をかけた方がいいのでは、という気になって、しばらく様子見、という眼科医の判断にちょっと疑問を持ったりした。まぁでも、矯正視力も出ているし、日常生活に不自由がなければ様子見、という判断も、ないわけでもないみたい。

しかし、我が家では娘自身が黒板が読めない、と主張して(「さる」と「ざる」が分からなかった、とか言ってた)早く眼鏡を作れ、とこちらをせっついていた。(入学前は何も不便を訴えてはいなかったんだけど。)で、医師から指示された次回受診の時期より、ちょっと早めにまた眼科へ行ったところ、今度は、「処方が難しいので、来月、専門の先生が来られる日の予約を取る」と。
常勤医師が2人体制の眼科で、あと、時々、白内障の専門の先生が○曜日、とか貼りだしてあるんだけど、小児眼科の専門医が来るとはどこにも書いてないなー、と思ってたら、指定の日に行って、「専門の先生」は視能訓練士さんだったと判明。なるほど~。で、やっと処方箋を書いてもらって、眼鏡が出来上がったというわけ。

娘は大喜びで、初日は枕元に置いて寝て、朝からはりきってかけていった。遠視用なんで、他人が顔を覗き込むと、ちょっと目が大きくなって見えたりする。それに、同じクラスに他に眼鏡の子はいないし、からかわれないかな?と心配してたけど、クラスでは担任の先生が朝の会で説明してくださってなにごともなく受け入れられたよう。
学童保育には、本人が前々日あたりから眼鏡をかける、と先生方やお友達に宣言していたので、特に何もお願いしておかなかったのだが、眼鏡をかけたら「名探偵」とか「先生」としつこく言ってくる子がいて厭だった、と、初日に娘が言うので、ちょっと学童の先生に、声かけをお願いしておいた。
名探偵、って何かと思えば、そうか、コナンって眼鏡かけてるわな。

遠視となれば一日中かなー、と、フレームをどうするかなんて一人思い悩んだりもしてたのですが、弱視のお子さんだと起きてから寝るまでずっと眼鏡かけてないといけないですが、うちの娘はまぁ、体育なんかは外していいでしょう、という話だったので、外遊び&体育は、メガネ無しでやってます。
(そんでも一応、息子のよりはいいものを選ぼうとしたので、息子の眼鏡の3倍近い値段だ。でも、乱視と近視がかなーりひどくて、相当薄いレンズを選んでいる私の眼鏡は、娘の眼鏡の倍の値段がいたします。ははは。子どもと違って、もう、顔の大きさは変わんないし、度もさすがにこれ以上は進まないだろうからいーのだ。)

遠視は今後、成長につれてなくなっていくこともあるようですが、乱視がなくなるってのは…ないような気がするんだけど、どーなんだろうなぁ。近視の上の子に続き、この子もこれからずっと眼鏡手放せない人生かしら。眼鏡があれば見えるんだから、いいんですけどね。
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by mmemiya | 2011-06-16 22:03 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

梅雨入り運動会

明日は、子どもらの学校の、運動会の予定だった。例年なら秋なのだが、今年は、校舎の耐震工事でグラウンドが一部使用制限される関係で、工事の前に運動会、ということになったのだ。

お弁当のメニューに頭を悩ませていたが(野菜のメニューがどうも決まらないんだよね…)そんなことより雲行きがどうにも思わしくない。
と思っていたら、台風近づいてくるわ、梅雨入りだわ、おいおい、運動会、やれるんでしょーね、状態ですよ。

一ヶ月も前に、雨だったら日曜、日曜も雨なら月曜、月曜も雨なら火曜、火曜も雨なら水曜…みたいなお知らせをもらってきたときには、まさかそんなこと、と笑っていたのだが、笑い事じゃなくなってきたよ。

再来週ぐらいから、ちょっと仕事が忙しくなるので、来週はまだ休めなくはないのだが、うーん、果たして、どうなるのか…。

私はめちゃくちゃ足が遅かったが、その私の娘が、なぜか選手リレーに選ばれたので、これが最初で最後かもしれんし(と、娘に失礼なことを言ってみる)無事、開催されるといいんですけどねぇ…。

しかし、5月に梅雨入りかぁ。この夏は、早いうちから暑くなりそうな、やな予感がしますねぇ…。
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by mmemiya | 2011-05-27 21:44 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

言葉遣いが悪い、かあ・・・

早速に授業参観&学級懇談があった。

授業参観、今まではずーっと息子の教室にいるだけで良かった訳だが、今度から、時間配分をどうしたもんかなー、と思いつつ、今回は、初めてということで娘の方を重点的に見た。

息子は相変わらず、手も挙げずに座ったまんま、正解をぼろぼろしゃべる、という、あちゃーな点が見られ、こちらとしては溜息、である。

娘は、同じクラスのお母さんにも褒められたぐらい、びしっと背筋を伸ばして座っていて、まっすぐ手を挙げて、まぁ、ぐにゃぐにゃの兄ちゃんとは大違い。「う」のつく言葉を発表する、という授業で、前日から、これを言うんだ!と心に決めていた「鵜飼」を発言することができて目茶苦茶嬉しそうであった(笑)。
イマドキの小学校の、これは全国的にそうなのか、当地域だけがそうなのかは分からないが、とにかく、誰かが発言すると、「おなじでーす」とか唱和するんですな。で、娘の発言の後もそんな反応だったのだが、担任が、「ちょっと待って、みんな、ホントに、鵜飼って何か分かってる?」と口を挟んでいた。娘としては、絶対他の子は思いつかない!という自信のもとに発言していたのがよく分かって、なるほどー、この子ってこういう性格なんだー、と新しい面を見た思いの親でありました。

学級懇談会の方は上の子のクラスに出てみたのだが、出席率、悪い悪い。4分の1以下ですわ。年に2回しかない学級懇、まぁ分かってたけど、こりゃ、今年も他のお母さんと親しくなるなんて無理(涙)。
学級懇談会、というか、先に学年懇談会があったんだけど、そこで、学年主任から、子ども達の言葉遣いが悪い、というお話が。まぁねぇ、中学年ともなると生意気にねぇ・・・と、ふんふん、と聞いていた私、次の言葉でずっこけた。
「男の子で、「俺」という子がいます。」

…そういう次元の話ですかい、言葉遣いが悪いって。あと、友達の名前を呼び捨てにする子も時々いるので直して欲しい、と。
私の子どものころなんか、男子は女子を、女子は男子を、呼び捨てが当たり前でしたがねぇ。(多分、いまばったり会ったって、あの頃の同級生なんて名字呼び捨てしか出来ない気がするわ、私。)
あー、大体、教師に呼び捨てにされてましたからね、あの頃は。

さて。月曜は早速、今度は家庭訪問であります。1クラスあたりの人数がいっぺんに10人増えた息子達の学年は、「玄関先で失礼します」との連絡もあったので、今年は掃除も、必要最小限しかしていません(笑)。さあ、どんなことを言われるかなぁ・・・。
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by mmemiya | 2011-04-24 20:39 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(6)

息子9歳

いやー、過ぎてしまえば、ホント、早いもんですねぇ。うちの息子が9歳になりました。
もうあと9年経つと、家からいなくなる?(18ぐらいで一度、一人暮らしはさせておきたい)そんなん、まだまだ全然想像はつきませんが、生まれたての頃に9歳なんて想像がつかなかったように、振り返ればあっという間、というものなんだろうな。(無事に振り返ることができますように。)

この間、知り合いの名前を目にしたときに、そういえばあそこのお子さんって…とふと思い出し、数えてみたら、おお、もうとっくに成人している筈。何年か前に会った時に、お子さんの話をして、私はホンの小さい頃(今のうちの子等と同じくらいか、もっと小さい頃か)しか知らないので、「え、もうそんな年になられますか」と言ったら「人の子は早いやろー」と言われたことを思い出す。

今年の誕生日ケーキのリクエストは「チョコレートケーキ」だったため、ガトーショコラを焼いた。しかし、週末の日中は草取りに絶好の時間、というか、やらないとまずい!だったのと、もう一つの希望「ステーキ食べたい」のために外食していたため、夜の9時過ぎからケーキ作り。つい、湯煎にかけるのを面倒がって、フードプロセッサーの本にあった、チョコレートをフープロで刻み、熱く融かしたバターをかけてその熱でチョコを溶かす…という方法を取ってしまったのだが、バターの温度がちょっと低かったようで、やや、チョコレートの粒々が残ったまま…ま、子どもには受けたのでいいんですが。

去年は仕事が色々しんどくて、息子の誕生日も娘の誕生日も私はケーキは焼かずじまい。(休日出勤とかに追われてたしなー。)食事の方はなるべく手を抜かずにやってきたつもりだが、気力のあるなしが、もともとあまりやらないお菓子作りをするという余力のあるなしに直結してるのがよく分かる。

娘の誕生日も、早々と「ミルフィーユ」をリクエストされてます。まぁ、娘が指差した写真は冷凍パイシートを使うものだったのでいいんだけど。

ともあれ、今年も家族一同、健康でありますように。
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by mmemiya | 2011-04-20 22:34 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

どこがどう「ありがとう」なのか不明なれど…

この月曜から、学童保育に通い始めた娘。
お兄ちゃんのお迎えで行ったことはあるので場所は知ってるし、先生の顔も知ってるし、なにしろお兄ちゃんがいるし、学童仲間は同じ保育所の子ばかりだし、というので、すんなりと二日間過ぎました。

ただ、大勢いる時はいいんだけど、私のお迎えが、学童終了時刻ぎりぎりなんで、迎えに行く頃にはほんの数人しか残っておらず、そうすると、他に遊び相手がいなくなって、兄妹げんかが勃発しやすくなるらしい…。先生ごめんなさい…。

学童では、夏休みなどの期間には、全員、勉強の時間があるんだけど、娘は、ずいぶん前に買ったおんがくドリルだの、「はじめてなぞぺ~」だのを一応持っていっていた。(実は、新聞かなにかでなぞぺ~が勧められていたというので、おばあちゃんが上の子に買ってくれたのだが、うちにはもうなぞぺ~は全部あるぞ、というオチで、娘のものになった教材である。夏休みなんて、学校から出される宿題は、集中すれば一日で終わるかも、って程度の量なので、色々買い与えるための情報収集がけっこう大変なんであります。)
その他に、ずいぶん前にうちの妹にもらったノートを持参して、お話を書き始めた娘。

表紙に「ありがとう!」とタイトルが書いてあるのだが、未完だというのもあるけど、さて、これ、どこがどうなって、最後、「ありがとう」という話になるんだろう…?

以下、記録も兼ねて原文ママ。(ただし原文には改行もないのですが、さすがに句読点抜きの改行無しは読みづらいので適当に改行しました。)



きょうぼくはみみちゃんってゆうことけんかしたんだ みみちゃんわさいしょすごくわらってた でもあそんでいるうちにみみちゃんなきだしちゃったんだ 
ぼくがどうしたのときいてみたらみみちゃんおこってぼくのかおおたたいた
にちようびぼくはみみちゃんのうちのまえまできた みみちゃんいえのかぎをあけてでてきた でもぼくはだまってた みみちゃんまたぼくをみただけなのにないちゃったんだ
ぼくがでていくとなきあんだ ぼくもなきたくなったけどぐっとがまんしたよ
ぼくはおうちにかえっておてがみをみみちゃんにかいた そしてみみちゃんのいえのまえのしんぶんうけにいれておいた そしたらすぐみみちゃんのおかあさんがとりだした そしてそのてがみをみたおかあさんがいった みみーこうしろうくんからてがみよー
みみちゃんわおもった こうしろうくんのてがみかー たぶんごめんねとかかいてあるんだよなとおもった
あけてみたてがみにはこうかいてあった 「みみちゃんへ おとついはおせわになりました」え?そのつづきは おかあさんがききました
きゅうなんですがみみちゃんのおばあさんがきのうねつがでたからぼくおばあさんのうちにひとりきりだからきてね こうしろうよりってかいてあったよ
まあたいへんおばあさまのところへいきましょ



…長い長い力作(の途中)であることは認めますが、おばあさんはこうしろう君のおばあちゃんなのかみみちゃんのおばあちゃんなのか?
そんでもって突然、視点人物がみみちゃんに変わるし(笑)。
一体、この話をどうまとめるのだ??

ま、私が娘と同じ年の頃は、やっぱりノートにお話書いてたけど、ほとんど、好きだった本の、登場人物名だけ変えた焼き直しみたいなものだったんで、それに比べりゃ、オリジナリティがあるだけ、娘の方が立派なんですけどね、ええ。
みみちゃんは「愛に夢」と書いてみみちゃんなのだそうです。そりゃ、えむちゃんっつーか、みみとは読めんと思うのだが(笑)。
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by mmemiya | 2011-04-05 20:51 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

まぁ、うちの娘はどんくさいけどさ・・・

娘が夕食中、「今日は、今の保育所になってから一番嫌なことがあった」と、突如言い出す。

話を聞いてみると、担任の先生がよく独り言を言っていて、それが聞こえるからイヤなんだと。
先日は、○○くんのことを、「昨日は休んだのに、なんで今日は来たの」みたいなことを言ってた、とか(この話は前後関係が今ひとつよく分からん)言った後、「今日は、今度の発表会の大道具を作ってたときに、Cちゃんのことを、どんくさい、って言った」とのこと。

ははあ、それで、今日の帰り際、中が赤くなっちゃった上靴を、明日先生に見られたくない、って言ってたんだな、と分かる。(なんか、赤い絵の具を塗った大道具を踏んづけて、靴下が赤く染まった模様。)

なにしろ小学校にも上がらない子どもの言うことなんで、事実、ということについていえば、真偽の程は不明。
しかしともあれ、親としては、「子どもが、そう言われたと思って傷ついた」という、感情面のほうを受け止めてやらねばならぬわけで。

娘としては、その後、それを複数のお友達にしゃべってみて、「○○先生わるいね」とか言ってもらって、ちょっとは元気になったらしいが。

そんなことを、子どもの前でぽろっと口に出してしまううかつな保育者なんて、そうそういるもんではあるまい、と思ってみるのだが、実際のところ、どんなもんだろう。
2年経っても、「前の保育所の方が良かった」と、ときどき言われちゃうもんだから,親の都合(学童と前の保育所は遠すぎて送迎が困難)で保育所を変えた身としては、ちょっと心は痛む。
もっとも、娘は大勢のお友達と同じ小学校へ進むことになるが、前の保育所は校区から遠かったので、息子は誰一人、知った子のいない状態で小学校へ上がった。だから、どっちかというと、娘のためにもいいかと思ってた転園なんだけどねぇ。前の保育所は市内でも評判の良いところだった模様で(通わせてる間は、もんのすごい特別に素晴らしい、とは別段感じなかったんだけど)やっぱ、保育所ってのも色々だ。

ところで、寝る前に1章ずつ読み続けていた「ちいさいモモちゃん」シリーズ全6巻がしばらく前に終わり、最近の娘は、なぜか、「ヘレン・ケラー」にはまったあと(偶然ですが、ヘレンケラーと娘は同じ誕生日であった。)今は「若草物語」を読む私です。今日は、エイミーがライムの塩漬けで叱られたところを読んだ、のだが、「えー?ここで、お母さんが学校辞めさせた筈なのに出てこないよー」とか、微妙に不満なわたくし。読んでみると、けっこう覚えてるもんですな。自分では、お隣から届けられたクリスマスのご馳走の描写(アイスクリームがありました。それも、ピンクのと白のと二皿も!)しか覚えてない、と思ってたのだが。
若草物語、私は、続編までは読んでるのですが、第三、第四の続編があるとは、今回ぐぐってみるまで知りませんでした。そうか、ブルック先生、死んじゃうのか・・・。子ども達の世代編は、ちょっと読んでみたいかも。
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by mmemiya | 2011-01-24 23:13 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)