La Lune Lunatique

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サウロ・タッチ証明書

というわけで、無事、子どもらをつれて恐竜展に行ってきました。
出発前に、金魚を庭に埋めてやったら、案の定、息子が号泣して慰めるのに一苦労でした。

息子が、ではなく、単に、私が行きたかったというのが正しいのですが、息子も喜んでいたし、大泣きを恐れていた娘も、入場直後(まだ展示室に入ってない段階で)暗かったせいか「怖い」と言い出しどうなるかと思いましたが、その後はまずは化石展示だったこともあって、「すごいよ!大きいよ!」と興奮していました。
その後にあった、恐竜ロボットについても、大声で吼えるとか、こけおどし的なものではなかったせいか、比較的落ち着いて見ていられたようです。

アジアの恐竜の展示会ということもあり、私自身も、中国風の名前が付いているものは、分かる名前はマメンチサウルスぐらいだったのですが、まぁ種の名前(発見地の中国地名とかが付いている)は知らなくても、骨格を見れば「これはアンキロサウルスの仲間だろう」とか、「ランベオサウルスかパラサウロロフスか分からんが、カモノハシ竜の系列だわね」とか、説明文に近づかなくてもそれぐらいは予測が付く程度には恐竜好きの私です。そんで、オビラプトルは「卵泥棒」という意味だとか、ちょこちょこ息子に説明を加えてやりましたが、さて、どの程度理解できたでしょうか。泥棒にされたかわいそうな恐竜、というのはインプットされたようですが。
あと、中国といえば羽毛化石でしょう、ということで、初期の鳥というか、その前後の、羽毛の生えた恐竜に関する展示がたくさんありました。

私が初めて恐竜化石を見たときには、恐竜の皮膚化石(レプリカ?本物?)に触らせてもらい、「サウロ・タッチ証明書」なるものをもらったことをかすかに覚えていますが、調べてみると、これは昭和53年、犬山ラインパーク(当時)でのイベントらしいです。(インターネットってなんて便利!)
その後も化石博物館とか、いくつか恐竜イベントとか(妹と二人、新幹線に乗って幕張メッセまで恐竜展に行った記憶もあるんだけど、そう最近のことじゃないので、調べる限り、これは1990年のイベントか?)行きましたが、なにしろ恐竜のことは、わずかな手がかりから推測するのが中心なので、私が子どものころ、言われてたことと今は全然違っていたりします。
アパトサウルスじゃなくブロントサウルスだったし。どうかすると大きな恐竜は水の中にいた、という絵が恐竜絵本には出てたし、鳥盤目とか竜盤目とか、今ではあまり意味のなくなってしまった分類が幅をきかせてたし。
そうそう、日本では恐竜化石は出ない、とも、あの頃はまだ言われていたのでした。フタバスズキリュウみたいな首長竜とか魚竜化石は出ても、日本の条件では恐竜の化石は残っていないだろうというのが私の小さな頃の定説で。
それが今や、福井あたりとか兵庫とか、色々出てますからね。隔世の感があります。

というわけで、わが子が大きくなる頃には、果たして恐竜学はどのようになっているのやら。楽しみではありますが、わが子たちが大人になるまで恐竜を好きでい続けるかどうかは、これまたよく分からなかったりするのでした。
まぁ、私としては、子どもらが付き合ってくれる間に、せいぜい恐竜展を楽しむことといたしましょう。

子ども向けの恐竜の本って、なんかいいのないかな~。私が子どものころ読んでいた本、なかなかまとまっててよかったと思うのですが、なにしろ、「ブロントサウルス」の時代だからな~。
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by mmemiya | 2007-08-31 21:33 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

おぼれる子どもは藁を掴まない

このところ、ひたすら眠くて、眠くて、夜は子どもと先を争って眠ってしまう有様。

その間、保育園の地蔵盆があったり、子どもをレジャープールに連れて行ったり、そして今日は恐竜展に行くために休みを取ったのだが…上の子、まだ、寝ています。何時出発だ?

地蔵盆では、娘が念願の(!)かき氷を食べ、金魚すくいをし、盆踊りをし。
花火大会の日、カキ氷、といっていた娘でしたが、花火の音が怖くて、出店のところまで行けなかったからね…。今回は、般若心経の読経の中、半泣きでお地蔵さんにお参りしましたが、その後は普通に楽しめた模様。
息子の方は、金魚すくいが一番楽しかったそうで。しかし、前日、先生に「今年は金魚すくいがあるよ~」と言われ、「うわ、水槽がうちにはないよ!」と慌てました。
当然のごとく、1匹もすくえなかったけど、一人3匹もらえたので、翌日、慌ててホームセンターで水槽購入。
ずいぶん前、息子が前の保育園を引越しでやめる最後の日、ちょうど、園の「夏祭り」があり、やはり金魚をもらってきて、翌日慌てて水槽を買いに走ったことがありました。でも、その水槽はその後、甥っ子にあげてしまったし。
で、朝夕、子どもに金魚の餌ヤリをさせてますが、昨日、1匹死んでしまいました。大人はまぁ、金魚すくいの金魚なら、そんなものか、と思いますが…。割と息子は繊細?なのか、一時は帰宅後毎日やっていた虫取りも、1時間後ぐらいに逃がしてやろうとした蝉が弱っていて虫かごを離れず、そのまま朝には死んでいた、というのを2回ほど見てからやめてしまった模様。
金魚に関しては「そう」と言っただけでしたが、案外、日にちが経ってから泣いたりするんですよね…。

ところで、レジャープールでは、夫が息子を、私が娘を見ていたのですが、去年は怖がって浅いプールでちょっとだけ遊んだ程度の娘も今年は大はしゃぎ。でも、足の付かない流れるプールは怖かったようで、二度と行こうとしませんでした。
そんなことで、深さ60センチ程度のプールでずっと遊んでいたのですが、そろそろ帰ろうか、というようなころになって、突然、娘が目の前で水の中に沈みました。
あまりに自然に?消えたので、自分でもぐってみたのかと(一応、ゴーグルもつけてたし)思ったほどでしたが、次の瞬間助けあげると「鼻から水が入った~、痛い~」と泣いてました。
その時は、ちょっと泣いた程度で「じゃあ、もう、プールおしまいにしようか」というとうなづいて出てきたのですが、翌日、急に思い出したらしく、「プールでお母さんの顔が見えなくなっちゃったの~」と号泣していました。

プールへ行く数日前に、たまたま、子どもの事故2   幼い子どもが水の中で立ち上がれない3つの理由という記事を読んでいたので、おお、本当にそのとおりだわ、と実感した出来事でした。
子連れは、やはり、浅いプールでも気は抜けません。浮き輪がもうすっかり小さくなってしまった娘なので、来年は、腕に通すヘルパーを買わなければ。
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by mmemiya | 2007-08-30 08:22 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(5)

エキサイティングな本

相変わらず、数冊、並行して読みかけ状態、な私の読書状況、ではあるけれど、今、読んでいる本のうち2つが、なかなかエキサイティング。

一つは、前からこだわっている「日本の伝統食って?」にまつわるような本。

例えば、学校に100年以上の歴史があれば「伝統校」って言っていいかな、と思うのは、なにしろ学制の発布が明治だからに他ならない。同じように100年ぐらい伝統があっても、大正琴を「日本の伝統楽器」というのは、私はやや躊躇する。(いや、「大正琴 伝統楽器」って検索すると、けっこういくつもヒットするんですけどね。) 箏(普通には「琴」と呼ばれる楽器)ですら、伝統楽器かなぁ、雅楽の楽箏なら間違いなく伝統楽器だけど、山田流が俗箏を改良したのっていつだ?とか悩んじゃいますが、私は。

人間が食事をするのは、有史以前から当然のことで、まぁ、どの程度からが「料理」と呼べる状態だったか、という話になるのだろうが、とまれ、料理となれば、まして100年前のものを「伝統食」と呼んでよいのか確信が持てないのは、その、長い食事の歴史の中で、どの程度の長さを持てば「伝統」と呼べるのか不明瞭だからだ。

しかし、百歩譲って、仮に100年前の食事を日本の伝統食、と呼ぶとしても、その食事は、例えば「ご飯とお味噌汁、魚に野菜の副菜」なーんてものでは絶対ありえない、ということが「食生活の歴史」瀬川清子著 を読むとよく分かる。
だって、まず、米食べてないもん。米より雑穀中心の人のほうが、絶対数としては多いもん。玄米か白米か、というようなレベルの話ではない。
味噌汁は食べてたかもしれないけど、味噌は「おかず」(ご飯に添える、なめる)だったりもしてるし。魚は場所にも寄るだろうが、正月のご馳走(塩漬けの魚が)という所も多かったようだ。
まだじっくり読み返すと色々発見がありそうだけれど、「ご飯、味噌汁、魚、野菜の日本型食生活」なるものがあったとしても、日本の過半数の人がそんな食事をしていた期間というのは、恐らく、相当短いだろうな、というのがざっと流し読みしての感想。

もう一つは「環境リスク学」中西準子著。のっけから、著者が、当時は素晴らしいとされていた下水処理施設が、工場排水、特に重金属をまったくと言っていいほど処理できていないことを明らかにした話、そしてそのために様々な嫌がらせにあった話にぐいぐいと引き込まれる。
長年、不遇の中にありながら、それでも著者が下水道問題やダイオキシンなどの問題に取り組んできた、その意志の強さはどこから来ていたのか、と読み進めていくと、著者の激動の中にあった生い立ちが淡々と語られる。「思想論争ではどちらが正しいという決着をつけられない」と感じてきたから、「出すべきは事実、思想の違いを超えて認めることができる事実、これこそが今の思想的な勢力関係を崩す力を持っている」と考えて、「ファクト」に重きを置いてきた、という著者の言葉が胸に迫る。
そして、著者がたどり着いた先は「リスク論」。生活の利便性の向上に、何がしかのリスクは常に付きまとう。(年間の交通事故死者の数を考えればそれは容易に分かる。)では、そのリスクはどの程度の確率で起こるものか、我々は、どの程度ならリスクを許容できるのか、と、妥協点を探っていくという、非常に手間のかかる仕事だ。
私は、今の日本社会が、「リスクというのはどんなわずかでも認めたくない」という社会になりつつあるように思えて、そこが非常に気がかりなのだが、こうした、リスクを把握して、社会の共通認識を作り上げていく試みは、とても大変だろうが、本当に重要なことだと思う。
「環境」問題とは、我々を取り囲む全ての「環境」が対象になるからして、その「環境」にまつわる数多くのリスクを把握し、妥協点を探っていくというのは、気が遠くなるほどの時間がかかるだろうとは思うのだが…。
まだ第1部しか読めていないし、これからじっくりこの本を読んで、自分なりに、身の回りのリスクについて考えてみたいと思っている。ただ、正確なリスク把握には、専門家のきちんとしたデータが不可欠であり、一市民としては、一人でも多くの専門家が、こうした観点から、各種データを整理してくれるのを待つしかない、という歯がゆさがあるが…。
そうそう、ここにも「野菜の持つ発がん性」の話が出てきた。野菜自体は、やはり、自分を食べるものに抵抗しなければならないから、天然の農薬ともいうべき成分を含有する(無農薬野菜でそれが高くなるのかどうかは触れられていない)、が、その「発がん性」のリスクよりも、野菜を食べることで得られる利益の方が大きいから、我々はやはり、野菜を食べないわけにはいかないのだ、という話。(なお、この部分は、著者の研究範囲ではなく、他の専門家の話の紹介、といった位置づけである。)

と、かたい本ばかり紹介してしまったが、そういえば、合間に読んでいる「すべてを食べつくした男」「やっぱり美味しいものが好き」ジェフリー・スタインガーテンもまた、なかなかエキサイティング。「塩の味の違いというのは、結晶の大きさが違うと味が違うと感じるだけで、実際には食卓塩だろうと海塩だろうと味そのものは同じ」という論文に対して、各種の塩を水に溶かして(これで結晶の大きさは関係なくなる)被験者を募り、二重盲験で味の違いの有無を確かめる!これ以外にも、そこまでやるか、的な美食の追及ぶりが痛快な、食にまつわる楽しいエッセイ集。
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by mmemiya | 2007-08-20 21:39 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

天然の危険

父が鮎釣りに行ってきた、とのことで、母が鮎を届けてくれた。夕食準備中、急遽、メインディッシュが変更になる。ちょうどそこへ夫が帰ってきて、先日、私の鮎の焼き方がイマイチだったから、と、串を打って鮎専属係になる夫。ご馳走様でした。鮎の美味しさって、本当に、代え難いものがありますなぁ。

これが養殖となると、どうしても、余分な脂はのってるし、正直、別の魚としか思えないのですが、しかし、昨今、川やら土壌やらがどこまで綺麗か分からない以上、実は天然鮎にもリスクはあるでしょう。
結局のところ、リスクを分散するには、なるべく同じものばっかり食べない、と、そういうことは、確か「食品の裏側」にも書いてあったような。公害病の歴史を振り返っても、魚介類にせよ、農産物にせよ、なるべくまんべんなく、多くのものを食べるのが、一番リスク分散になる、ということはうなづける話です。

ところで、川や土が汚染されてしまっているから、ということがなくても、なんでもかんでも「天然」だの「自然」だの付くと、なんとなくいいもののように思ってしまうところが、私なんかもなきにしもあらずですが、それって危険な思い込みだよなぁ、と時々反省します。

同じ「食品の裏側」にあったと思うのだけれど、添加物で「合成」ってあるものだけが悪で、「天然」とあればまだいいのか、と言えば、そうじゃない、と。天然といったって、自然界にあるものでも、これまで人間が食してきたわけでもなんでもないものの安全性ってどうなんだ、という話がありました。
確かに、天然の毒物なんていくらでもあるし、毒草とか、毒キノコとか、きりがないし。
ニラとカヤツリグサとなんてことも書きましたが、実はニラの近くに水仙があったりするんです。危ない危ない。

あと、先日買った「食卓の安全学」という本に、けっこう衝撃的なことが出ておりました。「無農薬」って銘打った野菜が、農薬じゃないから、ってことで、ナフタリンを虫除けに使って栽培されていた、とかいう話です。「農薬」使わなきゃ、他の薬を使っても「無」農薬…!(ただし、一応、これは、農薬取締法の改正前の話ですから、念のため。)

これは、最近、ネット上で読んだ話で、真偽は私なぞには確かめようもないんですが、農薬とか使わないで野菜を育てると、野菜は、虫から身を守るために、農薬みたいな成分を、自ら作り出すんですって。で、色々と、農薬使用の野菜にない成分を含むので、味が濃くなるんですって。

「天然」というコトバに過剰に惑わされないようにしつつ、まんべんなく色々なものを食べつつ、美味しく食べたい…。ああ、なんとまぁ難しい。
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by mmemiya | 2007-08-17 21:28 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

地球環境のために、人類は絶滅すべきか?

大学時代に、ゼミで環境問題の話になって、「そりゃ、一番簡単な解決策は、世界人口が減ることでしょう」なんてしたり顔で発言したことがある。世間に流布する言説でも、たまに、そういうのを見かけないでもない。

「環境問題」の何を問題と捉えるか、によりけりなのだが、例えば、1000年前とか2000年前とか、あるいは数万年前ぐらいの地球を理想と思い、今はその頃の貴重な動植物が失われた…!などと感じるのならば、人類の数が減ったり、いっそ滅亡したりする方が、地球のため、という論法になるのかもしれない。

しかし、現実問題として、地球環境を少しでも良くするために自殺を図っても、誰も褒めてくれないだろう、っていうか絶対引き止められるだろう。

大多数の人にとって、環境問題とは、人類の存続すら危ういようだから、自分や自分の子孫たちが劣悪な環境に置かれそうだから問題なんであって、「諸悪の根源の人類よりも地球環境の方が大事だから、私はいなくなった方がいい」という人はごく少数だろうと思う。そんな風に思わないほうが生き物として健全なのは間違いないと思うし。

地球の方が私より何より一番大事、という視点で捉えるなら、人類は、滅亡とまでは行かなくとも、なるべく原始的な暮らしに戻った方がいい、ということになるんだろう。(原始時代にやっていたことがなんでもいいか、といえば多分違うんだけど。なにしろ人口規模が違いすぎるからね…。当時も人間は規模やら形は違っても、環境を破壊していたと思うけれど、人間の絶対数が少ないから、そう大問題にならなかったのだろう、ということで、やはり、人類はなるべく少ない方が望ましい、という話にはなってしまう。)

子々孫々まで、なるべく今ぐらいの生活を享受していきたい、と思うなら、少しずつ、できることをしよう、ってな話になる。まぁ、ロハスなんていう小っ恥ずかしいコトバとか、どうもファッションとして消費されてるだけ、っつーか、実際のところ、何をすることが環境の持続にとって望ましいのかはっきりしておらず、下手すると何かエコグッズ買って、イイコトした気分になって終わり、になりかねないってことがこの視点に立った場合の難点のような気がするが。

ところで、たとえ、この先、人類が地球を「汚染」しまくったとして、それで人類も滅亡するほどの事態になったとしても、地球自体が爆発して四散でもしない限り、地球上に何かの生命体は残るだろうから、地球環境を問題にするのは、やはり、人類のため、ということのような気がする。
その生命体が細菌類やウィルスだけなのか、ってあたりはともかくとしてだ。生命ってモノは、そう人間ごときがことごとく滅ぼしてしまえるほどヤワなもんではなかろうよ、と、地球の未来そのものについては、私はけっこう楽観視している。(この場合、当然ながら、人類の未来をも楽観視しているわけではない。)
もちろん、人間の巻き添えを食って絶滅してしまう生き物は多数あるだろう。とはいっても、人類が地球上に誕生する遥か以前から、絶滅した種なんて数え切れないほどあるし、恐竜絶滅前後の地球環境の大変動って言ったら、ひょっとして、今の環境問題なんか目じゃないくらいの大問題だったかもしれない。

とりあえず、地球の未来というよりは、人類が存続可能な未来の地球のために何をなすべきか。これが簡単なようでいて難しい。門外漢なんでよく分からないけど、地球上の全ての農地で有機無農薬栽培とか始めちゃったら、多分、今でさえ飢えてる人が多いという食糧問題が輪をかけて悲惨なことになるのは間違いないような気がするし(日本はそもそも食料自給率が100%に遠く及ばないから当然なんだけど、つまり、以前の農業生産量で養えるような人口を、今は遥かに凌駕しちゃってるだろう、ってことだ。)じゃあ畜産を全部やめたら、って、それもまた生態系の循環を考えると暴論のような気もする。

ほんじゃ一体、どのあたりが落としどころなんだ、って、パソコンなんぞ使いながら言うことではないのかもしれないが、とりあえず、以前にコメント欄でお勧めいただいた「環境リスク学」、入手したんですが、まだ読んでないんで、それを読んで、また考えてみることにしたい。
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by mmemiya | 2007-08-14 20:49 | 日々雑感 | Trackback | Comments(3)

虫かご持って

週末、祖父母の家に泊まってきた。
といっても、祖父が5年前に亡くなり、祖母がこの正月に亡くなって、今は空き家となっている家だ。しかし、仏さんが新しいうちは、なるべく今までのように、と、電気も水道も使えるままにしてあって、ここ4ヶ月ほどは、祖父母の次女である私の叔母が週に1度は通って、せっせと荷物の整理などをしていた。

祖父母の家のあたりでは、お盆は7月下旬に行われる。どうも、昔、養蚕が盛んだった地域では、旧暦のお盆というのは養蚕が忙しい時期にあたっていたようで、お盆をずらしていたらしい、というのがネット検索で得た推測。もともとが7月の23~25日だった、その(他の地域から見れば)ちょっと特異な日程が、太陰暦から太陽暦への切換時に、新暦7月23~25日で定着したのが祖父母の住んでいた地域、同じ市内でも、8月23~25日で行うエリアもあって、そちらは恐らく、旧暦の時期になるべく近づけようとした月遅れ盆なのだろうと思う。

今年は初盆だったのだが、仕事もあって私たちはその時には行けなかった。しかし、親戚が集まってお寺さんに来ていただいてのその初盆が、かなり疲れるものであったらしく、叔母が、うちの子ども達に会って疲れを癒したい、と言い出して、この週末の合宿と相成った次第。

到着したら、ちょうど叔母と叔父は買い物に出かけていて、私の父母はまだ着いていなかったので、ちょっと川べりへ散歩。のつもりが、あっというまに息子と夫は川遊びへ。
私が子どものころは、祖父母の家へ来ると必ず川で遊んだものだが、途中で発電所が増設されて(昔からダムはあった)そこにあった川への立ち入り場所が閉鎖されてしまったこともあり、私も本当に久しぶりに川へ行った。しかし、大きな岩がぬるぬると苔むしていたりして、その下にある天然のプールのような場所へ子どもを連れて行くのはけっこう危なかった。私なんか、普通の靴しかはいていなかったし、今回は、娘は(行きたいと泣いていたが)申し訳ないけど連れておりられず。川幅自体はそうとうあって、川の本流で遊ぶなど、危なくて出来ないのだけれど、ちょうど湧き水が注ぎ込んでいて、その水がくぼ地にたまって遊び場になっている。魚がいる!と夫と息子が叫んでいたので、水は注ぎ込んでも流れ出してもいる、ということなのだろう。
母によると、子どものころ、学校にプールがなかったので、中学校からここまで泳ぎに来ていたのだそうな。このくぼ地ではなかったかもしれないが。

川から戻って、家の中で遊んで、叔父が腕を振るったり、子どもたちもお手伝いをしたりで夕食準備。食後は外で花火。前日の地元花火大会で怖がって車から出られなかった娘、手で持ってやるこの花火も怖がって近寄れない。最後にやっと、線香花火を持つ我が母の手に、手を添えられた程度。すいかを食べてお風呂へ入って就寝。

家の中から川面がよく見えるほど川に近いせいなのか、風が本当に良く通って涼しいのにはびっくり。冬は寒い、という印象はあったけれど(まぁこれは家の造りのせいね)こんなに夏が涼しかったとは。ただし、表の方は国道に面していて、24時間、車の音が五月蝿いのが玉に瑕。夜はトラックが特に喧しい。でもみんな、疲れていたのか、特に車の音も気にならず朝まで眠ってしまったようだったが。

翌日は、家の中にプラレールをだーっと広げたり、ままごとをしたり、なんてのもやっていたが、ようやく息子に虫取り網を買ってやったので、近所へ虫取りにも出かけた。息子が捕まえることができたのは、蝉とショウリョウバッタ(けっこう大きかった)。ま、ショウリョウバッタなんて、私は素手でいつも捕まえていた気がするけど。庭にものすごくいたもんなぁ。
アゲハやシジミチョウ、トンボも飛んでいたが、残念ながら捕まえられず。ま、でも、けっこう、夏らしいことが出来たかな?
もう少し子どもたちが大きくなったら、ペルセウス座流星群なんかも見に行きたいけどな~。私、子どものころは、けっこう毎年欠かさず見に行ったものです。最近はどこへ行っても明るくて、なかなか家の近所から観察は難しいかもしれないけれど。

今日も、保育所から帰ってくるなり、息子は家に入らず、網を持って庭でうろうろ。蝉とカマキリを捕まえてました。一緒に入れたらカマキリが食べるよ、と言ったら蝉は放してましたが。
カマキリもおなかがすいて可哀想だから、少し経ったら逃がしてあげたら、と言ったら、クモをとってきて餌に、と与えていた。しばらくしたら、カマキリの食事シーンが観察できました。寝る前に、やっとカマキリも逃がしてやりましたが。

虫取りの大物といえばカブトムシやらクワガタやらですが、さすがにそれは庭では見つかる筈もないし。おととし、近所の子が、たくさん捕まえたから、とカブトムシを一つがいくれたんだけど、何気なく「どこで捕まえたの?」と聞いたら「秘密!」と怖い顔をされてしまった。そーだなー、秘密だよなー、やっぱり。ま、今のところ、息子からカブトムシを採りに行きたいという発言はないですが、そのうち、カブトムシ探しに行かないといけなくなるかしらん。
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by mmemiya | 2007-08-13 22:34 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

通信教育と私

ついさきほど、今期のレポート(明日、じゃなかった、日付変わってるから今日締め切り)がやっと終了いたしました。
ほぼ、水曜までに書きあがってはいたのだけれど、綴じて、提出票つけて、課題名とか書いて、レポート用紙1枚1枚に科目名と学籍番号と氏名を書いていく、というだけの作業にもけっこう時間がかかります。しかも、子どもの寝かしつけで一緒に沈没していて、12時近くに目を覚まして、お風呂入って家事片付けて、プリンタ出してきて、んでやっと。

高校生の頃にも通信教育を1年弱やってましたが(第一志望校が2次試験に英語と小論文しか課さないところで、小論文の指導を受けたかった。の割にあんまり課題提出しなかったんだけど…)ワタシの性格、通信教育向けじゃありません。現在のこの通信教育も、毎度毎度、締め切り前日に夜更かしです。ああ、でも、レポート提出、あと1回になったわ、やっと。
なんとか1度も落とさず続いているのは、レポート出さないと、受験資格がもらえない、ってことがはっきりしてるからです。(一応、延滞提出期間ってのがあるけど、遅れてその延滞期間に出すと、自動的に、どんなにいい内容でも最低の成績しかつかないことになってます。まぁ単位取れればいい、って考えりゃそれでもいいんでしょうが、一応、去年の単位は全部Aだったので、そうなると今年もできればオールAがいいな…。)受験勉強の場合、やれば成績は上がる、かもしれないけど、出さないと試験に落ちる、わけでもないし、なかなかモチベーションが維持しにくい。

そんで、いくつか答案提出すると商品がもらえたり、なんて制度があったりしますね、家庭学習教材としての通信教育には。でも、やっぱり、答案提出率って、低いんだろうな、と思います。そんなの公表してる業者、いないと思うけど。
私の子どものころから、ものすごいダイレクトメール攻勢をかけてきていた某大手(定期テストのたびに来た、マンガつきダイレクトメール! んなはずねーだろ!と突っ込みつつも、あのマンガはつい、欠かさず読んでいた…)なんて、あのダイレクトメールにかける費用はどっから出てるんだ、ってことですよね。子どものころは勿論、そこまで思い至らなかったけど。実は、会員全員が全部の答案を出してきたら、現状のスタッフ数では対応できないのだろう、なんて、嘘かマコトか分からないけれど、そんな話もあるそうで。
子どもが生まれたら、さっそくやってきましたよ~。(最近は住民基本台帳が閲覧できなくなったんでしたっけ、それからはどうなってるんでしょうね)すぐに電話して「以後のダイレクトメールは送らないでくれ」って言ったらそれから届かないですけど。

実はそこで、4年弱、◎ペン先生をやっていた、という、受講側ではない側で通信教育にちょっと関係したこともある私なのですが、提出率は知りませんが、確かに、答案提出数って、ものすごく安定しないんですよ。ちょっとキャンペーンみたいなことがあったりすると増える。1週間ごとに会社に行って、新しい仕事貰って、前の週に受け取った分を納品するんですが、仕事量がけっこう不安定で(一応、週に何枚出来るかは事前登録してあるんですが)安定した収入が欲しい人には全く向きません。ついでに言うと、1枚にけっこう時間がかかる(私の場合、大体1時間)のに、出来高制で当時1枚600円弱ぐらい(科目や、何年生のかによってもけっこう違ったはずですが)だったので、そこらの自給と比較しても、かなり割に合わない。お子さんが小さくて、外に働きには行きにくい人向け、って言われてましたけど、小さい子ども抱えて、採点時間を捻出するのも、子持ちになった今思えば、けっこう大変そうな。
で、提出の多かった週は「もう少し増やせますか?」って打診を受けたりしてました。あと、すごかったのは、一応、どんな古い答案でも受け付けることになってるので、一度、もんのすごい何年も前の(何年前のだったかは忘れましたが)答案が出てきたことがあって、会社で「基準」(分厚い採点基準マニュアル。毎月これをもとに採点する。でも英作文とかは、どうやっても基準に載ってないミスが多くてけっこう大変。)が見つからず、古株の◎ペン先生に「▲▲さん、この基準、持ってらっしゃいます?」と社員が確認していた、という記憶があります。あの答案は、あの後どうなったんでしょう。


実は私は、採点側でも、大体、提出前日徹夜でした。ホント、ぎりぎりにならないとやらないんで…。毎週1回徹夜って、我ながら恥ずかしすぎですが。私はどうも、どっちの側でも通信教育にはあんまり向いてなさそう…。はっはっは。
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by mmemiya | 2007-08-10 03:37 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

美味しいものが食べたい

もらいもののスイカがあったのだけれど、冷蔵庫のスペースが空かなくて、冷やしてないしな~、朝は食べてる時間ないしな~(大人はともかく子どもはスイカを食べると後が大変!)などとちょっと先延ばしにしていて、週末やっと切ったら、ちょっと、水気が抜けて美味しくなさそうな部分あり。
ふとここで思いつき、スイカのシャーベットを作ってみたら、なかなか美味しゅうございました。フードプロセッサーをずっと持っているくせに、シャーベット作ったのは初めて。
そういえば、春のいちごを冷凍したものもちょっと残っている。アイスクリームか何かも、フードプロセッサーで試してみよう。小林カツ代さんのおやつの本で見た、いちごのフローズンヨーグルトを何回か作ったことがあるんだけれど、いくら途中でかき混ぜても、どうしても、冷凍室から出すとカチカチ。そういうのを、フープロにかければいいのね!


ところで、前にも伝統ってなんだ?なんてことを書いたことがあるのだけれど、ここのところ、日本の食文化について、アマゾンでいくつか本を漁ってました。

というのもですね、いわゆる<食育>に付随して「地産地消」だの「地域の伝統料理を知りましょう」だのが語られるのは農林水産省の縄張り意識のなせる業、だと私は思っていたのだけれど、「身土不二」なんてのが、そもそもが政治的な意味合いを持つスローガンだった、なんて説を見聞きしまして、こりゃけっこう根が深いのね、と感じ入りまして。

地元の食品を食べるとよい、とか、伝統的な料理がいい、とはいうものの、どうなんでしょうね、異国からの輸入物でも、その土地の気候に合って栽培できれば「地元の食品」に格上げされるんでしょうか。日本原産、ってことにこだわっちゃったら、多分、食べられるものってめちゃくちゃ少なくなるし。こういう思想を推進していらっしゃる方は、大体、何世紀ごろに日本に入った食べ物なら食べてもいいってことにされるんでしょうね。

今回入手した「和食と日本文化」(原田信男)によると、たまねぎも明治以降に日本に入ったものだそうで、こりゃびっくり。150年ぐらい経ってると、伝統食品の仲間入りできるんでしょうかね。
ちょっと検索すると、マクロビオティックレシピでたまねぎ使ったものとか簡単に見つかるし、となると、やはり、育てばいいのか。育たないものを遠くから持ってきて食べちゃいかん、と。
こりゃ、気候条件の厳しい地域に住む人にとっては、けっこう過酷な思想かも。人類が昔々から交易ってものを行ってきたのは何故か、ってことも考えてみて欲しいわ。
あー、あと、距離にして何キロまでが「その土地」と定義できるのでしょう。場合によってはうちなんかは魚も碌に食べられないってことになりかねないわ。海遠いから。干物とかにして海から持ってくるのも駄目と言われると大変厳しい。あれ、そもそも、魚、食べちゃいけないんだっけ。

食生活の欧米化が生活習慣病をもたらしている、というのはよく言われることですが、実際のところ、どうなんでしょうね。
全くの素人考えなんですが、なにしろ、人間は全て死ぬわけで、生活習慣病が死因割合としては低い状況にあるのだとしたら、別の死因割合が高いだけでしょう。
多分、生活習慣病の割合が高くなる以前は、感染症とかが高かったんじゃないかと思うのですが、感染症の割合が相対的に低くなるのは、そりゃやっぱ、衛生状態が良くなって、栄養状態が良くなったからなんじゃないのかと。
がんなんてのも、ある程度長生きしたら、発症の割合が高くなるのは避けられないように思えてしまうんですけどね…。

医療費がかさむし、生活習慣病をもっと減らさないと、と国は躍起になっているようですが、じゃあ、何が主たる死因になれば満足だ、というのでしょう。そりゃ、みんながみんな、ぴんぴんころり、と逝ければいいのかもしれないけれど、そりゃあ、どれだけ努力したって運の問題なんじゃないかなぁ…。(とりあえず、国としては糖尿病とその結果の透析が減らせりゃいいのかな?よく分かりませんが。)

とりあえず、あんまり頭で「コレを食べなきゃ、アレは体に悪い」とやるよりは、美味しいものを美味しくいただいていきたいです、私は。ただし、何を美味しいと感じるか、というあたりでは、それなりに手をかけて感覚を磨いておかなきゃ始まらない気もするので、これは、言うは易く行うは難し、の典型ではあるんですけれどね。
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by mmemiya | 2007-08-07 22:23 | 料理のこと | Trackback | Comments(2)

20年前からあったけどなぁ

有名私立大の受験料を負担 埼玉・狭山ケ丘高校

先日来、関西のいくつかの高校で、やれ、ひとりの生徒がたくさんの大学に合格していて、有名大学への合格者数が水増しだっただの、受験料を高校が負担していたの、いや関東にもそういう高校があっただのというのがニュースになっているが、なぜこれが今頃ニュースになるのか、今一つぴんと来ない。

だって、私の高校生時代といえばもはやかれこれ20年前ということになってしまうが、その頃からあったもの、こういう話。

私の住む地域では、当時、基本的に私立高校の方が大学進学率が低かった。まぁ、ちょっと離れた有名私立高校へ中学受験して入ったり、高校から入ったり、という子も皆無ではなかったけれど、基本的には、進学志望の子達は公立高校へ進んだものだ。
そういう状況下では、私立高校というのは、滑り止め、という存在だった。それから、高校の途中で他の地域から引っ越してきたような子が、公立高校へ入れないと行くところ、という感じ。(公立高校にも転校生はいたので、高校の転校の仕組みというのが実はよく分からないんだけど…)
そんななかで、私立は大学進学率を上げようと躍起になっていて、どこも、「特別進学コース」みたいな、受験に力を入れたコースを作り始めていた。で、成績優秀だと、授業料は3年間免除、その代わり、受験時には、なるべくたくさんの大学を受けてもらう。◎◎大学▲名合格、××大学■名合格、と、翌年の資料に大きく書くために。生徒の側も、授業料免除の特待生だという立場から、ある程度、それに従わざるを得ない。知人で、おかげで授業料が免除だったとはいえ、受験料に数十万円使った、という人がいたし、私が滑り止めに受けていた私立高校は、受験料も学校持ち、という話だった。ちなみにこの私立は、中3の夏ごろだったか、
無料の(だっけ?)模試をやって、そこで成績が一定以上なら、入学後は特待生で授業料免除が約束される、なんてことをしていた。

まぁ、ただし当時は、センター試験の成績だけで私立大学に合格できる(なんてのがあるんですねぇ今は。全然知らなかった。第一私は共通一次世代だし。)なんて制度はなかったから、1人が多くの大学を受ける、といったって、物理的にはある程度限りはあっただろう。まぁ、私大の日程って、学部ごとに違っていたはずとは思うけど、それにしたって、ぶっつづけの受験はきついよね。1人で30いくつとか、ちょーっと無理だったんじゃないか、と思う。
話はそれるけど、◎◎大学なら学部はどこでもいい、っていう発想、私には全く理解できない。勉強したい分野が先にありきじゃないってどういうことなんだろう。私なんか、国立A・B日程(という時代があったのですよ)、私大1校とも、おんなじ分野で合格できそうなところしか受けてないんだけど。

まぁそんなことはともかく、今更のようにこれが問題になり始めたきっかけってのは良く分からないんだけど、4年制有名私大に8名合格!が1人でたたき出されてるぐらいは目をつぶっても、30名合格が実は1人だとサギだろう、ってことなの?それとも20年前にこんなことがあったのは私の周囲のごく狭い世界だけで、新聞記者諸氏の高校時代には、そんなこと全然聞いたこともない、ってことなんでしょーか?謎。
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by mmemiya | 2007-08-04 23:57 | 日々雑感 | Trackback | Comments(6)

水泳教室

息子の水泳教室、今日で一応おしまい。まぁ、また来期も申し込む、と本人が言うので申し込みを出してきたが。

で、いつもは娘はこの時間、お昼寝しながらお留守番なのだが、今日は初めて、私と娘が、息子の教室の間、横のプールでぱちゃぱちゃすることにした。

というのも、この間、ある登園中の車の中で、娘がポツリと「Cちゃん、保育園のある日は夜、すぐ寝れるからいいんだけど、保育園がお休みの日は眠れないから嫌いなんだよー」とつぶやいたのだ。

まぁ、確かに私も、土日の夜は寝付き悪いな、とは思っていたけど、本人もそれを苦にしていたとは。そうかー、やっぱり家にいると運動量が足りないかー、と反省したわけであります。
(保育園でもちゃんと昼寝しているのにね。)

実は、来期からは娘も市民プールの親子教室に入れる年齢になったんだけど、ただ、10:30から1時間親子教室に参加して、帰って昼食作って食べさせて14:30から息子の幼児教室に送っていって1時間眺めながら待って、となると、プールで丸一日つぶれてしまうに近いし、どうにも二の足を踏んでしまう。うーむ。

で、今回、娘と初プール(ま、去年も一度だけ近くのレジャープールに行ったけど)したのだが、両腕にアームヘルパーをつけて、最初は座っているだけだったけど、けっこう水を怖がることなく、わずか1時間の間に、ビート板につかまってバタ足の真似をするまでになったのだ。
こうなると、やっぱり水泳教室に入れてやるといいのかしら、などとまた悩んでしまうのだが…。

まぁ、大人1人の入場料金より、幼児+保護者の入場料金の方が格安だし、しばらくは、兄ちゃんの泳ぐ様子を横目で見ながら、親子でプール遊び、かな。
幼児と小学生の合同教室があって、娘が4歳になれば2人まとめてそれに入れられるかと思っていたら、それは「年中さん」になってからなのだそうで、となると、あと1年半も先なんだよな~、残念。
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by mmemiya | 2007-08-04 17:56 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)