La Lune Lunatique

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我が家のお勧め料理道具たち。

ブラウンマルチミックスについては、以前に色々書いたのだけれど、その他のお勧め調理器具などをつらつらと。

・フードプロセッサー
死蔵されることも多いとされる道具ですが、うちも上手に活用しているというほどではないです。
ただ、子どもが小さいこともあり、肉などを食べやすくするためひき肉にするのが専らの我が家の用途。(市販のひき肉を買わないようにしているので…)。いわしが安かったりすると、すぐ、いわしのつみれを作りたくなるのも、フードプロセッサーがあるおかげ。
我が家のは、ナショナルの製品(実家で眠っていた中古)なんですが、本体がガラス製で洗いやすいところが気に入ってます。

・ロッジ社のスキレット
いわゆる「ダッチオーブン」という奴のフライパンで、鋳鉄製。これの、シーズニング済みというものを、カタログギフトで貰ったんですが、それまでメインで使っていた中華鍋の出番がほとんどなくなりました。
鉄製だけど、焦げてこびりつくわけでもないし、シーズニングがしてあると手入れは楽々。テフロン加工のフライパンは、結局、何年かたつとテフロンがダメになるので、やっぱり鉄製がいい、と思えるようになったのは、自分でもびっくり。(届くまでは「そうは言ってもテフロンは手ばなせない」と思っていた私…)

・エミール・アンリの皿
深い考えはなく、フランスで、近所のスーパーで買った皿、というだけのものでしたが、冷たいところから急激に熱しても丈夫な皿だし、シンプルなデザインでどんな料理にも合います。
オーブン料理にも愛用中。調理器具とは言わないか?日本で買うとえらく高いので、フランスでもっと買ってこなかったのが悔やまれます。しかも、フランスで買ったものは家族4人用には小さすぎ。で、カタログギフトで大きなサイズの皿をもらったんですが、不注意で割れてしまい、しかしこれがないと困るので、結局買いなおしたほど気に入っている皿。

・四面グレーター
…と、どこかのサイトに書いてあったので、それが正式名称かと思いますが、立体のチーズおろし。もともと、他にチーズおろしは持っていたのですが、これはチーズをおろすだけでなく、きゅうりなどのスライス、にんじんのサラダも作れます。
で、これでおろしたにんじんのサラダは甘くて美味!フランスで、よくにんじんサラダを食べては、「フランスのにんじんって甘いんだ」と感心していたのですが、どうも、包丁で切るより、この手の道具で下ろすほうが甘みが出るようで、日本のにんじんでも、じゅうぶん美味しいサラダがつくれます。にんじん2本分ぐらいはあっという間にペロリ、です。なおかつ、包丁でやるより圧倒的に早い。スライサーの類は、手を切りそうで実は苦手なんですが、このおろし金だけは手放せない。
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by mmemiya | 2006-04-29 01:47 | 料理のこと | Trackback | Comments(2)

夫の役割・妻の役割

「うちじゃ、私はそれやらないの~ダンナだけだよ~」「え~、うちもうちも~!」と、職場でちょっと盛り上がった話題なんですが、皆さんのご家庭ではどうですか?

ちなみにその時、夫がやる(妻がやらない)家庭での役割(?)として挙がっていたのは

・牛乳パックを洗って切り開く
・分別収集や廃品回収の準備をする
・米のとぎ汁を庭木にかける(絶対に排水溝には流さない)
・スーパーでお菓子を買い置きする
・スーパーの安売り広告に敏感に反応する・朝市など安い売り出しに行きたがる
・車を洗う
・(インスタントではない)コーヒーを入れる


…なんか、環境問題がらみが多いですかね。妻はこだわらないのに夫はウルサイ、と述べていた人が多いのはなぜかしら。
あと、子どもが生まれても共働きを続けている場合、分別収集などに注ぎ込むエネルギーが(多分、やむなく)減少していくものらしいです。
いや、それとも、妻と連れ添う年数が増えるにつれて、諦めの境地に達していくのかしら?
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by mmemiya | 2006-04-28 19:46 | 日々雑感 | Trackback | Comments(4)

子連れ旅行をする人って偉い…

「えらい」というと、当地方では「大変疲れた」という意味合いでよく使われる方言なわけですが、事情があって子連れで1泊2日で旅行。ああ、えらかった、の一言に尽きます。
で、子連れで海外とか行っちゃう人って、ホントに偉い(これは標準語の「えらい」)と、改めて思った次第です。

ホテルは新幹線の駅から徒歩5分のところを選び、乗り換えは私鉄→新幹線の一度だけ。
娘は新幹線に乗るとすぐに寝てしまい(行きも帰りも)恐れていた大暴れはなし。いざと言うとき黙らせようと持って行ったお菓子の出番はありませんでした。

しかし、息子の本を忘れたもので、最初は駅で新幹線を見て興奮していた息子も、乗って昼食を食べてからは「退屈だ~、退屈でしょうがないよ~」と繰り返す。「早く本持ってきてくれないかな」って、それは飛行機のサービスだって!(去年一度、飛行機に乗ったので、そのイメージだったらしい。)
しょうがないので帰りは、新幹線に乗る前に書店で「汽車のえほん」という、トーマスのシリーズを一冊購入。一冊読み終わるのに30分ぐらいかかるのですが、これを3回読んだところで、めでたく下車駅とあいなりました。

というわけで、別に大声上げて暴れるでもなし(「退屈だ~」というのも小さい声で言っていただけ)、ホテル近くの庭園を散歩したり、我々夫婦の用事の間、託児室で預かってもらったり、と、何事もなく時間は過ぎ、なにが大変だった、というわけでもないのですが、それでも疲れました、夫婦してどっと。

戻ってきてから今日まで、毎日、子どもの寝かしつけと同時に自分も寝てしまう毎日です…。
ああ、やっぱり海外旅行なんて、遠い遠い夢物語…
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by mmemiya | 2006-04-27 06:59 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

ひとまず一週間終わる

ひとまず娘の熱は木曜から平熱に戻り、しかし解熱後2日間は登園禁止なので木曜、金曜も病児保育にお世話になり、で、一週間は終わった。

金曜の朝、息子に、「今日は5の日だからあと一日頑張って」と励まされてしまった。息子は月曜から金曜までを、それぞれ「1の日、2の日」という。中国人みたいだ。(でも、週末だけは「土曜日、日曜日」と言うんだけれど。土日がそれだけ彼にとって特別なもの、ということだな、とは思う。)

確か、中国語では月曜日を「星期一」、火曜日を「星期二」とか言ったと思う。高校生の頃、独学で学ぼうとしてすぐ挫折した中国語なので、ちょっと怪しいが・・・。

高校生の頃、英語は私の得意科目だった。科目として得意、というのは「英語が話せる」ということと別にイコールではないが、その基礎を作ったのは、中学生の頃、ほぼ毎日欠かさず聞いていたラジオ「基礎英語」「続基礎英語」(当時は)だった。

で、語学というものに色々興味の広がった私は、日本語も他の言語と比較して、一つの言語としてみる、というのをしてみたかったし、中国語やフランス語もやりたかった。しかし、高校生になって、やっぱりラジオで聞き始めた中国語、フランス語は早々に挫折し、大学で第一外国語だったフランス語も、かなり落ちこぼれてスレスレの成績で進級し、エスペラント語の授業も早々に出なくなり…

でも、今はポルトガル語をやりたいと思っているし(教材買っただけでちっともやっていないが)、旅行に行くとなると、まずその国の言葉を勉強したくなる。(「お勘定お願いします」だけは7ヶ国語ぐらいで言えるな、私。)

しかし、数々の挫折を思うとき、中学生の頃、あんなに英語が続けられたのはどうしてだったんだ?という思いと、「社会福祉士通信教育はまた挫折?」という思いの両方が胸のうちをよぎる。
既に、教材は届いている。第一回のレポート締め切りは6月。・・・まだまだ先、じゃなくって、このゴールデンウィークには取りかからないと。
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by mmemiya | 2006-04-22 21:22 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

ワーキングファーザー&ワーキングマザーのややハードな一週間

4月3日に、子どもたち二人が保育所に入った。それから2週間、二人とも(時に鼻をずるずるさせながらも)皆勤。上の子が0歳11ヶ月で前の保育所に入った時(この保育所は2歳4ヶ月のとき、第二子の育休&引越しで退園)と比べ、なんて順調な滑り出しなんだ、怖いぐらい、と思っていたら、とうとう、先日の日曜日の夜、ちびが発熱した。

まぁ、上の子は入園4日目で「お熱があります、お迎えを」コールが来たし、4月は半分しか登園できなかったわけで。
その経験を踏まえ、今回も3月中から「4月は何日休まないといけないか分からない」と周囲にもお願いし、仕事しつつも念頭に置き、病児保育も下調べし、と、覚悟はできているはずだった、が。

実はまず土曜日、自分のほうが急にしんどくなり、日曜は一日寝て過ごした。どうも、同じ病気を私のほうが早く発症したらしく(なんでや)、自分の体調もまだまだ、という中で、月曜はひとまず夫に遅刻をしてもらい、上の子だけ保育所へ送り、1時間だけ出勤。大急ぎのものだけ段取りし、夫と交代して帰宅。ちびを医者へ連れて行き、翌日の病児保育の予約を取った。この日、ちびは9度4分の熱で、医者に「ただの風邪にしては熱が高い」と言われた。

火曜、まだなんとなく自分もだるい中、朝は上の子と下の子を別々の場所に送り届け、仕事を終えて別々の場所に迎えに行き、小児科へ、終了時間ギリギリに滑り込む。昨日取って来いと言われた尿は取れないままだったが、この日、病児保育で2回も40度を超す熱を出していたちび、喉に膿がついていると言われ、喉を綿棒でこすってアデノウィルス感染症と判明。そんでもって、もういいおじいさん、という年齢のその医者に「お母さん、熱は5日間続きます。で、病児保育なんかに預けていちゃいかん、お母さんが休みを取ってみないと」と言われ、頭にきて帰宅。

いやさ、「うつる病気(アデノウィルスといっても色々だが「咽頭結膜熱」ってことになると、学校等への登校・登園が禁止される伝染病。)だから病児保育はダメ」、っていう意味だったのかもしれないけど、5日間高熱が続く&休んで見なさい、って、5日間ずっと休めってことですかい。しかも「上の子にも恐らくうつる」って、さすがの私も、2週間連続毎日休むなんてできますかいな。

水曜、病児保育園にお伺いを立てたところ、隔離室(伝染病の子の部屋)も空いている、とのことで、またもちびは終日病児保育。兄ちゃんはいつもの保育所。また39度の熱は出るが、本人は発病以来ずっと、機嫌もよく(さすがに40度近かった時はウトウトとしてぼーっとしていたが)食欲も全く衰えを見せず、水分もしっかり取れていた。

そして本日、朝から熱は平熱。一応「解熱してから2日間、登園禁止」の病気であり、午前中はまたも病児保育、午後は半休を取って、今、昼寝をさせているところだが、ひとまず熱が上がってきた気配はなし。なんとか峠を越したようだ。

夫が4月から新しい職場にいることもあり、なかなか夫には無理をいえないのだが、火曜日、怒りながら「まだ夕食の支度もできてないのに」とイライラして帰ると、夫が夕食を作り終えるところだった。自分も今ひとつ体調が良くない、と言いつつ、翌日は、朝、出勤前に夕食の準備もしていってくれた。(夫の出勤時間は、私より1時間ほど遅い。洗濯物を干したりも頼めるので、これでかなり助かっている。)自分ひとりが大変、とイライラしていたけれど、やっぱり何事も家族のチームワークあってこそ。兄ちゃんも、どうしてもちびばかり色々構われることになって少し不安定だけれど、ちびを心配し、頑張ってくれている。家族のみんなに感謝、感謝。

それにしても、働く親として、自分の健康管理が甘かったことと、急に休んだときに同僚に何がどこにあってどう進行しているのか分かるようにしていなかったことを深く反省。なにしろ散らかしっぱなしの私だもので、一朝一夕に改まるものではないが、仕事の優先順位の見極めと、整理整頓の重要さを改めて思い知った一週間(まだ終わってないけど)でありました。
あ、潜伏期間が4~5日、ということなので、兄ちゃんが無事なのかどうかが、まだちょっと微妙…(確か咽頭結膜熱は済ませているけれど、ウィルスの型が色々あるので、型が違えばまた罹るのだそうだ。)
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by mmemiya | 2006-04-20 15:48 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

ぼくの、わたしの、ジェンダー

さて、兄ちゃんは新しい機関車を2台買ってもらい、クリスマスにサンタさんにもらった「ゴードン」とあわせて3台になった。これを並べたり、客車や貨車を付け替えたり、と、夢中になって遊んでいる。
もちろん、娘も新しいおもちゃに興味しんしんで手を出そうとする。で、そのたびに「これは僕の!」と怒られるものだから、何かというと娘も「ボクノ!」と言うようになってきた。で、私が一度、「僕の、じゃなくて、私の、よ」と言ったもんだから、その後は「ボクノー!」が出るたび、兄ちゃんに「ちびは<ぼくの>じゃない、<わたしの>」と、言葉遣いを直されている。

ジェンダーというのは、簡単に言えば「文化的、社会的に(つまり後天的に)身につけられた性差」といったことになるのだろうが、男の子も女の子も1人しか育てていない(しかもまだまだ育て始めたばかり)乏しい経験からも、上の子と下の子は、けっこう違うよなぁ、と思う。
ま、かといってそれが男女差なのか個人差なのか、というのは、繰り返すがどっちも1人しかいないので、断言は難しいのだが、すぐ近所にいる甥2人、姪1人(いずれも年はうちの子達と近い)も含めて考えると、なんとなく、男女差というのは、例えそれが文化的・社会的な場面において現れるものであっても、後天的に身についたわけではなく、先天的な差異も多分にあるような気がする。

娘は最近、着る服にこだわりが強く、くまちゃんだのお花だのがついている服ばかり選ぶ。それはかまわないのだが、上着などでちょっとくまちゃんが隠れたりすると絶叫して大騒ぎで上着を脱ぎにかかるので、これが厄介ったらない。息子は3歳過ぎから、自分の着る服は毎日自分で取り出してきて着替えているが、「今日はこれ」などと選んでこそいるものの、そこに何かのこだわりがさほどあるようには見えないし、今の娘と同じ年頃のときは、ただ着せられるままになっていただけだった。
対して、息子が2歳前と言えば、遊ぶものはとにかくミニカーで、トミカのミニカーをひたすら並べ、信号待ちをさせ、とやっていたものだが、娘はこのところバスがお気に入りではあるものの(車に乗っていて、バスとすれ違うと、かならず「バシュ!」と叫ぶ。ミニバンも娘にかかれば「バシュ」である程度だが。)ミニカー遊びはそう長くは続かないし、1歳代後半のときの息子のように「どうしても信号のある道を通ってくれ」と駄々をこねることもない。今の娘のお気に入りはあんぱんまんやらクマのプーさんやらキティちゃんやらで、既に保育園では、お気に入りのキティちゃんのおもちゃがあり、それをぶら下げていないと不機嫌らしい。(この間、そのお気に入りがなくて別のキティちゃんを差し出されたが「イヤ」ときかなかったそうだ。)そうそう、1歳半ばごろから、娘はいつも首からポシェットのようなものをさげて歩き回っていたが、あれも息子はやらなかったことだ。

とはいえ、息子も人形遊びは大のお気に入りだったし、2歳の誕生日にぽぽちゃん人形を欲しがったのに続き、3歳のクリスマスに欲しがったのは「包丁(ままごとセット)」だった。1~2歳代はやたら赤色が好きだったが、最近、娘もしょっちゅう「あか、あか」と言い始め(まだきちんと色と名前が結びついているかは怪しいが)、赤色というのは、子どもが最初に認識する色なのかもな、と思ったりもする。
(最近の息子は「赤やピンクは女の子の色」と言い始めたが、自分が赤色のトレーナーを着ることに抵抗を感じているわけでもなさそうだ。)

子どもが好きなこと、やりたがることを「女の子だから、男の子だから」で制限する親にはならないようにしたいと思うし、「女の子のくせに、男の子のくせに」も言いたくはない。かといって、「女の子が人形遊びが好き、というのは刷り込まれたジェンダーなんだから、人形遊びなんかやめなさい!」と、過剰に性差を逆意識することもしたくはない。

結局は、子どものありのままをなるべく受け入れること、というのはたやすいが、子どもが大きくなっていくにつれ、親自身の中にある「おしつけ」を見直していく必要に迫られる場面というのは、きっとどんどん増えてくるのでしょうね。偏見のない人間なんて、しょせんありえないわけですから、あとは自分の偏見をどこまで自覚することができるか。
本当に、言うのは簡単だけれど、実行は大変だ。
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by mmemiya | 2006-04-17 00:00 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

親業5年目

息子が4歳の誕生日を迎えた。
数日前から、「うきうき~、うきうき~、もうすぐ僕の誕生日~」と歌っていて(様子がうきうきしていたのではなく、本当に言葉で「うっきうっき~」と言っていたので笑えたが)、当日の朝は、第一声が「今日こそ僕の誕生日!」だった。

娘の方も6月には2歳になる。娘が生まれたばかりの頃、当時2歳2ヶ月の息子が通っていた保育園の先生に「お母さん、5歳と3歳になれば、すごく楽になりますよ」と言われ、なんてなんて先のことなんだ、想像もつかない、と思っていたのが、いつの間にかその時期が近づきつつある。

娘は、今現在、欲求をまだまだうまく伝えられない時期なので、なにかといえばそっくりかえって「いやー!」と泣き喚くし、2歳代の育児の難所(?)トイレトレーニングが待ち構えている。
しかし、上の子のことを思い返せば、暴れ泣きもそのうち収まってくると予想はできるし、トイレトレも保育園が大いに力になってくれるだろう(上の子はちょっとだけトレーニングを始めたところで退園したけど、それでもきっかけづくりとしてはかなり助かった)、と、確かに先生のおっしゃっていた「5歳と3歳」が見えてきていて、振り返ればつい昨日のことのようなのに、ずいぶん成長したものだよな、と感慨深い。

父方の祖父母にトーマスシリーズの機関車を2台も買ってもらい、ご機嫌で遊ぶ息子は、やっとちいぽぽちゃんを妹のものだと認め、渡すようになった。でも、前からのぽぽは「これは僕の!」と、妹が手を出すと怒っている。

誕生日には、大好きな貝の汁と、「たこ」をリクエストされ、タコとトマトのサラダ(「檀流クッキング」のレシピによる。といってもこの本、分量が一切書いてないので、きわめて適当に作ることになるが)を作ったらものすごく食べた。ケーキは「豆のケーキ」だそうで、手持ちの本をめくって、ゆであずき入りのパウンドケーキを焼いた。

誕生日があんなにも心待ちなイベントだったのは、何歳までだっただろうか。
4歳の日々に、また、良い思い出がたくさん作れますように。
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by mmemiya | 2006-04-16 17:05 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

人類が火星に立つ日

家の近くに、乳幼児専門の市立図書館があるので、ときどき子どもと本を借りに行く。
先日もそこで10冊ほど絵本を借りてきたのだが、その中でも息子が毎晩のように読んでくれとせがむのが「宇宙ステーション」という本だ。
1987年に発行されている、(そのときから数年後に予定されていた)宇宙ステーション計画について解説した子ども向けの本だが、いかに「対象年齢:幼児から」と書いてあっても、3歳児に「そとは真空だから、宇宙服をきなければならない。宇宙服をきたら、エアロックしつから、いよいよ、そとへでる。」などという文章が理解できているとはとても思えない。いったい、息子はこの本のどこにそんなにひかれているのだろう。

それはともかく、親の私は、この本を読んでやっていると、非常に複雑な気分になる。これが書かれた時代、人類はまだ、とんでもなく楽天的な夢を抱いていた。私は根っからの文系人間の癖に宇宙と恐竜が好きで、ちょうどこの本が書かれたような時代にハヤカワSF文庫や創元社推理文庫をあれこれ読んで育ったものだから、あの頃描かれていた「明るい未来」に、不意にこんな形で再会して、なんだか余計に胸を締めつけられるような思いがする。

「スペース・シャトルが地球にかえったあと、月から、月ロケット船がやってきた。」だって?この本が描いているのは、2000年過ぎの宇宙ステーションの予想図だそうだけれど、人類はもうずっと、月などという所に行ってはいない。
いや、アームストロング船長らの月面着陸そのものがNASAのでっちあげだ、なんて話がまことしやかに語られるほど、月は遠くなってしまった。
「しょうらい 宇宙ステーションは、火星りょこうの しゅっぱつ基地にもなるだろう。」…そんな未来、いつか本当に来るのだろうか?

未来が薔薇色に思えなくなってきているのは、私が大人になったから、だけとはとても言えない気がする。今、誰が、こんな楽観的な人類の未来予想図を描けるというのだろう。

3歳の息子には、母のこんな思いは無縁のものだ。彼にはまだ、未来は限りなく明るい。
どうかその輝きが、少しでも長く失われませんように。
人類が火星に立つその日が、いつか本当に来ることを信じて。
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by mmemiya | 2006-04-13 06:32 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

手のかかる野菜、かからない野菜

以前に読んだ「変わる食卓」に書いてあったと思うのだが、昔と比べて、野菜といえばブロッコリーやニラの売り上げが伸びているそうである。
確かに、これらはどこのスーパーでも一年中見かける野菜たちだが、私の子どものころは、特にブロッコリーはこれほど年中、大量に売り場に並んでいなかった気がする。オクラなんかもそうじゃないだろうか。

これらが売り上げを伸ばしている理由、それはずばり「洗う手間がかからないから」らしい。

確かに、時間がなくて切羽詰っているとき、とりあえずブロッコリーやオクラをゆで、削り節としょうゆをかけたり、マヨネーズをかけたりすれば、「ひとまず野菜を食べさせたぞ」という気分になる。色も濃いので、なんか栄養ありそうだし。

対して、ほうれん草などは洗うのに手がかかるし、嫌われるらしい。ま、働く主婦のはしくれとして、気持ちはよ~くよ~く分かる。
けれど、子どもたちにはやはり、色々な味を覚えさせたいし、旬には旬のものを食べたい。毎日毎日、ブロッコリーとオクラとニラだけではやっぱりちょっと淋しいですよね。

というわけで、本日はほうれん草のおひたしを作り、義父の育てたキャベツを洗って(ナメクジが10匹以上出てきて、これまた市販のキャベツとは段違いで手間がかかる)使っていたら、夕飯の開始時刻が7時近くと、すっかり遅くなってしまった。やっぱり、手のかかる野菜は朝のうちに洗っておかないと、と反省。
(これでも、ほうれん草は市販品なので、洗う手間は大したことはない。家庭菜園のほうれん草を洗う手間といったら!下ごしらえだけで小一時間かかる。無農薬のありがたい野菜なんだけれどね、もちろん。)
でも、子どもの「ほうれん草もっとちょうだーい!」の声を聞くと、ま、多少遅くなっても許容範囲、かな、などと思ってみたり。
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by mmemiya | 2006-04-12 19:21 | 料理のこと | Trackback | Comments(0)

世界主要都市の「生活の質」って何で測るの?

世界主要都市の「生活の質」調査 今年の1位は? | Excite エキサイト

という記事を見つけたけれど、「チューリヒ」と聞くと、反射的に「物価高そう」と思ってしまうんですが、「生活の質」というのはそういうものではないんですね?
新婚旅行のとき、チューリヒ空港から日本へ帰ったので、最後にチューリヒに一泊しました。
…といっても、ちょっと市内中心部から離れたところに泊まったので、あまり町を覚えていないのですが、泊まったところが素敵な雰囲気で、いい印象が残ってはいます。
湖畔のルレ・エ・シャトー加盟ホテルで、湖を眺めながら外で食前酒などいただき、湖に浮かぶたくさんのヨットを見ながら、ここでは贅沢な時間が流れているなぁ、と思いました。

ですがスイス、物価高すぎる。イタリアからスイスという旅行だったせいもあると思いますが、スイスに入ったとたん、食事は高くなり、そしてはっきり言ってまずくなりました。
うーむ。「レストラン」も評価指標だそうですが、スイスの場合、治安とか学校とかでポイント高いんですかね?
結局、何を持って「質が高い」というかは人それぞれであり、世界中の人々が「チューリヒが一番!」と思うはずもない、という当たり前の結論に落ち着くわけですが。

あ、レストランと言えば、さすがルレ・エ・シャトーというか、我々が泊まったホテルの食事は美味しかったですよ。ミシュランでも星が一つついてたし。でも、「ブレス鶏のなんたら」とか、食材が全部フランスのもので、これをスイスで食べる意味はどこに?と、旅行者としては思いもしたのですが。


以下引用

ロンドン 10日 ロイター] 世界主要都市の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)比較調査で、チューリヒが1位に選ばれた。最下位は3年連続でバグダッドだった。

この調査は国際的な人材コンサルティング会社マーサーが毎年行っているもの。ベスト3は、ジュネーヴ、バンクーバー、チューリヒ。一方、ワースト3は、バグダッド、中央アフリカ共和国のバンギ、コンゴ共和国の首都ブラザビルだった。

上位3都市は昨年の調査から変わっていない。

前回の調査から、順位を大幅にあげた都市のひとつがシカゴで、52位から41位になった。これは犯罪率が抑えられたため。一方、順位を大幅に落としたのがカイロ。2005年に131位だったのが、215位になってしまった。

「(これは)政治的混乱と都市およびその周辺へのテロリスト攻撃によるもの」とのこと。

マーサーは毎年、政治の安定性、学校、バー、レストラン、環境など、全部で39の要素から都市の生活の質を評価している。

完全なリストはウェブサイト(www.imercer.com/qol)で公開されている。
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by mmemiya | 2006-04-12 06:41 | Trackback | Comments(0)