La Lune Lunatique

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土地の匂い

匂いって、自分ではなかなか、自分の匂いとか、自分の家の匂いとか、分からないものですよね。
たまに、泊まりに行った時に実家の母が子どもの服を洗濯してくれたりすると、娘は「おばあちゃんちの匂いがする」と言います。洗剤なんて、どこのメーカーも大差ないような気がするのですが(というか、うちなんかその都度安いのを買ってるので、銘柄なんて決めてない)、確かに、なぜか、うちとは違う匂いがするものです。

方言のことを「土地の匂いがすることば」などということがありますが、これまた、使っている本人は、あまり深くは意識していなかったりもします。そして、前にも書いたように、方言というのはどちらかというと、恥ずかしいもの、隠すべきもの、あるいは標準語より一段下のもの、と、長いあいだ見られてきました。おかげで、「正しい方言」を伝達する、という行為は、なかなか難しいものとなっています。方言そのものが矯正されるべきもの、という扱いであった以上、方言として正しい形にしろ、という指導?は、入り込む余地があまりありません。それはただ、匂いのように、うっすらと伝わっていくものでしかないというか。

しばらく前に、サッカーJ2リーグのFC岐阜のポスターで「オレンターノ岐阜」ってのを見たとき、うまい!と思いましたが(いっそ、チーム名それにしてもいいかもよ。後援会の名前らしいけど。)これは、「俺んた岐阜県民はみんな、サッカークラブを持っている。」と続きます。しかし、よく考えると、
俺→俺んた(しばしば、俺んたぁ、と伸びる。以下同じ。)
子ども→子どもんた
などという言葉も(左が単数形で、右が複数形)、私含めて、もう、そんなに使われることはないような。

「あなたたち」は、正当な?岐阜弁では「おまはんた」でしょうが、これはますます、相当上の世代の言葉だと感じるし。(なお、単数形は「おまはん」です。)ま、「あんたんた」というのも、聞いたこともないではないような・・・。と言い出すと、「あの人→あの人んた」もある気がするけれど、こっちはやはり、本来は「あのジン→あのジンた」なのかなぁ。
私が多少、この土地の匂いに敏感なのは、前にも書いたように、この土地のことばをしゃべらない父を持っていたせいです。(前の記事を書いたときは、そういえば父はまだ存命でしたね。)でも、逆に言えば、正当な?この土地のことばを身につけていないうらみがあるわけですが。    
土地の匂いがどこまで広がるものなのか、というのも、興味深く、かつ、答えの出ない問いだと思います。尾張と美濃の言葉は確かに似ています。しかしながら、たとえば、同じ学校文化にまつわる方言であっても、「B紙」「がばり」「机をつる」はどっちも使うでしょうが(標準語では「模造紙」「画鋲」「机を運ぶ」)名古屋の学校言葉として名高い?「放課」(授業と授業の間の休み時間のこと)を、岐阜で聞くことはないと思います。逆に、「チャンペラ」(標準語ではあんちょこって言うの?)は岐阜でしか通用しないらしい。                                                      
って、簡単に「岐阜」と書いたけど、そもそも、飛騨まで事情が同じなのか確かめたことはないし、「名古屋」と書いたことが尾張一帯だけの話なのか、三河まで広がる話なのかも知りません。三河弁と尾張弁は、そりゃ別の地方から見れば似てるでしょうが、三河といえばじゃんだらりんだしなぁ・・・というと三河の人に怒られるか。  
東海三県、という括りがありますが、三重はもう、アクセントがかなーり関西よりでして、まただいぶ感じが違う。ああでも、関東アクセントと関西アクセントの境は岐阜の垂井あたりにあると聞いたことがあるので、じゃあ、美濃と一括りにしても、西美濃(西濃)はまた違うってことか。でもそれなら、奥美濃の方まで行くと、また言葉が違う気がするし・・・。
まぁ、「関西弁」と括っても、京都と奈良と大阪と神戸じゃ違うよとか、神戸弁と播州弁が違うよとか、大阪って北摂の言葉と堺の言葉が一緒のはずないやん、みたいな話と全く同じことで、ぼんやりと同じような匂い、でも比べてみればそれぞれ違う、そのつかみどころのなさ(そして変化の速さ)が、方言を、生ものたる<コトバ>の先鋭?たらしめているのかもしれません。 

ところで最近、私は仕事で、アポイントをあれこれ取ってまして、相手方のご都合をお尋ねする際、私はどうしても「よろしいですか」が使えないのですね。「嬉しいです」が使えないのと同じ理由で。で、仕方なく「よろしゅうございますか」を使うのですが、これがどうにもしゃちほこばったというか、現代では今ひとつ浮いてしまう言葉遣いだという自覚もあることはあるのです。
で、さきほどネット検索をしていましたら「よろしいでしょうか」にすればよい、という解決策を見つけました。「だろう」「でしょう」は形容詞に附けることができる、と。
ここで思い出すのは「よろしかったでしょうか」という、若者言葉とかバイト言葉とか言われるアレなのですが、この言葉もまた、当初は地域限定で始まったという説があるそうです。北海道や東北の一部地域では、現在の事象を標準語で言うところの「過去形」で表すことがあり(丁寧な感じを出したい時に使うとか。)それと関連しているのかもしれないのだとか。
そういえば、山形で一時生活していた友達が、山形では、たとえば宅配便のお兄さんが「○○急便でした!」と入ってくるのでびっくりした、と言ってたなぁ。

言葉の変化、それも、たったひとりが使っているのではなく、それなりに一定数の人々が使うようになった変化というのは、やはりどこかにそれなりの源というのがあるのでしょうね。文法的ななんらかの不具合を避けようとしているとか、説明はそれなりにつくけれども、使い始めた人はきっとそんなことは無意識にやっていることで。
人類が今使っている<コトバ>というもののそもそもの始まりとはどんな感じだったのだろう、なんてこと、壮大すぎて、ちっとも分かりませんが、移り変わる言葉とはきっと、そんな集団の無意識の塊なのかもしれません。 

追記:こんなどうでもいいブログ記事を書くのにも、多少はネット検索などをしたりしているのですが(岐阜と愛知の方言は「ギア方言」と括られることがあるとか。飛騨と美濃に大きな違いはないようだとか。)ちょっと!この年になるまで、「しゃびしゃび」が方言だとは知らんかったがね!ほんなら標準語ではなんていうの、しゃびしゃびを!(アクセント付きでお届けできないのが残念です。是非、「なんていう」までは平板に、最後の「の」だけ上げてお読みください。)                                              
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by mmemiya | 2013-04-24 21:09 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

ら・ら・ら

・・・って歌が昔ありましたが、その話ではなく。

「お腹がいっぱいで、もう食べることができない」を、ごく単純に言い表すとき、標準日本語では「もう食べられない」って言いますよね、多分。
昨今は「もう食べれない」っていう人もいるのでしょう。ネット上を「ら抜き」で検索すると、嫌悪感を示す人、どんどんやれという人(「ら」が入っていると、尊敬なのか可能なのか受身なのか、意味が多義的で分かりづらい、という意見らしい)、色々な人がいます。

以前、こんな文章を書いたぐらい、「ご利用できます」が嫌いな私。「とんでもございません」は、自分では使いませんが、そこまで気にはならない。「先日は、思わぬところでお目にかかれて嬉しゅうございました」などとメールを書きつつ、うーん、<嬉しう>が正しいのか?などと思ったりもするが、「嬉しかったです」は少なくとも使用は避ける。
とはいえ、どうせ、<100%正しいことば>なんてフィクションでしかないし、まぁ所詮、趣味みたいなものですわね、こんなもの。意味が通じなければさすがに問題だけれど、通じるのならば、あとは、好みの問題、というか。

・・・とは言いつつ、子どもの言葉遣いは、気になると色々言ってしまいますが、いわゆる「ら抜き」については、当地には実は、これが方言なら間違っていない、という、別の事情が存在します。

冒頭の、<お腹がいっぱいで、もう食べることができない>。なんていうのが正しいんだろう。「もう食べれん」なのか、「よう食べん」なのか。うーん、どっちを使われても違和感はない気もするが・・・。それとも、「まー食べれーへん」が正解なのか、いやいや、「まー食べれーせん」の方が由緒正しいのか。
(※方言らしさを出すために否定形にしていますが、肯定形なら「まんだ食べれるやろ」と、「食べれる」になるわけです、当然。)

「食べられん」という活用がないのは確かだと思うのだけれど、実は、方言というのは、標準語以上に難しい。
一昔前、いやふた昔前までは、方言というのは恥ずかしいものであり、まともな研究など、ほとんど存在しなかった。一方で、ラジオ、テレビ、新聞、インターネットから入ってくる標準語の洪水におされ、方言は、標準語以上に変化が激しい。一世代変わるだけで、標準語に同化こそしていないものの、方言の形は大きく変わってしまう。単語として使われなくなったもの、新たに使われるようになったもの(自転車を「ケッタ」とか「ケッタマシーン」と呼ぶのは明らかに新方言のはず。そして、最近の若者はもはや使わないようですが。)があるのはもちろん、文法の変化もけっこう激しいものがあります。標準語に引きづられている面も、お笑い番組などから入ってくる関西弁(エセ関西弁みたいなものも含む)に引きづられている面もあるのではないかと勝手に思っているのですが。
で、「もう食べることができない」だけで、少なくとも4パターンを思いついたわけですが、おお、いや、違うぞ。
「まー食べれやへん」、「まー食べれやせん」というパターンもあるではないの。語尾の「へん」と「せん」の違いは地域によるのか(私の母は岐阜の生まれ育ちですが義母は名古屋の生まれ育ちで、両者の言葉はかなり似ていますが、当然、地域差はあると思う)世代によるのか。ああ、分からない。

※夫の意見を聞いてみたら「せん」はもう死語に近いのでは、とのこと。夫の感覚では「せん」の方が古い世代の言葉だそうです。言われてみれば、やっぱりそうかなぁ。少なくとも私は使わないしなぁ・・・。

ともあれ、方言もまた、奥が深すぎます。そして、これに関しては、子どもも、なんとはなしに覚えていくものであって、私も「<食べれーへん>でしょ!<食べれん>じゃないでしょ!」などという指導は、とてもできそうにありません・・・。まぁ、言葉の移り変わりの激しさの縮図が、方言であるとも言えましょうか。

追記:この言葉は、例えば「まーお腹ぽんぽんだで、食べれんでかんわ」などと枝葉をつけますと、より、当地らしさが出てまいります。でも、正しくはこれも、「当地の一定以上の年代の人らしさ」かな。
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by mmemiya | 2013-04-21 21:56 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

久々にコンサート

久しぶりに、歌のコンサートに出かけました。

子供がピアノを始めてから、未就学児でも入れるピアノコンサートを探して出かけてみたり、講師コンサートというイベントに出かけてみたり、ごくたまーにしていたのですが、最近は土日がスポ少で潰れることもあり、もともとの出不精にかなり拍車がかかっておりました。

たまたま、チラシを見て、野球に付き合わされてばかりの娘とたまには出かけるか、と出かけた、オペラアリアのコンサート。

私がオペラ音楽を多少聞くようになったのは、大学生になってからで、その頃ハマってた作家の小説が、オペラを題材にしていたから、というのがきっかけでした。
最初はアリア集のCDから入って、で、そこに収録されていたエディタ・グルベローヴァの夜の女王のアリアにすっかり魅了されてしまい、人間ってこんなにすごい声が出るんだ!と感動して、色々と聞くようになりました。
と言ったって、オペラなんてこんな田舎じゃそうそうやってるわけでもないし、チケットは高いし、ちゃんと劇場に足を運んでオペラを見たといえば、ほとんどがパリでのことになりますが。全曲のCDとかDVDとかをいっぱい持っているわけでもないし、そう、大してオペラファンなどと言えるほどではありません。

でも、今回の演目、たとえば「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さま」があったんだけど、これの入ってたCDなんてもう長いこと聞いてないのに、歌が流れだしたら、ちゃんとメロディ全部覚えていたわ。まぁ、プッチーニですからね、覚えやすい、ってのはある。(ただ、歌い出しも聞かずに思い出そうとすると、複数の歌が頭の中でごっちゃになるのもプッチーニ、って気がしますが。)
とりあえず、娘には、Youtubeで、「ホフマン物語」の「森の小鳥はあこがれを歌う」を何回か見せておいたので、その曲はわかってるだけに楽しんでた模様。
これ、人造人形、って設定の女性が、人形になりきって(でも、オペラの主人公である青年には、人間だと思わせなきゃいけないんだけど)歌うんですが、だから、ぎこちない動きをするのと、途中で止まるんですよ。1回目にとまったとき(共演者が、大きなネジをもってきて、背中で回してました。)娘が「もう一回止まるよね」とささやき、あれ、そうだっけ、と思っていたらもう一回止まりました。娘の記憶の方が正しかった(笑)。

あとは「誰も寝てはならぬ」「女心の歌」「ああ、そはかの人か~花から花へ」とか、有名どころの歌がほとんどで、私が聞いたことなかったのは、マスネの「ウェルテル」より「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」と、グノーの「ロミオとジュリエット」より「さぁ、あなたをお許しいたしましたわ」。どっちもフランス語のオペラのアリアでしたが、ロミオとジュリエットの方は「Il faut partir」とか言ってる気がしたけど、正直、歌詞は全然聞き取れませんでした。マスネって、「マノン」はなにか聞いたことがあったかも(プッチーニの「マノン・レスコー」の方が有名だけどね。)グノーは「ファウスト」しか思い浮かばないなぁ。

まー、ともかく、歌詞はイタリア語かフランス語かドイツ語だし、ストーリーも、私がざざっと話して聞かせたって簡単には分かんないだろうし(第一、オペラのあらすじって子どもに説明しづらいなぁ・・・と今更思い知った。高級娼婦とは何かなんて、よー説明せん・・・)よく娘は辛抱したと思いますが、今度はオペラが見たいと申しました。できれば、途中で踊りがあるようなオペラですと。うーん・・・それは古典的な大作ですかねぇ。バレエに行く方がいいんじゃないの?とも言ったけど、歌は歌で聞きたいらしい。

6月の名古屋国際は、まだチケットはあるかもしれないけど、自分の仕事のスケジュール上もちと厳しそう。秋の名古屋クラシックか。と思ったら、ちょうど、今年の演目が発表されてて(もう第31回なんですねぇ。名古屋クラシックなんて私はそれこそ10年以上ぶりだわ。)プラハ国立劇場の「魔笛」があるなぁ。あれは子ども受けは悪くなさそうな気がするけど、どうだろう。「夜の女王が出るやつ」と言っただけで娘は見る気になったようですが。(でも、踊りの場面なんてそんなにないなぁと言ったらがっかりしていた。)

オペラの楽しみは、子どもにゃ早すぎるような気もいたしますが、一人で出かけるのもさみしいので、こうして娘を洗脳してくってのもありかも。映画に連れて行ったりするより、よほど高くついてしまうのが難ですが・・・。
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by mmemiya | 2013-04-17 21:41 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

覚悟宣言

新年度そうそう、息子が、学校でトラブルを起こしました。

幸い、仕事はそんなにつまっていなかったので、早退して、息子と、担任の先生と、生徒指導の先生と、学年主任の先生と、通級の先生の話し合いの場に同席し、その後、ご迷惑をかけた先生方にお詫びして帰ってきました。

うちの息子の最近の大きな問題は、主に、感情コントロールにあると思うのですが、本人も、落ち着いているときは理屈ではわかっていても、かっとなると頭が真っ白になってしまう、と言います。まぁ、そうなんだろうとは思うけれど、そこを自分でコントロールできるようになるのはいつの日か…。

原因となるのは、友達間のたわいもないトラブル、と、大人には思えるようなものです。ただ、多分うちの息子の反応が面白いせいでしょうが、よく絡んでくる子が何人かいて、ほかの子に同じようなことを言われても我慢できるのに、そういう子に言われるとつい・・・というのもあるようで。

つい・・・といっても、うちの子は、相手に手を上げるとか、そういうことじゃなく、自分が、その場所から逃亡しちゃうんですね。で、昼休みが終わっても教室に戻ってこないとかいうことになり、先生方が探し回る羽目になり・・・。しばらくすると、本人も頭は冷えるらしいんですが、今度はバツが悪くて出て行きにくくなるらしく、ますます隠れたりするもので始末が悪い・・・。
一応、クールダウンの場所を、先生方と約束したのですが、さて、実際にそれを、かっとなった場面で思い出せるのかどうか。
夫は、自分は悪くないと思ってるのになんでそこから自分が逃げ出すのか、訳がわからん、と言ってましたが、まぁ、かっとなった・・・というと、普通、暴れるとかそっちを思い浮かべますわな。

行動面の問題というのは、まぁ、ただでさえ、しつけが悪いからとか、甘やかしたから、と言われがちなものです。実際、私自身、私の子育てのどこが悪かったんだろう、こうだろうか、ああだろうか、と思わずにはいられません。
そんでもって、問題を起こさないときは、まぁ、多少接していても、ごく普通のありふれた男の子に見えるのでは、と思います。別に、問題をしょっちゅう起こしている訳でもありません。去年も、一年間で数回は、お友達とこんな喧嘩になった、というような連絡を担任の先生からいただいてますが、毎日が問題児、というほどではありません。
接する時間の長い私は、保育園の年少辺りからずーっと、この子を、なにか引っかかる、引っかかる、うーん、でも、診断名がおりるほどじゃないかなぁ・・・と思いながら育ててきましたが、たとえば、この子にいわゆる三つ組が揃っている、と感じたりしたことは一度もありません。(※「三つ組」というのは、「社会性の障害」「コミュニケーション能力の障害」「想像力の障害」とかいわれるもので、この三つが全て当てはまると、「自閉症」と診断されます。)そこまではいかないんだけど、微妙にモヤモヤする、というのが親の私の長年の実感で、親のもう一方の夫は、ずっとなんにも感じてなかったというし、まぁホントーに微妙なところです。
ここんとこ、学校でこうした目立った問題を起こし始めたのは、思春期の入口に差し掛かってきたからかなぁとも思うのですが、正直なところ、どうしたらいいのかは分かりませんし、即効性のある処方箋というのも、ないのではないか、という気がします。

で、私自身もいろいろと、やっぱり自分のせいかしらとか、どうしたらいいのだろうか、とか、揺れ動くわけですから、他人様には尚更、親の躾が悪いとしか見えないのだろうなぁと思います。ま、身内も同様で、今回のトラブルとか、わざわざ知らせてないんで、うちの息子が「通級に通っている」ということしか知らない義母は、私の育て方が悪いとか、うちの部屋が散らかってるとか私がだらしないからいかんのだ、と思っているのがありありと分かります(笑)。
(まぁ、息子のことを心配してくれるのはありがたいと思わなきゃいかんのでしょうが、最近、義父や義母が入れ替わり立ち替わり私の留守中にやってきて家に上がられ、もっとちゃんと片付けろとか言われるんですわ・・・。今まで、徒歩15分の距離でも全然来たりすることなかったのに・・・。あ、育休中はよく前触れなしにお見えでしたなぁ・・・。)

正直、私も人間が小さいので、色々と言われると凹みますし、何かと思い悩むことはこれまでもあったし、きっとこれからもあるでしょう。あるのですが、これはもう、親のせいだと言われ続けることだけは覚悟しなきゃならんな、と、改めて、腹をくくるしかないな、と思い始めた今日この頃。

親の私がすべきことは、周囲の声にいちいち傷つくことでも、ムキになって反論することでもなく、まして、誰かのせいにすることでもなく、ただ、うちの子(もちろん、息子だけじゃなく娘も)が将来、一人でちゃんと生きていくような力をつけることを、精一杯応援することだけなのです。当たり前といえば当たり前のことなのですが、ね。
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by mmemiya | 2013-04-12 21:13 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)

なんといいましょうか…。

なんと、娘の担任が、2年連続で、講師さんであることが分かりました。
前任校として書いてあったところが他県で、ちょっと引っかかってはいたのです。
まぁ、他県で講師や正教員をしておられて、こちらの県に新規採用になる方ももちろんお見えですが、そういや、教員は新規採用者が新聞に載るのよね、みたいな。

今時、小学校は、おそらく全国どこでも、講師に担任もたせないとまわってないんじゃないかと思います。わざわざ学校基本調査のデータとか見に行ったわけじゃないですけど(っていうか学校基本調査にそんな項目があるかどうかも知らんけど)友達の話を聞いたりした感触として。

別に、講師の先生が悪い、と言いたいわけではありません。正規教員でも、困った人もいるでしょう。しかしながら、去年の、新卒で講師さんというのは、さすがに親としては、ちょっといかがなものかとは思っていました。新卒ってことは、教育実習の経験はあり、教員免許を持っているとはいえ、もちろん、教壇に担任として立った経験はなく、おまけに、教員採用試験には受からなかった、ということですから…。

そもそも、採用試験に通った人も、落ちた人も、同じように担任がもてるのであれば、採用試験って何、って言いたくもなります。もちろん、身分の安定度は比べるべくもありませんが、子どもたちにとっては、身分がどうであれ、その一年間、「先生」と呼ぶ重みは一緒なわけで。じゃあ、採用試験ってなんのためにやってるの、とも思っちゃうわけですよ。ちなみに、娘の昨年度の担任は1年で退職されました。離任式で「先生になるための勉強に集中するため」とおっしゃったそうですから(娘談)、おそらく、去年、娘たちを担任しながら受けたであろう採用試験も不合格だった、と。(うちの県では、講師さんの場合、1次試験免除だったような気がしますが…。)
しかし、離任式で「先生になるため」と言われて、いったい子どもたちはどう思ったのか。「え?じゃあ今まで先生じゃなかったの??」と混乱しそうなもんですよな。

今年の担任の先生は、少なくとも、担任を持った経験はお有りのようですので、いい先生であることを親としては願うばかり。去年の娘のクラスにいた、授業中立ち歩く子達は、それぞれバラバラのクラスになったようで、娘のクラスを除くあとの2クラスは、ベテランががっちり固めています。さて、今年はどんな一年になることやら…。
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by mmemiya | 2013-04-10 22:47 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

5mm方眼がない!

昨日から、子どもたちの新年度が始まりました。
小3になった娘の担任は、他校からかわっていらした先生。小5になった息子の担任は、前からいらっしゃる先生のはずだけど、顔が分からない…。去年は1年生の担任だった模様。
さっそく、授業参観&PTA総会&学級懇談会があり、家庭訪問があり…なのですが、なんと、授業参観の日が、外せない研修の日とぶつかってしまった…。あーあ。

すぐに家庭訪問があるので、先生にはお目にかかれるとはいえ、クラスの様子も見ておきたかったんですがねー。残念…。
息子の通級指導教室の方も開講式?みたいなのがあるようで、そっちはなんとか出られるかなー、と思うのですが。次の授業参観は6月だなー。学級懇談会はないけれど。

確か前年度までは、もう少し遅い時期にやってた研修なんだけど、今年からわざわざ4月になったんだよねー。ついてないわ…。

ところで、今日、帰りがけに娘から電話があり「お兄ちゃんが、5mm方眼ノートがないから宿題ができないって言ってるんだけど。」確か買い置きあったような?と思いつつも、帰りがけにスーパー覗いたら、5mm方眼だけが売り切れ。となりの100円ショップ覗いたけどそっちも売り切れ。なんかこの光景には覚えがあるぞ・・・。たしか、去年、娘たちの漢字のノートについて「○文字のノートを買ってください」と言われた途端、近所のスーパーから消えていたあれだ。その時は、別の学区内のスーパーに行ったらあったのですが、今回立ち寄ったのは学区内じゃないし。5mm方眼なんて、確かに一番使用頻度高そうだけど。

まぁ、帰宅して見てみたら、やっぱり買い置きがあったので(場所を勘違いしていて、子供達では見つけられなかった。)とりあえず事なきを得たのですが、どの教科も5mm方眼で、おまけに計算ドリルノートも漢字ドリルノートも、っていうと、買い置き4冊しかないのであっという間に足りなくなりそうな。

さきほど、夫がUSBハブが欲しいけど、店があいてるうちに帰宅できないかも、とかいうので電気屋に出かけたついでに、そこの文具コーナーも見てきましたが、やっぱり、10mm方眼はあったけど、隣の5mmは空になってました。

「ノートはどれを買えばいいのか、新学期になってからお知らせしますので」という学校の連絡を鵜呑みにしちゃいけなかったってことね。来年度は忘れず、5mm方眼を買いだめしておこう…。さて、今週中に、もう5冊ぐらい、どこかで見つかるだろうか…。
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by mmemiya | 2013-04-09 22:11 | 日々雑感 | Trackback | Comments(4)

やらかした。

年度末のバタバタの中、ふっと空いた時間に、PC内のデータのバックアップを取ろうとして、なんと、逆に消してしまう、という、前代未聞の大ボケをやらかしました。
…パソコン内のデータというのは、消去したように見えて、実は消えてはいなかったりするそうですが(だからこそ、捨てる時には結局、ハードディスクを物理的に破壊するのが一番良かったりする)かといって、復元ソフトであっという間に元通り、ってもんでもないようです。今まで、フォルダ作って整理してあったものがバラバラに復元されてきて、しかも、ファイルによっては破壊されちゃってたりするようで、そうそう、簡単にはいかないものらしい。おまけに、人が動く時期なので、あちこちでPC関係のトラブルも多く、なかなかパソコンが戻ってこない…。やってしまうのは一瞬ですが、そのためにものすごく時間を浪費していて、ため息…。

息子と娘が昨日から、私の叔父叔母の家へ泊まりに行っています。私の母も一緒ですが、初めてお泊りに行った時は、夜になると電話がかかってきたりしたけど、もう何回目になるのか、の今回は、なんの連絡もありません。まぁ、便りのないのはいい便り、ということにしておこう。

一方、少し前に、夫が、息子の少年野球についていって、怪我をしてしまいました。監督のノック中、子どもが捕球し損ねたボールを捕ろうとしたら、思ったより伸びたとかで、なんとボールが目に直撃・・・。私はその時、その場にいなかったので、夫本人から電話がかかってきて、あわてて救急医療案内へ電話。日曜日でしたが、ショッピングモール内の眼科(コンタクトレンズの処方とかやっている)が開いている、というので、そこへ電話したらみてくれるというので急いで夫を連れて行き、いったん戻って子どもたちをピックアップし、夫と合流したところ、視力は問題なさそうだが、ここでは骨折の有無がわからないので、大きい病院に紹介状を書く、と言われ、途中で昼食をとって、紹介先の病院へ行ってCTとってもらって。昼ちょっと前から夕方5時過ぎまで病院で潰れました。
結局、目の奥が骨折しているということですが、自然にくっつくのを待つらしい。3ヶ月ぐらいはかかるそうです。今はもう、見た目には全然分かりませんし、幸い、視力とかには問題はなく、日常生活にはこれといった支障はないのですが、いやー、びっくりしました・・・。明日はまた、夫が眼科へ行って、で、瞳孔を開く目薬を点眼して検査らしいので、明日はそのまま夫と夕飯食べて、私の運転で戻ってくる予定。

そうそう、娘の方は、ピアノの発表会の曲が決まりました。「お人形の夢と目覚め」に挑戦したい、と、当初は言っていたものの、だんだん、やっぱり大変そう…と言い始め、結局、去年、希望していたけど他の子とかぶって諦めた、ギロックの「フランス人形」と、もうひとつ、同じギロックから「手品師」を弾くことになりました。息子の方は、もう、全く先生にお任せ。いったいどんな曲になるやら。

新しい席での一日は、何をしたわけでもないけど、やっぱそれなりに疲れました。今日はもう、さっさとお風呂に入って早く寝ようっと。
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by mmemiya | 2013-04-01 21:15 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)