La Lune Lunatique

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宿題、宿題・・・

一応、二人とも、残るは「なつのたからもの」(研究か作品作りのことをこう呼んでいる)だけなのだけれど、っつーか、まぁ、それ以外の宿題なんて、そんなには出てないんだけどさ、「なつのとも」がどこかへいってしまった、とかいう息子。おいおい、どーすんだよ。

今年は仕事の関係でなかなか休みが取れず、来週の、夫両親&夫兄一家と行くバスツアーのみ、と思っていたが、土壇場で安い宿(1泊目は朝食だけ付きで4人で15,750円の「ファミリーロッジ」という奴。初めて泊まります。2泊目は、1泊2食付で4人で19,600円。大人ひとりにつき子ども一人無料というキャンペーンを見つけたので。)を確保し、最後の土日月と、家族旅行に行くことにした。

…となると、もう、宿題を仕上げてもらわないと困るわけです、はい。

幸い、この土日は気温もぐんと下がったので、一生懸命、最後の仕上げに入っています。息子の工作(歩くロボット)も、どうなることかと思ったけど一応、なんとか終わりが見えてきた。娘の絵本作りは、下書きは終わって、今、徐々に絵に色を塗っているところ。

始まる前は、今年はホント、碌なことをしてやれない夏休みだと思っていましたが、屋外プールにも一度は行ったし、例年通りポケモン映画にも行ったし、川遊びも(ぶよは散々だったが)したし、旅行も2回行って、親も頑張ってます、ええ。(一度、近場の遊園地のプールに行きたい、と言われたが、入園料だけで8,000円ぐらいしちゃうからなぁ。前に何回か連れてったのは、あれは入園券をもらったからなんだよーと説明して却下。)恐竜展行けなかったのは、私としては若干心残り。
そうそう、地元のささやかな夏祭りも、近所のショッピングセンターの夏祭りも例年通り行ったし、花火大会だって見に行ったぞ。

さてしかし、実質上、我が家にとっては今日が夏休み最後の日曜となったわけですが、宿題はどこまで終わるでしょうか…。そして、息子の「なつのとも」は出てくるのか??
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by mmemiya | 2011-08-21 14:38 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

「いつだって大変な時代」 堀井憲一郎

前に読んだ「若者殺しの時代」といい、この本といい、なんというか、びっくりするぐらい、共感できるんだなー。

前にも書いたとおり、文春の「ホリイのずんずん調査」、けっこう楽しく読んでたけど、なんというか、ものの捉え方、という面で、こんなに共感できる人だとは思ってなかったので、びっくりというのが正直なところ。あの調査って意外に深いものだったんだ(失礼)みたいな。

今は大変な時代だ、というのは、自己愛の現れだ、と著者は言う。「自分が特別だ」とおもいたいから、「特別な自分が生きているいま」はとくべつであってもらわないと困るのだ、と。

現代人の自己愛ってことについては、私も、不幸なことだよなー、と長いこと思ってるんだけど(それは、テレビとかが普及したお陰で、平凡な人間が一躍脚光を浴びるかもしれない、というような幻想を持たされてしまったが故の不幸、というか)自己愛嵩じて「百年の一度の不況」とか「観測史上かつてない暑さ」とかが騒がれる、とは考えてなかったので、ほー、という感じ。

引用したいところはいくつもあるのだが、例えばこんな箇所。
(戦争反対といいたいのなら、被害者の体験を聞くんじゃなくて、戦争を積極的に支持していた市民の声を聞かないといけない、というくだりの続き)「本来は、すごく多く存在したであろう戦争に協力した人、気分的に戦争に加担していた「大人たち」の発言を反省もさせずに拾っておくべきだった。丹念に拾っておけば、当時の世論形成の基幹が見えただろう。」(第1章 歴史は繰り返し美しく歪められる)

「無縁社会がまずい、ということになると、実際に無縁社会を考えよう、縁を結ぼうという勉強会が開かれたりする。(中略)でもね、落ち着いて考えてくれたまえ。ほんとに落ち着いてくれ。有縁社会というのは、たとえば結婚相手は自分で選べない、ということである。(中略)有縁社会とは、そういう社会のことだ。個人の自由の幅がない。縁が大事だから、つまりは小さいソサエティの存続がとても大事だから、人は社会存続のための道具でしかなくなる。私たちは、そういう社会がいやだったんではないのか。(中略)死は選べないというところと、有縁社会はものすごく窮屈で鬱陶しいというポイントを忘れて無縁死だけを嘆いていてもしかたがない。」(第6章 無縁社会はみんなの努力の結果である)

「どうも『政府の言ってることは信用できないし、東電の発表も隠蔽ばかりだし、マスコミはパニックを起こさせないために情報を隠してる』と考えるのが、ふつうのスタンスになっている時期があって、だからこそ『どこかに正しい情報があるに違いない』という気持ちになって、それを何とか知りたいという心持ちになって多くの人がすごく焦ってたようだけれど、世の中そんなに特権的にはできていない。(中略)どこかで誰かがすべて(すべてではないけれどそれに近い全体像)を把握していて、でも、それを一般公開するのは危険だから、握ったままなのだ、という世界認識が基本に置かれている。情報に対して超越的特権的にすべてを閲覧できる存在を仮定していて、そういうものを仮定してしまうと、こんどは自分にも一部でいいからその情報を教えてもらえないだろうか、何とかして知りたいという心持ちになってしまって、つまり自分も特権的視点の一部に連なりたいという、かなり苦しい願望を持つことになる。」
「そもそもいまの政府は、私たちの反映である。(中略)特に、東京電力を見ていると、他人事には見えない。想定していない災厄に襲われ、処理能力をこえた状況に立ちいたったうえに、その責任を問われて、しどろもどろに答えるというのは、私には自分にしか見えない。だからって東電の今回のお粗末な対応や処置が許されるというものではなく、しかたないと言うつもりはさらさらないのだが、でも、私があそこにいたら的確なスーパーマン的な処理ができたかって、できるわけがない、とおもいいたって、いつも傍観してしまう。それはまあ、かわりに多くの人が東電を非難してくれているから言わなくて済んでるということではあるが、しかし、彼らさえうまくやってれば、もう少しましなことになったんだろうと、そう考えることがなかなかできないのだ。あのポジションに誰がいようと、おそらく事態はだいたい同じような推移を経たであろう、としか考えられない。それを糾弾する気にはなれない。」(第7章 政府も東電も「他者」ではない)

ホリイさんは、最後の引用の、「糾弾する気にはなれない」のを、たぶん自分の個人的な資質によるものだと述べておられますが、私も同じような考え方をする人間なんで、だから共感するんだな、きっと。あんたは被災地から遠いところにいるから他人事なんだろ、と言われりゃそれまでなんですが、我と我が身に置き換えりゃ、映画だの小説だのに出てくるような超人的なヒーローなんて、いないよなぁ、と思ってしまうので。

プロ野球を観戦してて、チャンスに凡退した打者に溜息をつくのは、普通、「私ならもっと上手くやれるのに」と思うからじゃあない。政府や東電の対応に苛立つのは、どっちかというとそういう心情に近いのかも。「あんたたちはプロなんだろ(私と違って上手くやれよ)」ってことか。野球との違いは、野球選手は練習してるが、この場合はあんまり練習できてない、ってことか、そうなると。
「プロなんだからありとあらゆる場面を想定して練習しておくのは当然」と思えるなら苛立ち続けることもできるだろうが、「私だって、自分の仕事について、どんなことだって想定してるのか、と言われりゃしてないわな」と思ってしまう私などは、口を噤んでしまう、ということか。

読んでから時間が浅いこともあって、うまく言葉にできずに引用だらけにしちゃいましたが、色んな部分で、色んなことを考えさせられる本でした。どーでもいいけど、私は何年前に読んだ本でもふと読み返したい気分になれば読み返すのですが、夫には信じられないらしい。(今、この家に溜まっている本たちを処分しろ、と言われているのだが…私にとって、二度と読み返さないであろう本、ってのはそう滅多にはないんですよ。本は情報として読むわけじゃないからなー。)きっとこの本も、またそのうち、読み返すことでしょう。

なお、あとがきによれば、この本は「若者殺しの続編というわけではない」そうで、「それはそれでまた書かなければ、とおもっている」そうです。期待しておこうっと。
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by mmemiya | 2011-08-16 21:45 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

一応、涼しかったんだけど…

暦の上では秋になってから、かえって暑くなりましたねぇ…。

盆休みのない我が家にとっては、普通の土日だったのですが、どこへ行っても混雑するだろうし、さりとて家にいても暑いばかりだし、と、土曜は(さすがに習い事も休みだった)すぐ近所の川へ。

川幅100メートルぐらい?あるもんですから、そんな、子どもの遊べる場所じゃない、と思ってたのですが、端の方の浅瀬では、それなりに遊べてました。小さい魚を追いかけたり、とんぼ捕まえたり。お昼を川べりで食べて、大人は本を読みつつ、子どもを見てたという感じ。風も吹いているし、けっこうさわやかでした。

…なんですけど、娘が、ぶよに刺されまくりまして。息子はどうも、ほとんどの時間、水の中で腹ばいになってたので、難を逃れたらしい。

いったんは腫れがひいていったのでほっとしていたのですが、翌日からまた腫れてきて。元々、虫刺されって、即時の反応と、遅れての反応と、2種類反応が出るんですってね。まだ痒がっていて可哀想です。いくつかはちょっと掻き壊しちゃったし。時期が悪いし(医者休み)これ以上ひどくならないといいんだけど…。とりあえず、今日、薬局で薬剤師さんに相談して、ちょっと強力な虫刺されの薬を買ってまいりましたが…。

日曜は、昼近くからしばらく、ショッピングモールの中をうろうろ。子どもらはおもちゃ売り場をあれこれ見てまわり、これがクリスマスに欲しいだのなんだの言うておりました。別に何か買ってやるわけじゃないけど、あれだけ飽きもせずおもちゃ売り場にいられるのってすごいわ。さすがに混雑してましたが、まぁなんとか、フードコートにも座れました。まぁ、ショッピングモールなんてどこも似たり寄ったりですが、ここには、うちにもっと近いモールにはないZARAが入ってるので覗いてみたり。10年前にパリでときどき行ったZARAは、もーちょっとスーツとかが多かった気がするけど、ここはかなりカジュアルよりでちょっと残念。仕事着と言えば、イオンの婦人服売り場か、タカキューのやってるm.f.editorialぐらいしか、買える店を見つけられていない私…。

ここ1週間ぐらいは、さすがに夜寝るときはエアコン入れなきゃやってられないって感じでしたが、いざつけてみると、なんか、エアコン壊れかかってるかも(苦笑)。試運転した時は気づかなかったんだけど、冷房のききが悪いです。ま、今夜はエアコン無しで眠れそうだし、いーんだけどさ。来夏は買い替えかなぁ…。

そういえば、未だにデジタル放送受信用のアンテナを買っていないので、地上波停波以来、テレビが見られなくなった我が家です。チューナー内蔵のDVDデッキがあるので、アンテナさえあれば、一応、テレビは見られるようになるはずなのですが(これまではビル陰で共同アンテナだったので、アンテナが立ってない家なのです。)元々見てないので困らないし、とーぶん買う予定もなし。今のところ、子どもからも特に苦情は出てません。ま、ずーっとだと、さすがに文句でますかね、そのうち。
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by mmemiya | 2011-08-15 20:38 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

世の中に絶えて鏡のなかりせば

私は、どっちかというと、身なりだのなんだのに、あまり構わない人間である。

思春期の頃は、どういうわけだか、自分みたいな不美人がおしゃれに気を使うなんてのは恥ずかしい、と思い込む妙なコンプレックスを抱えていたし、大学生になって、やっと一通りの化粧をするようになったのもつかの間、社会人になって数年で、顔が真っ赤に腫れあがるほどの化粧かぶれを起こし、そうなると今度は面倒くさがりなもんで、これ幸いと化粧をしない人間になってしまった。化粧はともかく、せめて日焼け対策はしておくべきだった、と、シミだらけになってしまった今頃、後悔している訳だが。

さすがに近年は、仕事があんまり内向きではなくなってきたことと、年齢による劣化が激しいために、なんにもしない、というわけにもいかんだろう、という感じになってきたが、40過ぎて化粧に気合入れてもねえ…などと、相変わらずの面倒くさがりぶりも発揮したりしている。
で、最近は、日焼け止め兼化粧下地を塗って、シミの目立つ頬にだけコンシーラー使って、あとはプレストパウダーはたいたら、眉書いて口紅塗って終わり、だったのだが(これでも昔よりだいぶ!手をかけてます…。)こういうことをしてると、当たり前ですが、厭でも鏡を見ることにはなりますわね。そんでもって、シミと同じように気になるのが、鼻の頭を中心とする場所の毛穴!まさに「いちご鼻」状態です。パウダーが、毛穴の凹の中にだけ残って、すんごいみっともなくなる!こんな季節で、しかも外まわりが続いてたので崩れがちで、そうすると尚更悲惨な鼻の頭。

世の中に 絶えて鏡のなかりせば 女の心はのどけからまし  …という心境でございます。

この毛穴がなくなる、なんつーことは、そう簡単ではなさそうなので、結局、いかにごまかすか、ってことですわな。あれこれクチコミとかあさって、今日からちょっと、新しいカバー商品を使ってみることにしました。評判どおり、なかなか悪くないです。要はシリコンとかで穴を埋めてるんだとは思いますが、粉が入り込まないから、悲惨な状況は起きない。後は、私の肌との相性が悪くないことを祈るだけ…。
後は、シミを隠しつつ、厚塗り感が出ないようにするにはどーしたらいいか、というのも悩みどころですねぇ。はああ。

先週の日曜、ポケモン映画(今年は、ほぼ同じストーリーの2つのバージョンがある、という、ふざけた状況である。片方しか連れて行けません、と、早くから言い聞かせましたが…。)に行った後、映画館の傍のスーパー銭湯に行った。お風呂好きの子ども達は大喜び。しかし、あーゆーところで、裸で全身鏡を見る、ってのも、これまたきついもんがありますなぁ。下半身が、悲しいほどオバサン体型。分かってたけどさ。「ルノワールの描く女性のような」と言えばまだ聞こえはいいか?(笑)。
エアロバイクは、ときどきさぼりつつも、一日30分ぐらいこいでおり、後は、ときどき思い出したようにドローインなんかもやるけど、目標はとりあえず、61のスカートが食後もきつくない状態(笑)にすること、ではありますが、なんか、そんだけの問題じゃないよなー、っつーか。

その昔、「お腹は胸より出てはいけない」という、ワコールの、大変インパクトのあるコピーがありましたが、当時は、「お腹が胸より出るなんて、妊婦でもなきゃありえないでしょ!?」と思っていたけれど、今となっては、あれは別に突拍子もないコピーって訳ではなかったのだと分かる(泣)。私は胸の方を寄せて上げて、相対的に誤魔化しているような状況だが、胸は胸で垂れてくるわけだしな、洒落にならなくなってきてるわ、実際。

加齢とともに、体型は崩れるし、肌だって老化する。そんなこと、分かっちゃいるけど、そんでもって、基本的には年齢に抗ったってしょーがない、と思ってはいるんだけど(美魔女とか煽られたって40代は40代だって。)年相応に小奇麗に、ってのも、色々気になって、そう簡単なことではございません。

見えなきゃ気にならないたちなんで、ホント、世の中に、鏡なんてもんがなきゃねぇ…と思う今日この頃でございます。そんなことより、子ども達の夏の宿題の進行管理をもうちょっときちんとやらないと…なんだけど、ね。
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by mmemiya | 2011-08-05 23:00 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)