La Lune Lunatique

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学級閉鎖基準はいつ見直されるのか。

新型インフルエンザ、ますます流行って来ているようで。

うちの子の学校でも学年閉鎖が出ていて、一度、延期になっていた土曜日のとある行事の中止が決定した、そうな。娘達は、本日、無事に遠足を済ませたが、市内の保育所はいくつか閉鎖中。園児が100人以上いる中で、2人出たら休園ってのは、ちょーっと…きついよなぁ。そもそも、子どもが学級閉鎖とかになって、でも自分の子は今のところ元気そうで、なんていうとき、どうしよう、とは思っていたのだが、その学級閉鎖が、1回では済まない可能性もあるわけだ。それは正直、考えてもいなかったのだが、現に、同じ市内には、今シーズン二度目の学校閉鎖(学級じゃなく学校!)に入ってしまった学校がある。親御さんたちも困っておいでだろう。

うちのエリアにある小中高校のうち、なんと、47%の学校で、学級か学年か学校の閉鎖が出ている。約半数ですぜ。何もかも、例年より極めて厳しい学級閉鎖基準の故、である。だけど、半数、って、やっぱそれってちょっと、おかしいんじゃないの。

そもそも、文部科学省だって、この「学級閉鎖」ってのが、流行のピーク時には意味はないってことを認めている。
参考リンク:各都道府県・指定都市教育委員会等宛 新型インフルエンザに関する対応について(第13報)

特にこの中の、「別紙2 新型インフルエンザ流行時における学校閉鎖に関する基本的考え方」あたり。

・・・こうなってくると、あとは、どこの時点で、一体誰が、「もう積極的学級閉鎖に意味はない」って言い出すか、だけ、という気もするんだけど…きっと文部科学省が基準を設けたり判断することはないだろうし、かといって各学校は教育委員会の判断待ちだろうし・・・。そもそも、このリンク先の資料を見るに、うちの県の学級閉鎖基準が厳しすぎる、ってのもある。

誰が猫に鈴をつけるのか。だーれもやりそうにないまま、なーんとなく、この流行が終わっていくような気がして、なんともかんとも…。陰にどれだけの犠牲・努力があるのか、とか、考えてくれないもんでしょうか。はあ。
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by mmemiya | 2009-10-28 23:17 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

柿について、今さらながらに知ったこと。

我が家には、柿の木が3本(甘柿2本、渋柿1本)生えている。

渋柿はとっくに収穫して干柿にした。これが130ぐらい実をつけていたと思う。(途中までは子供達が並べながら数えていたのだが、そのうち、並べる場所がなくなって断念したのだ(笑))。
甘柿は、西にある方が例年、色づきがやや早く、こちらは夫が全て収穫した。もう一本は、先週末、夫が休日出勤しているので、已む無く私の手の届く範囲(小さな脚立使用で)は、私が多少収穫したのだが、これで、1本と3分の1ぐらい収穫して、どーなんだろ、甘柿は250弱ぐらいでしょうかね、収穫したの。最終的には300は軽く超えるのだと思う。

ところで、うちの渋柿の種類を聞かれたことがあって、はて、なんだろう、と思っていたのだが、最近、そういえば、これは実生の柿だと、以前に聞いたのを思い出した。つまり、種を落としたらひとりでに生えた、と。
甘柿の種を蒔いても、接木しなければ渋柿しか採れない、という話は聞いたことがあるので、なるほど、そういや見た目は富有柿にも似ているし(ちょっと小振り。あと、色づいたときの表皮の色は富有柿より濃い。)なー、とは思ったのだけれど、なぜ、甘柿の種から育つ木は渋柿か、というのは恥ずかしながら知らなかった。これが、調べてみるとなかなか奥の深い話。

甘柿(完全甘柿、というのが正しいらしい)というのは、どうも、突然変異で生まれたものらしいんですね。で、渋柿と甘柿を比べると、単純に言ってしまえば甘柿は劣性遺伝。そんでもって、柿の花には雄花と雌花があるのですが、甘柿には、雄花はほとんどつかないのだそうです。

ただ、甘柿は、単為結実性というのがあって、雌花だけで、受粉しなくても実は実るのだそうです。人間だったら聖母マリア様ですね、ってのはちょっと違うか。だから、甘柿一本植えておくだけでも実は採れる。ただし、そうして生った実に、もちろん、種などあるわけがない。
しかしながら、受粉して種が出来るほうが、実が大きくて甘くなるそうで、柿園だと、一緒に、受粉樹なる渋柿を植えたりもするのだそうです。
すると、買ってきてだか貰ってきてだかして食べた甘柿の種を庭に…という時の「種」というのは、お父さんが渋柿で、お母さんが甘柿なんですね。で、劣性遺伝のことを考えると、これは渋柿になってしまう、と。(もちろん、甘柿の雄花が「皆無」とはどこにも書いていないので、非常に低い確率ではあるけれど、お父さんもお母さんも甘柿、って種も、中にはあるんでしょうが。)

これで、なるほど我が家の渋柿の来歴は分かった気がする。そういや、外見上、けっこう富有に似ているこの渋柿、大きく違うのは種の形状です。細長い、いわゆるおつまみの「柿の種」そっくりな種が入ってます。これは渋柿の…ネットで画像とか見る限り、筆柿あたりの種によく似ているような。ちなみに富有柿の種はまるっこくて、ちっとも「柿の種」には似ていません。

あれこれ調べていると、うちの渋柿はもしかして、正確には「不完全甘柿」ってものかもしれない。干柿にしようと皮を剥くと、時折、真っ黒な(褐色の)実があるんだけど、あれはそのまま食べても渋くないのかも…?
(そういや、この家には夏に引っ越してきたのだが、その直後の秋、これが渋柿とは気づかず収穫して食べてしまい…富有より先に色づくので先にこっちをもいでしまった…口がきゅっとすぼまるような渋を感じてびっくり、ってことがあったのだけれど、あの時も、3つかそこら剥いてみて、渋を感じず食べられた柿もあったような記憶が、かすかに甦ってきた…)

これまで、この渋柿の花なんて、そんなに注意して見ていなかったんだけど、(富有柿の花とおんなじようだと思っていた)うちの富有柿、基本的に種があるので、これは雄花もあるんだな。来年の春、観察してみよう。富有柿でも、小さい奴は種無しが多いんだけど、これが単為結実って奴なのね。確かに大きさはけっこう違います。単に摘果して栄養を集中させてないから小さいのかと…。甘さが違うかどうかはあんまり意識したことなかったのですが、今度、一度、食べ比べてみようっと。
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by mmemiya | 2009-10-27 22:17 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

リアルなマンガって誰が読むんだ?

ついつい、「がんばれ!猫山先生」などというマンガを買ってしまった…。(もう、出版されてからけっこう時間が経ってるんだけど。)多分、普通の書店じゃなかなか見つからないだろうが、ネット書店じゃ簡単に注文できるんだもんなぁ。

これは、「日本医事新報」という雑誌に連載されている四コママンガなんだが、まさか、これが単行本化されるなんて思わなかったよ。基本的には、お医者さん・医療関係者向けの硬い雑誌であるところの日本医事新報が、あるとき大幅リニューアルをしたのだが、リニューアル後、誌面には、クロスワードパズルなんかと並んで、この「がんばれ猫山先生」が連載され始めたのだ。従前の日本医事新報で、私にとって面白かったのは、Q&Aのコーナー(おおむね、医学的な問題に関する質疑応答が並ぶんだけど、最後に、医学と全く関係ない読者からの疑問に対して、編集部がその道の専門家に聞いてきて答えるものがあって、それこそ庭木の手入れ方法やら、何かの語源やら、雑学的なことばっかりなんだけど、たまにミョ―につぼに嵌まる質問と、それに対する大真面目な回答が出ていて笑えるのだ)と求人広告(開業医の娘で薬剤師の資格を持っている人がお婿さんを探す広告とか。)だったのだけれど、リニューアル後は、法務関係の連載(医療訴訟とかの法的問題について事例を挙げて対応策を教えてくれる)もけっこう興味深かったが、なにより楽しみになったのは猫山先生だった。

…しかしこれ、改めて読み返してみると、医療関係者には果たして面白いんだろうか?ある意味「内輪」の場に載っているところからしても、日本で最もリアルな医療マンガの一つなんじゃないか、って気もするが(まぁ、デフォルメされたリアル、という方が正しいだろうが)開業してどんどん赤字がかさんで追い詰められていく奈良野先生とか、医師である読者はどういう気持ちで読んでるんでしょうね、これ。
マンガに限らずフィクションなんてのは、現実をしばし忘れるために読むもの、って気がするんだけど、でもまぁ、連載が続き、医事新報社なんてマンガ出版社じゃないところが単行本にまでするんだから、評判いいんだろうか。ううむ。

もちろん、「現実をしばし忘れる」って言っても、ファンタジーものならともかく、現実の世界を舞台にしてりゃ、あんまりにも現実離れしたフィクション、嘘っぽいフィクション(ってなんか言葉が矛盾するけど)というのも、受け入れがたいものであることも事実。そのあたりのバランスの取り方が腕の見せ所、って奴なのかなぁ。

そーいや、すっかり話題に乗り遅れてるけれど、MAJORの吾郎と清水薫がいつの間にか結婚して薫が妊婦さんなんだそうで、まぁ、いきなり話が7年だか飛んで、いつの間にか結婚してること自体は、MAJORは恋愛マンガじゃないんだし、どーでもいいんですけど、プロポーズ?の台詞を今頃知ってひっくりかえりそうになったワタシ。そんな「生涯のバッテリーを組んでくれ」とか、マンガとしてもそれってちょっと、どーなんでございましょ。

というか、考えてみれば私など、既婚者のクセにプロポーズってした記憶もされた記憶もないのだけれど、世間の皆様はあれなんでしょうか、現実でも、それなりに気取ったというか、劇的な台詞でプロポーズとか、しておられるのでしょーか。謎。
そもそも私なんて、そういや、恋愛に絡んだ、いわゆる「告白」って奴も、したこともないような、されたこともないような…。ので、レンアイ漫画というのは、かなーり現実離れした世界を描いたものだと思っていたのですが、違うのかなぁ。なんというか、現実問題としては、あまり非日常なことされても返ってひいちゃいませんか?みたいな。
私の記憶をひっぱり出してみると、大学卒業後すぐのGWに、「ドライブしてたらなんかmiyaちゃん家の近くまで来ちゃったんだけど出てこれない?」って電話がかかってきたのには申し訳ないけどかなり引いたし(関西から中部までというのは、通常、ドライブしていてなんとなく来てしまう距離ではない)、職場でいっとき、毎日のように私の机の引き出しにお手紙を入れてくる人がいて、あれはなんかコワカッタです。これがまた、文面が「目上の人間である私の言うことは聞くもんだ」みたいな文章で、とてもラブレターってもんじゃなかったんだけどさ。(大体、鉛筆書きなのはまだいいとしても、消しゴムのカスぐらいは払うよな、普通…)。しかし、そんな「非日常」も、私が相手に好意さえ持っていれば「どらまちっく」な出来事だったんでしょうかね??(前者はまだともかく後者はドラマチックにはなりようもない気はするが…。)

いずれにせよ、夢を売る?恋愛漫画だのスポ根漫画だのはどういう層が消費するのか見当はつきやすいが、本当に、猫山先生は、誰がどんな気持ちで読んでいるんだろうなぁ。「1」である以上、分量がたまれば2巻も出る予定なんだろうけど。
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by mmemiya | 2009-10-25 22:25 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

この頃の覚書

先週末、柿の木2本のうち、1本の収穫を終えた(夫が)。私は、もう一つ前の週末と先週末とで、生垣の剪定。剪定作業自体よりも、あとで、剪定済みの散らばった枝などを片付ける方が大変だったりする…。子供達にも手伝わせたけどさ。本当はもっともっと刈り込んだ方がいいんだろうけど、片付ける時間まで考えると、とてもこれ以上やれないわ…!みたいな状態だった。

先週末は干柿もやっと干した。やっと、というのは、渋柿の収穫はその一週間前に終えていたからで、ちょっと時間が足りなくて、皮むきまではやれなかったのだ。一週間の間に、追熟させることになった渋柿は、柔らかくなりすぎてもう干柿には出来なくなったものもけっこう出た。しかし相変わらず、100個ぐらいはあるのだった…。ならせすぎ、ってことなんだろうなぁ。干す場所が足りなくて、洗濯物が干しにくいったら。(これも毎年のことか…。)

先々週末には、紫蘇の穂も摘んだ。これまた、その日は処理できず2日ほど放置してしまい、うわー、枯れ始めてる…!みたいなとんでもない状況でしたが、なんとか、紫蘇の実のパラパラ漬けを、一瓶分だけは作れました。

秋といえば、本日、上司にシイタケ(上司は山で栽培しているんである)を貰ったが、しいたけって、小さな小さな虫が、ひだの間に入り込んでるんだよね…。これってどうするのがいいんだろう。水につけておくと、ひだの間に入り込んでしまい、水から出すと、またわらわらと表面に出て来るんだよね。そこを流水で洗い流したり、塩水にしばらくつけこんだりしてみるんだけど、どうにも決定打がない。最後は、「少々の虫は見ないふり」しかないわけだが…。とりあえず、焼いて、生姜醤油で食べてみたが、まぁ喜ぶのは大人だけだ。しかし、今日は夫がまだ帰ってこない…。おーい、冷え切っちゃったよー。

今週は、私も、夜、帰れない日が2回もあって、子ども達は2度も実家で夕食&お風呂だ。お母さんありがとう状態です。本当に母さまさま。で、土曜日にピアノの先生が本部を手伝わなきゃいけない用事があって、レッスンが金曜夜。今週、ろくに練習できてない子ども達だが…仕方ないわなぁ。息子が、それでもなんとかグレードテストの課題曲を間違えずに弾けるようになってきた。まだまだ「演奏」と呼べるようなレベルじゃないけど…。

そうそう、懸案だった乳がん健診をやってきた。去年もおととしもエコー検査にしてしまい、マンモをやってなかったんだけど、今年は人間ドックに行けなかったので(通常の職場での健診だけ)やっぱ、マンモだけは自費で受けておくか…と。あとは、前の受診から1年経ったし、婦人科のかかりつけにも行かなきゃなんないんだけど、これはいつ行けるだろうか…。

まだ、この秋の収穫は、さつまいも掘りが残ってる。残ってるんだけど、今度の週末は、夫が土日どっちも出勤なんだよなぁ…。(それもあって今週末は婦人科に行けそうもないのだ。)つる切りして掘らせて…できるかしら。あんまり寒くなると、今度は芋がやられちゃうだろうし。

急に冷え込みがきつくなってきた。2週間ぐらい鼻をぐずぐずさせていた娘の状態が、やっと少し良くなったところなのに…。なんとか季節性インフルエンザの予防接種第一回は打ちましたが、新型は、打てるのは12月からだそうだし、とにかく、罹らずに済みますように、というのは、もうあとは神頼みだけかしら…。
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by mmemiya | 2009-10-21 22:09 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

台風一過

10年に一度の規模の台風…などと言われていましたが、今のところ、全国的な被害も心配されたほどではないようですね。
当地では伊勢湾台風と同じコースかも、などと報道され、おりしも時は、伊勢湾台風から50年、伊勢湾台風を振り返る新聞記事やらイベントやらが色々とあったところだったので(年中児の娘ですら「いせわんたいふう?知ってるよー、おばあちゃんに教えてもらったもん」などと言っていた)、かなり気を揉んだのですが、おかげさまでこの地域にはほとんど被害はなかったようです。
もっとも、前日から小学校は休校が決定し、今日は息子も娘も、一日、実家で世話になりました。普段の登校時間の頃は、実際にはもうほとんど平常どおり(公共交通機関除く)だったんですけどね。私は実家に頼めたからいいけど(火曜から「台風来そうだから木曜いい?」と頼んであった)そうでない人は「こんないい天気なのに休みなの~?」と恨めしく思ったかも。私だって、ごみ収集が中止になったのは恨めしかった。それもこれも、被害がなくて済んだからこそ、言えることなのですが。

昨日、帰宅してからとりあえず、家中の雨戸を閉めてまわろうとしたら(飛びそうなものは朝のうちに片付けてから出勤したんだけど…)、息子も手伝うというので、「それより米研いでおいて」と言ったら、息子と娘が一緒にコメを量って米とぎをしてくれた。
…のはありがたかったんだけど(いつの間にか、娘も、米を流さず水だけ切れるようになっていて驚いた)かなり時間かかって研いでいたので、やっと雨戸を閉め終わって戻ってみたら、米が割れてる割れてる(笑)。吸水しまくっていたのですね、御餅のような炊き上がりでした。まぁでも、なにごとも経験ですからね。

経験といえば、この間、おかしかったこと。息子が小学校の国語で「おおきなかぶ」をやって、単元の最後に、おじいさんへの手紙を書く、という課題があったようなのです。持って帰った「手紙」を見たら、「かぶがぬけてよかったね。かぶでパーティをしてぼくをよんでね。かぶはみそしるとすーぷとつけものにしてね。はっぱはシーチキンといためてね」みたいなことが書いてあって爆笑。家で蕪をどう食べているのか、先生にもよーくお分かりいただけたことでしょう(笑)。いやー、ポトフとかにも入るんだけどな?かぶらむしもあるよ?違うか。

火曜に、娘の通う保育所で、一名、インフルエンザの子が出た。7日以内にもう一人出れば保育所閉鎖か…って、診断が月曜かな?火曜かな?7日以内っていつまでだ?とりあえず、今日明日中に、他の患者が出なければ、土曜は無事、運動会かな?天気の方は大丈夫そうなので、無事、運動会が出来ますように。(雨だと火曜に延期になるのだけど、火曜はちょっと絶対休めない日なので、ひとまず天気は良さそうでほっとしたのですが…。)
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by mmemiya | 2009-10-08 22:59 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

胃の回復に丸一日を要した。

土曜日の夜、久々に、古い友達とご飯を食べに行った。

あとで確認したら、ちょうど丸一年ぶりだなぁ。しかし、前回は、名古屋のフレンチではなかなか予約の取れないことで有名な(去年、6月の末に予約電話入れたら、週末は10月まで空いてないって言われたんですよ!)サラマンジェ・ドゥ・カジノへ行ったんだけど、しかーし、今思い返すと、何食べたんだかちーっとも覚えてないでやんの。(羊を食べたような気がする・・・かすかに・・・)

というわけで、今回は、食べたものを書いておこう。

なんか、今回をあわせて3回、フランス料理ばかり食べに行っている。独身時代はいつも、海外旅行といえば彼女と、だったのですが、それが難しくなってからは、せめて、いつもは食べないものでも、って意識があるのかなぁ、思えば。

行ったのは、昭和区にある「グルマン」というお店ですが、前菜のセップのヴルーテは本当においしかった。
(料理名は「ポルチーニ茸のブルーテ ホタテのラヴィオリ秋トリュフの香り」とな。)

そもそも私はヴルーテに目がなく(ヴルーテというのは「ビロードのような」という意味のスープで、要はポタージュと思えばいい、と思う。とはいえ、ポタージュとヴルーテの違いなんて、実家に置いてきちゃった「白水社料理フランス語辞典」ぐらいにはもしかして載ってるかもしれんが、私は知りませぬ。)メニューにヴルーテという文字をみただけでほぼ即決状態。しかも、セップですよ、セップ。日本では「ポルチーニ茸」というほうが通りがいいんだろうけど。そのセップをヴルーテにしてトリュフのスライスが。中に入っていたホタテのラヴィオリは、正直、なくてもあっても…って感じでしたけどね、私には。

そうそう、その前に出たアミューズ、スモークサーモンと、冷たいトウモロコシのポタージュと、あとなんだっけ?トウモロコシポタージュはこれまた美味でした。

ところで、私には昔から、空腹が過ぎると胃が痛くなる、という悪い癖がありまして、この日は、昼飯が少なかった覚えはないんだけど、なぜか、この胃痛を軽く起こしてしまい、あまり体調がベストでなかったところへ、メインディッシュが重すぎた。
「山ウズラとフォアグラのトルトゥ イチジクのローストを添えて」

ジビエです。英語だとGamesだっけ?育てられた家畜じゃなく、狩猟で得られたもの、っつーことですが、いやぁ、なんといっても本格的なフランス料理レストランなんて久しぶりなので、どうせなら思い切りフランス料理らしいものを…という発想が良くなかったのかも。注文後「匂いがきついが大丈夫か」という確認がありました。まぁ、言われてみりゃジビエなんて、わたしゃフランスでは自分で料理したこともないし(秋になると、市場には、羽根がついたままの色んな鳥なんかがぶら下がった店が出るんですよ。きっとあの中に「ヤマウズラ」もあったんだろうなぁ。ヤマウズラといえば、ワインの色を「ヤマウズラの目の色」とか言うことがあるなぁ…としか知らないんだけど。)レストランでも、鴨は野鴨って多分食べたことないはずだし、食べたことあるジビエといえば野兎と鹿ぐらいかも。野兎は、普通に年中スーパーで売ってるただの兎肉とは全然違っていた。鹿は血の味がして重かった。ジビエとなると目の色かえるフランス人の気持ちは実は分からない。それなのにそんなものを頼む私って…。

えーと、イチジクのローストは美味しかったです。もともとイチジク大好きですが、焼くってのも美味しいんだ、と発見。料理は、鶉の肉にフォアグラのせて、鶉のミンチのせて、豚の脂身でくるんでパイ皮で包んで焼いたものでした。多分、ぱさつきやすい肉質なのでそういう料理法なのかと。しかし、正直、途中からフォアグラが重かった…。匂いのクセは、全然気づかなかったんだけど。普通の鶏肉とどの程度違うのか、正直、よく分からない、というあたり、私には、豚に真珠の食べ物だったのか…?
本日のお魚料理(その日は、トランペット・ドゥ・ラ・モールという茸を添えたアマダイかなんかだった筈)にしておくべきだったのか…。死のトランペット(という凄い名前の茸なのです。)も久々に食べたかったかも。

ワインは、赤ワイン(ドメーヌ ダンデゾン コート デユ ローヌ ヴィラージュ 2006 だそうな)をフルボトルで頼んだのだけれど、結局、少し残ってしまった…。かつては二人でなんとか一本、空けられたと思うんだけど、弱くなったのかなぁ…。もっとも、一本あけてよれよれで家に帰った記憶もなきにしもあらずで、前は無理してただけなのかも?でも、美味しいワインでしたよ。

しかし、しょうこりもなく、デザートを「フランス産チーズの盛り合わせ」にしていた私…。給仕の人が「あとでもいい」と言ってくださってたので、デザートは食後、決めればよかったのかも…。これまた、苦手なチーズはあるかと聞かれましたが、ごくごく、オーソドックスなのが4種類出てきた。「強いて言えば山羊乳のチーズが苦手」と答えたので、山羊チーズが外されたのかどうかは???クロタン・ド・シャビニョルのよく熟した奴とかは、どうも得手ではないです。出てきたチーズは、確か、ブリ・ド・モー、フルム・ダンベール(だっけ?とにかく、ロックフォールではないがメジャーどころの青かび)、ルブロション、あと、これだけは初めて(だと思う。知らないうちに食べたことあるかもしれないが)の「カプリス・デ・デュー」。神様の何?と思ってましたが「神の気まぐれ」って意味だそうで。ブリと同じく白カビタイプですね。この頃には体調が多分、いちばん良くなかったので、ブリとの味の細かい違いなんて全然分からず。しかし、それにしても、チーズ盛り合わせのチーズって小さいんですね。そういえば、他のレストランでもこんなもんだった気もするけど。フランスだと、この10倍は大げさにしても5倍は大きく切るんじゃないか、と思われる一口サイズでした。もっとも、もうかなりおなかいっぱいだったので、フランスサイズで出されても困っただろうけどさ。

コーヒーとかが別料金なのですが、頼むと小さなお菓子がついてくる。ホント、ままごとのオモチャみたいな小さなマドレーヌとマカロン。可愛らしいです。エスプレッソにしたかったけど、胃を労わってハーブティーにしておいた。オリジナルブレンドだそうで、何のブレンドかはよく覚えてない。

それにしても、年のせいでしょうか、それとも胃食道逆流症のせいなのでしょうか、舌が求めるものと胃が許容するものがずれてきてるのは辛いなぁ。もう、フランスにいた頃のような量は二度と食べられないというのは自覚があるのですが、料理そのものを受け付けなくなってきているのは、なんだか切ない。胃の痛みのせいもそりゃ、あると思いたいけれど。

次回はコンディションを万全に、さて、何を食べにいけるでしょう?
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by mmemiya | 2009-10-05 22:42 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

下で偉そうなことを書いてますが。

実際のところ、私自身が、お産の危険性ということをかなり真剣に考えるようになったのは、子どもを二人とも産んでから後、だったりします。
それまでは、もちろん、そりゃ危ないこともあるんだよね…とは思いつつも、具体的に想像はしたくなかったというか、あんまり考えないようにしてたんですよね、多分。
妊娠中の私は、夫の目には、「生まれた子どもに障害や病気がある可能性を気にしすぎ」と映っていたようです。いや、自分では気にしていたつもりはないんだけど、そういうことって充分あるよね、と思っていて、夫の前では口にもしていただけで。障害のある人と多少、接した経験があるからか、それは、確率の問題として、ありえること、と、すんなり思っていました。実際にそうなったら、すぐ冷静な母親になれるってもんではなかったでしょうけどね、勿論。
でも、今思えば不思議なほど、お産の経過には「異常がある可能性」はほとんど思い浮かべなかった。、一人でいるとき急に破水したらどうしようとか、緊急帝王切開の可能性とかは考えたりしなくはなかったけど、また、常位胎盤早期剥離こわいなー、ぐらいは考えたけど、自分やら子どもやらに本当に万が一のことがある、というのはまったくと言っていいほど想像していなかった、と思う。

だから、偉そうなことを言う資格は私にはないんですけど、しかしなんというか、「自然なお産が素晴らしい」みたいな風潮は、やっぱり、なんとかしていかないと、と思います。自分の娘がお産をするようになる頃の日本はどうなってしまっているんだろう…というような。

助産師さんの中に、なにか過剰に「自然」志向の人がいる、というのは、何故なのかなぁ、と思う一方で、なんとなく、分かるような気もする。お産、というのは、何事もなければ誰の健康が損なわれるわけでもなく、おめでとう、という祝福に溢れる、医療現場の中では、かなり異質な場と言っていいだろう。もちろん、何かあれば、一転して急速に死に近づく、という、全く違う側面もあるけれど、多くのお産は、多少の医療介入で、無事終わっていくわけだ。そういう、「生命って素晴らしい」という感動に多く出会えるであろう場所で、生命は素晴らしい→生命力って凄い→自然の力ってすごい、みたいになっていくのって、あるんじゃないかなぁ、というか。ただでさえ、妊娠出産は神秘扱いされやすいものだったりはするし。

助産師さん、といって私が具体的に思い浮かべる方が5,6人いる、と書いたが、保健師さん、というと思い浮かぶ人も何人かいる。どっちにしても、ごくごく少数の人たちなので、自分の感覚だけで「助産師とは、保健師とは」などと言ってはいけないことは分かっているが、私の知っている保健師さんっていうのは、みんな一様に、「総合病院じゃなきゃ怖い、NICUがないとこで産むのは怖い」と言っていた。未婚の保健師さんは、出産が怖い、と言ってもいた。彼女達は、低体重出生児の家庭訪問とかやっている人たちだったから、多分、「順調に進まなかった」お産の例を(病院から送られてきた資料を読むだけとはいえ)多く目にしていて、そういう感想につながっていたのじゃないか、と思う。

どちらの職種も、ベースとして看護師の教育を受けていて(以前は一応、看護師試験に落ちてても助産師か保健師なら看護師として働けました)その後、その基礎の上に、妊娠・出産・母乳育児支援とかの教育を受けているか、公衆衛生に関する教育を受けているか、の違いがあるだけのはずなんだけれど、妊娠出産に関して、必ずしも同じような見方をしているわけではなさそう、というのは、なんとなく、もう少し、最初の教育の部分とかでなんとかならないものなのかなー、と、思わなくはありません。勿論、教育さえ受けてれば一人前の専門職としてすぐ働ける、なーんて訳がないのは、どんな仕事だって一緒ですけれど。
それと、特定の人に対する医学教育、看護教育というより、日本人全体が、もう少し、知らなければならないことでもありますね。口で言うのは簡単ですが…。
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by mmemiya | 2009-10-02 00:27 | 日々雑感 | Trackback | Comments(3)

助産院でのお産を考えている人に

「琴子の母」さんのブログで、とんでもない話を見た。

ホメオパシー、レメディの問題>K2シロップの件

しばらく前から、世の中にホメオパシーだのマクロビオティックだのがやたらはびこっていることが気になっていたのだが(全然違うものの筈なのに、なぜか両者の親和性は高いようだ。ホメオパシーで使う「レメディ」は砂糖玉の固まりだっつーのにマクロビ的に問題はないのか?)、件のお母さんのお気持ちを考えると、なんというか、言葉もない。

確かにね、K2シロップ飲んでたって、100%防げるわけじゃないでしょう。だけどさ、前にもここで書いたけど、今や日本では、新生児が重篤な状態に陥ることってそう滅多にないことで、自分の身にまさか降りかかるなんて、大抵の人が想像もしないようなことなんである。で、その滅多にないことが起こった時のダメージは如何ばかりか。
いや、たとえば、人間は全員、いつか死ぬものなのに、それでも、平均寿命を超えてからの死だろうがなんだろうが、身近な命が失われれば、「あの時、ああしておけばよかったのかも」などと思ってしまうのはごく普通のこと。悔いが残るのは、別に健康が損なわれる場合だけじゃないとはいえ、回復すれば思い出話で済むようなことが、健康な状態に戻れないとなれば、けして思い出になりはしない。
それが滅多にないことであれば尚更、その出来事の周辺にいた人たちは、単なる後悔などというもの以上に、罪悪感のようなものを背負ってしまうことだろう。ましてこのお母さんは…。

「自然なお産がいちばん!」みたいな風潮から、一部で、助産院でのお産は素晴らしい!みたいな捉え方があるのは、別に、今に始まったことじゃない。私が初めて、吉村医院や矢島助産院などでのお産を、とても肯定的に紹介する文章を読んだのは、1993年発行の別冊宝島「赤ちゃんがほしい!」だった筈。1993年ってことは私は未婚って言うか社会人になったかどうかぐらいで、そんな本を持っていたのは、ただ単に、この頃の別冊宝島をおおむね持っていたから、ってだけのことなのだが、妊娠出産になんの知識もない立場で読めば、陣痛促進剤なんてとんでもない、みたいに読めるものではあった。それにしても、当時はさすがに、K2シロップを否定するところまではいってなかったんじゃなかろうか…?

助産師さんというのは、れっきとした医療職の一つで、もちろん、現代医学の教育を受けている筈なのに、なんでこうなってしまうんだろう?もちろん、助産師さんにもいろんな方がいることは知っているつもりだけれど。私が個人的にお付き合いのあった助産師さん(お互いに顔と名前を充分知っている関係ってレベルだけど)っていうのは、せいぜい5,6人しかいないのだけれど(うちお二人は別々に開業している)確かに、それぐらいの人数の中でもいろんな方がいた。私は第二子の授乳時にはよく乳腺炎になりかけて(一人目は全然、そんなことなかったのにね)桶谷式のマッサージにお世話になってたけど、正直、桶谷の考え方にはついていけないところも多々あった。なんでせっかく眠っている子を起こしてまで3時間おきに授乳しないといけないのか、とかね。そういえば桶谷式マッサージの助産院では、自然食品がいい、みたいな冊子があったりもしたような気はする。自然かぁ…こんな田舎に住んでると、「自然」なんてものにうんざりしそうなもんなんだけど。(「自然」のキノコを採りに山へ入って「自然」にいるダニに刺されて「昔からある自然」なツツガムシ病なんぞに罹った日にゃあ、不自然だなどと言わず現代医学にすがらにゃやってられないじゃないのさ。)

ともあれ、助産院でのお産を検討される方。もちろん、どこで産もうと、最終的にリスクのないお産はありえないのですが、それでも、少しでも安全性を高めるために、その助産院がどんなところなのかは、充分、考えて欲しいと思います。会陰切開しようが陣痛促進剤使おうが帝王切開しようが、お産が安全に済むことが、いちばん、大事なんですから。そして、万が一、の、何かが起こったとき、後悔するのは、辛い思いをするのは、他でもない、自分なのだ、ということを。


話変わって、三つ下のエントリーで、「従来のインフルエンザで、若い人とか、それまで特に疾患のなかった人の死亡ってのはなかったのか」というようなことを書いたのですが、参考になるページを見つけました。

NATROMの日記 さんの

2007-03-29 タミフル脳炎ではないインフルエンザ関連突然死

こことか「新小児科医のつぶやき」さんとかは、たまに見に行くのですが、この記事に気づいたのは今日でした。(どちらも時間がないとなかなか読みにいけないのですが、読みに行くと、これまた興味深いエントリーがいっぱいなんですよね…。)結局、「極めて稀だけど死亡することだってある」のは、新型も従来型もおんなじだ、ってことでいいのかな。
(もっとも、例年のインフルエンザの場合は死者の大半が高齢者の筈なので、報道されている死者の年齢バランスを見ると、やはり新型の場合は違うところはあるんでしょうね…。最初のうち、高齢者に免疫があるらしい、と言われていたことと関係があるのかな?今のところ、高齢者の患者数自体、かなり少ないようですし…)
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by mmemiya | 2009-10-01 00:11 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)