La Lune Lunatique

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夏の旅行覚書

雨模様の信州へ出かけてきました。

これまで、大体いつも7月中旬に利用していたため、お天気はこれまでも、悪い方が多かったぐらいですが、下旬にもなってこんなだとは思いませんでしたわ。

夜、つらつらと考えていたのですが、どうも、これまで、隔年で利用してますね、この貸し別荘。
結婚した年の夏休みも、そういえば信州旅行でしたが、それは民宿とかに泊まったので、貸し別荘にあらず。
翌年は、息子が生後3ヶ月かそこらで、近場の温泉宿に一泊旅行。
その次の年、初めて、貸し別荘を借りた。このときは、なんと、ひと夏の間に、蓼科と八ヶ岳と、2回行った。

その次の年は、娘が生まれて1ヶ月そこそこなんで、どこへも旅行せず。そういや、お盆の間は、うちの娘は発熱で入院したんだっけ。
その翌年、息子3歳、娘1歳で、また、蓼科貸し別荘。その次の年は、鳥羽へ海水浴、で、また次の年が蓼科貸し別荘、去年が浜名湖海水浴で、今年、4回目の蓼科です。

日曜に出発しましたが、高速は、多少、車多目かな?って程度で、特に混雑もせず、結局、家から高速出るまではずっと私が運転しましたが、快適に時速100キロ前後でずっと行けました。(夫がハンドルを握ると、平均速度が120キロ弱ぐらいに変わる。)途中で、一度、五平餅を食べ、諏訪で高速を出て、茅野から蓼科湖方面経由のビーナスラインに入り、割とすぐに、蕎麦屋で昼食。・・・この蕎麦屋は残念ながら今ひとつ、でした。味も量も。ガイドブックなんかにも出てる店なんだけどね。私達の前にいたお客さんが「もう30分も待ってる」と文句を言っていて、え、30分も待たせる店なの?と焦りましたが、我々の注文は割とすぐに出てきた。内容が違ったのかなぁ。ともあれ、あの蕎麦で30分待ってたら、ちょーっと収まらないでしょうなぁ。

ここでドライバー交代して、ビーナスラインを進み、蓼科湖の脇を通り過ぎて(貸し別荘のあるのは蓼科と言っても蓼科高原からはちょっと距離があるのです)女神湖近くに出ました。チェックインまで、まだちょっと時間があるので、そこにある「蓼科ふれあい牧場」に寄ったら、子ども、特に上の子が、動物を追い掛け回すのに夢中になってしまった。羊、山羊、うさぎ、ミニチュアホース、牛、いずれもすぐそばまで行って触れます。娘は、怖くて動物に触ることはほとんど出来なかったけど、でも、うさぎに葉っぱを何度も何度も食べさせてました。
その間に、夫が、一度も行ったことのない「蓼科第二牧場」というところを見に行ったのですが、売店の規模がかなり小さいとかで、結局、いつもの長門牧場までいって、牛乳だのパンだのソーセージだのを買ってきてくれました。天気は、時折小雨がぱらつく・・・といった感じ。
で、チェックインして、ちょっと休憩して、娘が昼寝に入ったので、息子と私は、追加の買出しのため、女神湖の方へ出て、女神湖を一周しながら、ついでに買い物。買い物時間をあわせても、湖一周、40分しかかからなかったので、多分、歩くだけなら20分もあれば一周できるんだな。何度も来てるのに、この湖を一周したのって、思えば初めて。

で、恒例の、ラタトゥィユを大量に作って、夕食たべて、お風呂はいって、寝て。

翌日、中日は、本当は、一日かけてちょっとした登山なりトレッキングなりをしたかったのですが、朝からあいにくの雨。午前中は、雨でも遊べる、とホームページにあった「鷹山ファミリー牧場」に行き、牛の乳搾り体験をしました。心配した娘も、ちゃーんとやれましたよ。なかなか、上手に搾乳するのは難しいですけどね。ついでに、ここで昼食も食べたのですが、雨はどんどん酷くなるので、いったん、別荘に戻って、私は子どもと昼寝。3時過ぎから、少し雨が上がってきたので、白樺湖まで行って、白樺湖を一周しました。そういや、去年、夫の両親や夫の兄一家とバス旅行で、来たなぁ、白樺湖。その時は時間がなくって、ホンの少し湖のほとりを歩いただけですが、ちゃんと歩いてみると、かなり時間がかかる。娘が足がいたい、とか言ってたのもあって、1時間以上かかりました。けっこう、潰れている旅館とかがありましたね…。で、戻って、夕食は、残り物のラタトゥィユをパスタに。

最終日は、子どもの希望により、女神湖でボートに乗りました。ボートってけっこう高いんだな…。夫と私がペダルを踏み、息子はハンドルを握って大変満足そうでした。この日も、昼から崩れてくる、と言われていたけど、ボートに乗っているころから既に雲行き怪しく…車山高原までたどりついた頃には、一面のガス。それでも一応、ニッコウキスゲを見に、いったん車を停めましたが、まぁ寒いこと。(でも、ソフトクリームは食べた!)

今回、トレッキングの本なぞを買ったので、そこに載っていた、霧が峰の踊り場湿原なるところに立ち寄ってみました。ほとんど人がいなくて(八島とはえらい違いだ)でも、なかなか綺麗なところでした。最後の方は雨が降り出して焦りましたが…。また、ゆっくり来てみたいもんです。お弁当持ってね。池とか水の流れが綺麗でした。花なんかは、八島湿原の方がたくさん咲いてるかもしれないけど、穴場、って感じです。(ただし、道にかなり草が茂っています、来る人がそう多くないからでしょう。)

ってなわけで、雨で、あまり大したことは出来ませんでしたが(おまけに、当初は3泊するつもりが、仕事の都合でやっぱり2泊に・・・)子どもたちは楽しかったそうなので、まぁ、良しとしましょう。来年もまた、山がいいんだそうです。息子は「海は、ちゃんと泳げるまで、今、特訓中だから、泳げるようになってから行くんだ」ですと。お前が、いつ、特訓なんかしているというのだ?ま、いいけど。

次回以降のために覚書。お風呂用のボディタオルを忘れないこと!
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by mmemiya | 2009-07-30 22:56 | Voyage | Trackback | Comments(2)

梅雨明けいずこ

まだ梅雨の明けない東海地方、本日もなにやら雨模様です。

いよいよ上の子が小学生になり、去年までは、いわゆる学校の夏休み前に出かけていた小旅行も、今年からは当然、夏休み中、ということに。

これまでも、早すぎて梅雨が明けてない、ってことはあったのですが、今回は、この日曜からだというに、天気は雨模様の予報。やれやれ…。

まぁ、のんびりしにいくんだと思えば別にいいのですが、今回は、「信州高原トレッキングガイド」なんて本も買って、これまで行ったことのない散策路に挑戦、とか思ってたのになー。

ということで、日曜から2泊3日で、これで5度目ぐらいの、蓼科貸し別荘旅行です。

昨日、息子の抜糸も済んだし、本日はピアノとプールと、実家そばの夏祭りと、そんでもってポケモン映画と、超ハードスケジュールですが(ピアノがカレンダーでは休みだったのに、休みじゃなかったというのが大きい。そんでもって、映画の割引券が今月いっぱいしか使えない、ってのもね)明日は、まぁ、早起きの苦手な我が家らしく、ぼちぼちと出かけることでしょう。

日曜で1,000円になってる高速が、どれぐらい混んでるんだろうな…。ETCのない我が家には渋滞しかカンケーない話なんだけど。
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by mmemiya | 2009-07-25 07:44 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

ピアノ発表会終了

夏休み入りと同時にあったピアノの発表会も、無事終わりました。

なにしろ初めてなんで、どんな感じが分かってなくてドキドキ、ってところもあったのですが、そんでもって、当日の午前中、最後の練習させてたら、息子がかなーりボロボロで、どうすんだよ!と思いましたが、まぁ、無事終わりました。

娘は、細かいことを言えばもちろんきりはないんだけど、多少、テンポが遅れるところがあったとはいえ、まぁ、ミスタッチも無く「ミッキーマウスマーチ」を弾き終えた。息子の方は、やっぱ、何箇所かミスがあったのだけれど、前日から家で「とにかく、どんなミスをしても止まるな!そのまま弾き続けろ!」と何度も言い聞かせたせいか?なんとか持ち直し、一応、最後まで弾ききりました。あ、曲目は「みつばちビギン」だったけど、多分「こいぬのマーチ」と言う方が通りがいいような。ともあれ、すぐに伴奏の方をあわせてくださった先生、本当にありがとうございます。

ステージの上から客席が見えるのか、後で聞いてみたところ、見えるらしいですね、けっこう。で、大勢の前で弾いた感想は、二人とも「たのしかった」だそうで、まぁ、それはけっこうなことでございました。

それにしてもねー、見るほうのマナーがねぇ…想像以上にひどい。50人以上出演するので(小さい子がいっぱいなんだけど)長時間で、出演者席の子どもたちが隣の子とつつきあって小声でおしゃべり…みたいなのはいたし方が無い面もある(係の先生は呼びに来る時以外ステージ裏なので、子ども達だけを集めておいたのは運営面のミスって側面もある、という意味です)んだけど、そんでもって、演奏してる子の年下の兄弟が見にくるのは当然なんで、赤ちゃんが泣いても仕方ないところはあるんだけどさー。それにしてもざわつきすぎではなかろうか。赤ちゃんがずっと泣き続けてるのは、えー?ロビーに出ないのー?と思わずこっちも振り向いちゃうし、3,4歳ぐらいの子どもが3人ぐらい走り回っていて、親がどこかと思えばそばに大人の姿は見えない。恐らく、ですが、出演してるお子さんの写真とかを撮りに前列の方へ移動していて、他のお子さんは後ろへ置き去り、状態だったんだと思う。靴音響き渡るしねぇ…。発表会だから頑張ろうね、って言われても、聞く側があれでは、弾いてる子もちょっと頑張る気が失せてしまいやしないかしらん。

出演者席のすぐそばに座っていた私は、あまりにも目に余るおしゃべり(いや、他人の演奏中におしゃべり自体がタブーなんだけど、もちろん、でもまぁ、二言三言、曲名とかについて言葉を交わすぐらいならまだしも、ってことで)の子たちには「しーっ!」ってサインを送ってしまいました。まぁ、うちの子らも、最後の方は伸び上がったり後ろを見たり、色々してましたよ。しゃべってないのは、単にそばに顔見知りがいなかったせいってのが大きいもんな、きっと。(まあ、兄妹で前後に座ってたけど、しゃべってる様子は無かったか、そういや。)

最後の方は小学校高学年か、もしかしたら中学生?ぐらいの子も出てたけど(プログラムに年齢とかの情報が無いのね)そういう演奏を聴いて、「いつか私もあんなのを弾きたい」とか、考えないのか、って、幼児や小学校低学年ににそこまで要求するのはやっぱ難しいか。圧倒的に3年生ぐらいまでの子がほとんど、って感じだったもんなぁ。

発表会前は、レッスンの前後の子の演奏をお互い聴いたり、あるいは同じ教室の子だけでちょっとしたリハーサルみたいなのをやったり、といったことがあったのだけれど、うちの息子は、同じ小1の女の子が弾いたギロックの曲にすごく関心を持って、最初に聞いた時、直後に先生に「なんて曲?」と聞きに行っていた。ちょうど、ギロックのCDをしばらく前に買っていたので、このところ聞かせたりもしていますが、これからしばらくは、「ああいうのがいつか弾きたい?じゃあ、頑張らなきゃ」ってたきつけられる?かも。娘の方は、他の女の子の衣装がひたすら気になっていたようですが。今回は母のお下がりのワンピースだったからねぇ。(私が昔、叔父の結婚式でベール持ったときの白いワンピースだ。)

もっとも、二人とも、ここしばらく、ひたすら発表会の曲をやっていて、しかも、両手が揃って全く同じ動き、という簡単な曲だったので(ま、そうじゃなきゃ弾けやしませんわね)いよいよテキストが簡単な両手奏(右と左、リズムも音も別)に入るこれから、さあ、果たしてスムーズに進んでいくんでしょうか?

そういえば、連休最終日、ようやく、みょうがを発見。しかーし!一番東側は、ユキノシタとかがじゃまで、きっとみょうがの蕾も出てるんだろうけど(葉がいっぱいその辺に生えてるからね)見つけられん!
それと、今年初めて植えた枝豆、これはヒットだった。苗で買ってきて10本位は植えてあるけど、倍以上あっても全くOKだなぁ。そうとうあったって、あっという間に食べられるもの。しかし、枝豆がもはや一部、黄色く、大豆にむかいつつあったりする。まめに収穫しないといけないなぁ。いっぺんに全部おなじように食べごろになるわけではないので、一回の収穫は(けっこう摘むのに時間がかかっても)市販の袋の3分の1ぐらいがせいぜいなんですけどね。
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by mmemiya | 2009-07-22 22:25 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

なんで口のなかばっかり?

終業式の前日。13時30分頃、息子の担任から電話。昼休みに息子が転んで口の中を切った。元気にしているし、血も止まっているが、かなり深く切れているので、保健室の先生が、医者に連れて行ったほうがいいと言っている、とのこと。まだ5時間目があり、ちょうど5時間目がお誕生日会(息子、祝われる側)&この一学期で転校するクラスメートのお別れ会なので、出来れば出てほしいことは出てほしいが…と言われる。
・・・まぁ、急患で駆け込むほどの状態でなければ、そもそも、まだこんな時間、医者は開いてないですわな。

口腔外科か、歯医者さんでもいいんじゃないかと言われたが、えー、木曜日の午後ー?歯科はかかりつけも含めて軒並み休みだし、前に車のドアで手を挟んだ時に連れて行った外科も…調べると休みだ。

ともあれ、近所の、昔、怪我をしたときに連れて行った整形外科(兼・外科)が木曜休診でないことを確認し、学童保育に連絡の電話を入れ、15時30分には迎えに行き、そのまま医者へ。実は、4年前にも、口の中を切って、ここで何針か縫ってもらっている。で、受診はそれ以後初めてだ。どんなカルテだよ、と思うよなぁ…。案の定、先生に、「もうちょっと落ちつかなあかんなぁ」と言われてしまう。はい、すみません。

4年前のは、滑車の下にロープ&タイヤとかがあって、しゃーっと滑り降りるみたいな遊具(なんていうんだ、ああいうの)の途中で、怖くなったのか手を離してしまい、結構な勢いで落下の挙句に口を切った…みたいな怪我で(このとき、私は居合わせていないので、はっきりしたことは言えないんだが。)今回は、本人曰く、地面の上の縄に足を取られて転んだんですと。

上唇の中央部分の裏側というか、歯にあたる側がけっこう深く裂け、今回も、2針縫うことに。まぁ、歯にダメージがなかったのは不幸中の幸い。場所も口の中の端のほうなので、食事したり何かを飲んだり、ということには本人もあまり支障を感じていないらしい。しかしまた、毎日、消毒通院だよ…。やれやれ。

本日終業式は、私が夜、仕事が入っていたことと、お習字のお稽古もあったので、実家の親に子どもらを迎えに行ってもらい、通院も併せてお願いした。仕事を終えて、実家に迎えに行くと、子どもらはまだお風呂に入っていたので、何気なく、「始業式の持ち物お知らせプリントとか、貰ってる筈だよなー」と、ランドセルをあけて私は吃驚した。

そういえば、学校には、通知表ってものがありましたね。そんなこと、すーっかり忘れてましたよ。

あんまりほめられた内容でもない感じだが(生活態度について丸があるのは10項目中1項目だけ、国語でも「せんせいやともだちのはなしをきくことができる」は△。)本人は、「二重丸が4つもあって、感動しました」と言っていた。(なぜ突然、ですますでしゃべっていたのやら。)「毎日怒られてばかりいるので、二重丸は1個ぐらいしかないと思ってました」・・・ってさ、どんな毎日を送っておるのだ、キミは。

しかしまぁ、一学期、とりあえず大きなトラブルもなく、毎日休まず、学校へ通えただけでもとりあえずはよしとすべきなんだろう。もうちょっと、先生の話をじっときけるようになって、忘れ物(学校へ忘れてくる方ね、学校へ持って行くほうは親がフォローできても、これは防ぐのにも限度がある)少なくなってほしいものですけどね、2学期は。

ああ、連休明けから、弁当作りの始まりだあ…。
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by mmemiya | 2009-07-17 23:51 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

近づく恐怖の夏休み

今週の初め、蝉の鳴き声で目を覚ました。この夏、初。梅雨明けはしていないが、昨日から、かなり暑い。
日曜日、みょうがを探したけど、まだ見つからず。でも、とっくに出てるのかも。思い立って探した時間が遅かった上に、蚊よけのネットをすっぽりかぶっていたので、細かいところが見づらいんだよね。花が咲く前のみょうがの蕾って、保護色で、見つけにくいし。

そんなこんなで、いよいよ、今週で一学期も終わり。恐怖の夏休みがやってくる。

一日中、家にいてエネルギーをもてあますお子さんの対応も大変だろうが、夏休みと言われても基本的には普段どおり働く私にとって、子どもは学童で見てもらえるとはいえ、一番、考えただけでげんなりするのは、毎日弁当をつくらにゃならん、ってことだ。去年までは保育所で、お盆以外給食出してもらえて、夏休みって何?状態だったのとはちょっと違う。

まぁねえ、高校生とかになれば、夏休みじゃなくても毎日、弁当作らないといけないんだろうけどさぁ。(自治体によっては中学校から給食ないわな。)毎日、旦那さんの弁当作ってる人も多いんだろうけどさ。

一方で、あちこちのイベントの案内などのチラシも、毎日のように貰ってくる。夏休みの親子のために、平日の催し物も、けっこう盛りだくさんです。私達の子どものころ、こんなの無かったよなぁ、と思う。
ちょっと面白そうなものがあっても、そうそう仕事を休むわけにもいかず、それはそれでちょっと残念だったり。もちろん、仕方のないことではありますけどね。
とはいえ、やれ博物館のこの催しがどうのとか、映画がどうとか、屋外プールが、とか、なんだかんだで、土日の予定はけっこう目白押し…。
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by mmemiya | 2009-07-15 22:45 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

コミュニケーション能力の素地、って何よ?

最近、息子は、毎日、先生方が作られたと思しき、小さな一枚のプリントを宿題として持ち帰る。半分は国語(助詞の「は」とかの表記をやっている模様)、半分は算数で、今は引き算。で、出題されている問題を解くだけではなく、自分で問題を作って、自分でそれを解いたり、ってのも、余白でやるといい、ということなんですが、ふと見ると「0-3=3」とか書いている。
授業でやっているプリントでも、「○○が5個、××が4個あります。どちらが何個多いでしょう」とかいうような問題に、式を立てて答えを出す、なんて場面で、「4-5」という式を書いて、先生から「小さい方から大きい方は引けません」なんてコメントをもらったものがあった。

で、「0-3は3じゃないよ」と言うと、「だって、3足りないになるだろ」と言う息子。それは、確かにそうなのだが…。ある意味、表記の仕方を知らないだけで、多分、理解が間違っているわけではないのだ。で、夫に「負の数って何年生で習うんだっけ」と言ったら「中学生じゃないか」という返事が。まさか!と思って調べて吃驚、本当に、中学生になってはじめてやるんだよ。そんなこと、すっかり忘れていた…。小数も分数もやるけど、負の数はやらないんだね、小学校って。

さて、小学校の英語教育についてなんですが、到達目標ってのはないんだそうです。あくまで外国語そのものの定着は目指していない、と。新学習指導要領の英語活動の目標ってのも「外国語を通してコミュニケーション能力の素地を養う」となっているわけですが、分かったような分からないような文章ですわな。そもそもコミュニケーションって何さ、コミュニケーション能力ってなんなのよ、その「素地」って何か説明してくれよ、ってなもんです。
この言葉でネット検索をして見るのも、なかなか興味深い発見が出来るのですが、例えばそんな、立派な家を建てるためには土台が大事、とか言われても、ねえ。じゃあ、外国語習得における土台って具体的にはなんですか、ってとこまで書いてくれなきゃ、そんな比喩じゃ説明になってないぞ。これこそコミュニケーション能力の欠如と違うんですか、ねえ。

ところで、我が息子の報告によると、先日の授業参観後の、次の英語活動の時間には、「I like apples.」と習ったそうです。で、あんた、applesって何か分かってんの、と聞いたところ、「知ってるよ、りんごが2個ってことだろ、1個じゃなくってたくさんあるってことだよ」だそうで。一体、どんな説明があったのか。この複数形への修正は、最初から予定されていたことなのでしょうか。でも、いったん、I like apple.って、先生が例として発音しておいて、次週にI like apples.じゃ、余計な混乱を招きそうで、そんなことする意味が分からんし。

この息子の話を聞いた夫が、なぜか笑い出し(理由は聞き漏らした)、「もういい、まぁ英語はかーちゃんが教えればいいやろ(ウチの夫は私を「かーちゃん」と呼びますが、自分の母親のことも「かーちゃん」のままです。文脈で判断できるとはいえ、この辺、核家族だからこういう変形が起こるんですかねぇ。鈴木孝夫氏によれば、義母が「ばーちゃん」になる筈なんだけど。)」と言い切った。いや、だからさ、私、「英語を教える」はできないってばさ。そんなスキルないし。教える方法論をどこでも習っておりません。

まぁしかし、放っておきゃいいってもんでもなかろうな、と、私は私なりに「コミュニケーション能力の素地を養う」について、何をするか考えてみましたよ。家庭内でなんかやるとすれば、当然、娘も無視できないわけで、幼児から小学校低学年程度に対する取り組みね。
前提として、ここでは「コミュニケーション」を、ひとまず「自分のことを知ってもらう」「相手のことを知ろうとする」ということにします。相手のことを知ろうとする中で、自分で自分のことを再発見する、というのも重要なことだろうと思いますが、そこはとりあえず、深入りせずにおきます。

で、目標をもう少し噛み砕いて言うと、「幼児なりに、あるいは小学校低学年なりに<自分や周囲のことを把握し、別の人に伝えられるようにな>り、<自分とは異なる背景・文化にある人々がいるということを知り、それらの人々のことをもっとよく知ろうとする>」というあたりが、まぁ、この年齢における「コミュニケーション能力の素地を養う」ってことになるかな。

その目標に向けての取り組みは3点。

1.「日本語で」相手に伝わる表現が出来るようにする。相手のことを上手く聞きだせるようにする。
三森ゆりかさんの本とかワークを買ったりしたので、その辺から徐々に、独りよがりでない表現ってものを理解させられるといいな、と思います。

2.自分の属する社会とは異なる文化というものがあることを知る。
簡単に言うと異文化理解、とか言われるものですが、なんか、いい絵本とかないか探してみます。単に風俗慣習(日本にはないハロウィーンっていう行事があるんだよ、みたいなレベル)じゃなく、もう少し、ものの考え方自体が異なる文化があるってことを分かってもらえるといいんだけど、そんなこと、理屈で話したってしょうがないので、まぁどれだけ伝わるかは、なかなか難しいだろうとは思いますけど。
あと、この「異文化」が、西洋だけに偏らないようにすること。

3.日本語と外国語では、それを成り立たせる「音」が全く違うことを知る。
基本的に、言葉は「音」によって成り立つものなので、音抜きでの教育ってのはあんまりしたくないんですね。「音」が違う、と気づくこともまた、異文化を知る、ってことでもありますし。
(ところで、バイリンガル教育ってなことを調べていくと、聾者に対する日本手話と日本語対応手話のバイリンガル教育について、いくつも興味深い話を読むことができます。だからもちろん、音声抜きの言語というのも存在はしています。)
とりあえず、松香フォニックス研究所の「バナナじゃなくてbanana」という教材が面白そうなので買ってみようかな、と。小学生でも知っている、カタカナ化した、つまり、日本語化した英語由来の言葉を、それぞれの言語の発音で比べた、というもののようで、「音の違い」に意識的になるにはうってつけなんじゃないかな、などと思っているのですが。
実は、授業参観時、単数複数以外にもう一つ「あちゃー」なことがあって、それは、先生が黒板にはった「I like...」というカードの上に、なんと、振り仮名がふってあったことなんですわ。あれは止めてほしかった。

「負の数」については、ちょーっと小1には難しすぎるんだろうなぁと思いつつ、「はじめまして数学」という本を注文してみました。全てルビが振ってあるそうなので、もし読みたければ読めるよ、ってことで。なにしろ息子は、夏休みの目標に「毎日一冊本を読む」なーんて目標を立てやがりました。でも、図書室の貸し出しはないんだけど。そんなにたくさんの本をどこで調達するっていうんだよ。(図書室の本も、本当にちゃんと読んでいたのか私には確かめようがないんですが、毎日、返しては違う本を借りてきていた。一応、内容を聞くと答えたりしていたので、字が大きいとはいえそれなりのページ数もある「ゾロリ」シリーズとか、あれでも一日一冊ペースで読んでいた、らしいです。)
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by mmemiya | 2009-07-11 23:09 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(9)

院政の日本人、読み始めましたが…

佐藤亜紀「激しく、速やかな死」を注文した翌日に、間抜けにも、院政の日本人も既に入手可能になっていることに気づく。

この一ヶ月ほどの間に、一体何回、アマゾンからの荷物を受け取ったことやら。

と言いつつ、やはり本の誘惑には勝てず、院政の日本人も注文したわけです。それどころか、これはこれ一冊で送料無料になるにも関わらず、つい、他のもんまで買ってしまったりする。本当に悪い癖です。

「激しく…」の方も、実はまだ、読了できていない。今週は、発表会を控えて平日にピアノの追加レッスンがあったりとか、娘の保育所の夏祭りが夜にあったりとか、という時間がない事情もあったのですが、そーじゃなくて、単に、読むのが大変。
長編の時はね、時代背景とかの知識があやふやでも、動いている物語を追いかけていけば、一応、読み終えることはできるんだけど(もっと知識を持って読めば、更に面白いんだろうとは思いながらも、ね)この短編集は、もう、知識がないと、ホント、歯が立たないのよ。参りますわ。タレーランなんて名前しか知らない、という状態では、そりゃ、日本語で書かれている以上、文字面は追えますけどね、そんでおしまい。
「戦争と平和」かあ、中学生の時に「アンナ・カレーニナ」読もうとして(きっかけはちなみに、某少女マンガでアンナ・カレーニナの一場面を取り上げてた、ってことね)あっさり挫折して、以来、トルストイに近寄ろうとしたこともない身には、かなり厳しいものがあります。
今から読もうにも、なんというか、もう、タイミングを外しまくってる気がしますしね。

で、「院政の…」のほうなんだけど、これはもう、「権力の日本人」同様、奔流のようにあふれ出る人名と年号に頭が追いつかん。ぜえぜえと息も絶え絶え、って感じであります。権力の…に、何書いてあったか、細かいところなんかもう忘れちゃってるし。
溢れかえる人名の波におぼれながら読み進めていくと、時間がないので、一時中断しなきゃいけなくなる。中断すると、前の部分を忘れちゃって、また最初からおさらいのしなおし、みたいな感じで、まとまった時間がないと苦しいなぁ。思えば、権力の…は、社会福祉士養成校のスクーリングに通う途中、電車の中で読了したのでした。そんな時間が今はないし、気楽に持ち歩くには重過ぎるのよね、この本。(でも、今日、子どもの水泳教室に持って行ってちょっと読んだけどさ…)
ところで、最初の方に誤植があった、と思う。あんだけ人名だらけだと、校正もさぞかし大変だろうとは思いますが。

今朝は、娘になぜか朝、6時に起こされ、それでもまだしばらくうだうだして、そんでもってピアノ発表会のリハーサルに子ども二人を連れて行き、昼食作って食べて娘を昼寝させて(自分もしばらく寝てしまった)、また二人をプール連れてって、と、うだうだしている間に終わってしまったのですが(最近、ホント疲れが取れないんだよねぇ…。困ったもんです。)明日は草取りもしなきゃいかんしなぁ。ますます本を読んでいる暇はない。ううむ、いつ読み終われることやら。
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by mmemiya | 2009-07-11 22:23 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

追記:I like watermelon.

I like...という文章について調べていくうちに、今まで知らなかったことを知りました。

英語のネイティブスピーカーにとって、「私は苺が好き」は、I like strawberries.だけれども、「私はすいかが好き」は、I like watermelons.ではない、というのです。

「どちらを使うかはケースバイケースだが、大きさに関係があるようで、大きめの果物は単数形になるようだ」というような説明(?)がありました。

まぁ、普通のネイティブスピーカーに、その辺の機微を説明してくれ、と言ったって難しいですよね。例えば、日本語で「赤い」「青い」「黄色い」はOKですが、「みどりい」も「緑色い」も、日本語のネイティブスピーカーなら即座に「変」と判断できます。判断できますが、なぜ「茶色い」があって「緑色い」がないかを説明するのは困難を極めるのではないでしょうか。少なくとも、私は論理的に説明が出来ません、はい。

英語圏のサイトを眺めていたら、どこかの国の英語学習者と英語のネイティブスピーカーがこの件について意見交換をしていまして、それを見る限りでは、喚起されるイメージの問題なのかもしれません。

つまり、「私は苺が好き」と言って思い浮かぶイメージは、苺が盛られた皿の前で喜んでいるとか、苺を次々ほおばっているとか、色々あるでしょうが、その場合において、苺が一粒だけだと、絵というか画像としてしっくりこない。しかしながら、「すいか」の場合は、すいか好きでも一人で食べられる量は自ずと限界があるでしょうから、この場合は、複数形で I like watermelons.というと、すいかを3個も4個も並べてかぶりつこうとしている、なんて映像が頭の中に想起され、でもって、「なんか違う」といった印象を与える・・・ということなのかもしれない、と推測しました。

a とtheの使い分けにしても、先に例えばdogがあって、それにa をつけようかtheをつけようかと悩む、なんてことはありえない、と、マーク・ピーターセン氏は「日本人の英語」の中で書いておられます。
私なりの理解では、いろんな種類のたくさんの犬を頭の中に思い浮かべ、それら全部をひっくるめて「私は犬(というもの)が好き」と言う際は「I like dogs.」
で、犬と言うもの一般に共通する何かについて言及したい時は、そのずらっと並んだ犬の中から目をつぶってどの一匹を抱き上げたとしても(重すぎて抱き上げられない犬もいる、という突っ込みはなしでお願いします)みーんなにおんなじことが言えるわけですから「A dog is ××(犬と言うものは…である)」と言う、反対に、ずらりと並んだ多くの犬の中で、特にこの犬が、と言いたい時は「The dog is mine.」とかになる、という、そういう感じですね。
「日本人の英語」で言及されていた、「私は鶏肉を食べた」と書きたかったらしい日本人が、I ate chicken. じゃなく、I ate a chicken.と書いたばかりに、<一羽の生きた鶏をまるごと咥えている様子が思い浮かんだ>といった話(正確な表現を忘れました、ごめんなさい。)は、まさに、chicken なら鶏肉なのに、a chickenとやると、ずらりと並んだ鶏の群れから適当な一羽をひょいと取り出す感じがする、ってことなんでしょうね。(書いた方は、一羽分の鶏をまるごと食べた、ってなノリだったのかもしれませんが、多分、a...で、強烈に生き物としての鶏がイメージの中で立ち上がるんじゃないかと。)

というわけで、すーっかり話が脱線してしまいましたが、初めて学ぶ単語を教えて、そんでもってそれがI likeの後だと複数形に形を変える、ってだけでも十分、初学者(まして母語についての言語意識さえあやうい小学校1年生)には難しいのに、そこに「この単語は単数形で」なんてのが入り混じるこの単元、そもそも、入門時の単元としてふさわしいのか否か、って感じが、ますますしてきますわな。

私が小学校(とりわけ低学年)における英語教育に反対なのって、つらつら考えるに、要するに一言で言えば「<ことば>を甘く見るんじゃねえ!」ってことかなー、と、やっと自分でも分かりつつあるのですが、こんな、穴だらけに見える、よく考慮されたのか不安になるカリキュラムを組まれるとしたら、ホント、言語教育をなめてんじゃねえ、でございます。
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by mmemiya | 2009-07-07 21:47 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(7)

もう一度I like apple.を考える。

もう少し、先の英語活動参観に対する感想を整理しておきたくて。

What fruit do you like?で検索すると、あちこちの学校の実践例がヒットします。細かなゲームの内容等に差はあれ、ある程度、実践例として既に広く用いられているのでしょう。

それらを見ていると、はっきりと、「I like apples.」などと複数形が記載されているもの、「I like ○○」だけで、単複いずれを用いているのかはっきりしないもの、例文は「I like ○○」だが「児童に単数形との違いを感じさせる」等の記述があるため恐らく複数形を用いていることが推測されるもの、「I like orange.」とあからさまに間違っているもの、実に様々です。

私の立場としては、児童に、しかも小1の児童に(断わっておきますが、What fruit do you like?という単元は、小3に実施しているものもあるし、検索で見つけた対象年齢はバラバラです)単数形と複数形などというものを教える必要はないと思います。ただ、明らかな誤りを教えるのは、やはりどう考えてもまずいわけです。

たとえば、どこかの国に、日本語を学んでいる小学生がいるとして、一人の児童が「わたしリンゴ好き」と発言したら、教師はもちろん、この発語を否定しないでしょう。否定ではなく、肯定して、褒めて、かつ、「私はリンゴが好きです」と補強するのが教師の役割ではないでしょうか。
あるいは、うちの娘が(もうちょっと大きくなりすぎたけど)「Cちゃんリンゴ好き」と言ったら、母たる私は「そう、Cちゃんはリンゴが好きなのねぇ」と返すでしょう。これは、当然、子どもの発語を否定しているわけではない。否定するのではなく、より正しい形式を、決して訂正するのではなく、示してやる。言葉を学ぶ過程の、とりわけ初めのうちには、こうした場面がつきものではないでしょうか。

そうした意味で、児童が「I like apple. 」と発言すれば、教師はそれを受け止めて、「 I like apples.」と繰り返すべきだろうと思います。ただしここで問題となるのは、児童は(一部のカタカナ化している果物名はともかく)そもそも果物の英語名をほとんど知らない、というのが前提で、この単元では、What fruit do you like? I like...のやりとりの前に、まず、果物の英単語を学習して、それを使って繰り返しをする、ということになっていることです。
「りんご」をappleと教えただけでは、applesの形は導き出せないわけです。だとすると、複数形を使わなければ正しい発言ができない「I lile (果物名)」は、そもそも、英語導入初期の単元としてふさわしいのか、という話にもなってきます。
じゃあ、果物を使って別の話をしようか…となると、今度は、恐らく冠詞を導入しなきゃならないわけで、an apple, a banana,などと、冠詞の説明をしなきゃならなくなる。これはこれで、なかなか厄介であろうことも想像がつきます。What color do you like?(果物の前に息子達がやってた単元)はこういう問題がなくって良かったんですけどねぇ。

こうして考えてみると、やはり、小学生向けの学校における英語教育カリキュラムというのは、まだまだとても、練り上げられているというには程遠いように感じられますが、どうなんでしょう。

最初から単数複数だの、冠詞だの、間違ってたっていいじゃない、というご意見の方もいらっしゃるのかもしれません。しかし、わざわざ学校で間違いを教えてどうするんですか。子どもの発言は間違ってたっていい。それは私も100%肯定します。しかし、教える側がわざわざ間違いを教えるなんてことは、あっていいわけがない。
この、ネット上の実践例の実例を見るにつけ、ああ、やはり、日本人(自分も含め)は、日本語にない概念の冠詞とか、あまり意識しない概念の単数複数とかに弱いんだなぁ、と、何を今さら当たり前のことを再確認したわけですが、もし仮に、万が一、個人的にはあってほしくないのですが、日本が英語を公用語化したような場合、日本では、一般的に通用する「私はリンゴが好きです」の表現が、I like apple.になってしまう、ということは、十分ありえることだと思います。私がこの表現を許容するのは、そうしたピジンイングリッシュが(ピジンじゃなくってクレオールなのかもしれんが、まぁ母語世代が出るまでピジンということで。)自然発生的に生まれ、社会において意思疎通の道具として共有化されたときだけです。それは、ことばの持つダイナミクスの一つというか、自然な流れだと思うので、否定はしません。が、現在の日本において、英語が「外国語として」教えられる以上は、その外国語の正しい形を学ぶのが当然というものではないでしょうか。
学んで身につくか、は、別の問題です。外国語としての英語をそれなりに精一杯学んだ我々が、いざ、英語で会話する段になって「I like apple.」って言っても、相手は、変な表現だな、とは思いつつ、言いたいことは理解してくれるでしょうし、何もいえないよりはずっとマシでしょう。けれど、とりあえず、学ぶ際は、教科書に間違ったことは書いておいてほしくないですね。

…というだけの文字数はとてもなかったんですが、とりあえず、この件については意見を差し上げたのですが、はたして、どんな返答が返って来ますやら。
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by mmemiya | 2009-07-06 21:51 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

シャンプーを駄目にする実験反対

二日前の夜、シャンプーしようとして、シャンプーが全然あわ立たないのに気づいた。え?なんで?と思ったものの、そう深くは考えなかった。使い始めたばかりの新品同様だったんだけど。

で、昨日、子どもらと入浴していて、娘の髪を洗おうとしたら、やはりシャンプーがおかしい。娘は「変な匂いがする」と言うし、全然泡立たない。なんで?と言っていたら息子が、「そういえば、僕がもしかして触ったかもしれない。」

何をやったのか聞いてみたら、なんと、シャンプーの容器を開けて、中にリンスを混ぜ込んだらしい。言われてみればリンスも、おろしたての筈なのにかなり軽くなっている。なんなんだ、それ、何がやりたかったんだよ、一体!

「<実験>は、全部使うんじゃなくって少しだけでやってくれ!」と叫んでしまいましたが、哀しいかな、シャンプーのボトル一本とリンスが半分近く、ただのゴミに。せっけんシャンプーとリンス(クエン酸ですね、石鹸シャンプーの場合)なんか混ぜたら、そりゃ一発で何の役にも立たない液体に早変わりだよ。何がしたかったんだ、ほんとに。

夏休みの宿題のうち、自由研究だか作品だかを何にするか考えなきゃならんのですが、息子は「実験」をやると言う。何の実験なんだ、と聞いたら、それはこれから考える、だと。「じっけん」という言葉になにやら憧れているのですな。まぁしかし、一年坊主にはまだちと無理だと思うよ。なにより、実験ってのは、やる前に仮説立てなきゃ。なんかを闇雲にやるのは「実験」じゃない。(いやー、とか言いつつ、私、確か小4の夏休みに「シャボン玉の研究」とか言うのをやりましたが、あれ、仮説なんか立ててたかなぁ…。濃度がどれぐらいの洗剤液だと一番長持ちするシャボン玉が作れるか、みたいな研究で、校内では作品コンクールで入賞もしたのですが、あれも<研究>と言いつつ、けっこう、行き当たりばったりだったような…ははは。)

そういえば、話変わって、さすがに40近くなってくると、普段は化粧もしない(できない、に近いけど)私であっても、なんかこのままじゃまずいんじゃないか、などと人並みに?たまには焦りも感じ始め、なにしろシミが増えてきてるもんなぁ、と、美白化粧水なるものを、しばらく前に買ってみた。普段は日焼け止めクリームとリップクリームと口紅(口紅塗らないと顔色がかなり悪く見えるようなので、これだけはしている)だけで、たまにかさつきが気になるとクリーム使うことはあっても、化粧水なんてものも使ったり使わなかったりなんだけど。
ところが、その新しい化粧水を使い始めてしばらくしたらば、肌がはっきりと荒れてきた。手で触るとボロボロ。なんということでしょう。「実験は少量から」は、実は自分が一番、分かってなかったんだったりして。
そもそも、私が化粧をやめたきっかけというのが、25歳頃、「基礎化粧品を変えたら肌が腫れあがった」だったんですね。ファンデーションとか、メイク系は変えてなくて、基礎化粧品で、突然。そんでもって、以前の基礎化粧品に戻してみたけど、もう駄目だった。それ以来、基礎化粧品にもけっこう用心していたつもり・・・だったのだけど、10年以上経って、しかもその後、目立ったトラブルがないと(いや、化粧品の使用をほとんどしなくなっただけだけど)つい、油断していたようで。(腫れあがった時は、痒いし赤みは凄いし、しばらく薬で顔中てかてかだしで、それはひどい状態だったのだが、その後、そこまでのトラブルは一度もない。)ちゃんと、トライアルセットから始めないとダメですね。

…ほとんど一瓶まるまる残っている化粧水は、なんか、もったいないから夫が使うとか言ってますが…いや、まぁ、無理して使ってもらわなくてもいいんだけど…。
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by mmemiya | 2009-07-04 22:17 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)