La Lune Lunatique

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久々にコンサート

久しぶりに、歌のコンサートに出かけました。

子供がピアノを始めてから、未就学児でも入れるピアノコンサートを探して出かけてみたり、講師コンサートというイベントに出かけてみたり、ごくたまーにしていたのですが、最近は土日がスポ少で潰れることもあり、もともとの出不精にかなり拍車がかかっておりました。

たまたま、チラシを見て、野球に付き合わされてばかりの娘とたまには出かけるか、と出かけた、オペラアリアのコンサート。

私がオペラ音楽を多少聞くようになったのは、大学生になってからで、その頃ハマってた作家の小説が、オペラを題材にしていたから、というのがきっかけでした。
最初はアリア集のCDから入って、で、そこに収録されていたエディタ・グルベローヴァの夜の女王のアリアにすっかり魅了されてしまい、人間ってこんなにすごい声が出るんだ!と感動して、色々と聞くようになりました。
と言ったって、オペラなんてこんな田舎じゃそうそうやってるわけでもないし、チケットは高いし、ちゃんと劇場に足を運んでオペラを見たといえば、ほとんどがパリでのことになりますが。全曲のCDとかDVDとかをいっぱい持っているわけでもないし、そう、大してオペラファンなどと言えるほどではありません。

でも、今回の演目、たとえば「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さま」があったんだけど、これの入ってたCDなんてもう長いこと聞いてないのに、歌が流れだしたら、ちゃんとメロディ全部覚えていたわ。まぁ、プッチーニですからね、覚えやすい、ってのはある。(ただ、歌い出しも聞かずに思い出そうとすると、複数の歌が頭の中でごっちゃになるのもプッチーニ、って気がしますが。)
とりあえず、娘には、Youtubeで、「ホフマン物語」の「森の小鳥はあこがれを歌う」を何回か見せておいたので、その曲はわかってるだけに楽しんでた模様。
これ、人造人形、って設定の女性が、人形になりきって(でも、オペラの主人公である青年には、人間だと思わせなきゃいけないんだけど)歌うんですが、だから、ぎこちない動きをするのと、途中で止まるんですよ。1回目にとまったとき(共演者が、大きなネジをもってきて、背中で回してました。)娘が「もう一回止まるよね」とささやき、あれ、そうだっけ、と思っていたらもう一回止まりました。娘の記憶の方が正しかった(笑)。

あとは「誰も寝てはならぬ」「女心の歌」「ああ、そはかの人か~花から花へ」とか、有名どころの歌がほとんどで、私が聞いたことなかったのは、マスネの「ウェルテル」より「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」と、グノーの「ロミオとジュリエット」より「さぁ、あなたをお許しいたしましたわ」。どっちもフランス語のオペラのアリアでしたが、ロミオとジュリエットの方は「Il faut partir」とか言ってる気がしたけど、正直、歌詞は全然聞き取れませんでした。マスネって、「マノン」はなにか聞いたことがあったかも(プッチーニの「マノン・レスコー」の方が有名だけどね。)グノーは「ファウスト」しか思い浮かばないなぁ。

まー、ともかく、歌詞はイタリア語かフランス語かドイツ語だし、ストーリーも、私がざざっと話して聞かせたって簡単には分かんないだろうし(第一、オペラのあらすじって子どもに説明しづらいなぁ・・・と今更思い知った。高級娼婦とは何かなんて、よー説明せん・・・)よく娘は辛抱したと思いますが、今度はオペラが見たいと申しました。できれば、途中で踊りがあるようなオペラですと。うーん・・・それは古典的な大作ですかねぇ。バレエに行く方がいいんじゃないの?とも言ったけど、歌は歌で聞きたいらしい。

6月の名古屋国際は、まだチケットはあるかもしれないけど、自分の仕事のスケジュール上もちと厳しそう。秋の名古屋クラシックか。と思ったら、ちょうど、今年の演目が発表されてて(もう第31回なんですねぇ。名古屋クラシックなんて私はそれこそ10年以上ぶりだわ。)プラハ国立劇場の「魔笛」があるなぁ。あれは子ども受けは悪くなさそうな気がするけど、どうだろう。「夜の女王が出るやつ」と言っただけで娘は見る気になったようですが。(でも、踊りの場面なんてそんなにないなぁと言ったらがっかりしていた。)

オペラの楽しみは、子どもにゃ早すぎるような気もいたしますが、一人で出かけるのもさみしいので、こうして娘を洗脳してくってのもありかも。映画に連れて行ったりするより、よほど高くついてしまうのが難ですが・・・。
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by mmemiya | 2013-04-17 21:41 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

読みかけも含め。

「子どもの絵の見方、育て方」をちょうど読み終わったあたりで、とある絵画コンクールの応募用紙が我が家に持ち込まれ、子どもに「未来」をテーマにした絵を描いてもらうことになった。

で、出来上がった絵を見ていると、ああ、なるほど、これが基底線、ああ、いかにも7歳児の発達段階の絵だなぁ、なるほどぉ、と、改めて本の内容に感心することしきり。たくさん、実例が掲載されていて、分かりやすい本でした。簡単に言えば、子ども(特に幼児)が絵を描いたら、何を描いたのか聞く(話を引き出してやる)こと、決して見本は描いてみせないこと、と言ったことが書かれています。あとは発達段階において絵はこのように変わっていきますよ…という豊富な実例とか。
娘の絵はやや伸び伸びしたところが足りないような気もしますが、今回の「みらい」は、楽しんで描いたようなのでまぁ良かった。たくさんの四角をいろんな色で描いて、その中にお父さんと自分が座っている絵だそうな。
息子の方は、今住んでいる家の絵(7歳児なりにけっこう細部を良く見ていて驚く点もあった)を描いて、庭に、水の循環するプールとかロボットとか描いて、未来。家はこのままがいいんだって。

本当の意味で写実的な絵が描けるようになるのは9歳ぐらいからだそうで、そう言われてみればそんなもんですよね。二次元から三次元に徐々に移り変わっていくあたりとか、9歳でのかなり劇的な変化とか、実作は説得力があります。そんな本を読んで息子の発言を聞くとちょっとひっかかったりも。そういや、図工の絵って、やたら「物語の一場面を描く」ってありましたよねぇ。それが悪いとは言わないけど、体験から絵を描く方がいいよなぁ、やっぱ。うちの息子は、楽しいことがあると、忘れないように日記を書く、と言って、絵日記かいてますが、そういう、体験というか感動というか、そういうものを絵に残しておきたいと思えるって、この子って絵が好きなんだなぁ、というか、絵というものといいつきあいをしてきたのかもしれない、と、改めて思ってみたりして。(親は何もしてませんので、保育所の指導に感謝、ってことですね。)


あと読みかけの本。
「日本の小学校英語を考える アジアの視点からの検証と提言」最初、面白そうな視点の本だと思ったのだけれど、長いだけで読みにくい。っていうか、けっこう分厚い本の割に、あんまり情報量がない。そんなこんなでなかなか読み進められない。

「バイリンガルはどのように言語を習得するのか」面白そうな本だと思ったんだけど、こう、やっぱ、雲を掴むようなというか、この世界、まだまだ分かんないことだらけなんだろうなー、というのが途中まで読んでの感想。正直、n=18とかの調査で(しかも、諸条件が全然コントロールされてない、っていうかコントロールが無理なんだけど)物事を語られても、それって結局分からないってことじゃん、としか思えないしなー。

「欲ばり過ぎるニッポンの教育」読み始めたばっかりだけど面白い!そうなんだよね、所詮リソースだってなんだって限りがある中で、「理想としては学校教育であれもやってほしい、これもやってほしい」って言ったって、全部やれるわけないじゃん、じゃあ、どんな子どもを育てるのを目標にして具体的にどれを優先するのさ、って論議がなんで見えてこないんだろう?教育改革の話って。
まぁ、教育に限らず、優先順位をつけるってのは、どうも身近なところでもないがしろにされているような気がするんだけど・・・。夫も私も、子どもに「優先順位を考えろ」ばっかり言ってるのですが、我が家では。何歳ぐらいになったらちゃんと理解できるのかは分かんないんだけど、「時間も金も有限なんだから何を先にすべきか考えなきゃ」ってことは分かる人間になってほしいもんですね。
この本では、他に、やれスウェーデンの教育がとか、フィンランドの教育がとかいうけど、そもそも、高等教育の位置づけとかが日本社会とは大きく異なる国であって、そう簡単に比較は出来ない、ってあたりも説得力があって興味深いです。大学進学率というのは、国立だけとってみれば欧州も日本もあんまり変わらないんだけど、日本では私学を増やすことで大学進学者が社会に占める割合をものすごく増やした、といった、興味深い数値もありました。まぁ、対談集なので、ちょっと散漫な印象は受けますが。

番外:カバリエの椿姫(ただしハイライト。全曲盤が見つからん。輸入盤しかないのかな)のCDを購入。「戦争の法」を読んで、このオペラを聴きたくならない人なんているだろうか、というぐらい、印象的に取り上げられているので。まだ落ち着いては聞いてないけど。私が生まれて初めて買ったオペラ関係のCDは「魅惑のオペラ・アリア(女声篇)」というものでしたが、今、手元になくて、えーと、あのアリア集で「そはかの人か~花から花へ」歌ってるの誰だったっけ。 (ネット検索でレナータ・スコットと判明。)このアリア自体は、他の人のも含めていくつか聴いている筈だけど、そんでもって椿姫って舞台では見たことあるんだけど、ハイライトとはいえ椿姫のCD買うのって初めてだな。
どーでもいいけど、数日前に車の中で「歌に生き、愛に生き」の出だしのあたりを適当に歌っていたら(イタリア語がそもそも分からん。でも、「恋とはどんなものかしら」は、テキトーなイタリア語発音で全部歌えるのだ、そういえば。)子どもが二人とも「それ何!?」って反応したのは面白かった。オペラの楽しみは、まだまだお前らにゃ早すぎるぞ。

ピアノの発表会が近いのでいよいよ練習しろと毎日尻をたたかにゃならんは、一方で、ついに習字をはじめることになったので(まぁ、息子のあまりにも雑な字の書き方を見ていたら、本人が体験レッスン後やりたい、って言ったんだからやらせた方がいいような気になってきました、私も。娘の方は娘の方で、右での書字を定着させたいってのもあるし。)色々、気持ちの上でも慌しいです。まぁ、習字は、うちの親が学童や保育所に迎えにいって、実家で妹に習って(身内なので、と、ホンの少し月謝をまけてくれるそうな。そりゃ申し訳ない。)私がいつもどおりに仕事終わって、保育所に着くような時間に、保育所じゃなく実家に迎えに行く、という段取りなので、帰宅時間とかに変わりはないんだけどね。
まぁ、これ以上やりたいものがあるっていうなら何か諦めてもらわなきゃだし、学年が上がるにつれて、どこまでやれるか、ってのが正直なところではありますが、ま、やりたいと言い出した以上は親もやれるところまでは付き合うつもりではあります。帰宅から就寝まで3時間弱しかない我が家では、ピアノの練習時間をひねりだすのが、親にとってもなかなか大変ではありますが…。これもまた、優先順位の問題ではあります。

それにしても、イマドキの小学校の夏休みって、どれぐらい宿題とかあるんだろうな。
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by mmemiya | 2009-06-30 23:50 | 読んだ本 | Trackback | Comments(0)

今さらながらにyoutubeでクラシック動画に嵌まる件

大蟻食さま(作家・佐藤亜紀氏のこと)のブログを久々に見に行ったらば、youtubeのクラシック動画が…という話が出ていた。

早速検索してみると、まとめサイトみたいなのがあったり、mixiにコミュニティがあったり。ほほう、知らなんだ…と、ちょこちょこ眺めてみる。うわー、ヤノヴィッツとポップが手紙の二重唱やってる~!とか。

オペラというものをほんの少し聞き始めて、初めて、モーツァルトの曲というのがいかに素晴らしいものか、というのを知ったつもりの私ですが(でもピアノソナタとかは相変わらず全然知らない)、ソロのアリアもいいけど(youtubeで夜の女王の聞き比べとかね。あれは短いのでいっぱい聞けるし。)モーツァルトは重唱がまた美しいんですよねぇ。フィガロの結婚の中でも、この女声二人の手紙の二重唱だけじゃなく、男声が入るのもまた良しですが。

ところで、娘のピアノのテキストに、なんだか、やたらに画家の話やら絵やらが出てくるんですよね。この第一冊目だけで、モネとピカソとゴッホが出てきた。ま、テキストにはそれぞれの画家の絵が一枚ずつ出てるだけなんですけどね。で、小学館の出している「小学館あーとぶっく」という、子ども向けの絵本がちょっと気になっている私なのですが、しかし、画集というのはやはり高いもの。子どもに意見を聞いて、これがいい、という画家のものだけでも何冊か買ってみるか、などと思いながらも踏み切れないでいたら、先日、だんなの実家に行ったとき、図書館から甥が借りてきた本で「おはなし名画シリーズ」というのがあったんですよ。(甥が借りてきていたのはダリだった。)これは、小学館あーとぶっくより、もう少し対象年齢が上な感じ。

物心ついたかどうか、という頃から、私は色々と絵画展に連れて行ってもらってました。なんか、抽象画を見に行ってものすごい夜泣きをしたことがあったらしいけれど、当然、自分の記憶にはありません。子ども部屋の本棚には、ブリジストン美術館展だの、ミレー・コロー・クールベ展だのといった展覧会のカタログ図版が何冊か並んでいました。なにしろ、うちの父は、母と結婚したとき借金があって、その理由が、服のオーダーと美術全集購入のせいだったそうで、自分より8つ年上だし、それなりにいい給料をもらっている(当時、うちの父にはちょっとした危険手当みたいなものがついていた)から、まさか借金などあるとは思っていなかった母は結婚してビックリしたらしい。ちなみにその父の大事な美術全集には、幼い私が落書き(幸いにも箱の方で、画集本文ではない)した後が残っていたりします。

ってなわけで、自分の子どもにも、なんか少しはそういう環境を与えたいよなぁ、などと思いつつ、さてどうするか、思案中。ちなみに私に美的な素養はぜんっぜんないので、美術展にたくさん連れて行こうが(当時、名古屋に来ていたそれなりの規模の美術展にはほとんど行ってるんだと思う)美的感覚は養われるとは限らないわけですけどね。

で、「おなはし名画シリーズ」のホームページを見ていたら、姉妹シリーズ?で「おはなし音楽会」というのもありました。CD付きで作曲家の生涯とかを解説しているらしい。モーツァルトの中に、「パ、パ、パ、パパゲーナ」なんかも入ってるな。あー、これ、子ども受けしそうだよね~、「ぱ ぱぱ」「ぱ ぱぱ」の繰り返しのあたりとかさ。と、youtubeで聞きなおしてみたり。おなはし音楽会はサヴァリッシュ指揮のバイエルン国立…としか書いてないけど、誰が歌ってるんだろうな。ブレンデルかなぁ。

まぁ、本人が大きくなって興味があれば、自分で色々と見聞きしていけばいい、といえばそれまで、なんですがねぇ…。

全然話変わって覚書。息子の耳の中に、家ではとても取れない(嫌がってなかなか耳掃除をさせないのだが、なんとかやろうとしたときには、固すぎて取れないものがでーんとあって、鼓膜が見えなくなっていた…)耳垢があって、今日、耳鼻科で取ってもらってきた。看護師さんに、大きな休みのたびごとぐらいに連れてくるといい、と言われたけど、前回、取ってもらったのが、就学時健診の前なんだよなぁ…3ヶ月に一度ぐらいのペースで行かないとまずいのかしらん、息子の耳って。
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by mmemiya | 2009-03-02 21:15 | 日々雑感 | Trackback | Comments(4)

グルベローヴァ

エディタ・グルベローヴァのコンサートに行ってきた。
子守を引き受けてくれた母に感謝。オペラを聴く趣味があるわけではないのにつきあってくれた夫にも感謝。

オケと歌が交互なのは、こういうコンサートの常なのだけれど、グルベローヴァのほかに、バリトン歌手が2曲ほど歌っていた。彼の存在意義は今ひとつ良く分からなかった。二人で絡んで歌ったわけじゃないしね。

しかし、年齢だけでいくと(今回のパンフレットには、彼女の生年は載っていなかったが)もう引退していたって不思議はないような年なのに、あれだけの高音が響き渡るって、すごい。

ちなみに今回の演目は、モーツァルト「後宮からの逃走」より”あらゆる苦しみが”、ドニゼッティ「ランメルモールのルチア」より狂乱の場、ベッリーニ「ノルマ」より”清らかな女神よ”、同じくベッリーニ「テンダのベアトリーチェ」より”もし私に墓をたてることが許されても”。

アンコールが、「シャモニーのリンダ」から(曲名わからない…)と、「こうもり」から”田舎娘を演じる時には”。
…なんだけど、第1部の終わりにも、アンコールと言うか、プログラムになかった歌を一曲歌ったような?聞き覚えのあるメロディだったのだけれど、曲名が分からない…。
昔、グルベローヴァのコンサートで、オランピアを聞いたのですが、こうもりのアデーレといい、グルベローヴァはけっこう、コミカルな歌が似合うんですよね。当たり役のツェルビネッタも、見たことはないんだけど、さもありなん、で。

欲を言えば、ノルマがね…。音が外れているわけでもなく、もちろん、見事な高音を響かせるのだけれど、ちょっと期待が大きすぎたのか、あまり感動はできなかった…。何が物足りなかったのか表現できる力は私にはないのですが。オペラなんか聴いたこともないような夫も同意見。
ルチアは素晴らしい、の一言に尽きると思ったのですが。
もともと、彼女はやっぱりイタリアオペラ向きではないんじゃないか、と思うことが昔からあったのですが(なんて言うとエラソーだけど)じゃあなんでルチアはOKかと言われると・・・はて。

アンコールの方がリラックスしているのか、生き生きと美声を聞かせてもらった気がします。

それにしても、グルベローヴァのデビューは私が生まれるより前。こんなに長い間、世界でも指折りの歌姫として、絶品のコロラテューラを保ってきたって本当にすごい。これが60歳の人の声ですか、って感じで。なんと、2008年のシーズンに初めて挑戦する役も予定されているとかで。

ただ、実のところ、ちょっとチケット代をけちってしまい、真正面の席ではなかったためか、低音域がやや聞こえにくかった。彼女の年齢の関係あるかどうかは不明ですが。でも、もう、あそこまでいくと、生きている奇跡、ですよね、ほとんど。

世紀の歌姫と同時代に生き、その歌声を生で幾度か耳にすることができた、というだけでも、神様に感謝しなければ、という気にさせられます。
マリア・カラスがどれだけ偉大だったかと聞かされても、やはり、録音でしか知らない私と、生で聞いたことのある人とでは、思い入れの深さに、どうしても埋まらない溝が残るだろうな、と思うもの。
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by mmemiya | 2007-04-10 23:56 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

「一生に一度の贅沢」

「一生に一度の贅沢」アンケートのお願い

わ、面白そう、と思って考えてみたのだけれど、考えれば考えるほど、なんというか「一生に一度」というほどのスケールの贅沢は思いつかないものだわ…。

小さな子どもを抱えた今となっては夢のまた夢ですが、バブル華やかなりし頃の独身者だったりしたら、けっこうやれちゃってたんじゃない?みたいなレベルというか…。

まぁでも、今の私にとっては、今後実現できるかどうかあやしい贅沢、ということで。日本の未来を考えても、定年後、夫婦でゆっくり海外旅行、なんて、別世界のことになってそうだもんなー。

で、私の考えた贅沢は二つありまして。

ひとつ。海のきれいなリゾート地(タヒチとか?あんまりどんなリゾート地があるかも分かってないんだけど)で、ぼーっと好きな本を読んだり、マッサージしてもらったりしてのんびり1ヶ月とか過ごす。さすがに飽きちゃうでしょうか?でも、リゾート地に飽き飽きした、なんて、そんな贅沢な台詞、言ってみたいものです。なるべく静かなところがいいなぁ。ホテルのプライベートビーチとか。ぼーっと本を読み、ぼーっと昼寝し、昼下がりに軽いアルコールでも飲みながら、またぼーっとする。くだらないことを考えたり、しゃべったり。

もうひとつ。ヨーロッパ大陸を、何ヶ月かかけて、ぐるっと旅行して回る。基本的に移動は鉄道。船旅、というかクルーズなんかも入れたりしたいな。ルレ・エ・シャトーに加盟しているようなホテルとかもいいだろうけれど、田舎にぽつんとある、宿泊施設つきの三ツ星レストランなんていうのも素敵。今日の「ぽかぽか地球家族」(我が家が最近、教育テレビと朝のNHKニュースを除けば唯一見ているテレビ番組といっても過言ではない…。)で、オーストリアのチロル地方が取り上げられていましたが、オーストリア行ったことないし~、地図を広げて考えると、ヨーロッパで行ったことがないところ、まだまだいっぱいある。ギリシャにも惹かれるし、チェコなんかも行ってみたい。古城ホテルとか、ああ、佐藤亜紀さんが「外人術」という本で書いていた「城の生活」、あれは本当に垂涎ものでした。あ、エヴィアンあたりでスパを楽しむなんていうのもいいなぁ…。もちろん、折々に夜はオペラやコンサートにも足を運んで。
そうやって、行ってみたいところを次々まわっていたら、どんなに時間があっても足りないぐらいかもしれない。そうなると、ホント、十分に「一生に一度(でもきっと叶わないであろう)の贅沢」だなぁ…。
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by mmemiya | 2007-02-10 23:12 | 日々雑感 | Trackback(1) | Comments(0)

ディーヴァ!

そもそも私がオペラを聴くようになったのは、好きな作家がオペラの出てくる小説を書いていたことがきっかけだった。

オペラの出てくる、というか、オペラ歌手が主人公で、話のストーリーも、彼女が出演するオペラを軸に進んでいく。
で、オペラって、いったいどんなものかしらん、と、一枚のCDを買ってみた。

とはいえ、最初に買ったものだから、もちろん(?)オペラ全曲どころかハイライトですらなく、有名なアリアを、これまた有名どころの歌手が歌っている、というアリア集だったのだけれど、その中の一曲が、私を夢中にさせた。というか、人間の声って、こんなにすごい楽器だったんだ!と大きな衝撃を受けた。

それが、エディタ・グルベローヴァの歌う、夜の女王のアリア(モーツァルト「魔笛」より)だった。

もちろん、それ以外にも素晴らしい歌がたくさんあって、歌手だけでなくモーツァルトやらロッシーニやらの旋律に惚れ惚れとし、そのうち、アリア集では飽き足らず、いくつかのオペラのハイライト盤やら全曲盤やらを買い込み、パリではオペラ座にせっせと通い、という経過をたどったわけだけれど、初めてオペラ歌手の歌声を生で聞いたのも、また、グルベローヴァの来日リサイタルだった。
コンサートホールの天井から、彼女の声が降ってきたとき、全身が震え上がった。

そのグルベローヴァも、年齢から言えばいつ引退しても不思議ではないような年になっている。ところが、ふと、一昨日、思い立ってネットをうろついていたら、なんと!来年の春、また来日公演があるじゃないか!しかもチケット予約が始まったばかり!
名古屋では残念ながら平日のリサイタルしかないのだけれど、でも、もしかしてもう、彼女の声を生で聞くのは最後のチャンスかも?と、あわててそのままオンラインでチケットを申し込む。
いったい、子どもたちをどうしよう、とか、そんなことは、4月が近づいてから悩めばいいことだ。キャンセルすることになってしまったら、それはそれで止むを得ないし。

とうとう、私はグルベローヴァのオペラの舞台を生で見ることはないまま終わりそうだ。けれども、彼女のあの歌声をもう一度聞けるというだけで、しばらくは楽しみがあって嬉しい。
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by mmemiya | 2006-12-15 20:36 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

朝食はクロワッサン?

家に投げ込まれる無料の情報誌(まぁ、大体毎号同じ飲食店や美容院などの紹介が出ているのだけど、ついぱらぱら見てしまう)に、「朝食をちゃんと食べよう」みたいな記事があり、そこに「世界の朝食」と題して、いくつかの国で、朝は何を食べるかの紹介が載っていた。のだけれど、「フランスはクロワッサンにカフェオレ」って、確かにそれはよく見聞きするけど、実際、フランス人は、カフェオレはともかく、朝食にクロワッサンって、そんなに食べないんじゃなかろうか。
フランス人の朝ごはんをいちいち覗きに行ったことはないけれど、戸塚真弓さんのエッセイでも「祝日など、ちょっと特別な日の贅沢な朝ごはんがクロワッサン」みたいなこと書いてあったし、みんながみんな朝食がクロワッサンなら、パン屋でも、クロワッサンを買う人にもっと大勢出会ったはずだ。そういや、うちの夫はアルカッションのホテルで食べたクロワッサンが美味しかったと未だに言ってますが(よほど印象的だったらしい)記憶違いかもしれないが、クロワッサンを選ぶと追加料金が少し必要だったような…。

もう一つ、これはそれほど人口に膾炙していないのかもしれないが、むかし、「外国では、夕食を食べてからゆったりとオペラやお芝居、映画などを楽しむ」なんて話を聞いたか読んだかした気がする。羨ましい、と思っていたけれど、実際のところ、オペラに関して言えば、佐藤亜紀氏がエッセイで書いていたけれど、「オペラの開始時間とレストランの夕方の営業開始時間はほぼ同じ」が万国共通らしい。確かに、よほど上演時間の長い演目を除けば、パリでのオペラ開始時刻は19時30分。レストランは、早ければ19時に営業を開始するところもあるが、多くは19時30分、フランス人の夕食開始は20時前後が普通だろう。やっぱり、パリでだって、サンドイッチでも流し込んでオペラ座へ駆けつけることになる。

フランスでは、映画料金が日本と比べるとずいぶん安く、知人はせっせと映画に通ってフランス語を磨いたりしていたけれど、日本で映画を見る習慣のなかった私は、あちらへいってもやっぱり年に一回ぐらいしか映画は見なかった。かつては芝居を見に、一生懸命チケットを取って(第三舞台とか、取るの大変でしたから、あの頃は…)東京や大阪へ泊りがけで出向いたものだけれど、演劇に関しては言葉の壁もあり(モリエールとか見に行ってた知り合いもいたな、そういえば)ミュージカル「ノートル・ダム・ド・パリ」を見たぐらい。(そして、あれは、なんか普通でいう「ミュージカル」とは違った気がする。演技と歌が全く分離してるし。)
ということで、私が「日本と違って安いよう、嬉しいよう」と喜んでいたのはもっぱらオペラ。渡仏後すぐの頃は、公演直前にチケットを買おうとして売り切れで見逃す、ということも何度かあったが、その後はシーズン開始前にまとめて全公演の予約をするようになったので、パリ・オペラ座でのオペラ公演は、どの演目も一回は見た、ということになる。

そんなにオペラを見たのは後にも先にもこのときだけで、今はもう、DVDを買ったりすることもないので最近の歌手とかがさっぱり分からないのだけれど、あの頃見た「ヴェッセリーナ・カッサローヴァのアルジェのイタリア女」とか、「マルセロ・アルヴァレスのマントヴァ公爵」とかはもう、私の中の生涯の宝物だ。あ、ナタリー・デッセイの夜の女王、というのもあった。その後、別の劇場での、ナタリー・デッセイ「影のない女」も聴きに行ったんだっけ。
しかし、何も考えずとにかく予約をとりまくっていたので、行ってみたら新作オペラの世界初演だった、ということもあったし、劇場入り口付近に「チケット求む」という紙を持って立っている人がいっぱいいて(他の公演でそんなことはなかった)なんだ?と思ったらプラシド・ドミンゴが出演していた、なんていうこともあったなぁ…。
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by mmemiya | 2006-03-22 07:42 | フランス関連 | Trackback | Comments(0)

ストライキあれこれ

春闘の季節になっているけれど、いまや日本ではストライキと言うと、よほどのこと、という感じがする。
けれど、ご存知のとおり、フランスではストは日常茶飯事。(少なくとも私の滞在していた2000年前後はそうだった。)
フランスに住むにあたって、まず知っておかなければならない単語はグレーブ(スト)とマニフェスタスィオン(デモ)だと言われるほどだった。

交通機関だけでなく、色んな人々がストをした。私が体験しただけでも、ルーブルやオルセー美術館はストで閉まったし、空港の清掃職員ストで、トイレがすごいことになっていたこともあったし(工事現場のような仮設トイレが設置されていた)、飛行機から荷物を降ろす職員のストで、荷物がちっとも出てこない、なんてこともあった。
一番大変だったのは、現金輸送車で働く人のストで、2週間近く、街中から現金がほとんど消えた。どこでも釣銭が不足し、店舗などは、臨時的に、5フラン(100円程度)からカード使用可を打ち出したりしたし、昼ごはんを食べても小切手を切る羽目になったりした。
(基本的には、個人小切手やデビットカードの普及で、あまり現金を使わない社会だから乗り切れたのだと思う。)

こんな人もストをするんだ、と思ったのは、オペラ座のスト。オペラの主要キャストというのは、オペラ座専属ではなく、世界中で歌ってまわっている人たちなのでストなどしないけれど、裏方の職員がストをしたりするのだ。
「今日のバレエはストで中止です」と電話がかかってきたこともあるし、オペラ座へついたら「スト」の張り紙でがっかり、なんてこともあった。
上演はされたけれど、舞台装置が一度も転換しなかったスト、出演した人々の衣装替えが行われなかったスト…。
今もよく覚えているのは、ストのせいで、舞台装置抜き、衣装なしで行われたオペラ。みんな、黒い服を着て(あれはどうやって調達したんだろう)、舞台上にはずらっと椅子だけが並んでいて、出演者たちは、ほとんど演技らしい演技はせず、ただ歌っていた。
それが意外なほどに印象に残る素敵なオペラだったといったら、舞台監督や衣装デザイナーには、ちょっと失礼かな。
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by mmemiya | 2006-02-19 23:39 | フランス関連 | Trackback | Comments(2)