La Lune Lunatique

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初・キムチ鍋 初・ティラミス

しばらく前に、この冬最後のつもりでキムチを漬けたのだけれど、どうも、少し、塩辛い。
うーむ。下漬け自体はいつもと同じようにやったつもりだったのだけれど、アミの塩辛とか、煮干のだしとか、おかゆとか、なしでやっちゃったから?関係ない??

とまれ、白菜1.5株くらい漬けちゃったので、これ、どうするべ、という感じだったのですが、この頃、子ども達が少し、キムチ食べられるようになったこともあって、キムチ鍋に挑戦してみました。

昆布だしにみりんと醤油、酒少々、豚肉とありあわせの野菜(買い物に行ってない土曜日だったので、ホント、あり合わせ。ネギとにんじんと生シイタケのみ。)と豆腐を入れ、キムチを放り込んで、あと、味噌で味つけ。

そんなにものすごく辛くなく、子ども達も良く食べて、まずはなにより。
先日、なぜか、実家の母が、トッポギ(韓国もち)と、韓国式うどんをくれたので、それを最後に入れてみました。うどんが不思議な食感。まるで冷麺みたいにつるつるしている、というか。

で、汁が残っちゃったので、日曜の昼は、そこに、またニンジンと、あと、小松菜入れて、キムチ入れて、卵でとじて、今度は普通のうどんを入れてキムチうどんにしてみました~。あ、ちょっとだけ砂糖を入れた。これも、幸いなことに好評でございました。

日曜のおやつは、前から気になっていた、某Cookpadの「10分で お手軽ティラミス」ってのを作ってみました。ちょっと私はとろいのか、10分ではクリームチーズが混ぜきれなかったけど…。でも、超簡単!です。ですが、美味しかったのですが、ちょっと、4人で食べるには量が多すぎた・・・。カロリーは考えるのも怖い…。ということで、夜は、ご飯とホウボウのあらの味噌汁と、ほうれん草のおひたしのみ。はっはっは。今度は半分量でやろう…。(だけどそうすると、どの型を使えばいいかしら。ううむ。)

ホウボウは、この間、アクアパッツァにしたら好評だったので、今回も、煮つけじゃなくってアクアパッツァにしようかな~。そんなに時間もかからないし。ブイヤベースにも使う魚のようですが、あれはね・・・。遠い昔に一度だけ、作ったことがありますが、2時間ぐらいかかったので、なかなかもう一度、チャレンジする気は起こりません・・・。

急に暖かくなり、また、天候にも割と恵まれた週末だったので、久しぶりに少しは外で働きました。今朝は、雨上がりで草取りもしやすかったので、午前中は子どもらと草取り。ちょっと出かける用がある息子を送り出して買い物してきたあとは、娘と、松の手入れ。(いや、娘はほとんど働いてないが。)松は…1時間半ぐらい働いても、4分の1も終わってないけど…。

しかし、まだ2月というのに、ほんとにめっきり春ですねぇ。もうさすがに、雪も降らないだろう・・・な。
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by mmemiya | 2010-02-28 22:11 | 料理のこと | Trackback | Comments(0)

5歳児の社交(?)

土曜日に、いつもの水泳教室に行ったら、娘のクラスメートのお母さんに会った。その子は、うちの子らの教室の直前の時間の教室に通っている。

で、そのお母さんに挨拶したら、「ねぇねぇ、Cちゃんのおうちってどこ?」と聞かれた。

「え?○○のそばだけど…」と答えると、そのお母さん曰く、「××薬局に買い物に行くと、いつも、うちの娘が、『あそこがCちゃん家だ』って言うのよ~。○色の屋根のおうちだ、って。」

確かに、我が家は○色の屋根でございます。ま、近所にもう一軒、同じ色の屋根のおうちがあるから、そっちを指してる可能性もないわけじゃないんだけど。

うちの子は、18時まで保育所にいるので、勿論、その後、お友達のおうちに遊びに行く、なんてしたことがない。16時30分までの保育の子だと、その後、お友達と遊ぶって子もいるらしいけど。子どもにしてみれば、やはり、お友達のうちに遊びに行く、というのは憧れもあるらしいので、年中や年長になると、「○○ちゃんと遊ぶ約束をした」と、上の子も言い出したし、下の子も言い出した時期があったけど。(ちなみに、何時にどこ、という約束がきちんと出来ているわけではなく、仮に決まっていても、絶対実現不可能な時間だったりするわけで、勿論、相手の親御さんに話をしたりもしてないです。昨今、親同士も、教えあわないとお互いの連絡先なんて保育所や学校からは教えてもらえないし、保育時間が違う子の親御さんなんて、そもそも顔も知らないんだけど…。)
で、当然のことながら、他のお友達の家に行ったこともなければ、そもそも、おうちがどこかも知らないのだ。

しかし、最近の娘は、「今日○○ちゃんと遊ぶ約束した~」とは言わなくなったけれど、お互いに、自分の家の近くの目標物や、家の特徴を教えあっているらしい。私も、娘の仲良しの子の家が「××のお店のそばで、○色の屋根で▲色の壁だって」と娘から聞かされ、「じゃあ、きっとあの家だね」と分かったこともある。
5歳児の社交能力?いや、地理把握能力か。なかなか侮りがたし。
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by mmemiya | 2010-02-24 22:59 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

「食のリスク学」中西準子

正確には、またも「読んだ本」ではなく、「読みかけの本」なのですが。

とっつきやすいところで、高橋"フードファディズム"久仁子先生との対談から読み始めた(で、この対談は読み終わった)のですが、これ読むためだけでも、買う価値がある本なんじゃないか、と思う。

高橋先生の本は他にも読んでいるし、講演も聴いたことがあるので、既知の話が多いとは感じたけれど、新たな発見もあちこちに。例えば、なーんか栄養学って、失礼だけど胡散臭い面があるよなぁ…とか思っていたことも、この対談で触れられていて、なるほどなぁ、と思うところもあった。

まだちゃんと読んでいないのにこんなことを書くのもなんですが、食の安全に関心のある方には、是非、一読をお勧めしたい本。

と、このところ、食の本づいていますが、Web上で「フランス語のかくれたしくみ」という文章を読んだら、ものすごく面白かったので、言語学関係の本も、もうちょっと読みたいかな~と思う今日この頃。
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by mmemiya | 2010-02-24 22:40 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

「家族の勝手でしょ!」追記

引き続き、「家族の勝手でしょ!」感想。

細かいところで気になった?ところをいくつか。

P15 調査開始日の食事はけっこう豪華(頑張って作られる)だけど、最終日には…という写真例の中で、初日の例として「クリームシチュー、くらげとキュウリの和え物、筍煮物、ワカメ味噌汁」ってのがあるんですが…シチューと味噌汁が一緒に出るのは個人的には吃驚。ちなみに最終日の夕食は明太子スパゲティのみ。

P30 <糖尿病でインシュリン治療寸前なのにコンビニでプリンやデザート、菓子パンや揚げ物を買ってきて一人で食べる夫>など、健康に問題が出てきている人々。理由は大体みな、「食べたいものは我慢できない(したくない)」だそうだ。とにかく現代人は<我慢>が出来ない、ってことなのかねぇ、やっぱり。

P36 <お菓子化する食事とその理由>という項目。確かに、「牛乳とプリンを朝食にするお父さん」と書かれると、ええっ?と思うが、コーンフレークだのホットケーキだの、あるいはヴィエノワズリーだのといったものは甘くても、既に朝食メニューとして広く認められているんじゃないだろうか。そうなると、境界は非常にあいまいかな、と思う。ホットケーキが良くてなんでマドレーヌがダメなの、みたいな。
ちなみに、うちの夫の実家は、年に何回か、餅つき機で蓬餅ついて、大人総出(我々夫婦も含む)であんこを入れてまるめて、大量の大福作りをしますが、作り立てがそのままお昼ご飯となります。一緒に出てるのは漬物ぐらいだっけ・・・?更に、大抵余るので、「明日の朝ごはんに」と持たされて帰ります。昭和11年生まれ&18年生まれの義父母にとって、大福=昼食って、全然変じゃないみたいです。「餡餅とお茶を朝食にして出かけて行くお父さん」というのが出てきますが、うーむ…。年に2回ぐらいだからあんまり抵抗ないかな、私も。

P45 「長男(6歳)はブロッコリーなら食べるけど他の野菜と混ぜちゃうと食べなくなるから、ブロッコリー、キュウリ、トマトを別々の皿で出す」という家庭など、複数の素材を組み合わせると、家族それぞれの好き嫌いが絡んで難しいので、単一素材料理が増えているのだとか。
でも、うちの義母(しつこいけど昭和18年生まれ)の料理も、かなり単一素材だけどなぁ。レタスだけのサラダはともかく、パセリをどんぶり一杯出された時は(味つけはマヨネーズだったっけ?)さすがに驚いたけど。
ちなみに、1951年生まれ(だと思う)の戸塚真弓さんが、エッセイで「母は煮物をよくしたが、それは野菜一種類だけの煮物ばかりだった」みたいなことを書いてらした。義母も含め、なにしろ、旬の野菜は、同じ種類が大量に摂れるので、単一素材になりがちだと思う。同じ時に摂れる野菜同士が上手く組み合わせられるとは限らないし。そういう意味と、現代の単一素材とは元が違うのかもしれないが、「複数の素材があれこれ組み合わせられた料理」は、日本の食文化の中では、ごく一瞬、中心的になっただけのものだったかもしれない、と、ふと思う。

P78 加工食品尽くしの食卓実例。「義母68歳」も同居していても、家族全員、昼食は好みのカップ麺。義母世代に抵抗感はあるのか、ないのか。ちなみに「私はそれほど好きじゃないので週1~2回しか食べないけど、子供や夫は大好き」って、じゃあ、大好きな人は週に何回食べてるんだ…?

P81 「実母65歳」(ここでの「義理」「実」は、調査対象が主婦である以上、主婦から見て実の親か夫の親か、ということだろう)がいても、やはり昼食は「それぞれ好みのカップ麺」。P162には、「義母はいつも昼はカップ麺」という人も。義母68歳。

P85「ご飯のおかずに焼きそばを食べた」「ご飯のおかずとしてパスタも用意した」。・・・栄養補助食品なんかに、「主食、主菜、副菜を中心に、栄養のバランスを」とかいう表示がある(多分、表示が義務づけられてる)のを見るけれど、「主菜とは何か」も書いておかなきゃいかんのじゃないか。

P96 嫌いなものを無理の子供に食べさせるのは「私のストレスになるから、そういうことはしたくない」。言うことを聞かない子供の相手はストレスと。しかし、それじゃ子育ては全部、ストレスだわなぁ。

P97 「学校で無理やり食べさせられているから家では無理させず、好きなものを食べさせてやりたい」。いや、うちの子の小学校の給食参観したら、一度、配膳された後、嫌いなものがある子は返しに行っていいことになってましたよ。あんまり嫌いなものを減らしすぎると、先生が再度、盛りつけるみたいだけど。
同じくP97 「嫌いなものを食べさせるのは、時間に余裕のある学校給食ですることだ」。いや、配膳の時間とか考えると、学校給食って、かなり時間ないんですよ。

P101 「幼稚園と小学校が子供たちに箸の指導をし、箸を使わせなければ」。そういや、うちの子の2箇所目の保育園は、年少のもう一年前のクラスから、給食は全部、箸だけでした。(シチューとかはスプーンあるけど。)2歳の段階では、家では箸を持たせてなかったので、けっこう焦りました。

P104 外食先で騒ぎまわる子供たちの話。幸いにして?私は、そういう騒がしい、席を立って走り回るような子どもたちを見たことがないんだけど、「ドリンクバー」とかあるような店に行くことがないからなんだろうか?

P113 「体調不良で食欲もなく、起きられなかった子供に3日も4日も食事らしい食事を与えていないケースも見るようになった」。これも俄かには信じがたい。高熱で食欲もなくぐったりしている子には、私も食事は出さない(ゼリー飲料とかで様子を見る)ことはありますが…。

P121 「夕飯がお茶漬けやインスタントラーメンのとき、「子供のリクエストでこうなった」」と記す一方、「作りたくないものをリクエストされたら用意しない」。自分に都合のいい情報だけが欲しい、ってことか。

P129 朝から外出し、昼も友達とハンバーガーショップに行っておしゃべりしたのが原因で疲れて、夕食を外食に。ママ友とつきあうのも疲れる、子供と公園に行くと疲れる。自分の思い通りにならない状況が、とにかく疲れる私達。一人暮らしなら疲れないか、っていうと、それまた、何かで疲れそうな気もするが。

P151 「次男はまだミルクだけで離乳食開始を遅くしているから、こんなとき(引用者注:ショッピングセンターでの外食時)手間が省けて楽だ」というコメントが紹介されているが、その次男は5ヶ月。別に、「離乳食開始を遅くしている」って月齢じゃないだろう。

P156 バラバラ食から「勝手食い」へ、という節。うちの実家はまさにこれです。昭和13年生まれの父、21年生まれの母、48年生まれの妹、全員、食べる時間はバラバラの方が多く、内容も(父だけ、あれがイヤこれがイヤが多い)違ってたりする。私達子どもが何歳頃からこうなったんだっけなぁ…。

P176 ダイニングテーブルの行方 という節。箱膳→ちゃぶ台→ダイニングテーブル、と来て、次は何になるんだろうな。



総じて、ちょうど、衣服を家庭で作ることが趣味の領域になり、購入が当たり前になったように、「食」も購入が当たり前になるのだとしたら、もはや、それを前提に、消費者側に栄養素とかの教育をする一方で、売られている食に栄養成分表示(カロリー表示じゃなく)を義務づける…ってのが大きな流れにならざるを得ないのかも。
この間、ちょっと読んでみた、内閣府の「企業分野等食育活動検討会議」議事録なんか見てると、国の人もどうもそう考えてるんじゃないか、って気が、ちょっとしました。
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by mmemiya | 2010-02-23 23:45 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

「家族の勝手でしょ!」読了。

岩村暢子氏による、食DRIVE調査のまとめ本(?)第4弾。
過去3作に比べ、非常に写真が多く、文章2~3ページに対して、その実例となる写真が2ページ、みたいなつくりのため、とても読みやすい。

調査概要の末尾に、以下のような趣旨の説明がある。
調査対象が主婦であるため、文章中に引用される発言や行動は、当然、主婦のものが中心となっている。(ちなみに、ここでいう主婦には、職業を持っている主婦も含まれているが、仕事を持っているかどうかで、特筆すべき違いは見当たらないとのこと。)しかし、ここに語られる様々な問題が「主婦」や「女性」にだけ起因すると考えているわけではない。単に、食卓に焦点を当てることで、現代の家族のあり方がよく見えてくるのだ。

これは、ネット上の一部で、岩村氏の一連の著作に、専業主婦を貶めるためのもの、みたいな評価をしている人がいることを意識しての説明かもしれない。それはともあれ、確かに「食卓」を見ていると、このような食卓が必然的になってきた、その社会的背景に思いをはせずにはいられない。目の付け所として非常に鋭いのは間違いないだろうと思う。

その上で、食卓及びその背景である社会状況を考える際に、私なら、この本の中味を、大きく3つに分ける。

1.食事内容の変化(あるいは崩れ)について
主に本書の第1章、第2章に書かれている(第3章の幼稚園弁当なんかもそう)ことなのだが、とにかく、栄養バランスってものがかなーり怪しくなってる食卓の多いこと。「野菜は一週間でバランスよく摂れればいいから」すなわち、一食でたまたま野菜が少なくても、他の日でカバーを、という趣旨の栄養士さんの言葉が、なぜか「野菜は一週間に一回とればいい」に変換されるすさまじさ。
確かに、有史以来、長いこと、人間は、栄養なんてことを云々するのは贅沢だ、という、豊かでない食生活を送ってきた。(現在でも、日本以外には、そういうところはたくさんある。)それでも人類は生き延びてきた、といえばそうだし、現代の栄養学のいう栄養バランスが最善なのか、という話もある。しかし、それにしても、この食材豊かな現代日本で、こりゃないでしょ、っていう食卓がいくつも出てくる。健康に問題が既に生じているのに意に介さない人もいる。(糖尿病で通院中なのに、毎日コーラを1.5リットル飲む、理由は運動で喉が渇くから、とか、すさまじい話もある。それ、運動じゃなくて糖尿で喉渇くのと違うんかい!)
食育云々言う前に、この辺は、早急になんとか対策を考えなきゃいけない分野じゃないのか。これからこの世代(1960年以降生まれが調査対象)が高齢化したら、医療費、ものすごいことになるかもしれないぞ。

2.食習慣の変化について
主に第2章のあたりだが、食事がなんでも大皿盛りで出される、とか、鍋料理じゃないのに鍋が食卓に出てきてそこから取り分けてる、とか、「スタイル」の変化の話。
これは、いい悪いの価値判断は、やや難しい。8歳の子どもが箸をちゃんと持てないので家ではなんでもスプーンで食べるとか、ええ?と思わなくもないんだけど、まぁ、これまでは正しいマナー、食のスタイルであったものが、「絶対的な正しさ」を持っているか、といえば、そんなことは全然ないわけで。世界では、手づかみで食べる国もあり、それは、いい悪いじゃなくて、ただの文化の違いなわけで。日本だって、箱膳の時代と我々の子供の時代では、もう、食事形態は全然違う。これに眉をひそめるのか、それとも「いいじゃない」と変化していくか、というのは…結局、各家庭が、自分達の食を、どうあってほしいもの、と考えるか、にかかっているのかも知れない。
ちなみにうちの夫は、この本のこのあたり(そうめんとかをステンレスのざるのまま出すとか)は「それの何が悪いの」という反応で、なぜなら、夫の育った家庭が、そういう食卓風景の家庭だったから、である。前にも書いたけど、夫の実家には、「MY箸、MY茶碗」の概念もない。その時代においては、間違いなく、日本では少数派の家庭だと思う。私は、我々の今の家庭には「MY箸」を一応持ち込んではいるが、夫が配膳するとちょっとあやしい(笑)。これはもう、ホント、自分がどうしたいか、どこまで妥協できるか、を、夫婦間ですり合わせるしかない分野のような気がする。

3.しつけの後退や各種手抜きを実現ならしめている意識のあり方について
第3章から第6章までは、そうでない部分もあるが、おおむね、この話が中心。
子どものマナーがよくないと思っても注意しない親、好き嫌いがあっても好きなものだけ食べればよしとする親、すぐ「疲れて」料理できない主婦(小学校の30周年記念式典に出た翌々日も「前々日の疲れが残っていてお弁当作りはパス」とか、とにかくすぐ「疲れた」と言うのが近年の主婦の特徴だそうな)、子どもが「お腹すいた」と言わなければ、平気で子どもの食事を抜いて一日2食になっても平気な親…。
単純に言ってしまえば「我慢ができない」というか、自分も誰か、何かにしばられたくないので、だから他人も拘束しない、できない、子どもをある種の<大人と対等な存在>として扱ってしまう…そうした傾向が、たまたま食卓を対象にした調査だから、このような食卓に現れている、というだけで、問題の根は食卓にあるわけではない。
もちろん、言ってしまえばこの意識のあり方が、「1.食事内容の変化(あるいは崩れ)」を引き起こしているのも間違いないので、この3つの分類は、最終的にはみな、根っこは同じ、ってことになるのかもしれないが。
この第3の点に対して、私の思いは複雑だ。同世代の親として、気持ち的にはけっこう、分かる部分もあるのだ。ずっと親役割を担っているのはしんどい。子どものまんま親になった、と言われればその通りだが、自分がケアしてもらえる立場ではなくケアする立場に立つ、立ち続ける、というのは、時にうんざりするような気にもなる。多分、私達の子ども時代は、かつてなく恵まれすぎていたのだろう。子どもだって早くから家庭の一員として子守だのなんだのと働かなきゃいけなかった時代には、親になって突然、立場が変わるのではなく、立ち位置の変化は、年齢と共に徐々に起こってくるものだったのではなかったか。ひきかえ、私の、なんと長いこと「子ども」でいられたことか!(実家にいれば、結婚するまで「子ども」でなんでもやってもらえたりするんだもんね。その辺を描いたのが、岩村さんの前々著「<現代家族>の誕生」なわけだが。)

そんなわけで、食い意地の張っている私としては、この本を読んで、食事内容の部分についてだけは、「なんでこんな食卓を続けて平気なんだ…」と愕然とはするものの、後の部分については、まるで鏡を見るような、後味の悪い思いが残る。けれども、これが私達の現実で、私達は、この現実からしか、どこへも歩き出すことが出来ない。

(細かい続き)
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by mmemiya | 2010-02-21 22:24 | 読んだ本 | Trackback | Comments(4)

「虐殺器官」読了。

今日も医者で、2時間近く待たされ、やれやれやっと終わった、と、調剤薬局へまわって、そこで45分待ちと相成った。なんということ。
(電話予約のない病院だからねー。朝、6時30分だか7時30分だかから玄関が開いて、名前書き込んでくると予約できるんだけど、ちょびっと距離があるせいと、休日は常に朝寝坊なんで、出かける気になれない…)
夫は、「なんでそんな薬局で待ってたんだ」というが、それはあなた、調剤薬局ってもんを知らなさ過ぎ。
結局、病院隣の薬局じゃなきゃ、処方箋の薬が全部そろうとは限らないんだってば。(同じような診療科のある病院の隣の薬局へいったって、先生によって、選択する薬って癖があるだろうと思うよ。)
万年筆で、ドイツ語でカルテを書く先生の病院です。私のあんな間抜けなコメントがどんなドイツ語になっているのかはちょっとだけ気になる。

で、待ち時間が長いのは分かってたので、読み始めた「虐殺器官」持って行くつもりが、かばんに入れ忘れた!
前回、1時間半待ちをした反省?から、今回は診察券出すや否や、病院を出て、近くの書店へ。ここで、モノクロコピーが5円なのを、最近見つけたのだ。で、明日、図書館に返さねばならない料理本から、気になるレシピをコピー。ついでに、コピー機用の小銭が全然なかったのを言い訳に、別の本を買う。病院と薬局では、それを読んで過ごした。わざわざ買うほどの本じゃないといえばそうだが、「文学賞メッタ斬り」。あ、あと、中西準子さんの「食のリスク学」って本、出てるのについ最近気づいて、これも買いました。未読。

帰宅して、お昼食べて、子どもらのレッスン待ちの間に、「虐殺器官」読了。いやー、もんのすごーく、すごいです。それ以外にほとんど言葉がない。面白い、って言葉は違うのかもしれないけど、引き込まれずにはいられない。その題材の憂鬱さを差し引いてなお。
ま、どんな本だって、読まずに、知らずにいれば、それはそれで平気っつーか、知らずとも充分、生きてはいけるのだが、こんな面白い本を知らずにいるのはちょっと損ではあるよな。あ、ごろごろ、死体の描写とか出てくるので(タイトルからして分かりますね)そういうのが苦手な方にはお勧めはいたしません。しかしながら、そんなシーンが延々とあってなお、時折、無声映画のような静謐な面持ちがある。そう、極めて映像的な作品なんだろうな。著者が映画評でWeb上、よく知られた人だったというのもよく分かる。
大人になるにつれて、小説ってものを読むことはずいぶん減ったが(ノンフィクションが圧倒的になってきたというか)でもやはり、優れた小説というのは、凡百のノンフィクションよりも鋭く、時代というか現実を伝えてくれるものだな、と、こういう作品に出会うと、思う。
細部がものすごく丁寧な作品なのに、時間に追われてけっこう雑に読んじゃった部分もあるので、ここしばらく、何度か読み返すだろう。この作者が早世していなければ、他にどんな作品を残したかと思うと、切ない。
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by mmemiya | 2010-02-20 22:50 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

「家族の勝手でしょ」ほぼ読了。

本日届いた「家族の勝手でしょ」、ほぼ読み終えた。

先に読みかけている本がいろいろあるんだけど、「家族の…」は写真も多くてさっと読めるので、ついこちらを先にしてしまった。

詳細な感想は、また改めて書きたいですが、調理器具ごと食卓に出てくるとか、大皿盛りとか、あいたたた…という、自分も同じ、みたいなところもある一方で、いや、ここまで食べることをないがしろには出来んな~、とも思う。

結局、私は、食べることがけっこう好き、ってことだ。外食で美味しいものを食べるのも、それはそれでいいけど、買い出しに行って、美味しそうな魚とか見つけたら、それまた食べたいし。そうそう手をかけたものは作ってないのでエラソーなことは言えませんがね。野菜は野菜で、たくさん貰うので消費しなきゃならんし。

あと、読みかけている本。

伊藤計劃「虐殺器官」。
佐藤亜紀氏の「戦争の法」文庫解説は、本当はこの伊藤氏に依頼していたのだけれど、亡くなってしまわれたので、他の人に依頼する時間はなく、ご亭主佐藤哲也氏が書かれたのだとか。それを読んで、どんな人か気になっていたのだが、今週、息子が寝る間際に「ノートがなくなった」と言い出し、9時過ぎでもう近くのショッピングセンターは開いてないし、学習用ノートを売っていそうで一番近い店が書店だったので、そこへ行った時、ちょうど文庫化されたのを見つけて買ってみた。まだほんのちょっとしか読んでないけれど、面白そうな感じ。

「笑う英会話」
妹が、今日、貸してくれた。色んな英語参考書とかにある、妙な例文を集めた本とのこと。まだ数ページしか読んでない。

佐藤優の、図書館で借りた本は、あんまりまだ進んでない。「功利主義者の読書術」は、興味のある書籍を取り上げたところだけ、パラパラと。「国家と神とマルクス」タイトルからは気づかなかったけど、短文集なんだね。気づいたら、私より先に夫が読んでいた。(うちの夫は私のように本を買わないし、買うのはビジネス書系が多いんだが、私の本を読んで面白がっていることはけっこうある。)「野蛮人のテーブルマナー」は、これまたパラパラと飛ばし読み、って所だな。

あと、カルト関係の新書が2冊と…。明日また、通院で病院で待たされる予定なのだが、さて、何を持っていくべきか。
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by mmemiya | 2010-02-19 23:29 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

教育方針いろいろ。

4月からは小6になる甥っ子が、塾に入ることになるらしい。
これまでは、通信教育教材とかいろいろ自宅でやってたんだけど、自分で教えているとイライラしちゃうから、とは義姉の弁。
しかし、入塾テストに受からないと入れないんだって!こんな田舎にそんな塾があるとはビックリ。
もうすぐ小3の甥っ子も、やはり通信教育などやってますが、我が家は学校の宿題以外、なーんもなし。ま、物理的に、やらせる時間ってモノがないし。
夏休みの間は、学童で「学習の時間」があって、その時間は、他の子の迷惑にならないように勉強をしないとダメで、でも、学校の宿題は量が少ないのであっという間に終わってしまう…ってことで、その期間だけは「なぞぺ~」とかのドリルを何冊か買って持たせたのだが、後は、本当に野放し状態に近い。

一年生最後の授業参観、そして学級懇談会があったのだが、他のお母さんのお話を伺うと、計算カードの宿題を一日20回以上やらせた、とか、全然出来ないので泣きながら何回もやった、とかいう体験談もあって、熱心な人がいるなぁ、と感心してしまった。
計算カードは、足し算、引き算それぞれに、2分以内で全問やり終える、というのが学年の目標になっていて、うちの子は、足し算はクリアしたが、引き算はまだ。今日、宿題でやったら、2分2秒だったので、明日、学校で検定(と呼ばれている)受けてみる、とか言っていたが。このところ、クラスでも2分をクリアする子が増えてきたので、前はおざなりに一回だけやるだけ状態だったのが、ちょいとやる気を起こしているようだ。まぁ、それに水を差すつもりもないので応援はしているが、なにしろ、母たる私、「そりゃ、ある程度のスピードでやれるようになるのは大事かもしれんが、速さなんて競ってどうするんだよ、曲芸仕込んでるみたいじゃない」と内心で思ってるもので、こっちの取り組ませ方には熱は入らないんである。正直、大人になりゃ電卓叩けばおしまいじゃん、算数で大事なのってそういうものかぁ?みたいな気分があるんだよね。

勉強、勉強、と熱心になってみたところで、どこの高校や大学へ進むか、よりも、その後、どういう大人になるか(どうやって一人前になって食べていくか)の方が大事だしな~。思えば、日本が貧しかった時代ならともかく、大学進学率が50%を超えたような時代になってなお、こんなに向学心に燃えた、っつーか、勉強させることに熱心な親が多いこと自体、けっこう、私には不思議だったりする。今なんて、「ここへ進学すれば就職は絶対大丈夫!」みたいな所はなさそうにも思えるのだけど、どうなんでしょ。

私の親は、私に勉強しろ、と言ったことはないが、二人揃って「大学へ行きたかったのに行けなかった」という気持ちを強く持っていて、「お前はちゃんと大学に行かせてやる」っつーのが、早くからひしひしと感じられはした。父は、5歳で父親をなくし、そんでも末っ子の父だけは、10歳年上の長兄が高校まで行かせてくれたのだが(あとの兄弟は中卒。あ、父は奨学金も貰っていた)、「大学へ行きたい」と言ったら、「お前は何をアホなこといっとるんだ」と言われてしまったらしい。
母は3人姉弟の長女で、親戚の話やらなにやらを総合して考えるに、どうも、3人の中で一番勉強はできたのだが、「女の子は大学なんて行かなくていい」と言われて高卒。末子の叔父は、きょうだい中ただ一人の大卒、しかも、大阪の私学へやってもらったのだが、母としたら「私の方が成績良かったのに」みたいな思いがあったのだろう。後に、母は通信制の大学に入学したのだが、結婚、私の出産があって、結局、卒業できていない。

そんな両親の時代には、大卒はマジョリティではなく、でも、だからこそ、恐らくは会社の中で、大卒と高卒ではかなり扱いが違う、ってのはあったのだろうと思う。
しかし、子の世代の私にとってみりゃ、学費出してくれた親には本当に申し訳ないのだが、「いやー、大学出たからって、それで何かが大きく違うってもんでもないんじゃないかなー」みたいなところがある。
(ちなみに私、この年になっても、勉強は大好きです。って、大人になったら、嫌いな勉強はあんまりしなくて済むからそんなこと言ってられるのかもしれんけどさ。でも、そういうわけで、大学まで行かせて貰ったこと自体は感謝しております。)

ぶっちゃけた話、私の出た高校と、夫の出た高校では、入学難易度に、けっこう開きがあった。大学の方は、正直よく分かんないけど(夫の専攻分野に関心がなかったので)、やっぱ難易度は違うと思う。しかし、結局、社会人になってみたら、状況は変わらないわけで。
あと、必死こいて勉強したところで、得意不得意って、持って生まれた差もあるよな~(逆に言うと、出来る奴は、そう必死に勉強しなくても出来る)という思いもあるし。それやこれやで、尻叩いて勉強させたって、それが人生の何かを大きく変えるもんでもあるまいよ、などと思ったりする。
しかし、世の中には、私のようには思わない人がたくさんいるのだなぁ、と、最近、感心することしきりの私なのである。勿論、世の中の人みんながおんなじように考えるなんて気持ち悪いので、違うこと自体がいい悪いってんじゃなく、私はそういう思考回路にならないので、へええ、すっごく違うなぁ、と思ってるだけなんだけど。
それとも、今よりずっと収入が良かったり、派手派手しい仕事に就いてたりしたら、私だって「あなたも勉強を頑張るのよ!!」みたいな親になったのかもしれん。所詮、中途半端な学歴だから、と言われりゃそれまでだが(たとえば、義姉は某国立修士課程卒、私よりずっと高学歴である)、しかし、毎年1万人以上いる(だよね?)東大の卒業生の全員が、そう「自分は人生における成功者だ!」と実感してるとも思えない。

…しかし、そんなことより何より、忘れ物、失くし物、その他もろもろをなんとかする方が先なんだけどね、うちの子の場合。授業中の姿勢とかさ。夜、寝るときになって「今日でノートを使い終わった」とか言い出すのも勘弁して欲しい。ああ、やれやれ。
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by mmemiya | 2010-02-18 22:08 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(5)

シフォンケーキに初挑戦

ずいぶん前に、何を血迷ったか、シフォンケーキの型を買ってしまったわたくし。
…買ってしまったのだが、ずーっと、使わないままでした。どれだけ寝かせていたかしらん。

で、アマゾンで評判の良かった「シフォンケーキ 21のバリエーション」という本が、図書館にあったので、先だって、借りまして。本日、バレンタインデーに、ココアマーブルのシフォンケーキ、チョコレートクリーム添え、みたいなものを焼いてみました。本には、本来、ハートのシフォン型で作るものとして載ってるんですが、ハート型をわざわざ買うのはさすがに勿体なくて。いや、時節柄、近所のショッピングセンター行ってみたら、ありましたけどね、ハート型。

・・・ちょーっと、メレンゲがきちんと混ざっていなかったのか、穴が開いちゃったところができましたが(苦笑)まぁ、お味の方はなかなか良かったので、いいんじゃないでしょうか。ベーキングパウダー無しですが、まぁちゃんと膨らみましたし。あ、ただ、相変わらず勝手に砂糖の量は(初挑戦でも)減らしてるは、未開封の牛乳開けるのが勿体なくて勝手に牛乳を豆乳にしちゃうはで、失敗しても、これはどこまでも自己責任ではございます。

21種類ものシフォンを焼くとはとても思えませんが、何ページかコピーして、今度はバナナとかやってみよう。
この間から色々借りた料理の本(豆腐料理の本など)も、気になったレシピのページだけコピーしました。けっこう何ページもコピーしましたが、そんでも、本を丸一冊買うことに比べりゃ、安い安い。

またバイターストップ話ですが、どうも、息子は(娘も)これを塗ってもらうのが嬉しいらしい。なんでだ。「今日はあれを塗る日~」とかいって喜んでる。爪噛みを止めろ、って、こんな苦いもの塗って!とか怒るかとも思ってたのに、正直、ものすごく意外でした。まぁ、娘は、こぼれたものを手で食べたりすると苦くなっちゃうのがイヤで、塗るのは止める、と自分で決めたんですが、塗ってもらう兄ちゃんを、羨ましそうに眺めている。まぁ、もっと大きくなったら、どんな色のマニキュアでも、ご自由に塗ってくださいな、なんですが。

そうそう、娘が、絵本に続いて今度は紙芝居を作りました。紙芝居好きでね~。今日も、図書館で紙芝居を4つも借りてきたところですよ。しかも、童話もあるけど「日本の歴史」ってああた…。えらいページ数多いんですが・・・読むの疲れそう。

娘の紙芝居ですが、ええと、絵本の時よりストーリーがまとまってませんな。それと、横書きにすると、左から右へ書くんですよ、娘。「コバタ」の看板みたい。そんで、タイトルと中味が、また、イマイチつながってない。ま、面白いですけど。

「はらっぱあそび」(※平仮名ばかりで読みにくいので、私が勝手に分かち書きにしました。句点は本人がつけてます。)
「1 てんきのいいひ ななかちゃん かながわへあそびにいきました。」
「2 にちようびのあさに あそんでいるななかちゃん」
「3 おかあさんがよんでいるよ。すてきだね。」
「4 そうだいいことかんがえたよ どんないいことだろうね きっとたのしいことだろうね。」
「きっとだいすきでいるよ。おわり」

…途中からの急展開が、よく分かりません。でも、それはそれで5歳児らしいオリジナリティがあっていいんじゃないでしょうか。
ちなみに、かながわというのは神奈川県だそうです。なんで神奈川県?なんですが、娘のまだ見ぬ<はとこ>が川崎にいるから、だと思われます。父方のいとこは全員、娘より年上で、母方には、私のただ一人の妹が独身のため、いとこがいない。で、私の従弟のところに去年生まれた、自分より小さい子に会ってみたいらしいです。従弟の母であるおばちゃんには、年に何回か会うんだけどね。まだはとこちゃんには、写真でしかお目にかかっておりませぬ。この間、某所のバザーで買い物したときも、木でできたおもちゃを、「はとこちゃんに」と選んでいたうちの二人。いつ本当にはとこちゃんに会えますかねぇ。
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by mmemiya | 2010-02-14 22:10 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

効果絶大「バイターストップ」&三銃士続き

本日、息子より早速報告。
「いっぺん、なんとなく爪噛もうとしちゃったんだけど、うわー苦!!って、すぐ口から出した。これは効くんじゃないかなー。止められるんじゃないかと思うよ。」とのこと。そーですか。止めた方がいいという意識が本人にあったのかどうか?ですが、それは結構なこと。

しかし、娘が「手で食べるおやつ(クッキーかなんか)だったから苦くなったよ。それに、自分では、指なめてないのに、寝てる間に舐めてたみたいで、朝からずっと口の中が苦くてイヤ」という。まぁ、娘は爪噛みはしてないので、しばらく使用は見合わせようかと思います。

とりあえず、私自身はどんな味か試してませんが、バイターストップ、効果絶大、のよう。入浴後に指を口に入れてもまだ苦い、とか言ってたしな。(商品には、2日に一回程度使用しろとか書いてあります。)


さて、三銃士、あらかた読み終えましたが、私が子どもの頃、大のお気に入りだった、敵の攻撃受けながら、ナフキンを旗にして朝食を摂る場面を読んでいて、おや?と思った。アトスが、宿の主人に「シャンパン酒」をつけるように言うんだけど、主人はアンジューのワインを持たせるんですな。で、飲み始めたアトスが気づいて怒る、というエピソードが出てくる。
現代なら、シャンパン酒といえばあのシャンパン、他方のアンジューといえば「ロゼ・ダンジュー」ってところですが、ルイ13世の時代ってことは、シャンパン、即ちシャンパーニュ地方で作られるワイン(のことも、フランス語ではシャンパーニュというんだが、その英語訳が「シャンパン」でしょう。)は、当然、まだ、発泡するワインじゃないんだな。
調べると、シャンパーニュ地方で泡の立つワインが造られ始めるのは17世紀。でも、それ以前からシャンパーニュのワインは高級なものとされていた・・・と、それは確か、戸塚真弓さんの本で読んだ。アンジューの評価は知らないが、だからアトスが怒るわけだな。でも、泡が立つワインと泡のないワインとでは、さすがに誰でも誤魔化されまいが、宿の主人はもしかしたらアンジュー出しても、「シャンパン酒」との違いは分からないかも、と踏んだわけだ。アンジューも、ロゼではなく、赤ワイン、と書いてある。泡の立たないシャンパン、どんなワインだったのかしら。
あと、読んでいくと、昔読んだ児童書の挿絵がまざまざと脳裏に甦って面白い。フェルトンに抱きかかえられて逃げ出すミレディーはあんな絵だったなぁ、とか、アトスと再会するミレディーは、そうそう、まさに帽子をかぶるところだったよね、などと。

全然毛色の違う本だが、書店をうろうろしていたら、新刊の文庫で「世界ニホン誤博覧会」なる本を見つけ、買って読むほどのものかなぁとは思いつつも、つい購入してしまった。その後、子どもの泳ぐ様子を見ながら水泳教室を待つ間に読んだら、人がいっぱいいるってのに、笑いが止まらなくて参った。ま、そう何度も読み返すタイプの本じゃないけどね。あと、コメントはけっこう蛇足っぽいところもある。要するに、世界中で見つけた珍妙な日本語をあれこれ集めてあるのだが(著者には「日本語でどづぞ」という本もあるらしい。「う」と「づ」って、点が一個多いかどうかだけだもんなぁ、言われてみれば。)ま、ニホンにも珍妙な英語が溢れてますから(Engrishって奴ね)お互い様、って感じで。地域によって傾向の違いがあって、ヨーロッパでは、間違った日本語とか、カタカナの「フ」とひらがなの「つ」をごっちゃにしてる、みたいなものはあまり見かけない代わりに、なんだこれ?なんでここにこんな日本語が?という奇妙なインテリアデザインと化した日本語が多いらしい。(今、実物の本を妹に貸しちゃったので、実例が余り思い出せん。)漢字だけのデザインなど、「これ、日本語じゃなくて中国語のつもりなんじゃないの?」と言いたくなる例もいくつか含まれてはいたが、確かに、私もそういう例は見たことがある。
10年前、フランクフルト・メッセ・アンビエンテ(「ダイニング、リビング、ギヴィングDining, Living und Givingの国際メッセです。毎年90ヶ国から約14万人の業界関係者が訪れます。正味19万平方メートル以上の広さの会場で、4,500の出展者が、住まいの装飾品、テーブル食器、贈答品、宝石、そのほか数々のインテリア関連製品を紹介します」と、ドイツ観光局のサイトには書かれている)の会場を歩いていたら、確か壁掛け時計で、筆文字のような活字で「湖のそばにも鉄道」って字が添えられたものがあった。その、全く意味を成さない言葉の余りのインパクトに、言葉だけは今でも覚えてるが、実は、商品自体がホントに壁掛け時計だったのかは、もはや記憶は定かではないが。
湖のそばにも鉄道。一体、それは何??
きっと、日本を訪れた外国人にも、同じような衝撃って、いっぱいあるんだろうな。
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by mmemiya | 2010-02-12 22:43 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)