La Lune Lunatique

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パリ 1999-2001 食の記憶 その2

<フランス料理:家庭料理的な店など>

ラ・フェロヌリ
 パリ在住中、私が一番数多く出かけたレストラン。友達を連れて、家族を連れて、何度行ったかなぁ。ココは本当に、家庭料理、の店なんだけど、こじんまりとした店ながら、いつでも満席。予約しなければ、まず座れない。羊とか、牛の腎臓とか(これはちょっと美味しいとは思えなかった…)そして、つけあわせのグラタン・ドーフィノワとか。気の置けない友人を連れて行くならまずここ、みたいな所だった。

レ・ブション・ドゥ・フランソワ・クレール
 パリ市内に何店舗か店があったが、特に、お値打ちなワインで知られていた店。あと、高級店じゃないのに、食後にチーズがいっぱい乗ったシャリオ(手押し車っつーの?)がまわってきて、好きなだけチーズを選べる、という店じゃなかったかな。友人夫婦と一緒に行って、野うさぎを初めて食べて、普通のウサギと味が全然違うことに驚いたっけ。ジビエを食べたのは、多分、この時と、ロワール地方で鹿を食べたぐらいだな、私。鹿ってのも、ものすごい血の味というかなんというかで、ジビエの味ってなかなか難しいわー、と思った記憶あり。

レ・ブキニスト
 三つ星レストランを別に持ってたギィ・サヴォワのセカンドラインで、ちょっと洒落た雰囲気の中で、家庭料理を少しドレスアップしたような料理が食べられる店、だったように思う。上記とは別の友達夫婦と一緒に行った。カプチーノ仕立てのスープとか、あと、ブランダードを食べたのってココじゃなかったっけ。美味しかったです。

Velly
 とあるお客さんとご一緒した店なのだが、この店名を見つけ出すのは、なかなか苦労した。ゴーミヨでけっこう高い点を取っていた店だったと思う。ちっとも店名を思い出せないので、パリの地下鉄地図を睨み、「確かこの駅が最寄だった」と思い出し、それをたよりに検索をかけて、ようやくVellyという名を見つけ、「そうだ、これだー!」と思わず叫びました、はい。(いや、くだんのゴーミヨ、実家のどっかで眠ってるんだけどね…)キノコのヴルーテが美味しかったなぁ。ちょっと観光地とは外れてて、行きにくい場所にある店ではありました。

ル・ディ・ヴァン
 あの頃、メトロの駅に、週の初めに、A Nous Parisという名の無料の情報誌が置いてあったが、今でもあるんだろうか?とにかく、ろくにフランス語読めないくせに、だいたい、この情報誌はかかさず手に取っていたのだが(内容は、ちょっとした読み物記事のほかに、お薦めの新刊本とかCDとか、店の紹介とか、日本でもよくありそうな感じ。)ある日のこの情報誌のレストラン紹介コーナーに「ここを読み始めたあなた、最後まで読む前に、まず、急いでこの店の予約を取りなさい」みたいな書き出し(うろ覚えですが)で紹介されていたのがこのレストランだった。店名に「ワイン」が入っている通り、グラスワインなども含め、手ごろなワインの品揃えが豊富で、しかも料理も美味しいとくれば、そりゃ人気出るよね、って感じで、私自身は一度しか行っていないが、かなりの人気店だったと思う。

La gare
 「駅」という店名のとおり、かつては駅舎だった建物を利用したのだとか。アパートの大家さんに連れて行ってもらった店なのだが、なにしろまだフランスに着いて間もない頃で、とにかくまずは量に圧倒されていたような気がする。何を頼んでも、小さな小鍋みたいな容器にいっぱいのマッシュポテトがついてきて、これがその店の名物だった。気の置けない、というよりは、ちょっとお洒落して行くべき店、だったかな。

Bon
 これは高級店のカテゴリーの方に入る店なのか。話題の店でしたが、すみません、私には、フィリップ・スタルクの良さは皆目分かりません…。味の方も記憶にない。

ピエ・ド・コッション
 始めてパリに旅行した時、レアールの付近に泊まったので(今にして思えば、夜のお姉さんが並んでる通りなんかの近くだったんだよね…立地としてはなんとも…)その時も、この店には一度行ったと思う。その時は、生牡蠣を食べたんだな。歴史があり、建物なんかは一見の価値もあるかもしれないが、味の方はまぁね…。その後、フランス人のおじさんに連れて行ってもらったときは、店名どおりの「豚の足」を食べました。豚の足はまぁ美味しかったですがね。

Vin et Maree
 ワインと海の幸、ってな意味なんだろうか。これまたチェーンで何店舗か展開していましたが、とりあえず、魚料理とかを食べたい、という方をご案内するにはそれなりの味とそれなりの雰囲気があるのは確実だったので、重宝は重宝だったかな。

シャルティエ
 かのエディット・ピアフも食事に来たことがある、という歴史と、あと、特筆すべきは値段の安さ。その代わり、当然ながら、味に過大な期待はできません。建物は古きよきパリをなつかしむよすがにはなるのかも。

Bubbles
 オペラ座のそばだが、周囲の喧騒が嘘のような、車進入禁止の場所にあったシャンパンバー。(って、今もあるかもしれないけど。)シャンパンがグラスでいただけるのはもちろん、料理の方もかなり充実していて、好きだったんだけど、オペラの帰りは、一人の場合、時刻を考えると、どこかで夜食をとるよりは急いで帰りたかったので、ほとんどこの店に寄ることはできなかった。返す返すも残念。

Le Cap Vernet
 これまた、確かギィ・サヴォワのセカンドラインで、こっちは魚介類がメイン。なにしろ、凱旋門のすぐそばって立地だったので、観光帰りの食事に良かったんで行ったんだよな。冬の定番「海の幸の盛り合わせ」(牡蠣を初めとする生の貝類や、茹でた海老なんかがもんのすごい量出てくる)をその時は食べたように思う。これは鮮度さえ良ければ、どこで食べたから味付けが素晴らしい、ってもんでもないよね。

Le Bar a Huitre
 海の幸つながりで思い出した、店名はその名も「オイスターバー」。チェーン店で、市内に何店舗かあったけど、とにかく、確実にブロン(丸い貝殻のフランス特産牡蠣)が食べられることは確かで、牡蠣目当てで行ったことあり。日本語メニューも置いてあった。
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by mmemiya | 2008-06-30 23:47 | フランス関連 | Trackback | Comments(0)

パリ 1999-2001 食の記憶 その1

「おいしかった」という記憶は残っても、「味」そのものの記憶はそう残るものではないのではないか、と、前の記事に書いた。
やがて時間を重ねるにつれ、、何を食べたか、を忘れるだけでなく、どこでおいしいものを食べたか、という記憶さえも薄れていくかもしれない。
で、まだなんとか覚えていられるうちに、パリで私がどんな店に行ったことがあるのか、を、メモしておこうかな、と思う。
言うまでもないことだが、これらの店が、今もなお残っているかどうか私は確認していないし、例え、同じ場所に同じ名前の店が残っているとしても、その店で提供される料理の味が変わったかどうかなんてこと、分かるわけがない。
これはあくまで、自分の思い出のための、個人的な覚書である。

これらの店名自体、メモも取っていないし、ほとんど記憶にはなかったのだが、ネット検索でだいぶ見つけ出すことができた。やっぱり便利な世の中になったもんだよなぁ。


<フランス料理:比較的高級店>

カタカナとアルファベ表記が入り混じってるのはそのうち直す、ってことで。

Arpege
 私が唯一、行ったことがあるミシュラン三つ星店。当時はまだ、ヴェジタリアン路線に走ってはいなかったので、私が食事した時のメインは小鳩だったと思う。ランチに行ったのだが、折角だから、と、夜にも出ているDegusutationコースを食べた。アミューズの卵と、トマトを使ったデザートがとりわけ印象的だった。この時飲んだシャンボール・ミュジニィの赤も忘れがたい。

Le Relais du Parc
 パリへおいしいものを食べに行きたいのであれば、少なくとも8月は避けなければならない。めぼしいレストランはほとんどバカンスで休みに入ってしまうからだ。同様に、週末が休みというレストランも(特に高級店を中心に)多く、お客さんが日曜にある時にはけっこう困ることもあった。この店は、そんなときの私の切り札みたいなところで、かなり何度もお世話になった。
 ミシュランの星はなかったと思うが、夏場はホテルの中庭の美しいテラスで食事でき、それなりに高級な雰囲気も楽しめて、しかもホテル内のレストランという性格上、日曜も8月も営業している、お客さんを連れて行くには本当に重宝するレストランだった。夜、ここを出て、メトロ方面へ歩くと、正面にライトアップされたエッフェル塔が美しかった。
 何を食べたかは、もうとんと記憶にないのだが、食後のデザートが何種類か運ばれてきて選ぶ方式だったような。ベリーのタルト(フレーズ・デ・ボワをあしらった)の記憶だけが、かすかにある。
 
 そもそも、一人暮らしをしていると、昼食ぐらいしか外食することがないのだが、お客さんを案内する必要にもしばしば迫られるため、レストランガイドの類は結構買ったと思う。ミシュランはどちらかというと私には、地方都市を回るときのホテル選び用ガイドブックで、また、ミシュランと双璧をなすグルメガイド・ゴーミヨーもパリ版は持っていたが、一番お世話になったのは、Lebeyさんという人の出しているガイドブックだったと思う。この本、巻末に「日曜も開いているレストラン」とか、「ポトフを食べるならここ」とかいった索引があって、ありがたい本だったのだ。今も毎年、版を重ねているようだ。
 もう一つ、よく使っていたのが、Paris des envies gourmandes という本で、これは、「ブイヤベース」ならココとココとココと…みたいな、料理別にお薦めの店が並んでいる本だった。「この日はこのあたりの地区を観光していて、でもって出来ればそのあたりでクスクスを食べたい」とかいった、かなり限定された用途にも便利で、この本もけっこう何度もお世話になったなぁ。


ジャック・カーニャ
 飛び込みのお客さんを急遽、案内することになって、どこか食べるところ、と探したところ、あいていた。当時は星一つになっていたと思う。味の方は…記憶にないなぁ。

Le Jardin
 夫(当時はまだ夫じゃないが)とは、パリではほとんど外食をした記憶がない。(地方都市に行った時は、さすがに自炊はできないので外食してましたが。)で、一度ぐらいはちょっといいレストランへ行ってみましょうよ、と、頑張って行った二つ星がここ。…の割に、これまた、何食べたかとか、美味しかったかとか、記憶にないんだよなぁ…。やれやれ。テラスに座れる時期は雰囲気はいいだろうなぁと思う。

Jamin
 名高い歴史を持つ店だけれど、私が行った時、というのは、ミシュランで星…ついてたんだよなぁ?でも、ロビュションが腕を振るっているわけでも、デュカスが采配しているわけでもない時期のジャマン。蛙を食べたような記憶あり。高級店にしては、こじんまりとしていて、隣の席との間隔も近くって、うちとけた雰囲気だった。帰りにパンのお土産をもらったのってココだったかしら。以前にパリに在住していて、今も年に一度は必ずパリに旅行する、という先輩女性が連れて行ってくれた店。

フォージュロン
 上述の先輩が同じく連れて行ってくれた店。あまりに名高かったトリュフ卵…って、食べたんだっけ、私?みたいな記憶しかなくって、ホント、この先輩には申し訳ないことです…。
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by mmemiya | 2008-06-30 23:07 | フランス関連 | Trackback | Comments(0)

「今日からおいしくなる洋食のシンプルルール」

2週間もサボってしまったので、庭がジャングル状態となってしまい、掃除、洗濯、草取りにバタバタした土曜。
予報では夜までなんとか曇りが持つ、ということだったが、やはりというか、15時過ぎにはパラパラと雨。ちょうど、娘の誕生日ケーキを頼んであった時間だったので、雨脚が強くなったあたりで草取りを諦め、買い出し&ケーキ受け取りに。
今年は、母のいいかげんなキティケーキじゃなく、お店で頼みたい、と言った娘、てっきり、キティちゃんのケーキを注文するもんだと思っていたら、「プーさん」を選びまして、「お店の人が作ると美味しいねー、お母さんのケーキもまあ美味しいけど」と、失礼なことを言いつつ喜んでケーキを食べました。で、翌日になって「味を忘れちゃうから、今日食べた方が良かった」ですと。
まぁね、味そのものってのは、よっぽどの食通の人はどうか知らないけど、忘れるものですよ。
だから、「おいしかった」ってことだけ覚えてられりゃ充分だと思うんですけどね。

誕生日に食べたいものは「いかめし」と、「かぼちゃのスープ」ということで、イカやら何やらを買いに行きました。どういう取り合わせだ、とは思うものの、そこに更に、アボカドとトマトときゅうりのサラダを付け加え。(アボカドも娘の好物なので。)
先日購入した「今日からおいしくなる洋食のシンプルルール」なる本に、そういえば、かぼちゃポタージュのつくり方も出ていたな、と、この本を読みながら作ってみました。

この本、主に、「焼き方」(火加減)、「塩の量」について、色々かいてある本なのですが、例えば、「肉を、先に両面焼き固めてうまみを逃がさない、というのはナンセンス」とか、「フライパンをあらかじめ温めたりしない、冷たいまま焼き続ける」とか、「焼く前に肉に塩コショウしてはいけない」とか、およそ、これまでの常識と言われることとけっこう違うことが書かれていて、その辺に興味を持ったのです。まだ、肉を焼くのは試せていませんが、そのうちやってみたいです。
ただ、ポタージュについては、一応、おおむねこの本のとおりにやってみたつもりだけど、そんなに劇的に美味しくなったかは??塩の量が6.4gっつーのを計量しなかったのが敗因なのか、やはり。っていうか、1g未満の量を計量できるはかりが、うちにはございません。
最近は、義父の新じゃがを大量にもらったりするので、週に数回、ジャガイモのポタージュを作ったりしますが、自分で言うのもなんだけど、かぼちゃもじゃがいもも、テキトーにつくってても結構美味しくできてると思うんだけどなぁ。私流でも、この本と同じく、特にブイヨンは使わないけど、多分、元となる野菜をもっといっぱいぶちこんでる、私。ねぎ類(長ネギか玉ねぎ)を入れないことには、どーにもちゃんとした味にならないので、それだけは入れてますが、調味料は塩(仕上げに大人はコショウ)だけ。確かに、普段私が作るものより、お上品な味ではあった気がします。娘はおいしいおいしいと言っていたので、別に良いのですが、平日はこの通りに作ってる時間はちょっとないかも…。この本流にやってみようと思うのは、肉や野菜を焼くことと、あと、卵料理でしょうか、とりあえず。とにかく、面白そうな本であることは確かです。

本日は雨がひどく、午前中は家の中でダラダラし、昼からショッピングセンターへ行ったが、どこもまぁすごい人。(一箇所諦めて、次へまわったが、そっちも駐車場に入るまでが大渋滞…)海へ行くために、子どもらの腕につけるヘルパーを購入。ライフジャケットみたいなものも、最近は子供用に色々あるんですね。知らなかったが、まぁ、足のつくところでちゃぷちゃぷ遊ぶだけだし、当面は我が家には不要でしょう。
さて、子どもが寝つき、ちりめん買ってきたからちりめん山椒を作るか!と、作り方を読み直したら、出来てから2時間程度乾かして、容器にしまう、と来た。今から2時間後まではもう起きていられない…。こりゃ、夕飯食べてすぐ作り始めなきゃいけなかったのね、と、今夜はあえなく撃沈したのでした・・・。
そうそう、今夜は、父の釣ってきた鮎を今シーズン初賞味。まだ小ぶりの鮎でしたが、おいしゅうございました。
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by mmemiya | 2008-06-29 23:10 | 料理のこと | Trackback | Comments(2)

ディズニー旅行記録その2

翌日の日曜日はディズニーランドの方へ。
朝食がものすごくごった返していて、「優先座席案内」の指定時刻ぎりぎりに行ったら、だいぶ待たされました。通されたところも、料理(ブッフェ方式なので)が並んでいる場所からけっこう遠かった。
普段、朝はそんなに食べないのに、バイキングとなると、つい食べ過ぎる…という人が同行者の中にいたりして、けっこう、朝ごはんものんびり食べちゃいました。味は特筆すべきところは・・・。
種類は割と多い(和洋あり。あ、肉まんもあった)のですが、パンが、比較的甘いものばかりだったのには、ちょっと閉口。ミッキーマウスの形のパンケーキを、お姉さんが大量に焼いてました。

で、モノレールに乗って移動。息子は、ガイドブックを見て、ずっと一番乗りたかったものが「バズライトイヤーのアストロブラスター」という奴で、入園して写真撮影もそこそこに、とにかく、バズ、バズ、と騒いでました。
なんか、乗り物に乗って移動しながら、光線銃で的を狙い、当たると的の難易度に応じて得点がもらえる、っつーものです。入口付近で、バズライトイヤーという登場人物(っつーかオモチャか。トイストーリーに出てくるそうで。)が、「人手が足りないので君達新人の手を借りなければならなくなった、頑張ってくれ。私はその間になんたらしているので、どこそこで合流しよう」とか説明をしておりました。そういう設定らしい。(って、これじゃ意味分かりませんよね。)

我々の今回の旅行は、東京ディズニーリゾートが売り出しているパッケージプランだったので、ファストパスなるものに対応しているアトラクションでは、ファストパス入口から入れてもらえる(普通に並ばずに済む)という券が何枚かついてまして、まぁ、これのおかげで、行列嫌いの夫でもなんとか3日間を過ごせたようなもの。千葉県民の入園券が安くなる時期だったし、天気も悪くない週末で、かなーり混んでましたからねぇ。

で、次に子どもらは、2階建てバスを見つけ、2階に乗りたい、と言い出しました。まぁ、乗りたがる人はあまりいないようで、すんなり乗れはしたものの、我々の前で、「2階はあと2名様だけです」となり、大丈夫か?と思ったものの、二人だけで2階へ行く、と言うので、ちゃんと座ってなさいよ!と二人を上に行かせました。すると、息子が上から「まだ座れるよ!」。担当のお姉さんが「座れても定員はもういっぱいだ」みたいなことを説明され、一応、息子も納得したようです。二人でどのように過ごしていたのか分かりませんが、降りてきたら楽しかったとは言っておりました。

で、お昼ご飯を、ランド外のアンバサダーホテルというところにあるシェフ・ミッキーというところで食べたのですが、これはもったいなかったかも。ここもブッフェで食べ放題なのですが、みんな、朝は遅めだった(早い時間の予約が空いてなかった)し、いっぱい食べたしで、お腹空いてなくて。そんなことで、ここの味についてはコメントできません。そう味は期待できない、という話はネットで読んでましたが。あ、夫が、カレーライスがうまいと、カレー食べてたな。私は…何食べたんだっけ。スープとサラダちょっとと果物とパン、ぐらいか?
ここは、ミッキーマウスやらなにやらのキャラクターが各テーブルに挨拶に来てくれるのですが、娘はなぜか、プルートだけを怖がり「犬が怖い」と逃げていた。ミニーちゃんとかとはちゃんと写真撮れたんですがね。実は、娘がこういう着ぐるみを怖がるんじゃないか、ってのも、一応、心配ではありました。前に、地元の遊園地でモ○パくんという着ぐるみにあった時も、最初はおっかなびっくりだったし、とうとう最後まで、あまり近くには寄れなかったし。で、今回、ミッキーが来たら、そう拒否反応もなかったのでやれやれ、と思ったのですが、なぜ、プルートだけがダメだったんでしょう。謎。

お昼のあと、またランドへ戻って、「プーさんのハニーハント」に乗りましたが、これも、プーさんの見た悪夢、みたいなシーンが、娘にはけっこう怖かったらしい。顔が固まってました。ところで、この悪夢に出てくる「ズオウ」は石井桃子訳では「ゾゾ」ですが(つまり「象」なんだよね。)、「ヒイタチ」って石井訳ではなんだったんだろう?思い出せないわ…。

トゥーンタウンという子ども向けの場所で、ミニーちゃんの家やらドナルドのボートやらに行った後、舞台でのショーを鑑賞。ワンマンズドリームって奴ですが、これはなかなか、大人にも見ごたえがあったと思います。次々、色んな登場人物が出てきて、仕掛けも色々。まぁ正直、ピーターパンとウェンディが空を飛ぶシーンは、うちの息子にもワイヤーがあった、と言われるほどくっきりワイヤーが見えましたが。途中、白雪姫の悪いお妃やらなにやらの悪役達がまとめて出てきて、おどろおどろしい音楽が流れ、舞台のあちこちから炎が上がる(これ、何回も火が上がって、すごいなーと思った)場面があるのですが、その間、娘はずっと私の膝に突っ伏して顔を覆ってました。んが、娘の好きなお姫様たちもドレスをまとって出てきたりしたので、全体としては良かったらしい。

息子は、夫と私と3人で、ビッグサンダーマウンテンにも乗りました。そもそも私はジェットコースター嫌いなので乗りたくなかったんだけどなぁ…。一応、ガイドブックで見た本人は乗りたい、と言っていて、まぁ、身長や年齢制限はクリアしてるし、一度乗ってみればいい、と、夫の発案で行ったわけですが(夫もジェットコースターは嫌いだって言うけど、ビッグサンダー・・・ぐらいはまぁいいらしい。だから私はやなんだって・・・。)息子は、泣きこそしませんでしたが、けっこう強烈な体験だったらしい。これだけは「乗ったね」とは言いますが「楽しかったね」とは言わない(笑)。
ちょうど半分終わったぐらいで、隣から小さな声で「お母さん、まだ落ちる?」と不安そうに聞いてきたのがなんとも・・・。まぁ、これで意外に大きくなったらこういうもの好きになるのかもしれないが。

混雑日だったので、夕食なんかもかなーり待ってる人をたくさんお見受けしましたが、我々は一応、優先案内を取ってあったので、ほとんど待たずに席に着くことが出来ました。夕食は和食。まだあんまり食欲なかったけど、かろうじて食べ切れた、って感じでした、私は。この時18時ぐらいで、この店は1時間待ちとか言ってましたね。

で、夕食食べて、子どもらが号泣する中を、私はひとり帰ってきたわけですが、その後、場所取りに遅れてるのでどうかなー、と思っていたエレクトリカルパレードも無事、見れたそうで、これが綺麗だったので、なんとか子ども達も機嫌を直した、らしいです。今回、撮って来た写真を見ても、なかなか綺麗に撮れてました。うちのカメラでもまぁまぁ。叔父の一眼レフでは当然。

翌日は、マークトウェイン号と、ウエスタンリバー鉄道ぐらいなのかな、乗ったのは。まぁ、お昼食べて帰ってきてますから。娘は、怪獣が怖かった、とか言いつつも(で、息子に、あれは「恐竜」とか指摘される)ウエスタンリバー鉄道のことを何度も話題にします。「怪獣が起きるから写真は撮らないでね、って言われたよー」とか。あ、息子がこの日、もう一回バズライトイヤーに行ってるんだっけ。
この日のお昼も、またもやキャラクターが席に来てくれたりするランチショーだったのですが、子ども達はそう大喜びしたわけでもないようで(まぁ、ディズニーキャラクターに囲まれて育ってるわけでもないし、当然っちゃ当然か)ディズニーリゾート直営ホテルに泊まっている人以外の人には予約が超激戦のショーらしいのに、もったいなかったかも。

なんつーか、やっぱり私には、大きい遊園地、ってだけで、ディズニーマジックなるものはよく分からなかったのですが(子どもも、別に、トーマスランドだってそれはそれで大喜びしただろうな、というのが私の感想ではあります。ショーとか、それなりにお金かかってるなぁとは思ったけど。)まぁ、とりあえず、子ども達は毎日楽しそうに思い出を語っているし、おばあちゃんたちも孫の喜ぶ姿を見られてそれなりに満足なさったようだったので、まぁひとまず、めでたしめでたし、ってところでしょうか。
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by mmemiya | 2008-06-27 22:50 | Voyage | Trackback | Comments(5)

ディズニー旅行記録その1

帰ってきて、ぼちぼち2週間になろうというところですが、まだ、毎日のように子ども達は、ディズニー旅行の話をしています。やはり子どもには、けっこう印象深かったようです。

初日、土曜日は、12時30分過ぎに舞浜着。新幹線の中で早めにお昼は済ませてました。
駅前のウエルカムセンターで、荷物を預ける。ネット情報で、「16:30過ぎの入室でいい」なら、ここで既にチェックインできる、と聞いていたのですが、その通り、チェックイン手続きできました。ルームキーもらって説明を受け、ついでに「Cちゃんお誕生日おめでとうございます」と、娘用に誕生日シールがもらえました。(日曜日に予約したレストランで誕生日祝いのオプションをつけていたため、誕生日がいつなのか、聞かれていたのです。)
これでちょっと時間がかかっちゃいましたが、その後もトイレ行ったりなんやかやで、13時過ぎ、ディズニーシーに。

歩いてマーメイドラグーンに行くと、子どもらが「スカットルのスクーター」を見て、「あれに乗りたい」と。えー、30分待ちだよ~と言ったものの、待つ、と乗りに行きました。おばあちゃん達と子どもらがそちらへ、私達はその間、マジックランプシアターのファストパス(時間指定券みたいな奴)を取りに。今日になって、娘は、そのスカットルが一番楽しかった、とのたまいました。1週間前はアクアトピアだと言ってた気がするが…。

トリトンズ・キングダムという屋内の遊び場は、息子は喜んだけど(特に、フラッシュが光ると、自分のつけた影がしばらく壁に残る、という場所で長いこと遊んでいた)屋内全体、かなり暗めな所で、娘は怖がってしまい、長居できず。出てきて、息子は今度はフランダーのコースターとかいう、子ども向けジェットコースターに並び、娘はベンチに座っておやつ休憩。

シンドバッドのなんたら、というのに全員で行ったところ、けっこう待たされてビックリ。何を見ても「ほとんど待ち時間はない」って書いてあったのに。これも、暗いところは、娘はやや怖かったらしい。息子は気に入ったようでしたが。
その次はマジックランプシアター。これも、娘は最初、つぼから出てきてしゃべる蛇におびえていたけれど(もう出る、と言い張った。これは、ショーの前の説明だと言うに…)始まってみたら楽しかったらしい。でも、3D映像が売りのショーなんだけど、娘はメガネはかけてなかった…。メガネかけなくったって映像は見えるわけですが。やや輪郭がぼけるのかしら?

で、2階建てのメリーゴーランドの2階に乗る!と、メリーゴーランド。その後、本当は蒸気船に乗って入口近辺に戻りたかったのですが、ショー時間との兼ね合いで船は止まっているだろう、と、電車で戻り、S.S.コロンビア号という、そこそこ大きな船にちらっと乗り込んでみて(ただ、レストランとバーがほとんどなので、あんまり見ることが出来る場所はない)そのまま、その船の前でやっていた、ミッキーはじめキャラクターがいっぱい出てくるショーを見て、ホテルへ。
夕方は、海からの風があるせいか、もう、半袖では寒いほどでした。
結局、息子が乗りたがっていたもので唯一乗れなかったのは、蒸気船。蒸気船ったって、小さい船ですがね。

ホテルの「ベッラヴィスタ・ラウンジ」というところを、夜のショーに合わせた時間で予約していたので、夕食。コースが2種類だっけ?安い方のコースを選んだのですが、それでも5,200円なり。内容は…まずいとまでは言わないが、さほど印象に残るほどの味でもないなぁ。メインの魚料理がちょっと今ひとつ、って感じだったし。まぁ、料金のかなりの部分は場所代、ってことで一応納得はしますが。眺めは確かに良いです。窓際の席から夜のショーを見ましたが、これは、大人にも子どもにも大変好評でした。臨場感に欠ける、という意見もあるらしいんですが、大きな音やら何やらが怖いうちの娘には、あれくらいがちょうどいいでしょう。ショーの時間になると、レストラン内の照明が落とされ、おお、始まるな、という感じになります。水の精なるものと、火の精なるものが出てくる、基本的に細かい動きとかキャラクターとかのないショーなので、多少遠くから見ることにはなるのだけれど、返って全体像が見れていい感じかも。

その後、夜のシーに再入園し、「アクアトピア」なる、水の上であっちこっち動く乗り物へ。夜だとだいぶ待ち時間が減りますね。息子はシーではこれが一番良かったらしい。そこまでは、また電車に乗っていったのですが、入口から奥へ向かうのはすいすい乗れましたが、着いてみたら、そちらの駅で待つ人はけっこうな行列。みんな帰り始めるわけで、まぁ当然ですな。で、その時点で、まぁ帰りは歩こうと決めました。
歩いていくと、ライトアップされた橋の上へ。夫が「ポンテヴェッキオみたいだなー」と申しましたが、はい、その名もずばり、ポンテヴェッキオですから、「みたい」じゃなくってそのもののつもりでしょう。
当然と言えば当然のことながら、イタリアをイメージだかなんだとか言っても、どの建物も正直、ハリボテっぽいのは否めないのですが、夜、ライトアップされると、そのハリボテ感も多少は目立たなくなり、それなりに綺麗でした。

ホテルはコネクティングをあらかじめリクエストしておきました。ほぼ同じつくり(ソファとかがやや違った)のツインが二つつながっていて、子ども達はバタバタ行き来してました。
そもそも、うちの子たちはけっこう家でも同時刻にトイレに行きたがるので、大勢で一室に泊まるより二部屋ある方がトイレも二つあって良かろう、と考えてのコネクティングでしたが、この日は、風呂も二人をそれぞれ別の大人が同時に入れました。まぁ、かなり広い浴室で、おまけに、ホテルとはいえ洗い場もあるタイプ(風呂桶と風呂椅子があって)だったので、子ども2人+大人1人でも、充分入れたと思いますが。
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by mmemiya | 2008-06-27 22:05 | Voyage | Trackback | Comments(0)

プラトニックしましょ♪

タイトルはハイ・ファイ・セットの歌なのだが、それとは全然違う歌の話から。
竹内まりやの「みんなひとり」という歌を聞くと、ついつい、結婚とはなんぞや、ということをまた考えてしまう。
いや、この歌自体は、結婚とは何の関係もない、友人への感謝を歌った歌なのだが。

歌詞には「♪恋人とも違う 大切な心友(ともだち)」とあるだけで、まぁ、その大切な友達が男友達とも女友達とも明示されていないが、どうも、これは男友達をイメージした歌であるらしい。

前にも書いたが、既婚女性にとって、女友達なら、夫とは違う大切な友達、っつーのは「あり」だとは思うが、男友達は「なし」だ。結婚と言うのは、配偶者が、この歌詞言うところの「恋人」と「心友」の両方になる、ということだからねぇ。
ま、独身者の歌としても、恋人がいる状態で「でもこの男友達も大事♪」なんつったら、かなり鼻持ちならんことは確かだけど。(注意:この歌自体は友人への感謝を歌い上げているだけで、特に鼻持ちならないというわけではない。)

ただ、恋、というのは、そもそも、長持ちする類の感情とは思えないから、「恋人」を結婚相手にすることがいいのかどうなのか、みたいなことを、前に書いた。
更に言えば、恋というのは、しようと思ってするものではないだろうから、いつ降ってくるか分からない。既婚者だからそういう感情はもう訪れない、ってもんではなかろーし、もっと言うと、「しないでおこう」と思って、しないでいられるってものでもない筈だ。要するに、自分のコントロールの範囲を超えた感情の筈なのである、本来は。
それを、法律やら制度やらで縛ろうったって、ちょっと無理があるよなぁ、ということだ。それほど激しい「恋」というものが、本当に、一生に一度でも訪れることがあるかどうか、は、さておくとして、だ。

まぁ、一生に一度もそんな「恋」が訪れなくても、ちょっとそういう気分を楽しみたいわ、と、アイドルとかに熱を上げたり、過去の思い出をひっぱり出したりする「擬似恋愛」ってのも当然あって、そんな擬似恋愛程度で現実の生活に波風立てずに平穏無事に一生が送れるならそれで結構だとは思うが、だからといって、そもそもの「結婚」(より正確に言うなら<恋愛結婚>)のもつ危うさというのが払拭されるわけではない。

・・・などと思っていたところで、こんな本を見つけた。著者は、「バツイチ」という言葉を世に生み出した、ライター石坂晴海。タイトルは「掟やぶりの結婚道」、サブタイトルが「既婚者にも恋愛を!」とくれば、普通、婚外恋愛(もっと平たく言えば「不倫」って奴だ)を推奨する人が書いた本だと思うでしょ?

ところがこの人、離婚経験者なのだが、離婚理由が「夫の浮気」なんである。そんな人にとって、普通、婚外恋愛なんてのは、憎むべき敵?の筈である。でも、彼女は、次第に、「たかが恋愛で家庭が壊れた」ことに疑問を感じるようになったのだという。

うちの夫なぞ、「配偶者以外にどうしても好きな相手が出来たら、そりゃ、そっちへ行くしかないやろ」などとさらっと言いますが、正直、そんなのかなわんな、と、石坂さんでなくとも私も思う。
「夫」に求める役割は、恋人に求める役割とイコールではないし、まして同一人物に「父」という役割まで加わった今、ホントに、たかがちょっと恋をした、ってなぐらいで、それを全部ちゃらにされてはかなわない、というのが、現在の私の実感だ。

この本自体は、まだ半分ぐらいしか読めていないが、そもそもが週刊誌の連載か何かで、そう、深く何かを突き詰めていくという本ではなく、ただ、様々な人のさまざまなコメントが次々出てきて、色々と考えるヒントになりそう、という類の本だ。

最初から、夫に「恋人」役割を求めないで結婚すれば、話は早いんじゃないかなー、などと思ったりもするのだが(前近代にはそういう結婚はごまんとあったわけだよね)、しかし、結婚と生殖が不可分のものである以上、自分の配偶者が、他の相手とセックスする、っつーことに、全く嫉妬心を抱かない、というのも難しいのかもしれない。恋がなくても情があれば、独占欲ってのも生まれてくるだろうからなぁ。(んで、前近代では、配偶者にばれないよう、浮気はうまくやれ、っつーことだった、ってことなのかしらん。)

そうだ、いっそのこと、中世まで遡って、西洋騎士道風にいってみたらどうかしらん。結婚は親の決めた相手と。恋は婚外にこそあり、ただし、その恋は必ずプラトニックでなければならぬ、という奴だ。姦通罪を、男女双方に適用する形で復活させれば、一応の担保にもなるし。

ま、「結婚と恋愛の両立」(「掟やぶりの結婚道」より)だけを考えるなら、そんな小難しいことばっかり考えるより、素直に恋を感じるごとに結婚と離婚を繰り返す方が簡単なのかもしれないが、子どもがいると今度は親子関係の方が簡単とは言いがたくなるだろうからなぁ。それで言えば、「結婚と恋愛の両立」よりも、「家庭と恋愛の両立」の方が、より正確な言い方なのかもしれないなぁ。

家族って、家庭って、あるいは結婚って、なんなんでしょうねぇ。そう簡単にほいほい定義づけられたら誰も苦労しないんだろうけど、どうも、近年の私の関心は、そこらあたりに集中しているらしい、ってことが、遅まきながら分かってきたな。
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by mmemiya | 2008-06-26 22:36 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

読みたい本

私が氷室冴子さんの描く世界に出会ったのは、もしかして「ライジング!」が最初?と、前に書きましたが、改めて思い返してみると、ライジングにはたくさんの劇中劇が出てきました。
で、作画担当だった藤田和子さんが、最終巻の氷室さんとの対談で、「氷室さんは凝り性だから、その劇中劇を、全部、脚本にして渡してくれる」なんて発言されてましたっけ。

「レディ・アンをさがして」は、マンガの中でも全部紹介されたし、後に、本として出版もされた。(もちろん買いましたよ、私。)でも、それ以外でも、ぜひ、全体を読みたかった劇はたくさん。

ジャンプした瞬間をライトが捉える!という祐紀の登場シーンがあまりに印象的な「アラビアの熱い砂」はもちろん、二人の女優が火花を散らし、あげくヒロインは狂気に陥る「メリィ・ティナ」も読みたかった。
最後にちらっと出た「黒い瞳にミモザを捧げ」は、あらすじだけは紹介されてるけどどんなストーリーなのか今ひとつ不明だし(どうしてヒロインが黒い下着姿を披露することになるんだ?)、音楽学校最終試験の3つの演目(唯一、氷室さんオリジナルじゃなかったという「ジョイス・ジョー」は覚えてるが、あと2作品のタイトルが思い出せない…。邦子さんと古村若子がやった、ヨーロッパ王室ものみたいな作品と、小夜子がやった日本舞台の作品だった筈なんだけど…)だって、どんな話か知りたかった。
※6月26日追記:ヨーロッパモノの方は「炎の丘をこえて」とかいうタイトルだったかもしれん。恐らく、多分にベルバラを意識してるんだと思うけど。

でも、今だと、一番読んでみたいのは「鹿鳴館円舞曲」だなぁ。舞台は明治、当時としては当然だろうが、女性の立場は弱く、おまけにヒロインは、確か華族の妻ではあるが、芸妓あがりときて、そこに、異国の(アメリカ人だっけ?何人だっけ?)男がヒーローとして颯爽と現れる。
オープニングとラストシーン以外で漫画中に出てくるのは、ヒロインが、夫からの里帰りの許しをなかなかもらえずに、結局母の死に目に間に合わなくて、大雪の中、付き添うヒーローとやっと実家に戻って遺体のそばで舞をひとさし踊るシーンぐらいだったと思うんだけど、何かがあって、彼女は強くなり、そしてラスト、ヒーローに<自分はこの日本という国の行く末を見届けたい>と宣言して、「あなたの、日本での最後の思い出に・・・」(だっけ、台詞はうろ覚え)と、一曲踊る、というところで終わる、んですよね。
ああ、読みたい。氷室さんが明治の女性なんてヒロインをどう描いたのか、実に読みたいです。
アウトラインだけじゃなく、きっちり書き上げられたものがある(もちろん、脚本ですから、ほぼ台詞だけでしょうけど)と聞いているから、余計に、ですね。

いやぁ、もう長いこと読んでないけど、我ながらよく覚えてるよなぁ。それだけ繰り返し読んだ、ってことですよねぇ。高校生の頃も、演劇部仲間にまわして読ませたりしてましたわ、そういえば…。

(ところで、話は全然違いますが、本といえば、J・P・ホーガンの「揺籃の星」続編である「黎明の星」がやっと出ましたが、あのー、ヴェリコフスキーから今度は、インテリジェント・デザインですか…。まぁ、キリスト教原理主義からは当然の帰結かもしれないが…。まだ書かれていないという、第3部、いったいどうなるんでしょう。彼がアイリッシュ、ってことから、「もしかしてこれは、壮大な<デッド・パン>とでもいうべきものなんじゃないか」という一抹の期待が捨てきれない私ではあるのですが…。これで第3部がもっとキリスト教原理主義に突っ走ったら、もうわたしゃ二度とホーガンなぞ読まんぞ。)
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by mmemiya | 2008-06-25 22:42 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

「北島亭」のフランス料理

フランスから戻ってきてしばらく、「フランス料理」と名のつくレストランに、どうしても食指が動かなかった時期があった。

フランスで、星つきのレストランばかりを食べ歩いていたわけではない。三つ星に行ったのは一度だけ、一つ星まで含めたって、両手の指で充分足りるほどの回数しか、そういうレストランには行ったことがないと思う。
そもそも、一人暮らしをしていると、レストランへ行く機会自体が少ない。日本から来た友達と連れ立って、たまぁに出かけたことがあるぐらいで、外食経験そのものが、そんなに多くなかった。

それにしても、そのわずかな経験の中でも、日本でそれまで食べたことのある「フランス料理」と、フランスのレストランの料理は、ものすごく違う、と思った。

味よりもなによりも、まず、量が違うのだ。あちらのレストランで出される量は半端じゃない。日本から来たお客さんが、男性であっても食べきれずギブアップするのを何度も見た。

そして、フランスの盛り付けが美しくないとは言わないが、日本で「フレンチ」として出てくるような、ちまちまとひらひらと飾り立てたような皿には出会わなかった気がする。まぁ、星のついているような高級レストランと、ビストロとではそのあたりも違うのだろうけど。

とりあえず、日本、それも自分の住んでいる田舎あたりで「フランス料理」を食べる気は、当分起こらなかった。そして、どれくらい経ったころだったか、東京へ一人で出張することになった。勿論日帰り、だが、午後一番の仕事だったので、早めに出発すれば、なんとかランチぐらいなら食べられるぐらいの出張だった。東京ならば、どこか、フランスにあったような「フランス料理」を食べさせてくれる店だってあるかもしれない、と、インターネットや本で情報収集して、そのただ一度だけ、行ったことがある…のが、この本の取り上げている「北島亭」だった。

前評判どおり、分量は申し分なかった。あと、メインディッシュそのものもさることながら、つけあわせの野菜が美味しかったこと。そういえば、フランス行って、野菜が美味しいことに驚いたよなぁ、などという記憶も甦る。

この本は、フランス料理には興味のない人にもけっこう面白く読めるんじゃないかと思う調理場ドキュメントなのだが、この本の中で、「うちのドフィノワを食べてご覧なさい。あまりのうまさに気絶しますよ。」なるオーナーの台詞があって、うわあ、グラタン・ドーフィノワ食べたかったよぉ、と思った。
これはじゃがいものグラタンなのだが、割とシンプルな料理、とはいえ、それなりに手もかかり、フランス版おふくろの味、と言えるほど有名なものではあるが、フランス人家庭でもあまり作られなくなっている…と、戸塚真弓さんのエッセイで読んだ。
そのエッセイを読んで以来、憧れの料理?だったのだが、どうやっても私には、「そこそこ美味しい」ものは作れても、「ビックリするほど美味しい」ものは作れない。私のグラタン・ドーフィノワはジョエル・ロビュション(20世紀末のフランス料理界、最大のスターシェフと言っていいはず)流なのに~。(って、市販の、ロビュションの料理本のレシピで作ってる、ってだけのことなんですがね。あと、ロビュションで有名だったのは、ジャガイモはジャガイモでも、ピュレ、つまりマッシュポテトの方だよね。食べたことないけど。)

私がパリで多分一番数多く訪れた、「ラ・フェロヌリ」という店で、このグラタン・ドーフィノワを食べて、美味しくって感動したことがある。もちろん、これはメイン料理じゃなく、常に「つけあわせ」なのだが、それまで、「グラタン・ドーフィノワって、実はそう騒ぐほど美味しいものではないんじゃないの?」と懐疑的になりかかっていた私に衝撃を与えるには充分なものだった。でも、自分で作ると、やっぱりそんなに劇的に美味しくはないんだなぁ。北島亭のドフィノワってどんななんだろう。食べてみたかったなぁ。

この本自体は、読んでいると、うわぁ、修行ってやっぱり大変、というか、ここまで怒鳴られたりして、イマドキの若者が、よく続いてるよなぁ、みたいな場面もあるけれど、一番引き込まれたのは、その若者たちが賄いを作る場面だな。今は下働き、シェフのアシスタント、であっても、みんな、人に食べさせて、美味しいって言ってもらえるものを作りたいんだなー、と、ちょっと感動させられた。
と同時に、私は、多少は食べるものを作ることが好きであっても、とてもこんな真似は出来ないなー、とも思った。やはり、素人は、時にお金を出して、こういう「プロ」の味を堪能する、ぐらいが一番の幸せ、ってことなんだろうね。
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by mmemiya | 2008-06-22 22:23 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

ちりめん山椒

5月に庭木を剪定しまくっていた時、玄関脇の山椒の木を切ろうとして、ふと、実らしき物がついていることに気がついた。

庭の方にも山椒の木があるのだが、そちらは実がつかないので雄の木らしい。これは貴重だ、と、とりあえず、剪定は後回しにすることにした。

先週、買い物に行ったら、スーパーで青い山椒の実を発見。我が家の山椒っていつ収穫すればいいんだ?とは思ったものの、その日は時間がなくてそのままにしておいた。

今日、ネットを見てみたところ、ちょうど今頃が収穫時期のよう。雨がいったん上がったので見に行ってみたら、少し、色が暗くなってきている実もあり、あわてて、実を収穫した。
かじってみて確かめろ、という記載もあり、旦那と二人、生の実を齧ってみたところ…10分ぐらい、舌が痺れて味覚が分からなくなりました(笑)。あと、唇がぴりぴり震えました。誇張じゃなく、ヒクヒクと。

とりあえず、ちりめんをまだ買ってきていないので、アク抜きだけしたところで、いったん冷凍保存。収穫できたのは50g足らずですが、まぁ、ちょうどいいぐらいかも。これでも、小さい枝をとったりするのに、小一時間かかりましたからね…。

二段ベッドが届き、子ども達は大喜びで、自分達の城ではしゃいでます。でも、やっぱり娘はベッドでは寝ないそうですが。

本日の夕食は、いかを買ってきたので、ふと思いつき、いかめしにしてみた。これは本当に圧力鍋さまさま。とってもおいしいイカ飯が出来た!
先日つくった、イカのセート風(フランスのセートという町の名物料理らしい。まぁ要は、イカのトマトソース煮込みなんだけど。)も、けっこう好評でしたが、手を抜いてきちんとマヨネーズを作らなかった。この「イカのセート風」の場合、味を決めるのはやっぱりアイオリ(にんにくの効いた南仏のマヨネーズ)じゃないか、と、食べてみて思ったので、今度はきちんとアイオリ作って再チャレンジしよう…。
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by mmemiya | 2008-06-22 19:52 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

正しく生きるなんて出来ないわ

先々週、子どもとの約束どおり、二段ベッドを買いに行ったのだが、配送が早くて一週間後、とのことで、旅行とぶつかってしまい、やむなく、二週間後の配送を依頼した。
というわけで、明日、二段ベッドが届く予定。しかし、息子はあれ以来、ずっと二階で寝ているのだが、娘は一週間頑張ったあと、ある日突然、「Cちゃんは今まで我慢してた~」と号泣し、以後、私の横で寝るようになった。息子は一人になっても「僕はどうしてもベッドが欲しい」と頑張っているが、3歳児の方は、やっぱ、親と離れて子どもだけで、ってのは無理だったらしい。
まぁそのうち、兄ちゃんと寝る、と、また言い出すかもしれないし、と、とりあえずベッドは約束どおり買うことにした。

最初、「ベッドが届いたらベッドで寝る」と言っていた娘だが、今日になって「ベッドで寝るの?」と聞いたら「うーん、そのうちねー」と返事し始めた(笑)。やっぱり、親と一緒じゃないと不安、ってことらしい。私なんか、もっとずっと大きくなるまで、親と一緒に寝てたもんなー。
息子の方が眠ってしまうまで、私は二階で添い寝しているので、娘は一階の布団の中で一人きり、だったりすることも多いのだが、寝付くまで一緒にいてもらうより、「あとで母はこの布団に入ってくる」と思って一人で寝る方が、娘にとってはいいものらしい。面白いなぁ。

親はいつまでも一緒にいられないし、子育ての究極の目標は、一人で生きていける(身の回りのことを自分でするとか、自分で金を稼ぐとか、色々な意味で、ね)よう育て上げることだ、というのは夫と私の共通認識なのですが、まぁまだあと10年以上かかって成し遂げればいいことなのですから、3歳児に無理を強いたってしょうがない。

しかし、親というのは、ついつい口うるさくなってしまうものですね。時々反省はするのですが、なにしろ、6歳児や3歳児ってのは、予測ってことがまだまだできないもので「これに登ったらどうなるか」なーんてこと、考えもせずに「面白そう」だと思えば、登るべきじゃないものにも登っちゃいます。
こっちはなまじ、危険性が分かるだけに、あまりに危ないことは止めさせなければならないのですが、その、「危険」の線引きも、なかなか難しいものですねぇ。

今のうちは、本当に、物理的な「危険」だけが気にかかるのですが、多分、子どもが多少大きくなってくると、今度はたとえば職業選択とか、進路とか、いろんなことに、つい、口出したくなるときがあるんじゃないか、と思うんですよね。親にはそれなりの人生経験があって、自分のやった失敗を繰り返させたくない、とか思ってるわけだし、そっちの方へ行くと、こんな風になるんじゃないか、と、子どもに代わって先を見通してやりたくなるのではないでしょうか。

しかしね、ことが子ども自身の命にかかわったり、あるいは、他人に害をなすようなことでない限りは、やっぱり、そういう口出しは、アドバイスを求められた時ぐらいにしておくべきじゃないかなぁ、とも思うんですよね。
自分がやった失敗を、子どもにはさせたくない、というのは、そりゃ親心です。でもね、じゃあ、子どもには、失敗する権利すらないのか。あるいは、人生って、小さな失敗ですら、一つもしない方がいいものなのか。

失敗は失敗ですから、そりゃ、いいものではないだろうけど、でもやっぱり、やってみないと学べないことだってあるわけで、子どもの試行錯誤する権利を奪ってしまう親にだけはなりたくないよなー、と、今から自戒。じゃあ、どこが本当に危険ラインなのか、そこを見極めつつ見守るってのは、親の方にも相応の技量が求められる問題でもありますね。なんでもかんでも止めたり助言したりしてる方がずっと楽でしょう。

しかし、親のした失敗は次の世代はやっちゃダメ、ってのは、「その失敗も含めて自分の人生」という、親自身の人生を、親自ら否定しているようなもの、と言ったら言い過ぎ?まぁ、しないにこしたことはない失敗も、もちろんたくさんあるでしょうが。

タイトルは、この記事内容とはおよそ無関係な、竹内まりや「哀しい恋人」の一節。要は不倫ソングですな。「正しく生きるなんて できないわ♪ 正直に生きるのも 苦しくて」
内容はあれですが、アルバムDenimの12曲中、この一節が一番好きかも、私。
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by mmemiya | 2008-06-20 22:46 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)