La Lune Lunatique

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ババロアの適正な固さ?

まだ2月なのですが、ひなまつりを祝ってみました。

はまぐりが売り切れたりしないうちに、といつもより早く、昼前に、恒例になった魚屋へ。(いつもはピアノのレッスンの帰りに寄るのです。)以前においしかった(あらの味噌汁も旨く、鰓しか捨ててない、って感じ)ホウボウがまたあって、悩んだのだけれど、前回ほど安くなかったこともあり、今回は見送った。明日は昼前から夜まで夫の実家だから、家で食事は作らないし。イサキが安かったので、はまぐりとイサキを購入。なんか、更に魚の並んでいる面積が広がったような。しかし、私がいる間だけでも、二人ほど「これ、捌いてはもらえないの?」と聞いているお客さんが。60がらみ、というか、70超えてるかも、って感じの女性が「自分で捌ける人はいいけどねぇ・・・」とぶつぶつ呟いていた。ちょっと驚いたけど、ま、魚を捌けるかどうか、ってのは、年齢の問題じゃないのかもね。スーパーに切り身が並んでる、って時代じゃなくたって、魚屋行けば、店の人が捌いてくれてたのかもしれないし。ま、私だって、刺身とか自分で作るのは、とても綺麗にはやれないですから(この間、あじのたたきに挑戦したらもんのすごく時間かかったし・・・)エラソーなことは言えないですけど、「捌けないから」で干物とかしか買わないとしたらなんとも勿体無い、というぐらい、色々な魚が並んでて、この魚屋は面白い。もういっそ、本業やめて全部魚だけにしちゃって、内蔵とか処理してあげるようにしたら、もっと客いっぱいになるかも。

で、本日のメニューは、昨年とあまり代わり映えしないのですが、てまり寿司風に作ったお雛様と、はまぐりのお吸い物、ミモザサラダ、かぶと油揚げの煮物。デザートは三色ババロア。

寿司は今年も、子ども達が、ラップに刺身(これは別のスーパーで買った)をのせ、その上に酢飯をのせて握ったもの。そこに、爪楊枝でうずらの卵を刺して頭に見立て、きゅうりで作った杓と扇を持たせて。

デザートは、去年は三色ゼリーだったのですが、今年は、奥薗壽子さんのおやつの本を見てたらババロア作りたくなってババロアにしてみました。普通の牛乳=白、市販の抹茶ドリンク用の粉末を入れたもの=緑、生の苺を潰して混ぜたもの=ピンク。なのですが、本にはない苺とかが入って若干増量したことを考えると、ゼラチンをもう少し増やすべきだったのか、やや柔らかすぎて、綺麗な菱形には切り出せず。もっとも、あんまりゼラチンが多いと、今度はババロアとしての食感が悪くなるだろうし、難しいところ。夫には、流し込んだ型の面積が大きすぎるんじゃないか、と言われた。それぞれの層が浅すぎて、余計にまとまりにくい、と。なるほど。
実はもともとはいわゆるエンゼルケーキ型に流し込むレシピだったんだけど、息子が菱形にして欲しい、というので、バットに流したんだよね。パウンド型かなんかで深く作った方が良かったかもしれない。来年への課題です。
ちなみに、形は多少崩れましたが、味は悪くなかった。娘に「また作ってね」と言われました。はい、三色でなくていいなら、またいつでも作りますとも。三色は、正直、前のがきちんと固まりきってなかったりして、やっぱ、手間がかかりました。
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by mmemiya | 2009-02-28 21:56 | 日々雑感 | Trackback(1) | Comments(0)

すんげーどうでもいいけど。

玉置某と石原某についての騒ぎ?を見ていて思った。

まぁね、いくつになろうと好きは好きで結構だし、4回も結婚できてすごいねー、よほど魅力があるんかいねー、と茶々は入れたくなるが、まぁ当人達が納得してれば、何度、結婚しようと、離婚しようと、(特に、そこに大きくかかわりのある「子ども」という存在がない場合は)他人がとやかく言うことでもない。

しかし、玉置氏は今回、20何年か石原サンを待ってたみたいな発言(散歩から帰ってくるのを反省しながら待ってた、だっけ?)をしてましたが、その間、ずーっと独り身だったのなら、「待ってた」も、ほー、そうですか、待った甲斐があって良かったね、ってなもんだけど、石原サンと別れた後、2回結婚して離婚してる、ってのを考えると、その間の2人の奥さんをまるっきりなかったことにしちゃうようなこの発言、あまりにも二人の元妻に失礼すぎるんじゃないかなぁ。既に別れた男が何を言おうと、元妻は別に傷ついたりはしないのかもしれないけどさ。
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by mmemiya | 2009-02-27 23:06 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

家で燻製…

ずいぶん前から、燻製を作るための「イージースモーカー」が気になっていた。

先日、夫に、いい燻製が出来るなら買ってもいいんじゃ、と言われたこともあり、改めて検索したり、色々考えたんだけど、ただ、どうにも小さいんだよなー、これ。ちょこちょこっと、つまみみたいなものを軽く作るってならともかく、燻製デビュー、と考えるには実用性に乏しいかもしれない。

で、ネット検索していたら、鋳物鍋のストーブ(STAUB)で燻製を作ってる人がいた。え、ストーブってそんなことが出来るの、と、ちょっと驚く。ストーブとル・クルーゼはかなりよく似た感じの鍋だけれど、燻製が出来るかどうかが一番の違いなんですと。

パリに行く前に、「パリっ子の食卓」という本を買った。前にも書いたけど、パリで一番よく使った料理本だ。パリの日本語情報誌の老舗OVNIで、多分今なお連載が続いている料理記事をまとめた本なんだけど(イラストのみで写真は一切なし。残念ながら、今は中古でしか手に入らない筈)、本では、欄外にレシピ以外の、調理器具やスパイスや食材についての豆知識なんかが色々書いてあって、それがまた勉強になる。で、そこに、フランスで料理をするなら鋳物の鍋を買わなきゃ、みたいなことが書いてあって、フランスに行ってしばらくしてから、デパートの鍋売り場に行ってみた。(ちなみに、フランスではアパートには家具が付いている方が普通で、私も家具つきのところにすんでいたので、一通りの調理器具や食器は、買わずとも揃っていた。)
で、ずらりと並んでいたのが、ル・クルーゼとストーブの2種類。値段も、確かあんまり違わなかったように思う。で、私はなぜかその頃、ル・クルーゼの蓋のデザインが嫌いで(何故かと言われても、ただの好みの問題…)コウノトリマークのついたSTAUBの、楕円の一番小さな鍋を買った。これで確かに、色んな料理を作った。ただ、一人分には良かったが、日本へ戻って二人暮らしになるとちょっと小さすぎたので、今、この鍋は実家の納戸に眠っている。代わりに現在は、ル・クルーゼの25センチの楕円(相変わらず蓋がイヤで、蓋のつまみがついてないDoufeuってのを買った。最近はあちこちの店で見慣れたせいか、あのデザインがそこまで苦手じゃなくなったけど。)を使ってるんだけど、この頃、もう一回り大きいのが欲しいなぁ、と思っている。

で、Staubなら、一つ眠ってるわけだ。これで燻製が出来るというなら、こいつで試してみるべきか。小さいけど。ただ、イージースモーカーのいいところは、短時間、火にかけたら、あとは保温鍋のように、火から下ろして余熱で燻製が出来ることなんだけど(だからモノが並べられるスペースが小さい、とも言えるんだろうな。保温のための場所が大きくて。)ストーブだと、けっこう長い間火にかけてなきゃいけなくって、ガス代が気になるところではある。うーん、どうしようかなぁ…。

今日の夕食に、久々にグラタン・ドーフィノワ(じゃがいものグラタン)を作った。新じゃが一袋買ってきたら、中の一つにカビが…。うう。で、慌てて残りを全部使ったけど、グラタン皿に半分ぐらいにしかならなかった。
この料理、フランスのお袋の味(でも最近の人はあまり作らないとか)で、戸塚真弓さんのエッセイに、これを作って旦那さんが大喜びした話とか、家に招いたフランス人がみんな感激するとかいった話が何回か出てきていたのだが、そんなのを読んでなまじ期待が大きかったせいなのか、これだけは、「パリっ子の食卓」を見て作っても、なんか出来上がりに納得いかないんだよね。で、私はジョエル・ロビュションの本にしたがって作っている…と、前にもこのブログに書いたけど、すみません、嘘ついてました。そういえば、ロビュションはこれを「1時間30分オーブンで焼く」って書いているのだが、とてもそんな時間がなくて、いつももっと短い時間で済ませているのでした…。本日は平日なので、もちろん1時間30分もオーブンに入れていた筈がない。ちなみに、オーブンに入れる前に20分ぐらい鍋で煮るので、火はそんなに時間をかけなくても通ることは通るんです。でも、1時間30分焼くと、もっと劇的に美味しくなるのかなぁ・・・。まぁ、あっという間になくなった(私はあんまり食べられなかったぐらい)ので、これでもいいと言えばいいんだけどさ…。

さてはて。燻製(特に、まともなベーコンがない、っつーことから、一番の目標はベーコンなんだけど)どうしようかなぁ…。って、もう2年ぐらい考えてる気がする。やれやれ。
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by mmemiya | 2009-02-27 22:57 | 料理のこと | Trackback | Comments(5)

檀流クッキング

台所にブックエンドを置いて、よく見る料理の本が置いてある。限られたスペースなんで、大して置けない…と思いながら、この間数えてみたら、それでも30冊ぐらいはあった(…)。

圧力鍋を買ってから、圧力鍋料理の本が入ったり、弁当を作らなければならない時期には弁当本が増えたり、新しい本(最近だと「割合で覚える和の…」とか)がヘビーローテーションに入ったり、で、ここの本はちょこちょこ入れ替えているのだが、ずーっと変わらず置いてある本も、もちろんある。ベターホームのお料理2年生あたりは典型なんだけど、大型の、いわゆる「料理本」に挟まれて、ずっと、一冊の文庫がここにおいてある。それが、「檀流クッキング」なんである。

この本を買ったのは、そう昔のことではない。2002年に改版が発行され、本屋に平積みになっていたときに買ったのだ。ただ、書名自体は、もっと前に知っていた。小学校の高学年か、中学生だったかの頃に読んだ灰谷健次郎のエッセイに、檀流クッキングを参考に自炊している、みたいなくだりがあったから。

ところで、この本、他の料理本と違っているのはサイズだけではない。ま、文庫の料理本ってのは、数は少ないが、ないわけじゃない。小林カツ代の文庫だってうちにはあるし、阿川佐和子の「今さらながらの和食修行」あたりも(平日に気軽に広げられるタイプの本じゃないが)なかなか参考になる本だ。
檀流クッキングが、他の料理本と一線を画すのは、なにしろ、分量が、特に調味料については、ほとんど書いてない、ってことである。「醤油や、みりんや、酒などの割り合いは、どうだって好みのままでよいので」みたいな説明ばかりなんである。灰谷健次郎も、檀流クッキングではどの程度、調味料を使っていいか分からなくって、檀ふみに会ったとき(灰谷原作の小説のドラマ化だったか映画化だったかで、檀ふみが出てるんだよね。「兎の眼」か?)文句を言った、なんて話を書いてたぐらいだ。

そういう意味で、この本を見ながら料理を作っても、それが果たして檀氏の作っていた料理の味に似たものなのか、は、判然としない。レシピ本じゃなく読み物だ、という見方もあるとは思う。しかしなお、この本は、読んでいると作ってみたくなるレシピ(というか、作ってみたいという気にさせる文章、かな、正確には)に溢れているし、まだ作ったことのない料理も多いとはいえ、私にとっては、台所から手放せない本の一つなのである。

小林カツ代は、疲れている、とか、そのときの体調に左右されない食事を作るためにも、作りなれた料理でも調味料の計量が大切だ、と説いた。特に、あわただしく料理する、仕事を持った人ほど、と。それはまた一理ある話ではある。檀流クッキングが私にとって、どちらかといえば休日に紐解く本になっているのは、頭をひねりながらあれか、これかと考えてみるだけのゆとりを持たないと取り組めない本だから、ということなのかもしれない。ただ、一度、こんなもんか、と思ってしまえば、その後は本も見ず、平日に作れるメニューというのもあったりする本だけれど。
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by mmemiya | 2009-02-24 20:57 | 料理のこと | Trackback | Comments(0)

あなごを再度入手

魚屋で、本日、あなごを再度発見。この魚屋、新鮮でお値打ちでいいんだけど、毎週、「今週は何があるのかなー」って感じで、前、気に入ったものが次にも買えるとは限らないのですよ。本日は太刀魚もあったけど前より高かったので(前より大きかったってのはある)、子持ちのアサバカレイ(大きかった!)とあなごにした。あなごは、ちらし寿司ってのもありかもしれないけど、またアナゴ丼の方が美味しいかしら、やっぱ。

先週、シュークリームを作ったときにバニラビーンズを買ってきた。そりゃ高かったけど、バニラビーンズの一パックと、バニラエッセンス・バニラオイルが同じ値段だった、ってのと、バニラエッセンスって買っても私の場合、なかなか使いきれないうちに賞味期限が来てしまって、いやー、これいつまで使っていいんだろう…って思っちゃうし、スーパーで売ってる程度のバニラエッセンスって、結局、合成香料だよねー、などと考えると、バニラビーンズ切って使っていった方が無駄がなくていいのでは、と、思ってしまったのだ。
で、2年ぐらい前(!)に賞味期限の切れていたバニラエッセンスを処分していたら、娘が「プリンのにおいがする、プリンが食べたくなった」と言い出したため、本日のおやつはプリンなり。
脇雅世さんの「30分でだいじょうぶ うちのファミリーフレンチ」に出ているクレームカラメルのレシピ、ただし、元のレシピが直径18センチの型で焼く大きなものなので、量をすべて半分にして、プリン型(じゃなくて茶碗蒸しの器。)に流し込んだもの。しかし、カラメルソースが多すぎた。カラメルは更に半分に減らしてもいいかもしれない。と、覚書。脇さんが色々試した結果の究極の配合、とのことです。奥薗さんのおやつ本のプリンの配合も、牛乳が550CCか500CCかってだけで、あとは全く一緒の分量であることを、あとで発見した。

本日は保育所で個人懇談があり、朝8時から懇談してきた。我が家は二人とも4月から環境が変わってしまうので(娘も、上の子の小学校の脇にある保育所に変わることになった)新しい環境になじむまではちょっと時間がかかるかも…とも思うが、両担任とも、最後は「●●ちゃんならまぁ大丈夫でしょう」とおっしゃっていた。ただ、息子に比べて、既に出来上がっているクラスへ入っていく娘の方がもっときついかも。ただ、今までの保育園は、ゼロ歳児からずーっと1クラスだけど、今度の保育所は年少以上は2クラスあるので、人間関係もものすごく固定的、ではないかもしれない。
息子の方は、年度初めの懇談で、「自分が間違っている、ということを受け入れられず、違うと指摘されるとものすごく大声で泣く」などという話だったが、この頃ではパニックを起こすことはなくなったようだ。「まぁ、ぶつぶつ言ってはいますけど、泣くことはなくなりました」とのこと。ま、ちょっとずつでも成長してきているようでなにより。あと、「運動が、たまにびっくりするぐらい出来ない」と言われてしまった…。すみません、体育が5段階評価で2だった私の子なので…と、小さくなる母です。この子の場合、頭でっかちなところとか、性別は違えど、もう、何もかも、ああ、私ってこんな子どもだったんだろうなー、っつー子なんだよね。下の子の天真爛漫さは、あんまり私譲りじゃないんだが。

懇談の帰り、懸案のワンピースをショッピングモール内の店にリフォームに持っていったら、店自体は9時に開いていたのだが、そういうことが分かる人が10時ぐらいにしか来ないというので、店内をぶらぶら。CD見に行ったら、デーモン小暮の1月に出たシングル、ないでやんの。ちぇー。(あ、2月に出たアルバムも、っつーか、名前の札?はあったけど、どのCDも一枚もなかった。)
で、本屋で、「街道をゆく 南蛮のみち」買ってしまった。新装版と旧版の両方が並んでいたが、旧版が傷んでいたので(商品なのに・・・)新装版。で、見開き開いたら、プロフィールが、「現・大阪大学卒業」になってたよ。やっぱりちょっと寂しい感じ。

まだ読み出したばかりなのだが、旅の起点のパリで泊まってるホテルは、あ、あれね、と思い当たる。「パリにふさわしからぬアメリカ式のホテル」と、現地で雇ったフランス女性が嫌がっているシーンが出てくるが、私もお客さんの案内で数度、足を踏み入れたことがある。とにかくでかくって、ロビーはいつも大勢の人がいて、非常に落ち着かないホテル。
で、パリからビアリッツに飛んで、バイヨンヌ、サン・ジャン・ピエ・ド・ポール、と、バスクの旅が始まるわけだけど、バイヨンヌと、そのもう少し先までは、私も行ったことがあるので、一生懸命思い出そうとしながら読んだ。私、ビアリッツまでどうやって行ったんだっけ。やっぱ飛行機だったよな。もっとも、私はスペイン側のバスクまでは足を延ばしていないから、この本でついてゆけるのはここまで。シバリョウ一行は、フランス側では山のバスクをたどり、海のバスク(サン・ジャン・ド・リュズ等)へは足を延ばしていないらしい。私は、サンジャンドリュズへは行ったが、山のバスクは、えーっと、どこまで行ったんだっけ…と、地図で、鉄道路線沿いを睨んでみるが思い出せん…カンボ・レ・バンか?え、温泉地なんて行ったか?私。メモぐらいのこしておけよ…。
ファックスで予約をしていたつもりが、なぜか着いたら予約がないと言われ、でもなんとか泊めてもらえた…って記憶しかないなぁ。
フランスのバスクは、多分、スペイン側に比べれば、そんなにバスク色がはっきりしていないのでは?と、勝手に思う。面積も段違いだし。正直、バスク地方を巡りながらフランシスコ・ザビエル(バスク人なんである)のことなんか、考えなかったもんなぁ。
この本を読み始めると、「カンドウ神父」という人の著作が読みたくなってくるのだが、全集は既に絶版である。残念。
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by mmemiya | 2009-02-21 22:13 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

楽譜が読めるようになりたい、かも…。

なんか、音楽の基礎(楽典って奴?)について書いたものを読みたいな、と思って、だいぶ前に一冊本を買って、ぼちぼち読み始めている。
それで気づいたことがある。前、娘のピアノの本見ながら、うわー、ヘ音記号の方の楽譜がすっかり読めなくなってるー、なんて思ってたんだけど、もしかして、私、最初から読めなかったのかも。
そういえば、エレクトーンをやってた頃も、苦手だったんだ。きちんと読めてなんかいなかった。ただ、私のやってたレベルでは、エレクトーンは、ヘ音記号の方で表される音域、即ち左手で弾く方は、基本的にコードを押さえてるだけだったので、楽譜を読もうとせずに、Cならドミソ、ってそっちを覚えてたんだな。だから、たまに変わったコードが出てきたり、同じCでもミソドになってるとか、一番多いパターンと変化していると、なんかよく間違えていたような記憶がかすかにある。

楽譜の読み方、というのを、どうやって自分が覚えたのか、もう全く記憶にないんだけど、私は、年中の頃から、幼稚園で、保育時間が終わったあと希望者だけがやる「オルガン教室」に入っていた。週1ぐらいあったのかな?それが2年間。そんで、小1の途中から小4の途中ぐらいまで、エレクトーンをやってたわけだが、ト音記号の方の簡単なところぐらいはオルガン教室で覚えて、そんで、あんまり読み方を勉強しましょう、をやらずにもういきなり楽譜で入ってっちゃったのかな?エレクトーンは。
ちなみに、今、娘が使っているテキストは、下の方に指導者用に?楽譜があるものの、子どもへの楽譜の導入は、リズムをイメージさせる絵や、音の高低をあらわす絵なんかから始まってます。前々回あたりから、ちょっとずつ、ト音記号とドとレとミを教わったりしてますね。

大学時代もちょびっと楽器を触っていたとはいえ、おことの楽譜は、西洋の楽譜(五線譜)とは全然違う。一般的な箏(こと)というのは、十三本の絃がありますが、楽譜に「十」と書いてあったら、自分から遠いほうから十番目の絃を弾けばいいだけなのです。一から十まではそのまんま、あとは、十一番目が「斗(と)」、十二番目は「為(い)」、十三番目が「巾(きん)」というのさえ覚えてしまえば、すぐ弾ける。この「奏法譜」って奴は、すぐ弾けるようになるという利点はあるが、楽譜を見てもどんな曲かわかりにくい(なぜなら、「十」の絃にどんな音を持ってくるかは曲によって違うから。)というのが欠点。
なーんて言っても、私のレベルじゃ、しょせん、五線譜見たって、上がり下がりしてるな、ぐらいでどんな曲かなんかわかりゃしないんだから一緒なんだけど。

この年になって今更ですが、そして、娘の練習をあと何年見てやれるか分からないけど、ヘ音記号の方の五線譜も読めるようになりたいなぁ。今更、頭が新しいことを受け付けるだろうか。
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by mmemiya | 2009-02-20 23:27 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

菜の花忌

ネット上の新聞記事、というのか、新聞社のサイトをちょっと眺めていたら、なんか、司馬遼太郎が「アメリカ素描」の中で、アメリカの金融経済に関する懸念を表明していた云々、という文章に行き当たった。なんでシバリョウ?と思って読み進めて分かった。そうか、菜の花忌だったのですね。

アメリカ素描は、今、この家に私が持っている、数少ないシバリョウ本の一つなので、パラパラ読み返してみたけど、投機が危うい、なんてのは、当時のごく普通の市井人の感覚なんじゃないの?わざわざ一つの記事をものして持ち上げなきゃならんようなことだとは思えないが。アメリカ素描自体は、面白い本だとは思うけど。

司馬遼太郎といえば、あれは何の冊子だったかもう忘れたが、かつて、大阪外大では、入学すると、「身近な人が外大に入ったと聞くと心から祝うのである。そこで学ぶ学問が生涯その人を楽しませるということを私は知っている」とかいう(手元にないので適当ですが)シバリョウの文章が配られたものでした。しかし、高校時代に読んだ司馬氏のエッセイのどれかで、司馬氏が大阪外大(の前身)に入学したのは、第一志望だった大阪大学(の前身)に落ちたからだ、と知っていた身としては、ちょっとリップサービス過剰な文なんじゃない?と思わなくもなかったのだが、その外大が阪大に吸収されてしまった(形式上は吸収じゃないけど実態はそうだろ)と知ったら、シバリョウはどんな顔をしたのだろう。

私が読んだ最初のシバリョウ本は、間違いなく「項羽と劉邦」で、これはもう、何回読んだかわからない。小学校の読書の時間にも持って行ったし、小学5,6年ごろの私の一番の愛読書だった。今調べると、1980年に出た本なので、恐らく、出てすぐにリアルタイムで読んでいるんだと思う。これ、司馬氏の小説としてはかなり後期のもので、Wikipediaによれば、このあと、小説は、「ひとびとの跫音」「菜の花の沖」「箱根の坂」「韃靼疾風録」しか書かれていない。「箱根の坂」と「韃靼疾風録」は、出てすぐ(多分)に読んだ記憶がある。自分のお小遣で買っていたとは思えないので、父が買ってたんだな、きっと。
あと読んでる小説は、確か、「義経」「国盗り物語」ぐらいで、一番売れている「竜馬がゆく」「坂の上の雲」「翔ぶが如く」はいずれも読んだことがない。
エッセイ類の方がもう少し読んでいるとは思うが、「この国のかたち」が何冊か、「街道をゆく」もほんの少し、「手掘り日本史」も確か読んだ、「ロシアについて」は、かなり何度も読み返した、 「「明治」という国家」も読んだ、あとなんか対談集読んだことある気がする…って、これぐらいかな。
今、この家に持っているのは「アメリカ素描」のほかは、<街道をゆく>の「愛蘭土紀行」と「台湾紀行」だけだったような気がする。

「司馬史観」が云々、というのは、あんまり小説をちゃんと読んでいない私にはよく分からないし、たとえば未読の大長編をこれから読むかといえば、本全部集めたい!と思えるほどのファンでもない(私は、一人の作家に入れあげると、その人の作品を全部収集してしまったりするほう)。しかし、エッセイに関しては、時に読み返してみたくなるし、読むとついつい折伏(?)されそうになる。ものの見方について、ものすごく影響されてしまうというか。アイルランドへ行ったとき、アラン島まで行ったのは、間違いなく「愛蘭土紀行」を読んでたからだし。
(ま、もともと、友人がいたリムリックを起点にした旅行だったので、アラン諸島までそんなに遠くなかったお陰もあるけど。そんでダブリンとかには行ってないのです。それはともかく、「愛蘭土紀行」は、アイルランドへ行く人には、是非事前に読むことを勧めたい名作です。)

亡くなってもう13年なんですね。月日の経つのは本当に早いもの。「南蛮のみち」とか、読んでみたいものもいくつかあるので、近いうちに買ってみようかな…。
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by mmemiya | 2009-02-18 07:29 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

インフルエンザその後など

日曜でホントは解熱2日(とはいえ土曜はまだちょっと弱ってたかな…)なーんて思っていた娘の病状、月曜夕方、病児保育に迎えに行ったら・・・3時30分過ぎから熱が37度5分を超えており(8度まではいかなかったが)いったん書いてもらっていた治癒証明書が反故になってしまっていた…。またカウント0からやり直し。本日は一番高くて7度2分ということで、一応本日、解熱1日目。このままいけば、明日の夕方には登園許可が手に入る…筈。
隔離室がインフルエンザの一方、一般室が水疱瘡室になってしまっている病児保育、実はいま、おたふくもどこかでボツボツ出ているらしく、おたふく風邪の子が、空きを待っているらしい…。(一般室と隔離室の2部屋しかないので、伝染病が3種類出るとお手上げ状態になってしまうのだ。)
ともあれ、我が家にとって見れば、また急に気温が下がったりしてるし、無理して登園させず、明日まで病児保育で見ていただけるのは、娘にとってなによりだった。3月4月、卒園だ入園だ入学だとかなり休まなきゃならん母にとっても、大いに助かりました。

ところで、義父がこの冬、切り干し大根をたくさん作ったので分けてもらったんだけれど、これがすっごく美味しい。何かの本に、切り干し大根を選ぶときは鮮度が大切、みたいなことが書いてあって、「え?保存食でしょ?」なーんて思っていたんだけど、いやあ、切り干し大根の煮物がこんなに美味しいものとは、とこの年になって驚いた。かなり大量に煮ても、子どももパクパク食べている。そうそう、これまた、前回触れた「割合で覚える和の基本」の通りに煮てみたのでした。

割合で…といえば、私、これまで恥ずかしながら、おすましってものを「これは美味しくできた!」と言えるほどの味に仕上げられたことがなかったんですよ。貝のすまし汁とか、なーんかちょっと、塩味が足りないのかー?みたいな、なんか一味足りないよ、という感じだったのですね。

で、本日「割合で・・・」にしたがって、澄まし汁を作ってみましたら…あらら、なんか、永●園みたい、っていうか、インスタントすまし汁みたいだよ。いや、まずいというんじゃなく。(後味はちょっと違うかな。)うち、インスタントのだしは使ってないんだけど、インスタントって、やっぱ、色々工夫して、よく出来てるんだなぁ、と、感じ入ってしまいました。あ、それと、私の普段作るものより塩気がしっかりしてるから、余計、インスタントに似てる、って思うのかな?
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by mmemiya | 2009-02-17 21:26 | 料理のこと | Trackback | Comments(0)

インフルエンザ・・・

この間書いたとおり、息子が10日の夕方から39度を超える熱を出したが、翌朝にはすっかり平熱だった。
息子のクラスで高熱の風邪(インフルエンザではなく)が流行っている、と担任に聞かされたし、5時前に迎えに行ったときはまだ7度台ぐらいの熱で、6時過ぎに測ったら9度過ぎていたという状況で医者に行きそびれ、熱の下がった11日は祝日だったしで、医者にはかからないまま。
娘にもうつってるかなー、木、金のどちらかは呼び出しがあってもおかしくないなー、と思っていたところ、金曜日の昼過ぎ、「給食は全部食べたけれど、ぼーっとしているので熱を測ったら8度8分あります、すぐお迎えを」コール。
・・・だったのだが、その日、もうあと少しだけ片付けないとまずい仕事が残っていて、母に電話をしたところ、父も母も家にいて、動ける、というので母にひとまず迎えを頼んだ。私は仕事を片付けて3時ちょっと前に実家にお迎えに。多少、元気はないが、お腹が空いたとかいってヨーグルトだのアイスだの食べさせてもらっていた…。
もともと、ちょっとまた鼻水がひどくなっていて、なにもなくてもこの日の夕方、耳鼻科へ連れて行くつもりだった。兄の風邪がうつったんだろう、とは思いつつも、受付窓口で熱が39度を超えていることを告げ、別室に隔離される。そしてインフルエンザ検査。するとなんと、インフルエンザA陽性!ええーっ!?てなもんである。
あわてて母に電話して謝り、熱が出たらすぐに医者に行ってくれと連絡。(日曜日現在、父母にも妹にもうつっていない模様。娘がいる間、ものすごい加湿していたらしいので、それが効を奏したか。)続いて病児保育に電話して月曜の予約を取る。一昨年の5月以来利用していない病児保育、持ち物、もう忘れちゃったよ…。
別室で処方箋を待つ間、看護師さんと話をすると、息子のこの間の熱もインフルエンザだったかもね、とのこと。え、薬も何も飲んでなくて一晩で熱下がったのに、と思ったのだが、予防接種をしている子だとそういうこともある、という話。うーむ…。保育園でも全然流行していないので、全く油断していたよ。

娘もその日の夜はさすがに熱でぐずったが、翌朝には平熱。解熱2日間経つので月曜から登園してもいいはいいはずなんだけど、治癒証明書が要るので、まぁこのまま病児にお世話になる予定。土曜は、熱は下がったといっても、さすがにいつもより長く昼寝したり、まだ少し弱ってる感じだったしね。(食欲は物凄く旺盛だったが。)今のところ、夫と私にうつった様子はなし。ただ、私は土曜、なんかだるくて微熱があったので、体がウィルスと戦っていたのかもしれん。
ちなみに、娘にはタミフルが処方された。今シーズンは耐性ウィルスのことを考えると、タミフルってどうよ、という感じではあったのだが、まぁとりあえず、熱は早く下がってやれやれ。あとは、本人が嫌がってはいるが、最後まで飲ませないと、というだけ。

そんなこんなで、夫へのバレンタインデープレゼントに、土曜日、シュークリームを作るはずだったが、そんなのどっかへ吹っ飛んだ。息子も土曜はちょっと鼻水が多かったし、息子もプールを休ませたので、久々にピアノもプールもない、のんびりした土曜だったが。
シュークリームは日曜になった。奥薗壽子さんのレシピで、全卵を使うカスタードクリームのもの。うちのオーブンの温度は相変わらずやや高めなのか、ちょっとシュー皮がこんがりしすぎたけど、まぁ、みんなぺろりと食べたので良しとしましょう。子ども達は手伝いたがったけど、火を使う作業はどうしても不安があるので、卵液を混ぜる程度しかさせられず。でもけっこう、時間はかからないので、また作ってもいいかも、って感じ。
一応、バレンタインだから、チョコレートコーティングでもしようかな、と、ちらっと思ったけど、結局やってない。なぜシュークリームか、というと、単に夫の好物だからなのです。あとから別のお菓子の本を見ていて、そうか、プロフィテロール(小さいシューにアイスクリーム詰めてピラミッド上に積み上げて上からチョコレートソースをかけた、フランスの定番デザート)という手もあったか、と思ったけど。
ちなみに、この奥薗さんの「子育ておやつわたし流」は1992年に出た、奥薗さんがまだ今ほどメジャーになる前の本なんだけど(奥付に著者の住所が載っている、というのがとにかく時代を感じますな)気軽に作れる、お菓子じゃなくおやつ、って感じのものばかりで、なかなかお薦めの本です。子育て真っ最中の時期に書かれていることもあって、子どものおやつに関する悩み事もたくさん書いてある。(際限なく欲しがるとか、ご飯を食べなくなる、とか、市販のお菓子をどの程度与えるか、とか、色々。)うちは、あんまりおやつに関しては悩むことなく来ちゃったけど(スーパーのお菓子売り場でお菓子を買ってやるのは遠足のときぐらいなんだけど、もらい物のお菓子は、なんかちっとも途切れないなぁ・・・)それは小さい頃から保育園にお世話になっていたせいなんでしょうかね。

土曜はちょっと自分の調子も今ひとつ・・・だったとはいえ、一応、お雛様は飾った。息子に強くせがまれて(笑)。もう少し家の片付けをする予定だったのだが、それは進まず…。

いつもの魚屋へ魚を買いにも行った。今週はイカとホウボウを買った。うちにはなぜか、ずいぶん前に夫が買った「魚の捌き方」という本があって、これが、まさかこんなに活躍することになろうとは、というほど役に立っている。ま、ホウボウは載ってなかったんだけど(笑)。ホウボウでネット検索すると、やたらにアクアパッツァのレシピがヒットして、心が動いたが、あらで味噌汁にするとか、他のメニューが和風の予定だったので、本日は普通に煮付けにした。身も上品で美味しいが、あらの味噌汁が美味しかったこと!えらぐらいしか捨てるところがないという魚だった。煮つけや塩焼きは、3枚におろしたりしないから下処理も楽でいい。

最近活躍している料理の本に、もう一つ「割合で覚える和の基本」というのがある。実は、魚の煮付けって、これまで時々、味付けが薄すぎたり、けっこうブレがあった私なのだが、この本は、量でなく割合で味を決めるので増減は簡単だし、ブレがなくっていい。基本的には、みりんとしょうゆしか使わないに近い。で、この本の著者は、みりんは、我が家も使っている福来純を使用しておられるそうだが、しょうゆが、淡口醤油なのね、京都の人だし。
うちは、醤油はこれと決めているわけではないけれど、最近はほとんど、チョーコーの超特選むらさき、だなぁ。
確かに、料理によっては淡口の方が色は綺麗だよなぁ、と、この週末、ちょっと店で見てみたのだけれど、さすが溜まり醤油文化圏、薄口はほとんど並んでないわ。ヒガシマルとキッコーマンの普及品を(それぞれ別の店で)見たけれど、脱脂加工大豆とか使っているのがイヤで購入に至らず。チョーコーのホームページを見ると、超特選うすむらさき、なんて薄口醤油もあるんだけどなぁ。白醤油を購入してみたが、これはこれで、ちょっとやっぱ風味が違う、んだろうなぁ。

それにしても、今日の暖かさってのはなんだったんでしょう。また冷え込むようで、体調を崩さないといいんだけど。
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by mmemiya | 2009-02-15 20:45 | 料理のこと | Trackback | Comments(0)

発売日の意味

最近、息子がお年玉でもらった図書カードで、続けて「テレビマガジン」だの「てれびくん」だのを購入している。で、まだ3月じゃないのになんでもう3月号なんだ、とか、当然の疑問を私に投げかけてくるのですが、改まって聞かれるとねー、なんででしょう。そういうことになっている、としか。

そういえば、発売日、という奴も、あてにならないところがありますね。まぁ、発売日当日の朝、店頭にずらりと並んでいるためには、当然、店には発売日より前に届いていなきゃならんわけで、印刷されて発送されるのは発売日より少し前、ということ自体は理解できますけど。
大学時代、私がよく買い物をしていた某駅周辺では、確か、本屋やらキオスクやらを含めると、漫画雑誌を売っているところが3箇所はあったのですが、うち、一軒のキオスクは、月刊雑誌が必ず発売日の2日前、どうかすると3日前には並んでました。ある時それを発見して以来、ずーっとそこで購入してたんですが、本当は、届いてるからって売らないでね、みたいなお願いがあるんだろうなぁ。

一方で、流通事情によっては、発売日にはまだ商品が並んでない、って地域もあるわけですものね。発売日のどれぐらい前に刷り上ってるもんなんですかね、雑誌って。

で、雑誌とか本とかは発売日に(あるいはそれより前に)買いにいったことがある私ですが、2月10日、小学校の説明会が予定よりずいぶん早く終わって、保育所の降園時間まで、まだちょっと時間があるなー、となったとき、ふと、「2月11日発売のCDって、もう、店に並んでたりするんだろうか」と思って、保育所近くの書籍&CD販売店に立ち寄ってみたらば、やはり、というべきか、はい、並んでおりました。私が買ったCDの他にも、「2月11日発売」というポップの横に積み上げられたCDもあり。それ、変じゃん、って感じだけど。
最近、車の中で、デーモン小暮(おっと、芸名は「閣下」までなんですよね、そういえば)しか聞いていないといっても過言ではない(あと、子どもが乗っているときは、娘のピアノレッスン用のCDを聞いている)私なのですが、今回、購入したのも、デーモン小暮カバーアルバム第3弾。いっときは、なんかこれがシリーズ最終という触れ込みだったような気がするけど、蓋開けてみると、最終、という言葉がなんか消えてきているような。まだ全部、聞けていないけど、とりあえず、山口百恵「絶体絶命」は、ちょいと期待が大きかった分、期待外れだったかも。
いったいどうしてここまでこの人にはまっているのか自分でもよく分からないんですが、やっぱり声が嫌いじゃない、ってことでしょうか。男の人の声は、低い方が色気がある、と思ってたはずなんですが、意外にこういう高めの甘い声ってのも悪くはない。聖飢魔Ⅱの歌といえば、「蝋人形の館」とか「白い奇跡」ぐらいは聞いたことがあったっけ…ぐらいの記憶しかなく、デーモン小暮の声も全然印象に残ってなかったりしたんだけど、CD集めだしたきっかけはYou tubeで偶然、何かを聞いたからだったような。きっかけ自体は違法ファイルだったかもしれないが、それでずいぶん投資したので、You tubeにも一定の宣伝効果はある、と言えるかも??

全く話は変わるが、しばらく前から、保育所の娘のクラスは、色々な生き物を飼っていた。小さな金魚もいたのだが、「この大きさの水槽に、まだ小さいとはいえこんなに金魚入れちゃっていいのかー」と、ひとごとながらひやひやしていたところ、2週間ほど前からバタバタと全部死んでしまった。娘が「金魚はインフルエンザだった」とか言ったので、???と思っていたら、先日、見たら「白点病でした」と張り紙がしてあった。白点病→金魚の風邪みたいなもの→インフルエンザ、という娘の誤変換か。んでもって「近々、また新しい金魚が来ます」と書いてあったので、おせっかいながらおずおずと先生に「・・・金魚多すぎないですかねぇ」と進言。ついでに、毎日エサをやっていたようで、ヒーター無しにこの季節、それは明らかにやりすぎというもの。先生から「ええ、どうもそうらしいんですよー、お母さん、よくご存知ー」とかいうお返事があったので、本日、娘を通じて金魚の飼育本を2冊貸し出した。次の金魚には長生きしていただきたいものである。って、我が家も威張れるような飼育環境ではありませんが。冬ゆえ、放置に近かったのだけど、相当、水が蒸発していたので、先日久々に水を足した。もうそろそろ、昼間なら少しはエサをやっていい季節が近づいているかも。暖冬だし。去年、いつまでエサ切ったんだっけ。というか、子どもに壊された水温計を買いなおせ、自分。
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by mmemiya | 2009-02-12 23:30 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)