La Lune Lunatique

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この秋の収穫

土曜が雨でつぶれたこともあり、日曜は大忙しの一日。といってもそんなに朝早く起きたわけじゃないんだけど・・・。

さつまいものつる切りをして収穫。娘が掘っていたのは本当に最初だけ、いくつか掘り出した息子もそのうち飽きて?二人でただ遊んでいるだけ。なんだかんだで2時間ほどかかる。植えつけただけでその後一切なーんにもしていないサツマイモ、ちょっとした段ボール箱1箱分の収穫。
ホームセンターで、色々な苗を買っては植えてみたのだが、種類によって、小さな芋しか出来なかったもの、かなりいい大きさになったもの、と、個性が違う。が、苗のそばに立てておいた品種の札が、旺盛に繁殖した蔓にまみれて、どれがどれやらよく分からなくなってしまい、これでは来年の参考にならないわ(涙)。植え付けの図でもどこかに描いておかないといけない。

不作と書いた富有柿だが、それでも、ご近所と夫の実家、計70個ぐらいは配った。木にあと30ぐらい、いや、もうちょっとあるかな?去年に比べれば、というだけで、まぁまぁ実ったということか。スーパーの果物売り場を見る限り、今年は梨が不作の年と思われた(ずっと値段高いままだった…)けど、受粉の頃の天候のせいなのかしらん。

花梨は小さな実がやたらと実り、100個はあると思われる。しかし、かなりの確率で、いや、ほとんどが?虫食いだろう。実を収穫するところまではいったが、まだはちみつ漬けに着手できず。

これから冬に向けて剪定しなきゃいけない木がまた盛りだくさんだが、とりあえず、収穫は、富有柿をもう一回、ぐらいで終わりかな。

ところで、夫の実家に柿とかりんを届けての帰り、大型スーパーの横を通ったら、「ここで、前、盆踊りやったねえ」と娘が言い出し、「そのときKちゃんは、クマちゃんの中に入ったのにCちゃんは出来なかった。Cちゃんもやりたかった。」と、突如号泣し始めた。確かに、くまだかなんだか忘れたが、何かの中に入って、トランポリンみたいな感じで跳ね回る移動式遊具?があって、二人ともやりたがったが、娘は踏み潰されそうなので止めておいた。でもそれって、この夏じゃなく、去年の夏の出来事。2歳1ヶ月の時の記憶が、そんな風に残っているものとは思わず、こちらはびっくり。子どもの記憶って不思議だわ…。
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by mmemiya | 2007-10-29 06:10 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

数字を考える

「小学校へ行ったら次は?」「中学校へ行ったら次は?」などと聞いてきたあげく、うちの息子は、「僕は数字が得意だから、数字のダイガクインへ行く」とのたまっております。いやー、頑張ってくれ。バリバリ文系の父と母の子だが、期待しているよ。

下の「6個」の話には続きがあって、前日もみかんを食べていたので、「6たす4は10でしょ?最初は10個入ってたんだね」という発言が続いていた。で、つい、親馬鹿まるだして「あんたはすごい!」と私が言うので、本人はすっかり、自分は数が得意だ、と思っているわけだ。まぁ、なんかのドリルなどを与えてるわけでもないのに、数を数えたり引いたり足したりが好きなようだから、今のところ得意と言って間違いではないだろうが。

ところで、以前、石原東京都知事がフランス語の数字の数え方についてなにやら発言し、物議を醸したが(あの人は、数々の問題発言を見る限り、物議を醸すというのを充分予想した上で、「何者にも怯まず真実をずばっと言えるオレ」みたいな勘違いした陶酔をしているような気がするのだが思い違いだろうか)あれを聞いて思ったのは
「インドは数学で名高いけど、ヒンディー語の数詞の方がもっと複雑なんでしょ?1から100まで全部暗記しなきゃならんって聞いたぞ」ってことと、「アラビア語の数詞ってどうなってるのかな」ってことだった。
数学といえばアラビアで非常に発達を遂げたわけで、んで、そのアラビア語での数え方ってどうなのよ?と思ったのだけれど、思っただけで調べていなかったので、さっき、ちょっとネットをさまよってみた。
なんか、数詞そのものはかなり規則的だけど、男性形と女性形があって格変化するらしい…。しかも、1と2は、その数字が指すもの(「2人の女」といった場合の「女」)と性を一致させるが、3から9は反対の性の形を使う、とか、「数の文法」なるものが、ちょっと読んだだけではさっぱりわけが分かりません。いやー、やはり語学の世界は奥深すぎる…。
「世界の言語の数体系」というサイトによると、15進法の言語とか6進法、12進法、20進法の言語とかあるし。それを10進法に直して見てみれば確かに複雑だけれど、15進法や6進法、12進法、20進法としては例外がなくて規則的ならば、それを「難しい」というのはまたちょっと違うようにも思えますが。
英語みたいにかすかに12進法の名残がある(11、12だけ、13以降と違いますよね)という方が例外があってややこしいような。
アイヌ語も面白かったです。8と9がなくって、「あと2個で10」「あと1個で10」なんですって。そんでもって、10、20はあるのに30は「あと10個で2かける20個」、40は当然「2かける20個」、50は「あと10個で3かける20個」と、20進法みたいな感じで続いていく…。

こうやってみてくると、自分が日本語話者として育ったことに感謝したくなってくるが、これらの違いこそが文化の豊かさというものだろうし、<97>という数字を「4かける20たす10たす7」と読み上げているフランス語話者の方が、常に計算をしているから数学に強い、なんて詭弁を弄することもできそうな気もするが…。ま、実際には、計算をしてるというより習慣になっちゃってるんだろうし、フランスで「おつりの計算間違い」というのはよくあること、という意見もあるわけだが。
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by mmemiya | 2007-10-24 23:45 | 日々雑感 | Trackback | Comments(7)

6個

日曜、出来合いの肉まんを買ってきた。
3個入りパックが安かったので、それを2個。
ふかした肉まんを、指差しながら何度も数えていた息子。何かと思えば「6個だから、オトナが2個で、コドモが1個ね」だそうな。
何をやっているかと思えば、一生懸命、この小さな頭の中で、配り方を考えていたんだ、と思うとちょっとおかしかった。

そして今日。夕食後にみかんを食べる、と取りに行った息子。もうあんまり数がなかったような…?と思っていると、「6個しかありませーん。だから明日は子どもだけで食べまーす」と言って戻ってきた。

いやぁ、面白いなぁ。しかし、彼の頭の中には「半分こする」という選択肢はあまり、ないらしい。
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by mmemiya | 2007-10-23 20:03 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

渋柿、渋柿…。

日曜日、やっとのことで、渋柿を収穫。

今年は、富有柿が不作で、ほとんど採れなかった。強剪定したせいか、などと言っていたのだが、ちょっとネットをさまよってみると、どうも、不作、の言葉が目に付く。

対照的に、渋柿は、えらくたくさん採れた。ずっと剪定していなかったため、すごく高くまで枝がのびていて、とても摘果などできなかったものだから、どれも小粒(もともと小さい柿なのに、更に)なのだが、軽く100個以上、もしかすると200個近く収穫した。

早速干し柿つくり…なのだが、日曜中には皮むきが半分程度しか終わらなかった。しかも、残りについては、干す場所を考えないと、剥くこともできやしない。今ですら、洗濯物が干しにくいったら…!

今年は、富有柿は人に差し上げるほどなさそうだが、干し柿なら差し上げられるかも。喜ばれるかどうかは別として。
そうそう、花梨も、30個ぐらい?もっと?なっている。これまた、高~いところで小さな実が鈴なり。揺すって落ちるものはひとまず集めたが、これをなんとかしている暇が次の週末まで、なーい!それと、蜂蜜の大瓶買ってこないと。
けっこう、虫がいそうなので、一週間放っておく間に虫に食い荒らされてしまうかしらん。

それと、Fujikaさんのところで見た、紫蘇の実塩漬け、うちではそんなに紫蘇は…と思っていたらば、柿の根元に何株か育っていて、案外採れそう…だったので、遅ればせながら慌てて収穫。しかし、渋柿の山の前に、日曜は手をつけられず、本日、子どもたちを寝かしつけてからやっと取り組んだ。
作りながら思い立って「私の保存食ノート」By佐藤雅子を見たら、載ってました載ってました。
この本では、穂じそ2カップに対して、塩軽く1カップ、となっています。…さすが、梅干を30%近い塩分濃度で作った時代の方です…。
この本では、実を穂からしごきとってたっぷりの水で洗った後ざるにあげて、水につけては引き上げ、を繰り返し、ふきんにあけて湿り気をとる。別の乾いたざるに、しその実と塩を入れてふって混ぜ合わせ、そのまま2,3日置いて、びんに保存する。というやり方が紹介されています。
他にも、紫蘇のみと麹としょうが、砂糖、しょうゆを使った「穂じそのひしお」も載っていました。

私は、Fujikaさんのところで見たようにあく抜きをした後、適当に塩を振って、水気が切れてないな~、と、今、クッキングペーパーの上で水きり中です。やっぱ、パンチングザルでは水が切れにくい…。

我が家の紫蘇の実は、結局、450gの蜂蜜が入っていた瓶にちょうど収まるぐらいの量でした。だけど、赤紫蘇ばっかりで、青紫蘇がちっとも育たないんだよねぇ。義母は紫蘇ジュースを作ったり、ゆかりを作ったりして分けてくれますが、私はアク抜きとかが面倒そうに思えて、赤紫蘇なかなか活用できません…。

さぁて、今年の干し柿は、カビにやられず、無事仕上がるかしら。去年の市販の柿よりずっと小ぶりだけど、なにしろ量だけはあるぞ~!
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by mmemiya | 2007-10-23 00:22 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

すごい偶然

私のように、ごく一時期を除いてはほとんどずーっと同じエリアで暮らしている、という人間にとっては、久方ぶりに思いがけない場所で以前知り合った人に出会う、ということは、しょっちゅうではないにせよ、ままあることで、偶然ね~などと言い合うことはあっても、そう驚くほどのことではない。

私の経験した中で、一番「すごい偶然!」と思ったのは、あれだな。
パリにいた時、大学時代の同級生が遊びに来てくれて、シャルルドゴール空港まで迎えにいったら、空港で、大学時代の1年先輩にばったり会ったこと。けっこう広い空港である。しかも場所は異国である。これはかなり驚いた。
大学時代、「フランス語で寝言を言っている」と噂されるほどフランス語が得意だった先輩(そういや、大学祭名物の語劇―外国語で劇をやる―で、フランス語学科が「ベルサイユのばら」をやったとき、フランス語学科の生徒じゃないのにフェルゼン役をやっていた先輩だった)だったが、その時はドイツ駐在中で、フランスに出張に来ていたそうである。

そういや、ポルトガルに住む友達のところへ遊びに行った時、知り合いのドイツに駐在中の日本人と、ポルトガルの観光地ですれ違った、というのもあったな。あれが私の中では次点ぐらいだろうか。

その先輩がドイツにいる、というのは、その偶然の再会の少し前に知っていた。というのも「この指とまれ」だっけか、通称「ゆびとま」という、学校別の掲示板があるサイトで、「ヨーロッパにいる人はいますか?」みたいなトピックを立ち上げてらしたからだ。ポルトガルにいる友達というのも、大学時代の同じ学科の同級生だったから、二人で「フランスにいますよ~」「ポルトガルにいますよ~」なんて書き込んだ覚えがある。
と言っても、その後、特に話題が見つからず、そのままになってしまっていたのだが。

「ゆびとま」にしろ「mixi」にしろ、最初は嬉しがって、小学校から大学までの自分の出身校のコミュニティを覗いて見たりしたものだが、そのうちに、そんな気分も落ち着いた。
当初はなにやら懐かしさも手伝って、ちょっと私も気分が高揚していたらしいが、よく考えてみたら、ただ同級生だった、という人とネット上で出会ったって「懐かしいね~」と言い合ったら、それ以上後が続かないんである、私は。
「懐かしいね~」以上に盛り上がれる相手となら、そもそもネット上で再会しなくても、音信不通にならずに連絡が取れていそうなものだ。ま、そりゃ、小学生の頃、転校しちゃった、とかね、今みたいに携帯やらメールやらがない時代では、離れ離れになってそれきりになってしまったこともよくあることだったとは思うが、私みたいにずーっと地元にいる人間が、同じく地元にいたりする子達と疎遠になっている、というのは、疎遠になるだけの理由があった、と言い換えてもいい。

うちの夫と私は、この点では全く同じタイプなのだが、友人がそう多くない。まめに連絡取ったりするほうじゃないし(メール、という手段が出来てからは昔よりは筆不精じゃなくなったけど)、友人が少ないことがそんなに苦にもならない。(それでも、こんな私と今でも友達でいてくれるのは、度重なるご無沙汰にも関わらず愛想を尽かさないでいてくれる、ありがたい人たちばかりだ。)
気が合う相手だったら、仮に長い間のブランクがあっても、細々とながら連絡先ぐらいは知っていて、分からなくなったとしても別の友人をたどったりして知ることが出来る、という場合がほとんどだろう。年に一度、年賀状のやり取りだけしかしないけれど、そのやり取りだけが20年近く続いている、という相手もいる。(同じ市内にいて20年ぐらい会ってないんだから、これもまぁどうかとは思うが、ココまでくると、よほどのきっかけがないと、会おうよ、と切り出すタイミングがつかめない…。)
仮に、「ゆびとま」やら「mixi」やらで、単に同じクラスにいた、よりは少しは接点の多かった子に再会すれば、「懐かしいね~」よりはもう少し突っ込んだ会話が出来るのかもしれないが、そこで盛り上がって友情が復活(?)する、というよりは、そのうちまたフェイドアウトする可能性の方が高いような気がする。

これとはまた別に、昔の知り合いの名前をネット検索してみる、なんてのもありますが、これはもう、一方的に片思いだったとか、そもそも二者間の関係が成立していないけれど、自分だけが懐かしがってる、という場合ですな。あ、ゆびとまやmixiその他で、あわよくば、そういう人と再会したい、というのはあるのかもしれない。普通にネット検索したって、よほどの有名人にでもなってない限り、みんながみんな、ネット上で見つかるわけもない。世の中には同姓同名が多いんだな、ってことは分かるかもしれないが(笑)。

まぁなにしろ、すごい偶然から再会して、そこから何かが生まれる…ってのは、なかなか現実生活に転がっていそうには思えない。かといって、全くありえないわけではないであろう、その「ありそう」加減が、小説やらドラマやらでうまいこと使われる原因なんだろうけどね。
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by mmemiya | 2007-10-20 23:35 | 日々雑感 | Trackback | Comments(6)

まだ蚊がいる…。

ずいぶん寒くなってきたのに、なぜかこのところ、蚊の活動が以前より活発になっているような…。なぜだ?

私は何があっても眠れちゃって朝まで起きないタイプ(ただ、子どもが何か言うと起きます。今朝も5時半に娘に「お母さん、おしっこ出ちゃった~」と起こされた…)なんで気にならないのですが、夫は、耳元であのなんともいえない音がすると、即、目が覚めてしまうらしく、数日前も、夜中に電気をつけて蚊を倒し始めてました…。電気が煌々とついていると、さすがの私の目も覚めまして「・・・蚊?」と聞くと「もう8匹倒した」との返事。どんな寝室なんだ…。

今年は蚊帳を出さずに蚊取り線香だけで夏を乗り切っちゃったんですが、今更、蚊帳を出す?うう、それも面倒…。
その翌日は、就寝前に夫が寝室でしつこく蚊を倒していた、にも関わらず、また寝入ってしばらくして電気が。5匹ほど、まだいたらしい…。

本日は、いまだ夫帰宅せず。子どもたちを寝かしつける前に、寝室でしばらく蚊を捜しましたが、3匹退治。うち2匹はしっかり血を吸っていました。はあ。
そして今しがた、耳元であの音がして、とりあえずテキトーに耳のそばで手をたたいたら、なんと、命中してしまいました。これは血を吸ってはいませんでしたが…。
もう10月も後半だぜ?朝夕涼しいぜ?いつまで続くんだ?

蚊といえば、こういう、一音の単語というのは子どもには非常に発音しづらいらしく(子どもだけでなく、関西方面では一字の語は「かー」などとのばして2音化するというのはよく知られてますね)娘は必ず「かがが」と言います。息子も以前はそうでしたが、最近は言わなくなりました。

息子といえば、早くから耳に付いた妙な言葉は「できなずに」だったのですが、娘もこれをつかうようになりました。まぁしかし、考えてみれば「できず」も「できない」も否定形なわけで、なんとなく気持ちは分かる…?「できないに」は変だけど、「ない」が付かないと否定形じゃない!みたいな心理が働くのかしら。分かんないけど。あと、「死ぬ」が「死む」になるのは…「ぬ」の発音が難しいんだろうか??

あー、また耳のそばを蚊が通過した~。いい加減にしてくれ~!!
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by mmemiya | 2007-10-18 23:23 | 日々雑感 | Trackback | Comments(3)

リスクコミュニケーション/シロクロ問題

これまで、リスクコミュニケーションがどうの…という本をぱらぱら読んだりしていたわけですが、仕事で他部署の応援をすることになり、そういう問題の渦中におかれることになりました。

限りなくリスクは低い、という事実はあって、そのことをお伝えしようとしているつもりですが、「絶対ではないでしょう」と言われれば、確かに、世の中、そうそう「絶対」などということはないのです。

リスクとベネフィットをはかりにかけるような話ではないので、「リスクよりベネフィットが大きいでしょう」という説得手段もなし、「どんな小さなリスクでも許容できない」という方には、どう言葉をさがしても、心から納得はしてもらえないのかなぁ、と、コミュニケーションの難しさと限界を思います。

おまけに、この話、「リスクがあるんだから~してほしい」というご要望につながるのですが、仮に、リスクの低さを度外視してご要望にお応えしても、更なる混沌の中へ分け入る可能性があり、すっきりシロクロ付くわけでない、どころか、さらに先方を不安に陥れることになるかもしれない。そこのところの説明がまた難しく。

世の中、単純に割り切ったり、白黒付くわけではないことの方が多いような気がするのですけれど、いざ我が身に降りかかってみれば、やはり、誰だって、納得はいかないことでしょう。

そうした問題に対する反応が、現代の人々と昔の人々とで果たして違うのかどうか、ということは知識のない私にはなんとも言えません。様々なことへのリスクが小さくなっている現代日本ならではの反応なのか、とかつては思ったりしていたのですが、しかし、どんな時代のどんな状況であれ、やはり、リスクを引き受けるというのは嬉しくないことに変わりはないですからね…。

自分たちが何かやった結果という話ではないので、それなりに客観的な立場で問題にあたっているつもりなのですが、「となりのクレーマー」という本によれば、クレーム解決では、お客様の立場に立たねばならない、とのこと。今回の件は別にクレームではないのですが、確かに、中立であろうとすれば、相手の不安を汲み取れないのかもしれません。なかなか勉強になる本ではありました。
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by mmemiya | 2007-10-15 22:12 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

樹上軟化

渋柿はもうずいぶん赤くなっているが、富有柿の方はまだまだ…の筈なのに、いくつか、やけに色づきのいい実があった。
本日、それを収穫してみたのだが、ものすごーく柔らかい。子どもは喜んで食べたが、硬い柿の好きな夫はショックを受けていた。

あまりに早くから色づいているものもあって、それは虫が入ったのだとばかり思っていたが、どうも、ネット検索すると、7~9月ごろに雨が多いと、「樹上軟化」した実が増えるらしい。正に、我が家の状況にぴったりである。エチレンがなんとかとか書いてあったが、雨で根がダメージを受けると、そういう実が増えるんだそうな。
そんなに雨が多かった、という記憶もないんだけれど、水はけが悪いのかしら。うーむ…。

掃除して洗濯して子どもの靴洗って、衣替えして、プール連れてって…とバタバタしていたら、渋柿を収穫する時間がなくなってしまったが、明日は午前中は秋祭りで子どもみこしだし、その後は夫の実家に呼ばれているので、干し柿つくりに着手できるのは来週になってしまいそうだ。去年は、ちょうど秋祭りの日に渋柿を収穫したものの、枝を付けずに実だけを採ってしまい、仕方なくえびらに並べて干してみたがカビが生え…という経過だったのだが、果たして今年はどうなることか。

芋もそろそろ収穫時期ではあるのだが、同じく今日は時間切れ。私が靴を洗っている間に、息子が4つほど掘り出していたが、一つは「やめてくれ~」と言いたいぐらい細かった…。まあ、掘っちゃったものは今更なんともしようがないのだが…。サツマイモは、しばらく置いた方が甘みが増すので、まだ食べてはいない。

まぁ、私は熟した柿でもそう嫌いではないし、いっそこのまま凍らせてシャーベットでもいいのかもしれないが、夫は「秋の楽しみが一つなくなった」としょげかえっている。うーん、何かいいこと、ないかなぁ。
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by mmemiya | 2007-10-13 23:03 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

勉強するな!

この間、息子が、「今度車に乗るとき、このCDを持って乗る」と言い、「忘れないように書いておく」と言い出して、そこらにあった紙に、自己流でなにやら書き始めた。

で、「しいりい く」と書いたそうである。「お母さん、くるま、って書きたいから続きを書いて」だそうな。
本人の持ってきたものを見ると、まず、下から上に読ませると言うところにやれやれ、と思い、「CD」と発音しているかと思っていたのに、彼の中では表記は「しいりい」であったか、と少し驚き、それにしても、あまりな自己流で字らしきものを書くので、この自己流が定着してもまずいのでは、などといささか不安になってしまい、ここは一つ、字の書き方の本を与えてもいいか、と思って本人に尋ねると「欲しい欲しい」というので、アマゾンで、「はじめてかくひらがな」なるドリルを買ってやった。(ちなみに、一応、し、い、り、く、はそこそこの形になってはいた。)

届くと早速ページをめくり、自分で使い方の説明を読み、鉛筆を要求してどんどん書いている。まー、もうちょっとゆっくり丁寧に書いたら、とか、色々と言いたくもなるのだが、それはさておいても、すっかりドリルに夢中になって、いつまでたっても明日の準備(保育園の持ち物と、明日着る服を、入浴前に用意することになっている)に取り掛からない。さんざんがみがみ言ってやっと用意をさせ、風呂に入れてみれば、風呂から上がっても裸のまま、ドリルをあれこれ眺め回している。ここで夫と私の堪忍袋の緒が切れた。
「字の練習は休みの日だけにしておきなさい!!」

図書館で借りてきた本も、一人で暇さえあれば眺めているし、風呂から上がって、やっぱりパジャマどころか下着も着ないで本を眺めていることがしょっちゅう。

このあたり、どうも私の子どもの頃にそっくりらしい、ということはこの際、脇に置いておいて、「今やることはそれじゃないー!」。

就学前に字の練習なんかさせてしまうと、学校へ上がって、先生の言うことを「そんなの知ってるもん」ときちんと聞かなくなるのでは、という危惧もあって、それはよくよく言い聞かせてもみたのだが(気が早すぎ?)なんか自己流で変な癖をつけても…というのも、どこまで気にするべきなのか、よく分からない。

しかしそのうち、言っても宿題やらなくなって、「何も言われずに字の練習なんかしていた頃に戻って欲しい」ってことになるのかなー。今はホントに、「そんなことやらずに他のことをしなさいー!」状態なんですが。はあ。

そして、字を覚えたり計算したりがなにやら好きなこの兄と比べ、いまだ海のものとも山のものとも分からぬ妹…。天真爛漫と言えば聞こえはいいが、今のところ、読むだのなんだの、ということには、どうもまーったく興味なしの模様。数はやっとのことで、3つまでは把握できるようになってきた感じ。しゃべることだけはとにかくひっきりなしで、今日は、兄が友達とちょっとけんかした、みたいなことをつぶやくと、「なにがあったの、Kちゃん」などと大人びた口をきいていた。読める字は相変わらず「し」のみ。上の子はこの頃、ひらがなを半分以上マスターしていたことを思うと、ホント、兄弟でも個性って全然違うもんですなぁ。
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by mmemiya | 2007-10-12 00:12 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

ひっくり返ったクリーム

しばらく前から、週末ごとに、娘が「一緒にプリンを作る」と言っていたのだが、なんだかんだとバタバタして、なかなか作れなかった。
で、この間の日曜日、やっと約束を果たしたのだが、ワタシは面倒がりなもので、ついつい、カラメルソースなんぞ省略して、プリン液を型に入れて焼いたものをそのまま食べればいーじゃん、と思ってしまう方。これも、フランスでは「ポ・ド・クレーム」だわ、と言ってしまえば、なにやら立派な菓子のようではないの。

しかし、今回は、娘も息子も、茶色いソースが上からかかってなきゃダメだと言う。これまたフランス風に言えば「クレーム・ランヴェルセ」、ひっくり返ったクリーム、という奴である。しょーがないので「これはお前たちには手伝えないよ」と宣言して小鍋でカラメルソースを作り、容器に移して、その後、子どもたちに卵を割らせ、砂糖を入れて混ぜさせ、温めた牛乳を混ぜさせ、オーブンにて蒸し焼きにし、子どもの分だけ皿の上にひっくり返す。(オトナの分は面倒なのでひっくり返さず。)やー、やっぱり、蒸し焼きにしたプリンは美味しいわ。子どものころ、たまに作ってもらうと嬉しかったもんなぁ。

ところでフランスではプリンをさす言葉として、他に、「クレーム・カラメル」というのが一般的なのですが、もう一つ、「フラン」というのがパン屋さんなんかで売られていて、フランといわゆるプリンが違うのかどうなのか、イマイチ私には分からないままだった。今回、調べてみると、フランには生クリームが入っているとか、タルト生地にプリン液みたいなものを流して焼き上げたものがフランだとか言ったようなことが書いてありました。そー言われてみれば、フランって、ちょうどピザの一切れみたいな形をしていて、タルトの皮で包まれていた、ような。あれは大きなタルトを切り分けたものだったのですね。「クロワッサントリー」(フランスのチェーン店で、サンドイッチとかちょっとした一品料理とかとデザート、飲み物での昼食が手軽に出来るセルフの店。)あたりで、よく食べたっけなぁ、フラン。
他方、クレームカラメルとか、ポ・ド・クレームやその変形?とも言えるクレーム・ブリュレなんかは、気軽な定食屋の(クレーム・ブリュレだと、もう少し高級な感じの店でもあるかも)定番のデザートということになる。

ちょっと話は飛ぶけれど、日本でイメージしていたフランス料理、というものと、フランスへ行って食べたフランス料理って、ずいぶん違って、びっくりした。
フランスから戻ってきた頃、当時所属していた創作サークルの会誌に、ちょこっとそんなことを書いたのだけれど、まぁ、まず、なんといっても、量が違う。日本から来た男性陣が「前菜・メイン・デザート」の3皿を食べきれないという場面に、しばしば出くわした。
そんでもって、渡仏前の私は、フランス料理というと、少量のお皿が色々出てくる、というイメージだったのだが、フランスでは、定食屋で食事すれば、昼食は「前菜+メイン」か「メイン+デザート」程度だし、夜でも「前菜+メイン+デザート」ということになる。もうちょっと高級なレストランになれば前菜の前にちょっとしたアミューズが出てきたり、デザートの前にチーズがお好きなだけ、と現れたりするわけだが、まぁ基本的には「3皿」といって間違いないような気がする。一度だけミシュラン三つ星レストランに行ったら、そこではもっと皿数の多いコースにお目にかかったのだが。
なんというか、フランス料理って、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザート、ってものかと漠然と思っていたのだけれど、違ったのね、というのが感想。スープは前菜の一つとして選択するものだったりするし、そういや、大統領官邸で国賓をもてなす場合も、「前菜 主菜 サラダ チーズ デザート」なんだそうで、メインは一つだそうだ。サラダ、というのも一般のレストランではメインの付け合せについてくる野菜、と思えば(実際、付け合せの種類を選ばせてくれるところもある)そう大きく外れてはいないよな。

あと、私、むかーし、中学だったかどこかで、「テーブルマナー」というものを、家庭科でやらされた記憶があるのですよ。並んだフォーク、スプーンは、外側から使います、とか言う、アレです。
大丈夫です、フランスのレストランでは、フォークもナイフもスプーンも並んでません。一皿出るごとに、その時使う一組が並べられるだけです。定食屋ではいちいち変えてくれませんから、その場に残しとかなきゃいけませんが。
ずらっと並べるフォーク、ナイフはイギリス式、という説も読みましたが、まぁ、あれは、人手の足りない大宴会用のシステムと考えた方が良さそう。

それでは、私の持っていたフランス料理のイメージというのは、一体どこからもたらされた、どこで作られたものなんだろう?謎。
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by mmemiya | 2007-10-10 23:27 | 料理のこと | Trackback | Comments(3)