La Lune Lunatique

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ちょい食べすぎ at リトルワールド

日曜日、子ども達と「リトルワールド」に行ってきた。

実は、同じ犬山市にある「明治村」に行くつもりだったのだが、なんだか、相当手前から、渋滞がものすごいことになっていて、「これはとても無理!」と、急遽、行き先を変更したのだ。明治村で蒸気機関車に乗るつもりだった息子は、「帰ったほうがマシ」だの、ものすごく不貞腐れていたが、実際に、リトルワールドに着いたら、元気に駆け出して行きました。なんのこっちゃ。

ここは、子連れで来るのは3回目、かな?昔、私は、友達の結婚式、なんてのでも来たことがある。もう20年近く前じゃないか。全然知らない通りすがりの人にも祝福されて、へえ、こんな結婚式も悪くないなぁ、なんて思ったものでしたが…。

そういえば、前回は、世界の冷たいデザートフェアだったかなんだったかの時に来たんだけど、その時、食べられなかったものを、またいつか食べられると思っていた(フェアというものを理解していない)娘、しばらく前に、「もうそれは、あそこへ行ってもないよ」と聞かされて号泣してました。その後、一応、自分なりに納得はしたみたいだけど。

今回は「世界の屋台料理」をやっておりました。前に公式サイトで見た時に、フランス編として「ガレット」が出てるのを見つけて、私は断然、この中ならガレットだな、と思っていたのですが、今回、入口にある写真を見たら、子ども達も、二人とも、ガレットがいい、という。
それでは、一番奥まで頑張って歩くよ!(一周約2.5キロの楕円形のルートに沿って、世界の家々が並ぶのだが、ヨーロッパエリアは入口から一番遠い)というわけで?歩き出す前に、ブラジルの「チーズパステル」で腹ごしらえ。あれ、これ、前に来たときも食べたな。平たい大きな春巻きみたいなので、中にチーズが入ってます。けっこうボリュームあるのですが、一人一個食べたい、という。まぁいいけど…。
で、新しくなった(というか、新しい建物が加わった)アイヌの家とか、インディアンのテントとか、ペルーの大農園領主の家とか、あれこれ覗いて回りながら、途中、ハワイのコナコーヒーも飲んで(200円という値段にひかれた…。子ども達にはグァバジュース)けっこう時間がかかって、ドイツ・バイエルン州の村、そして隣のフランス アルザス地方の家に到着。ガレットはここで食べられました。
久々に食べたガレットは美味しかったです。ちょいとチーズの塩気が強かったけど。本場ブルターニュへ行けば、ガレットの中味も色々ですが、今回のは、チーズとハムと卵、いわゆる「コンプレ」(完全)ですな。ホント言うと、シードルが欲しかった。この塩辛さと、シードルのほの甘さがあうんだなぁ、と、今さらながらに発見(?)。まぁ、アルザスでブルターニュ名物を食べるので、文句は言えませんが。グラスワインならありました。アルザスなんで、アルザス名物、タルトフランベ(ピザみたいなもの)も常時置いてあります。あれも美味しそうではありました。
バイエルン州の広場では、ラクレットも売ってて(これは「世界の屋台料理」としてではなく)、いやー、それもちょっとは興味あったんだけど・・・。あ、ラクレット、というのは、じゃがいもとかに溶かしたチーズをかけたもので、フランスの山岳地方やスイスの名物です。
この広場にはトルコ料理の店も出ていて、子どもらにせがまれて、トルコの伸びるアイスを買う。一つだけね。

で、サーカスを見たかったので、ここで来た道を引き返すことに。(先へ進んでも、また入口に戻るのだけど、つい、色々な家を覗いたりして歩いていくと、サーカスの時間に間に合いそうにない、ということで、引き返しました。)途中、娘は、バリ島の「ワルンバリ」にあったマンゴーも欲しがったが、さすがにちょっと食べすぎでしょ、と止める。
野外ホールに陣取って、サーカス鑑賞。ここのサーカスが評判いいのは知ってましたが、見るのは初めて。色々なアクロバットとか、手品みたいなのとか、かなり楽しめました。これを見ながら、山形の力こんにゃく、ロシアのピロシキ、そして、これはどこの国の、というわけではないが、カレーパンを更に食べた…。

入場料がちょっと高いんで、何かの割引時でないとなかなか来られないのですが、来るとつい、色々なものを食べ過ぎて?しまうリトルワールド。いや、本当は、沖縄でサーターアンタギー買いたかった…!台湾の刀削麺も食べたかったし、韓国料理の色々は、まだ食べたことないけど、あれも美味しそうだよね。前に食べたインド料理もけっこう美味しかったし。また、けっこう歩くもので、つい、ちょっと買っては食べ、してしまうのだな。(娘は、途中で転んで足がいたい、とかいって、時折、我々を追い抜いていくバスに乗りたい、と繰り返したが、バス代は高いのだ。)おお、ネット情報によると、ドイツのソーセージの評判もいいなぁ。

民族衣装を借りて記念撮影をするのも人気があるようです。特に、バリ島では、ものすごい大勢の人が衣装を着ていました。露出度高いのでちょいと寒そうだったけどね…。あとは、ドイツの民族衣装の人が多かったかな、今回まわったエリアでは。

貸衣装も、料理一品一品も、数百円とかでいいもので、ついつい、ちょっとずつお金を使ってしまい、最後に計算してみたら、うわあ、ってなことになる恐ろしい(?)施設ですが、また、何か、美味しそうなフェアと楽しそうなサーカスの時には行きたいなぁ。
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by mmemiya | 2010-03-29 21:02 | 日々雑感 | Trackback | Comments(4)

私という病/セックス放浪記

このところ、中村うさぎの本を続けて何冊か読んでいる。
きっかけは、佐藤優の「私のマルクス」について、佐藤と中村が対談しているのをWeb上で読んだからで、中村うさぎといえば、これまでに「ショッピングの女王」を読んだぐらいで、あんまりちゃんと、彼女の書いたものを読んだことはなかった。ホストに大金をつぎ込んだとか、次々整形した、とか、断片的な状況は知っていたが。
ただ、ブランド物のものすごい買い物とか、ホストとか、整形とか、やってることはなんか破天荒なのだけれど、にもかかわらず、中村うさぎという人は、非常に「真っ当」な人である、という印象は持っていた。

で、書店へ行ったら、ちょうど、「セックス放浪記」が文庫化されたばかりで、それを買い、それを読んだら、そもそもこの本は、デリヘル体験記であるところの「私という病」の続編だ、ってんで、「私という病」も買った。

すごーく単純に言ってしまうと、これらは、ホストに、義理で無理をしながらセックス「してもらって」いたことに傷ついた著者が、「誰か、私のことを女として欲情して欲しい」と思って風俗(デリヘル)で三日間だけ働いてみて、そんでもって、客がついたしちょっと自信も取り戻せたわ、と、今度は自分の好みであるところの「若いイケメン」とセックスするべく、彼らを金で買ってみるのだが、しかし・・・・というお話。で、各エピソードごとに、中村が、自分の気持ちを、こうだろうか、ああだろうか、と掘り下げながら記している・・・というもの。
その掘り下げ方が、うーん、この人って、やってることは突拍子もないけど、とにかくある意味、真面目なんだなぁ、と、感心させられてしまう感じ。

世の中に女性向け風俗ってのがあるのを知らなかったわけじゃないが、そっかー、男性同性愛者と女が同一線上で客になるのかー、とか、(だって男を買うのは、言われてみりゃそういう人たち)、男性同性愛者が主な客であっても、働いてる方はノンケ(同性愛者じゃない)だっていうのとかは、へええー、というところである。

中村も指摘するとおり、女性向け風俗ってのはそもそも少ないが、それは、女の性に対するスタンスがどうこう、って問題じゃなく、女は「買う」という行為では主体になれても、性行為それ自体では主体権を握れない(という表現で書いてあるわけじゃないです)のが最大の難関なんだろう。
つまりだ、男性向け風俗の場合、客である男性さえその気であれば、性行為は簡単に成立する。ソープに70過ぎの男性が…なんて話も読んだことあるぐらい。ところが、女性向け風俗では、いかに客の女性がその気であっても、買われる立場の筈の男がその気にならなきゃ、セックスにならないのよ。実際、金払ったのに相手がたたなかった、とか、中折れした、とかいう話がゴロゴロ出てくる。70過ぎの女性が仮に女性向け風俗にいったって、まず、間違いなく、相手にしてもらえない。女が性的欲求を満たすには、どうあっても、男から「女」として認めてもらわなきゃならないのだ。これは、確かに、年齢を重ねるにつれ、しんどくなる話ではある。


で、中村の不幸には(と断言してしまうが)2つの原因が求められる。その1、彼女の夫が同性愛者であること。つまり、家庭内ではどうあっても性的満足が得られないわけだ。その2、彼女が年下のイケメンにしか食指が動かないこと。いくら男は若い女が好きだ、と言ったって、40代後半でもけっこう美人の中村を、同世代の男性が全く相手にしないわけでもなかろう。ところが、彼女、それじゃ満たされないのだ。うーん、なんと言っていいやら・・・。

私自身は、30代半ばぐらいから、自分の中にある恋愛欲(っていうのか?)とか性欲がめんどくさく感じられてきて、早いトコそういうもんは枯れないかな~、などと思っていたのだが(つーか、もう枯れてる?)、それでも、彼女の「女」としての焦燥感は理解できなくもない。ただ、私は彼女ほど自己評価が低くないようで、ほどほどの人生でそこそこ満たされているようだ。全ての原因は、自分の自己評価の低さにある、ということは、中村自身、自覚している。だからこそ、始終、誰かに認められたいのだと。そしてまた、彼女の中に、「女」として評価されたい、という思いしかないわけではなく、「女らしさ」そのものを否定する感情も並存していること、それも、充分、自覚されている。その辺自体は、自分にも身に覚えがあるので、よく伝わってくる。私の場合は、「女らしさ」へのこだわりってのは、あんまり長いこと続きませんでしたが。この辺も自己評価が絡んでいるのかどうなのか。

しかし、私をちょっとだけ戦慄させたのは、中村うさぎも、私ぐらいの年齢の頃は、レンアイだのセックスだのなんてもういい、と思っていた、という告白だ。となると、私だって、このまま静かに枯れていくわけじゃなく、50目前で狂い咲き(失礼)ってのも、ひとごとじゃないかも知れん、ってこと?うわあ。
そういや、私にとって、レンアイはどうか分かりませんが、性欲は極めて正直にホルモンと連動しますが、閉経期ってホルモンバランス乱れるんだよねぇ。そうか、そういうこと・・・なのか??
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by mmemiya | 2010-03-25 23:34 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

私のマルクスby佐藤優

大量に引用されている各種文献の小難しい文章を流し読みしつつ、あー、もう寝なきゃー、と思いつつ、つい読了。

いや、読み終わって、何が一番印象的だったかって、マルクスだのキリストだのじゃなく、とにかく、高校生やら大学生の政治活動、いわゆる学生運動が、ものすごく盛んなことだ。盛んすぎる、っつーか。党派が違う学生同士、相手の骨を折ったりと派手な衝突をするし、救急車を呼ぶと警察に通報される、って、大怪我しても救急車を呼ばないとか、なんというか、もう、えーっと、著者って私と10歳しか違わないよね?これって同じ日本の、わずか10年前の出来事なの?みたいな。特に、高校生がこんなに政治的、ってのは、うーむ、10年の時代の差なのか、都会と田舎の地域差なのか。(私に言わせりゃ埼玉は充分、都会だと思う。)
どーでもいいけど、私の母校は、佐藤氏の母校と同じく、旧制一中の流れを汲んでいる。うちは当然、男子校じゃなかったけどね(学年の半分近くは男子クラスだったが)。新聞部とかは、ちょびっと政治がかってたかも?とか思うし、そういや、クラスメートに、民青に入ってる子もいたが(単に親が共産党員だったんだと思うが)、いやぁ、自分の高校時代の10年前に、我が母校がこんなだったとはとても思えん。このあたりは名うての管理教育地域でもあるので、生徒もおとなしかった、ってのが大きいのか。

大学もねぇ…自治会・・・自分が入学した頃の自治会長は、かろうじてなんとなく覚えてるけど…。
私が大学生の頃、天安門事件があった。中国語をやってる友達に誘われ、大阪市内で開かれた、大学生による天安門事件への抗議集会ってのに行ったところ、死語、というか、歴史上の用語だと思っていた「全共闘」なる単語を見てびっくりした。奈良女子大学全共闘の声明文とかね。それ見て、「我々は、中国の学生と連帯し…」なんてビラに、「こっちから連絡の取りようもないのに、どーやって連帯するんだよ」と、ものすごい白々しさを感じたことは覚えている。インターネットとか、当然、ない時代ですからね。わずか10年前にこんなグチャグチャを、しかも大阪の隣の京都の大学でやっていたとは…というのが、この本を読んでの最大の驚きであった。
あ、あと、なんか、みんな、「革命」を信じているのですよ。学生だけじゃなく、教員にもそんな感じの人がいたりして。革命を信じる、というか、日本に革命が必要だ、と思ってる。
これはなぁ・・・私の大学時代は、もろに冷戦終結時期とかぶってるからなぁ…。ソ連とかの状況は本当の共産主義だか社会主義だかとは違う!といくら叫んでみても、なにしろ、説得力に欠けていたことは疑いない。
そうそう、旧東側では、海外に留学させずに語学が上達するカリキュラムを組んでいた、という記述には目が留まった。そっか、留学させたら、亡命しちゃいかねないもんな。以前、ハンガリーに何回か行ったとき、簡単な打ち合わせ等は英語でやってたんだけど、ハンガリー側の方の英語が、ものすごく聞き取りやすいきれいな(と、英語が母国語でない人間が言うのも変だが)英語で、どこで英語勉強されたんですか、と何気なく聞いて、英語圏の国なんて行ったことない、と言われて吃驚したけど、よくよく相手の年齢とか考えたら、当然だったんだよね、思えば。無知というのは恐ろしいものだ。

他には、なにやら、小難しい本を読んで、よく勉強してらっしゃること、というのも、ま、印象には残りましたがね。自分の大学時代も、ある面では、勉強自体はそれなりにやったんだけど…なにしろ、語学というのは、分からないところを置いておいて先に進めば、まぁますます分からなくなるものなので、我が母校、留年がすごく多い。1年次から2年次に上がるときに、約1割留年し、2年次から3年次で1.5割留年、最後に卒業時点でまた1割卒業できない、というのが大まかな流れで、計算すると、4年で卒業できる人は7割程度、ってことになってしまう。で、まぁ、大学生でも予習復習欠かせないのだが、語学自体の基礎をやってる間は、ゼミとかそういう形式じゃないので、どっちかっていうと高校の延長みたいな雰囲気なんだよなぁ。あんまりちゃんとした論文とか、読まなかったよなぁ、とは思う。(私だけか?)

しかしそれにしてもだ、政治運動にせよ、キリスト教の流派にしても、ほぼ同じようなものを信じている筈なのに、ささいな方針の違いで、なんでそんなに大きな争いになるのだろう。セクト争いってのは、ホント、部外者から見ると訳がわかんないよねぇ…。全共闘がどうした、とかいう本を全然読んだことのない私にとっては、自分達の考え方だけが真実、なんて考えるのは、ロクなもんじゃなさそうだ、ってのが、この本から得られる最大の教訓なのかもしれない。

あ、ゆうべ、本を読み聞かせずに寝かせたら、娘の夜泣きはありませんでした。本日も、今のところ、なし。
やはり、寝る間際の本は刺激が強すぎるのか。特にグリム童話とか読んでたせい?
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by mmemiya | 2010-03-24 22:58 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

娘、夜驚症?

どれくらい前からだったか思い出せないのだけれど、娘が、夜中、毎晩のように大声で泣くようになった。

寝入ってから1~2時間ぐらいで、ものすごい大声の泣き声が聞こえてくる。そのまま、また一人で寝入ってしまうときもあるし、泣きながら階段を下りてくることもある。ただ、泣いて降りてきても、何を言うでもなく、そこで泣き続けるか、うとうとし始めるか、で、「寝よう」と声をかけると、一人でまた、階段を上っていってベッドに潜り込んでいる。

上の子も、ちょうどこれぐらいの頃だっけ、毎晩とは言わないが、「怖い夢を見た~」と泣いては起きる、ってことがあったなぁ、と思い、なんかきっと、脳の成長の一環なんだろう(昼間の記憶を頭の中で整頓したりしてるのでは?)と思っていたが、ちょっとネット検索してみると、恐らく「夜驚症」ってものなんでしょうね。

幼児期から学童期にかけて、という時期はぴったり。夢遊病のようにうろうろと歩くとかって言うのは…まぁ、起きては来るなぁ。
朝はけろっとしてます。昨日泣いてたの覚えてる?と聞くと、覚えてる、と言うけど、気にしてる様子はない。
ストレスが原因…とも書かれてますが、この「ストレス」って、かなり幅広い意味の(語本来の意味での)「ストレス」だろうし。

一応、夫に、客観的に見て愛情不足だと思うか聞いてみたが、「K(上の子)より、よほど甘やかされている」との回答。まぁねぇ、だっことか、スキンシップは毎日、たっぷりしてますなぁ。(上の子は私の性格に似てるところが、私が今ひとつ甘やかしきれない原因、というのは自覚があるのですが、ちょっと上は可哀想なのかも。小学校2年を目前にして、自分で(人前でも)「抱っこ!」とねだりまくるので、上も同じように抱っこはしてますけど。)
後は、ストレス…うーむ、クラス替えが近い、というのは、ちょっと本人にとってストレスになっているのかも、ってところですが、そう大きな原因かどうか、確信は持てず。

とりあえず、寝る前の本の読み聞かせを、ちょっと止めてみようか(刺激を減らすために)と思うのですが、どうかなぁ…。
脳の機能が成長すれば自然におさまる、ということですが、確かに、脳だけでなく、情緒機能も、ちょっとまだ不安定な感じはするし、成長を待つしかないんでしょうねぇ。まぁ、まだこっちが寝ていない時刻なんで、たたき起こされるわけじゃないし、いいんですけど…。
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by mmemiya | 2010-03-23 20:34 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(2)

愛しのアウグスティン

以前に、「子どもに語るアンデルセンのお話」という本を買った。
もともと、同じこぐま社の「子どもに語るグリム童話」を何冊か持っていて、このシリーズの文章が好きなので買った本だったのだけれど、息子が、誕生日に本を買ってくれ、グリムがいい(全6冊のうち、4冊購入済み)と言い出したので調べていたら、アンデルセンも「2」が出ていた。娘はアンデルセンがいいというので、ちょっと娘の誕生日には早いが、娘にもついでに購入。

どうも、このところ、アンデルセンづいている。普段行く図書館と別の図書館にしばらく行っていたら、娘が、そこにある「話・アンデルセン 絵・いわさきちひろ」という紙芝居を次々借りた。娘は(同じアンデルセンとは意識していなかっただろうが)「マッチ売りの少女」も借りた。で、紙芝居に「おかあさんの話」というのがあった。この紙芝居では、死神に連れて行かれた坊やが生き返ってハッピーエンド、だったのが、実は原作のエンディングは違う、と、そこに書いてあったので、ちらっとそれをしゃべったら、娘が、「本当の<お母さんの話>が知りたい」と言い出した。
今までに聞いたことのないタイトルだし、果たして見つかるかしら…と思いながら、先週、図書館でアンデルセンの本を片っ端からめくっていったら、ありましたよ、ありました。
もともとの話は「・・・神の御心のままに」ということで終わっている。ううむ、やはりキリスト教圏の話なのだなぁ、などと思う。ついでに、この本に入っていた他の話もせがまれていくつか読んだ。(けっこう長いのが多くて、平日はなかなか読めないんだが…。)中に、うちの「子どもに語る…」にも入っていた「豚飼い王子」もあった。歌の歌詞や言い回しの訳し方が違うのもまた面白い。ところで、この中に出てくる「愛しのアウグスティン」が、検索したら実在の歌で驚いた。そしてメロディを聞いてみてもっと驚いた。なんだ、この曲、知ってるぞ。っていうか、知ってる人、いっぱいいると思う。

新しく買った「子どもに語るアンデルセンのお話 2」だが、人魚姫の完訳版?が入っている。相当長いし、子どもには難しそうで、あとがきにもあるとおり、ちょっと今のうちの子に読み聞かせられる話じゃない感じだが、人魚姫って、こんな終わり方だったんだー!とびっくりした。なんか、海の泡になった、と思ってましたよ、私。
でも、光になって天に上っていく、というのもあったような?とも思ってはいたが。
なんつーか、「魂」のない人魚が、これから「魂」を得られるかもしれない…という、これまたなんというか、非常に宗教的なエンディングなのですね、これって。キリスト教のバックボーンがなければ理解は難しいような。それで子ども向けの話じゃ海の泡とかで終わるんでしょうか。ディズニーの「リトルマーメイド」は論外としてもさ。

子どもの頃読んだ、翻訳モノの本の端々で、なんか、キリスト教という、違う世界のものがあるんだなぁ、と、漠然と感じてはいたように思いますが(筆頭はモンゴメリの「幼い天使」だな。教会のシーンとか色々出てきたし。)やはり、あの頃、このエンディングの人魚姫を示されても、なんかよく分からない終わり方だな…と思っていたと思うし、今だって理屈はともかく、実際のところ、よく分かるわけではないです。

異文化といえば、息子が今日、アキレス腱がどうのこうの、と言い出したので、「アキレウスが生まれた時、不死身になるようにとお母さんが川に入れたんだけどかかとを持ってたから踵だけ急所になって・・・」と話してやったのだが、ううむ、アキレウスが誰に倒されたのだったかとか、まるで思い出せぬ。「それは弱点だと分かってて踵を狙ったのか偶然だったのか」と聞かれたが、えっと…。
あと、ミノタウロスがどうこう言うので、テセウスという人が迷宮に入って、アリアドネというお姫様が助けてくれてミノタウロスを退治して…と話したが、そもそもなんでテセウスがクレタに行ったのかも忘れたし、確か、テセウスはその後、別の島にアリアドネを置いて行っちゃうんだが、その理由も思い出せぬ…。子どもらに、ギリシャ神話の本を読んで思い出しておいてくれ、とリクエストされてしまいましたが、そもそも、ギリシャ神話ってあんまり子ども向けでもないような…。かつて、文庫で20冊ぐらいはギリシャ神話関連の本を持っていたと思うのだけど、実家のどこに眠ってるかなぁ。
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by mmemiya | 2010-03-18 23:32 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

娘のお手紙

字を読むようになったのは、息子の方が早かった。息子は、年少になるまでに、平仮名は全部、読めるようになっていた。それに比べりゃ、娘は「し」一文字だけ読めるようになってから1年近く「し」だけしか読めず、その状態で年少さんの途中まで過ぎたので、あんまり文字とかに興味はなさそうだな、と、私は勝手に思っていたのだ。

ところが、自分で買ってくれとせがんだ「キティといっしょにあいうえお」だったかいう、要は文字の上を押すとキティが「あ」とか読み上げたり、「とり」とキティが言ったら「と」「り」と押すとピンポンピンポン♪と音が出るような本を使いながら、突然、すごい勢いで文字を覚えた娘、年中の途中ぐらいからは、もう、お手紙だの絵本だの、書くこと大好き、って感じになった。息子の方は、小学校に上がるまで、自分の名前以外、ろくに書いたことがないことを思うと、これまた、エライ違いである。
「女の子は年中さんぐらいからお手紙ごっことかするよ~」と人に言われても、うちの娘はやらないんじゃないか、と、勝手に思っていたのだが、いやはや。

この間は、担任の先生に「××せんせいへ せんせいわやさしいね ××せんせいとけっこんしたいけどおんなどうしだからむりだね」とかいう手紙を書いて(笑)返事をもらっていた。(ちなみに、担任は、多分、私より年上。この手紙は手元にないので原文ママではない。)

先週、いつものようにピアノ後に水泳に行って帰る途中、ピアノの先生が乗っているのと同じ車種、同じ色の車とすれ違った。ちょっと目立つ色なんである。方角的には、教室のある場所から先生の自宅のほうへ、であったから、レッスンが終わって帰宅するところだとしてもおかしくない。それで、娘は、帰宅すると「白い紙ちょうだい」と言って、そして手紙を書き上げた。

「ぴあののせんせいへ5じじゆっぷんまえに××のそばをとおりませんでしたか くるまのなんばあは○○○○ですこれはぴあののせんせいのくるまですか▲▲より。」最後に、ハートマーク二つ。いつの間にやら鏡文字は影を潜め、入学当初の息子なんかよりよっぽど読みやすい文字を書く。女の子、恐るべし。いやー、こんな早くに書き始めるとは思ってなかったので、もう、気がついたらバリバリに左手で書いてますよ。とはいえ、半年ちょっと前から習字を始めて、一緒に鉛筆の指導も少ししてもらってるので、右でも全く書けないわけじゃあないようですが…。

この手紙を書きながら「通るって、<とうる>?<とおる>?どっち?」と聞いてきたので、おっ、と、ちょっと感心。本を読みきかせる時、一緒に文字を眺めることで、なんとなく、表記法についても覚えていってるのかもしれない。「せんせいえ」じゃなくへ「せんせいへ」って書くしな~、なんて思ってたら、その後書いた、その「結婚したい」担任の先生へのお手紙に「せんせいわ」とあったので、買いかぶりすぎだったかも。

それにしても、私って、自分の幼少時の記憶がほとんどないので…私もこういうこと、やってたんかいなぁ。
ずっと私は自分の呼び方を「お母さん」で通してきたのに、この娘は、いつの間にか頑固に「ママ」に変えてしまうし(しばらく「ママって誰」とやっていたのだが、こっちが先に面倒になった)、他所のお母さんのハイヒールを見て「Cちゃんも大きくなったら絶対こういうの履く!」といきまいてるのを見ると、いやー、私とはえらいタイプが違うなー、誰に似たんだー、と、変に感心してしまう私。
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by mmemiya | 2010-03-12 23:36 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

方言だったのか!

日本各地に同じテレビの電波が届き、方言がどんどん失われつつある、と言われて久しい。
まぁ、私だって、親世代、あるいは祖父母世代の言ってることはおおむね分かるけど、その言葉は自分では使わないよなぁ、ってのは、多々ある。

昔、あれは国語の教科書だったっけ、首都あたりで使われる言葉が徐々に地方に広まっていき、やがて、首都では、それが別の新しい言葉に置き換えられるが、首都から遠く離れた地方には、古い言葉が残る…ってな話を読んだのは。
そういえば、橋本治が「源氏供養」の中だったかで、古語の「いぎたなし」って言葉をどう訳すか、という話を瀬戸内寂聴にしたら、「いぎたない、って今でも使いませんか?」と返されて驚いた、という話を書いてたなぁ。古語辞典に載ってて現代語辞典にない言葉が、地方では現役だったりすることは、けっこうあることのようで。
だから、方言って、地理的にけっこう離れたところで、同じ言葉が残ってたりする。あれもけっこう面白い。

言葉が変化していくのは必然ではあり、ただ、変化のスピードが変わっている、というだけなのかもしれない。
同じテレビ放送を全国で見てたって、やがて日本から方言というものが全く消えるか、と言われれば、言葉が生き物である以上は、地域差もまた、当然に生まれてくるものなんじゃないかな、とも思う。
たとえ、遠い未来に地球上全ての人が英語を話すようになったとしたって(それ自体ありえない、と思いたいが)その英語は、地域によってずいぶん違う英語になるだろう。それを全く同じ人工的な言語に統一するってのは、きっと無理。
日本語にしたって、昔からの方言が消えている、と言われる一方で、新たに生まれる方言、ってのもあるしね。
ラーフル、ってのは鹿児島で使うんだっけ、前に、当地方でも、商品の箱に「ラーフル」と書いてはあるのを見たけど、ここらでそういう呼び方は聞かないなぁ。
私達が、小学校とかで各種発表や壁新聞に使った、薄っぺらくて大きな、くるくる丸めてある白い紙を「B紙」と呼ぶのも、近代になって生まれた方言だろうし。(B全判の大きさだからそう呼ぶらしいけど、ビーシはビーシであって、なんでビーシなんだ、などと考えもしないってのが普通だと思う。)

一方、古語、というわけじゃないんだろうが、当地域には、なんか時代劇みたいな、と言われるような言い回しがいくつかあって、例えば「ご無礼」なんてのは、私の年代だとそう使うわけじゃないが、けっこうな日常語ではある。
うちの上司なんか、たまに、勤務時間が終わってすぐ帰る、ってな時は「悪いけどわしゃ今日はこれでご無礼するで」と、いつも言うような気がする。「失礼する」と「ご無礼する」は、しかし、似てるけど、全部置き換え可能じゃないような気もするなぁ・・・。

と、方言について、それなりに関心があったつもりの私だが、実は今日、40年近く生きてきて、「え?これって方言だったの!」と知った言葉が二つあった。いやあ、やっぱ、方言ってのは生活に深く根づいてますねぇ。疑問に思ったことすらなかったよ。
一つは「さらえる」という言葉。「どぶ浚い」といった「さらう、さらえる」って言葉は辞書に載ってるけど、ネット辞書では「川・井戸などの底にたまった泥などを取り除く」という、限定した意味になっていた。辞書によっては「すっかり取り除く」という意味で、「鍋を浚う」なんて例文も出てましたが、私達にとって、「さらえる」というのは、まず第一に、<料理がちょっとだけ残っている皿をきれいにする>という言葉です。
「あー、これ、あとこんだけしか残ってないで、もうさらえちゃって!」とか。うちの娘は、食事の終わり頃、毎日のように私にご飯茶碗と箸を渡して「さらえて」と言うが、これは「ご飯茶碗にバラバラになってるご飯粒を一箇所にかき集めてくれ」と言ってるのです。これは、なんか、微妙に間違った「さらえて」のような気もするんだけど…。

もう一つ、知らなかったのは、「おちょんぼ」である。髪の毛をとめるゴム(飾りつき)のことなんですが。
名詞としてだけじゃなく、「おちょんぼして」とか、動詞にもなるんですが、私の語感では、髪の根元をゴムでぐるぐるやるのが「おちょんぼする」であって、みつあみを編んで最後に髪ゴムでとめるのはおちょんぼじゃない気がする。でも、これはイマイチ自信ない。こんな言葉、なかなかちゃんと語義を説明してる本もなかろうし。
というわけで、「おちょんぼする」を使用される方、どんなのがあなたにとっての「おちょんぼする」か教えてください。
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by mmemiya | 2010-03-10 22:50 | 日々雑感 | Trackback | Comments(5)

特記事項のない日々。

とりたてて忙しいわけでもなく、いつもと変わらない毎日なのだけれど、それはやっぱり、幸福なことと言うべきか。
誰かが病気してパソコン触る暇もない、とかいう訳じゃないからねぇ。

週末が雨で、松の手入れが進んでない、やっぱもう少し早くからやらないと、とか、やはり、三色ババロアを作るには、時間は3時間以上みておかなきゃダメだ、とか、断片的な覚え書。
(2月にお雛様を祝うのは…と子どもらが言うので、3月最初の日曜にしてみたんだけど、この日はピアノのコンサートを聴きに行っていて帰宅が夕方で、それからババロア作ってたら、「固まったか?」と次の色の液を流し込んだら混ざっちゃったよ…!みたいな出来栄えになってしまったんである。)

本日は、娘の保育所の「お別れ遠足」の筈だったが、天気予報どおり、雨。まぁ、室内でお弁当食べてお菓子もらうだけでも、それなりに楽しかったようですが。
ここしばらく、朝、登園時にちょっとグズグズ言ってたのですが、さすがに今朝はあっさりとお別れしました。

今の保育所は、年少から年長までは各2クラスあるので、もうすぐ、クラス替え。息子の方も2年に上がる時にはクラス替えなんで、「友達できるかな」とか、ちょこっと、二人とも、ナーバスになっている感じもあります。
1年前に、一人も知ってる子がいない状態で入学・入所した時よりいいじゃん、と、親は思うのですが、それはそれ、これはこれ、というか、そう簡単に割り切れるものでもないらしい。

図書館で佐藤優の本をいくつか借りたのだが、私よりも夫が先に読んでいる。別にいいけど。
もんのすごい著作の数なんで、これだけ濫作?してては、中味の薄い本もあるだろう、と、とりあえず図書館の本で読むことにしたのだが、読んでて特に面白かったのは、今のところ、「国家の罠」と「甦る怪物 私のマルクス ロシア篇」かな。政治的な出来事の真偽は素人には不明なれど、神学の話がすんごい面白い。(「国家の罠」では、検察官とのやりとりも面白いんだけど。)いやー、新約聖書がギリシャ語で書かれてるなんて、わたしゃ全然知りませんでした。「父と子と聖霊」ってのも、なんのこっちゃ、だったのだけれど、おぼろげに分かった…ような気もする。
「自壊する帝国」を早く読みたい。そろそろ借りられると思うのだけれど。

それにしても、今度の週末は、ちょっとは天気がいいといいんだけどなぁ。やらなきゃならないことが山積みだ…。
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by mmemiya | 2010-03-09 22:55 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

色々と調べ物をする。

相変わらず、娘に一日2冊ぐらいは、本を読めとせがまれる。
息子の方は、気づいてみれば、あれ、いつからだっけ?という感じで、いつの頃からか、「読んで」と本を持ってくることがなくなった。娘は、だいぶ、自力ですらすら読めるようになっては来たものの、まだ<内言化してない>っつーんですか、黙読は出来ません。年齢を考えれば当たり前だけど。
もっとも、息子にしても、「本を読んでもらう」のは嫌いではないようで、今でも、布団に早めに入った日などは、二人ともに一つずつ、何か読めと言われて読んでやるのですが。

あと、図書館に行くとまっさきに紙芝居コーナーに行くのも娘の特徴で、息子はこれほど紙芝居好きではなかった。娘がこの間から、いわさきちひろ画の紙芝居シリーズを色々借りてきていて、なかには、いわさきちひろのデビュー作?みたいな解説がついているものもあった。全然、いわゆる「ちひろの絵」じゃないんですよ。
その紙芝居、ついでに言うと、話の方も私は知らないアンデルセンの話だったが、結末が変えてある、と書いてある。「おかあさんの話」という題で、死神に奪われた息子を探しに、母が苦労して死神のところへ行って・・・という話。紙芝居では、最後、息子が生き返るのだが、結末が変えてある、ってことは、当然、本来は息子が死んでしまう話ってことだよなぁ…。アンデルセンって、けっこう、子どもが亡くなる話が多いのかな。マッチ売りの少女とか、うちにある「子どもに語るアンデルセンのお話」にある「天使」とか。「死んで天国へ行って幸せになりました」みたいな。時代も200年前だし、宗教観の違いもあるのだろうか、やはり。
紙芝居と一緒に、そういえば娘は(偶然ですが)アンデルセン童話集みたいなのも借りてきていた。これを読んでやりながら、え?と内心わたしが思ったのは、マッチ売りの少女が、壁でマッチを擦るところ。そんで火がつくんだ?と調べてみて、夫に、「ねえ、マッチ売りの少女って、壁でマッチを擦って火がつくんだね~」と話しかけたら「黄燐マッチだからだろ」とあっさり返答された。ううむ。私はそんなの、全然知りませんでした。そういや、危険物取扱者の資格取ったとき、「黄リンは水中保存」ってのは覚え(て、忘れ)たのだが。

さて、先日、娘はなぜか、2種類の「かぐや姫」を借りてきた。そんで、それを読んでやっていたら、息子が「その<みやこ>って京都でしょ」と口を挟んでくる。「いや、京都じゃなくて奈良かも・・・」とあまり深く考えずに答えたら、どっちだ、と問い詰められたので、さっきからちょっとネット検索。ううむ。成立時の「都」は京都かもしれんが、実在の人物が登場して、物語中の時代は天武・持統天皇の頃という設定か、ということは・・・飛鳥浄御原は…奈良だなぁ。正直、どっちでもいいやんけ、とは思うが。しかし、この絵本、天竺を「インド」と書いておいて、他方で「もろこしの国」ってのが出てくるのは、なんか変よねぇ。
ちなみに、どっちの絵本もかぐや姫が月に帰るところで終わる(それが普通)のだが、前にも書いたが、我が家では、最後、なぜ富士山が富士山という名前になったのか、まで付け足せ、と言われるので(保育所にそういう絵本があったそうな)そこまでテキトーに足してやらないといけないのだった。

もひとつ、最近、子ども達がピアノで「ホフマンの舟歌」というのをやった(娘は進行形)のだが、作曲者オッフェンバック、って書いてあるし、これってオペラの・・・?と調べたら、やはり、「ホフマン物語」の有名な曲だったのですねぇ。わたしゃ、オランピアのアリアしか知らないわ。そんなことをちらっと口走ったら、ホフマン物語がどんな話か教えろ、と言われたのだが、いやー、Wikipediaで見ても、こんな錯綜した筋、どう説明すれば…。などと思いながら、つい、Youtubeでナタリー・デッセイとスミ・ヨーのオランピアなど見比べて遊んでいる私。全く同じ衣装で、ってことは、ダブル・キャストで、パリ・オペラ座での2001年の公演らしい。そういや、2000年か1999年に、私がパリで魔笛を見たときも、夜の女王はこの二人のダブル・キャストだった。

それにしても…ネットの調べ物は、つい、すぐ脇道にそれちゃうのでいかんのだが、ネットがなかったら、子どもの「それ何?」「なんで?」「それってどういう風に出来てるの?」などという矢継ぎ早の質問にどう答えられたか、と思うと、本当に、ネット検索は(なんでもすぐ信頼するわけにはいかないが)ありがたい。
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by mmemiya | 2010-03-01 22:43 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)