La Lune Lunatique

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ピアノ発表会雑感

…まぁ一応、今年も発表会が終わりました。

息子小6、まぁ、中学に入ってもピアノを続けるのはちょっと難しかろう、と、今年が最後の発表会。小4娘は娘で、絵の教室に入りたいので、習い事のうち、ピアノを辞めようと思っている(習字は辞めないそうな。今年またかなり大きな賞をもらったからねぇ、習字は)。で、こっちも多分、最後の発表会。(先生にはまだお伝えしていないのだけど、こういうの、タイミングが難しいなぁ…。)

ということで、二人共、ある意味、憧れの曲で臨んだ今回、その割に相変わらず練習量はイマイチだったが…。
息子は久石譲さんの「Summer」で、しかし、最初に見つけた楽譜ではとても無理、ってことで、かなり初級者向けのアレンジの楽譜を探しだしてそちらで。しかし、それもちょっと長すぎて持ち時間を大幅にオーバーするのでけっこうカットした。本番は、まぁ若干、左と右のテンポがずれた部分もありましたが、まぁなんとか弾きました。
娘は「人形の夢と目覚め」。最後の部分はやっぱりちょっと指が転んだりした部分はありましたね…。まぁでもこちらもそれなりに表現したい部分は表現しようという努力は伝わってきました。最後の方の週末が雨で野球が半日になったりしたので、息子はなんとか追い込みが間に合った…みたいな。

今回は、ショパンのノクターンを弾いた子がいて、なかなか素敵でした。あと、娘のすぐ次の子(同い年)が、カスキの「泉のほとりの妖精」を美しく聞かせてくれました。去年の「雨の日のふんすい」(ギロック)はともかく、その前の年の「ある風景」(佐藤敏直)とか、なんというか毎度、子どもには情感のつかみにくそうな曲を毎度、よく弾きこなすなぁ、と、彼女にはいつも感心させられます。ピアノ始めたのはうちの娘より1年ぐらい後だったけど、努力ももちろんいっぱいしてるだろうけど、才能も違うなぁ、多分、と思いますわ。自分の娘の努力不足を棚に上げて。

ところで今回、パンフレット貰う前から十分予想していたのですが、どこの会場も(パンフには複数の会場、複数の日程分がまとめて載っている)「Let it go」が必ず入ってた。弾いてる子もいたでしょうが、Voと書いてあって、あ、歌なの、というのもちらほら。(姉妹で「生まれて初めて」、ってのもあったぞ。)まぁ、カワイは「うたのコンクール」なんてのもやってますし、発表会で歌でも別にいいのかもしれないけど(でも、ドリマトーンとは別だなぁ、発表会)。
今回、うちの子たちの出た部で、ピアノはピアノで弾いて、それとは別に「Let it go」を歌った子がいたのですが、アナウンスで「この曲を英語で歌いたくて頑張りました」。・・・英語!?と、どう見ても小学校へ上がるか上がらないかぐらいの年に見えたので吃驚したのですが、やっぱ、意味の分からないものをカタカナで3分間分も覚えこむというのはかなり無理があったようで、英語とは違う、何とも分からない言葉になっちゃってるところが多く、英語版の歌詞を全部覚えてる私は、聞いてて頭のなかがグチャグチャになってキツかった…。

私、小学校5年生の時、なぜかクラス全員で、英語で「赤鼻のトナカイ」を歌ったことがあるのだけれど、その時は大体覚えたのかもしれないけど、今やほとんど思い出せません。思い出せる部分は、「Rudolph, the red-nosed reindeer had a very shiny nose. 」とか、「Then one foggy Christmas Eve Santa came to say」とか、後から頭のなかで、「そうか、あのカタカナってそういう英語だったんだ!」と、英文に変換できた部分だけです。まぁ、意味分からない音の羅列を覚えるなんて、呪文覚えるみたいなもんですわな。
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by mmemiya | 2014-07-21 21:44 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

土地の匂い

匂いって、自分ではなかなか、自分の匂いとか、自分の家の匂いとか、分からないものですよね。
たまに、泊まりに行った時に実家の母が子どもの服を洗濯してくれたりすると、娘は「おばあちゃんちの匂いがする」と言います。洗剤なんて、どこのメーカーも大差ないような気がするのですが(というか、うちなんかその都度安いのを買ってるので、銘柄なんて決めてない)、確かに、なぜか、うちとは違う匂いがするものです。

方言のことを「土地の匂いがすることば」などということがありますが、これまた、使っている本人は、あまり深くは意識していなかったりもします。そして、前にも書いたように、方言というのはどちらかというと、恥ずかしいもの、隠すべきもの、あるいは標準語より一段下のもの、と、長いあいだ見られてきました。おかげで、「正しい方言」を伝達する、という行為は、なかなか難しいものとなっています。方言そのものが矯正されるべきもの、という扱いであった以上、方言として正しい形にしろ、という指導?は、入り込む余地があまりありません。それはただ、匂いのように、うっすらと伝わっていくものでしかないというか。

しばらく前に、サッカーJ2リーグのFC岐阜のポスターで「オレンターノ岐阜」ってのを見たとき、うまい!と思いましたが(いっそ、チーム名それにしてもいいかもよ。後援会の名前らしいけど。)これは、「俺んた岐阜県民はみんな、サッカークラブを持っている。」と続きます。しかし、よく考えると、
俺→俺んた(しばしば、俺んたぁ、と伸びる。以下同じ。)
子ども→子どもんた
などという言葉も(左が単数形で、右が複数形)、私含めて、もう、そんなに使われることはないような。

「あなたたち」は、正当な?岐阜弁では「おまはんた」でしょうが、これはますます、相当上の世代の言葉だと感じるし。(なお、単数形は「おまはん」です。)ま、「あんたんた」というのも、聞いたこともないではないような・・・。と言い出すと、「あの人→あの人んた」もある気がするけれど、こっちはやはり、本来は「あのジン→あのジンた」なのかなぁ。
私が多少、この土地の匂いに敏感なのは、前にも書いたように、この土地のことばをしゃべらない父を持っていたせいです。(前の記事を書いたときは、そういえば父はまだ存命でしたね。)でも、逆に言えば、正当な?この土地のことばを身につけていないうらみがあるわけですが。    
土地の匂いがどこまで広がるものなのか、というのも、興味深く、かつ、答えの出ない問いだと思います。尾張と美濃の言葉は確かに似ています。しかしながら、たとえば、同じ学校文化にまつわる方言であっても、「B紙」「がばり」「机をつる」はどっちも使うでしょうが(標準語では「模造紙」「画鋲」「机を運ぶ」)名古屋の学校言葉として名高い?「放課」(授業と授業の間の休み時間のこと)を、岐阜で聞くことはないと思います。逆に、「チャンペラ」(標準語ではあんちょこって言うの?)は岐阜でしか通用しないらしい。                                                      
って、簡単に「岐阜」と書いたけど、そもそも、飛騨まで事情が同じなのか確かめたことはないし、「名古屋」と書いたことが尾張一帯だけの話なのか、三河まで広がる話なのかも知りません。三河弁と尾張弁は、そりゃ別の地方から見れば似てるでしょうが、三河といえばじゃんだらりんだしなぁ・・・というと三河の人に怒られるか。  
東海三県、という括りがありますが、三重はもう、アクセントがかなーり関西よりでして、まただいぶ感じが違う。ああでも、関東アクセントと関西アクセントの境は岐阜の垂井あたりにあると聞いたことがあるので、じゃあ、美濃と一括りにしても、西美濃(西濃)はまた違うってことか。でもそれなら、奥美濃の方まで行くと、また言葉が違う気がするし・・・。
まぁ、「関西弁」と括っても、京都と奈良と大阪と神戸じゃ違うよとか、神戸弁と播州弁が違うよとか、大阪って北摂の言葉と堺の言葉が一緒のはずないやん、みたいな話と全く同じことで、ぼんやりと同じような匂い、でも比べてみればそれぞれ違う、そのつかみどころのなさ(そして変化の速さ)が、方言を、生ものたる<コトバ>の先鋭?たらしめているのかもしれません。 

ところで最近、私は仕事で、アポイントをあれこれ取ってまして、相手方のご都合をお尋ねする際、私はどうしても「よろしいですか」が使えないのですね。「嬉しいです」が使えないのと同じ理由で。で、仕方なく「よろしゅうございますか」を使うのですが、これがどうにもしゃちほこばったというか、現代では今ひとつ浮いてしまう言葉遣いだという自覚もあることはあるのです。
で、さきほどネット検索をしていましたら「よろしいでしょうか」にすればよい、という解決策を見つけました。「だろう」「でしょう」は形容詞に附けることができる、と。
ここで思い出すのは「よろしかったでしょうか」という、若者言葉とかバイト言葉とか言われるアレなのですが、この言葉もまた、当初は地域限定で始まったという説があるそうです。北海道や東北の一部地域では、現在の事象を標準語で言うところの「過去形」で表すことがあり(丁寧な感じを出したい時に使うとか。)それと関連しているのかもしれないのだとか。
そういえば、山形で一時生活していた友達が、山形では、たとえば宅配便のお兄さんが「○○急便でした!」と入ってくるのでびっくりした、と言ってたなぁ。

言葉の変化、それも、たったひとりが使っているのではなく、それなりに一定数の人々が使うようになった変化というのは、やはりどこかにそれなりの源というのがあるのでしょうね。文法的ななんらかの不具合を避けようとしているとか、説明はそれなりにつくけれども、使い始めた人はきっとそんなことは無意識にやっていることで。
人類が今使っている<コトバ>というもののそもそもの始まりとはどんな感じだったのだろう、なんてこと、壮大すぎて、ちっとも分かりませんが、移り変わる言葉とはきっと、そんな集団の無意識の塊なのかもしれません。 

追記:こんなどうでもいいブログ記事を書くのにも、多少はネット検索などをしたりしているのですが(岐阜と愛知の方言は「ギア方言」と括られることがあるとか。飛騨と美濃に大きな違いはないようだとか。)ちょっと!この年になるまで、「しゃびしゃび」が方言だとは知らんかったがね!ほんなら標準語ではなんていうの、しゃびしゃびを!(アクセント付きでお届けできないのが残念です。是非、「なんていう」までは平板に、最後の「の」だけ上げてお読みください。)                                              
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by mmemiya | 2013-04-24 21:09 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

ら・ら・ら

・・・って歌が昔ありましたが、その話ではなく。

「お腹がいっぱいで、もう食べることができない」を、ごく単純に言い表すとき、標準日本語では「もう食べられない」って言いますよね、多分。
昨今は「もう食べれない」っていう人もいるのでしょう。ネット上を「ら抜き」で検索すると、嫌悪感を示す人、どんどんやれという人(「ら」が入っていると、尊敬なのか可能なのか受身なのか、意味が多義的で分かりづらい、という意見らしい)、色々な人がいます。

以前、こんな文章を書いたぐらい、「ご利用できます」が嫌いな私。「とんでもございません」は、自分では使いませんが、そこまで気にはならない。「先日は、思わぬところでお目にかかれて嬉しゅうございました」などとメールを書きつつ、うーん、<嬉しう>が正しいのか?などと思ったりもするが、「嬉しかったです」は少なくとも使用は避ける。
とはいえ、どうせ、<100%正しいことば>なんてフィクションでしかないし、まぁ所詮、趣味みたいなものですわね、こんなもの。意味が通じなければさすがに問題だけれど、通じるのならば、あとは、好みの問題、というか。

・・・とは言いつつ、子どもの言葉遣いは、気になると色々言ってしまいますが、いわゆる「ら抜き」については、当地には実は、これが方言なら間違っていない、という、別の事情が存在します。

冒頭の、<お腹がいっぱいで、もう食べることができない>。なんていうのが正しいんだろう。「もう食べれん」なのか、「よう食べん」なのか。うーん、どっちを使われても違和感はない気もするが・・・。それとも、「まー食べれーへん」が正解なのか、いやいや、「まー食べれーせん」の方が由緒正しいのか。
(※方言らしさを出すために否定形にしていますが、肯定形なら「まんだ食べれるやろ」と、「食べれる」になるわけです、当然。)

「食べられん」という活用がないのは確かだと思うのだけれど、実は、方言というのは、標準語以上に難しい。
一昔前、いやふた昔前までは、方言というのは恥ずかしいものであり、まともな研究など、ほとんど存在しなかった。一方で、ラジオ、テレビ、新聞、インターネットから入ってくる標準語の洪水におされ、方言は、標準語以上に変化が激しい。一世代変わるだけで、標準語に同化こそしていないものの、方言の形は大きく変わってしまう。単語として使われなくなったもの、新たに使われるようになったもの(自転車を「ケッタ」とか「ケッタマシーン」と呼ぶのは明らかに新方言のはず。そして、最近の若者はもはや使わないようですが。)があるのはもちろん、文法の変化もけっこう激しいものがあります。標準語に引きづられている面も、お笑い番組などから入ってくる関西弁(エセ関西弁みたいなものも含む)に引きづられている面もあるのではないかと勝手に思っているのですが。
で、「もう食べることができない」だけで、少なくとも4パターンを思いついたわけですが、おお、いや、違うぞ。
「まー食べれやへん」、「まー食べれやせん」というパターンもあるではないの。語尾の「へん」と「せん」の違いは地域によるのか(私の母は岐阜の生まれ育ちですが義母は名古屋の生まれ育ちで、両者の言葉はかなり似ていますが、当然、地域差はあると思う)世代によるのか。ああ、分からない。

※夫の意見を聞いてみたら「せん」はもう死語に近いのでは、とのこと。夫の感覚では「せん」の方が古い世代の言葉だそうです。言われてみれば、やっぱりそうかなぁ。少なくとも私は使わないしなぁ・・・。

ともあれ、方言もまた、奥が深すぎます。そして、これに関しては、子どもも、なんとはなしに覚えていくものであって、私も「<食べれーへん>でしょ!<食べれん>じゃないでしょ!」などという指導は、とてもできそうにありません・・・。まぁ、言葉の移り変わりの激しさの縮図が、方言であるとも言えましょうか。

追記:この言葉は、例えば「まーお腹ぽんぽんだで、食べれんでかんわ」などと枝葉をつけますと、より、当地らしさが出てまいります。でも、正しくはこれも、「当地の一定以上の年代の人らしさ」かな。
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by mmemiya | 2013-04-21 21:56 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

先週末は、3連休とはいえ、まぁいつものごとく野球だのピアノだので終わっていったということもあり、まぁ、チョコレートケーキは来週末ね、と、先延ばしにしてしまった。
2月14日は、職場の女子職員でチョコ交換会みたいになってしまった(笑)。男性陣は…一応、管理職には連名で差し上げました。夫がチロルチョコ20個もらって帰ってきましたが、私のほうが豪華(笑)でしたわ。
ま、一日遅れで、夫は(うちの息子と娘も)私の母と妹から、立派なチョコをもらったんですけどね。

ところで、今週末は、土曜が授業参観で、日曜は野球の月に一回の休みなので、よし、ケーキ焼くか、と思っていたら、夫の実家に集合がかかってしまった。ひな祭りのお祝いって・・・早すぎ、ってか、うちまだ、お雛様出してないし(汗)。まぁね、土日が孫みんなそれぞれ忙しい・・・ってことからそうなったんだけど、ちょーっとお雛様気分は出ないよね。というか、そろそろ、各種イベントを全員で集まってやろうというのは無理になってきてるんじゃないかな。

授業参観、息子は「10歳の誓い」とかで将来の夢を発表。「パン屋になりたいです」はともかく、義母も見に来るのに「高校へは行かず」は義母が卒倒するのではないかと(笑)思ってましたが、あれ?高校行かない発言聞こえなかったぞ、と思ったら、本人、アドリブでそこだけ飛ばしたそうな。お利口(笑)。けっこう大きい声ではきはき発表していましたよ。

娘のクラスは・・・英語活動。どのクラスも同じ英語活動だったんだけど、娘のクラスが一番やっぱ、なんというか・・・。知り合いのお母さんが「これは授業なのか休み時間なのか・・・」と呟いてましたが、ホント、自由奔放というか、先生の声が相変わらずクラスの後ろまで届いていないというか・・・。お店屋さんごっこだったので、席から離れて動き回る授業ではあったんだけど。

英語といえば、先日、むかーし子どもが小さかった頃、よく聞いていた「むしまるQ」(NHK教育テレビでやっていた、虫や動物のクイズと歌の短い番組。有名な洋楽のパロディソングがたくさん。「ホテル・カリフォルニア」→「ホタル・カリフォルニア」とか。)の「ゾウガメ」を久々に聞いていて、流れで、続けてVowwowの「Don't leave me now」など聞いてたら、夫に「なぜそうなる」と言われてしまった。しばらく意味がわからなかったのだが(歌ってる人がどっちも一緒なのです)夫は、後者をデーモン閣下の歌声と勘違いしていたらしい。
・・・閣下と人見先生(元Vowwowのボーカルである人見元基は、現在、高校の先生)、別に声、似てないと思うけどなぁ。閣下の声はもうちょっと細い感じ。

ただ、そういえば、この二人が一緒に歌ってる歌があるんだよね。Deep Purpleのトリビュートアルバム。何人かのヴォーカリストが、ディープ・パープルのいろんな曲をカバーしてるわけですが、当然、英語の歌です。で、中には「歌は上手なんだけど、ただ、英語には聞こえてこない・・・」と私には思えてしまう曲があります。
なんだろう、歌っている(しかもよく通る声で)ってことは、声量(呼吸?)が足りないはずはないはずで、やっぱ、一つ一つの音を作る「息」なんですかねぇ、こういうのって。摩擦とか破裂とかが足りないから、日本語ではないのは確かだけど、何語だろう、みたいな不思議な音に聞こえてくるのかな。
そういう曲を聴いていて、中津燎子さんの「なんで英語やるの」の冒頭を思い出しました。著者がアメリカから日本へ帰国してまもない頃、アメリカに留学する予定の子の発音をみてやってほしいと頼まれ、気軽に引き受けて、その子にスピーチをしてもらったところ、彼女の言っていることがただの一語も聞き取れなかった・・・というシーンです。何回か繰り返してもらって、最後に勇気を振り絞って「その、最初のところ、アウスクウと聞こえるのだけれど、アウスクウって何かしら?」と尋ねる。彼女の返事がないのでスピーチ原稿を見て、「ああ、Our school だったのねぇ!」と叫ぶ・・・。(記憶で書いてるので、大体こんな感じだった、ってことでご容赦を。)
初めてこれを読んだ中学生の頃は、ただ、そうなんだー、私たちの発音って聞き取れないのかー、という程度の感想だったのですが、このトリビュートアルバム聞いてたら、その場面って、こんな感じだったのかな、という気が、少ししました。
一方で、元基先生(東京外国語大学英語学科卒で、英語の先生)が歌ってるのは、自分が知らない単語が聞き取れない、ということはあっても、英語だなぁ、とは思うのですね。英語に聞こえてこない人との違いとして、CD聞かずに歌詞カード見たときに、ああ、こういう歌詞だったのか、と、ちゃんと歌えます、元基先生が歌ってる歌は。要所要所で自分が聞き取れる音だけ拾ってたのを、歌詞カード見て、間を補完できる感じというか。

日本語の柔らかい響きというのはいいものですが、外国語をやるときには、息、唇、舌の使い方が全然違うのだ、ということを意識してかからないと、なかなか違う音に近づいていけませんね。で、本日の子どもたちの英語活動といえば、ねぇ・・・。先生の発音以外の音を聞く場面は作られているのだろうか・・・。
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by mmemiya | 2013-02-16 21:59 | 日々雑感 | Trackback | Comments(5)

ことばの発達の謎を解く 今井むつみ

娘の学校の宿題で、生まれてから今までを振り返るための写真が何枚か必要になった。
データがあるだけでプリントしていない写真というのがけっこうあって、その中から娘が選んだものを、急いでプリントに持っていった。10分ほどかかる、と言われたので、同じショッピングセンターの中の書店に行ってみると、今井むつみさんの本が目に入った。
あー、やっぱりこれだから、たまには本当に本屋に行かないとねぇ。ちくまプリマー新書の一冊で、1月に出たものらしい。

今井さんの本で読んだことがあるのは、岩波新書の「ことばと思考」だけですが、そちらも読み応えがありました。そしてこの本は(って、まだ読みかけなんだけど)ちくまプリマー(中高生向け)だけあって、より平易に、読みやすく書いてある。(中学生にはちょっと難しいかも・・・。)だからといって、内容は手抜きじゃなく、最新の知見が盛り込んである。
内容が、赤ちゃんがどうやって言語を習得していくのか、に絞り込んであるのですっきりと読みやすく、そして飽きさせない。飽きないということは、つまり、子どもがことばを習得していく過程が、いかに複雑精緻なものであるかの証左でもある。「はじめに」を読んだだけで、わくわくしてしまう。
<多くの人は、「単語の一つ一つの意味は、他の単語と独立に(つまり無関係に)覚えられる」と思っています。例えば、いくつかの自動車の例と「クルマ」という音が結びつけば、自動的に「車」ということばの意味が理解できる。あるいは赤い花や赤いシャツ、赤鉛筆を「アカ」という音と結びつけることを覚えれば、「赤」という単語の意味を覚えたことになると思っている人は多いのではないでしょうか?本書を読むと、この考え方も誤解だということがわかっていただけると思います。>ええっ?違うの? と、これはもう、読まずにはいられますまい。

欲を言えば、冒頭の、音素をカテゴリー化していくあたりなど読んでいると、バイリンガル環境の赤ちゃんの場合はどうなんだろう?などと思うのですが、それを著者(認知心理学者)に要求するのはさすがに無理ですわね。
ああ、こういう本を読んでいると、自分の子どもがもっと小さかった頃のことばをきちんと記録していなかったことが悔やまれます。ま、真っ最中にはそんな余裕は実際にはなかなかないんだけどさ。

そういえば、今度の小学校授業参観、娘のクラスは英語活動で、親も一緒に買い物ごっこ、らしい。息子のクラスは将来の夢の発表らしいんだけど。英語活動かぁ・・・授業参観でそんなことやらなきゃならん先生方もご苦労様なことです。今日、ひょんなことからうちの県の教員採用案内見てたら、今、小学校教諭の実技試験には英語もある!全然知りませんでした。いつからだろう。でも、多くの小学校の先生方は、教員になったとき、まさか自分が英語の授業をやらないといけなくなるなんて、想像していなかったんじゃ・・・。娘の担任なんか、子どもたちに、「○○くんの方が発音がいい」(○○くんは、多分英語を習いに行っているお子さんと思われる)とか言われているらしい。気の毒に・・・。で、教えてる内容がちゃんとサポートされてるか、といえば、かつて息子の授業参観で間違った文法の英語が教えられているのを見て以来、内容面のサポートについても、私は深く先生方に同情しています。そしてそんな環境で英語とやらをやらされる子どもたちもだな。「めいあいへるぷゆー?」だの「はうまっち?」(娘がこの通りのカタカナ発音で授業内容を説明してくれました・・・)だのやるより、なんぼかいい異文化学習のやり方ってありそうなもんなのに。
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by mmemiya | 2013-02-06 22:08 | 読んだ本 | Trackback | Comments(2)

まだまだ梅雨は明けません

この夏、うちの子どもたちの目標?は、御嶽山登山に連れて行ってもらうこと、である。
娘は、一月ほど前から、そのために毎朝、家の周りを走って(大した距離じゃないけどね)『自主トレ』をしている。(息子はそれより前から、野球を始めた関係で、やっぱり朝、ランニングその他の自主トレをしてます。でも、起こすのは私だけど!)

で、土日のうち、野球の練習がない唯一の日である第三日曜日、夫の発案で、練習のために近くの山へ行くことになっていた。(600メートルちょいの山です。)
またしても、ドリルをためていた息子も、なんとか連れて行ってもらえる程度にドリルを片付け(あと、計算ドリルが6つ残ってるはずだが)しかし、朝から、雨。

それでも、9時近くなって雨は上がり、一応、夫は気象台のHPで天気図なども確かめて出かけたのだが(私はお留守番)、やっぱり、途中、けっこう降ってきてしまい、あー、こりゃあっちも降ってるよなーと思ってたらやはりそうで、残念ながら途中で「撤退」してきました。今はまた晴れてるんだけどね。びしょぬれで帰ってきましたよ。

私は、皆を送り出してから家をちょっとだけ片付け、そして、ちょうど届いた高山なおみさんの「フランス日記」を読んでました。とある、いつもこっそり読んでいる(コメントとか残したことない)ブログで、高山さんのじゃがいも料理の本が強くお勧めされていて、そんでもって、そのじゃがいも料理の本をアマゾンで探していたら、この「フランス日記」は、そのじゃがいも本の取材旅行記、ということで数珠つなぎで出てきたのだ。
しかし、なんか、読んでて微妙にきつい。途中の、ご夫君と険悪になるくだりとかも、ちょっと、旅先でまで喧嘩しなくても、と思ってしまうし、なんか、全体のトーンとして、そういえば私は高山さんのエッセイって、無条件で受け付けるほうじゃなかったかも、などと、読み出してから思い出す。(「諸国空想料理店」ぐらいしか読んだことないはずなんだけど。)そういえば、レシピ本も、立ち読みしたことはあっても、一つも持ってなかったような気がするぞ(おい)。どのあたりが自分に違和感があるのか、は、もうちょっと何度か気合を入れて読み直さないと言語化できない感じなのですが・・・。まぁ、夫婦間で「スイセイ」「みい」と呼び合っておられることは他人がどうこう言うことじゃないが、それをそのまま書いちゃうのは、私にはちょっと抵抗のある感じではありますな。

まぁ、それ言ったら夫婦間で険悪になったってことをそれもそのまんま書くのはどうなのかというのが、これ読んでての違和感の素かもしれない。異国で、碌に言葉が分からないところを二人だけでまわってると、険悪になるってこと自体は理解は出来るけどね。

と言いつつ、私は割と、片言なりと通じるところしか旅行経験がないので、そんなにきつい思いをしたことはないんだけど、そういえば、生まれてはじめてのパリ旅行のとき、メニューがやっぱあまり読めなくって(高山さんのこの本にも、メニューで苦しむ場面が何度か出てきます。買い物はねー、欲しいもの指差せばいいけどねー。)、なんか、「卵」って書いてあるぞ、と注文したら目玉焼きだった、という、とほほな記憶があります。最近、当時の旅行記がなぜか出てきた。そのうち、なくさないようにブログにアップでもしておくか、って、このブログスペースだって、別に私のもんじゃないんだけどね。(あと、その翌年のイギリス旅行記も出てきた。ティンタジェル城とか、アーサー王関係の趣味に走った旅行です。フィンランド・アイスランド旅行記はどこへ行ったんだ?)

あー、母と妹と香港へ行ったとき、ガイドブック(なんかとんがった本だったな。どっかの女性誌が出してた・・・なんだっけ。)に載ってたレストランに電話しても誰も出てくれず、出かけていったらだいぶ待たされて、しかも地元の人らしい人が次々先に通されて、いつになったら座れるんだ?と質問したけどイマイチ相手の答えが理解できず・・・という経験はありました。最終的には食事できたけど。で、メニュー貰ってしまえば、漢字だから想像できるところはあるよね。

自分の知らない言葉を、片言レベルといえど、あやつれるようになるというのはけっこう大変なことではあります。旅行前に、旅行会話本みたいなのを買ってみたところで、とりあえずの挨拶程度は覚えられても、相手の言葉を聞き取るなんてとても無理だし、定番のやり取りみたいなのを暗記してみたって、相手が本の通りに返事してくれる保障はないし。
ハンガリーには何度か行ったので、白水社のエクスプレス・ハンガリー語を買ってみたのですが、筆記用具も持たずに「これ、おいくら?」ってハンガリー語で聞いて、返ってきた言葉がさっぱり分からないなんてことがあったなぁ。それなら、世界のかなりの地域で通じそうな「はうまっち?」にしておいた方がなんぼかマシでは、みたいな。あの本で覚えてハンガリーで役に立ったのって「水道水ください」ぐらいかもしれん。(ハンガリー語では、目的語が特定のものであるかどうかで動詞活用が変わる、つまり、「私は本を読むのが好き」の『読む』と、「私は高山なおみの本を読む」の『読む』は語尾が違う、なんてのを習うページで、水道水~の例文があったような気がする。)
そういや、前記の香港旅行の前にも、エクスプレスよりもっと簡単な広東語会話の本(音源つき)を買ったのだけど、高級ホテルのレストランで、十分英語が通じる場所にも関わらず、一度使いたい、と、覚えてきた「トイレはどこですか?」を使ったら、相手の方が、「ああ、分かりました!」と日本語で返事してくれて、で、発音練習してくれました。

とまぁ、とりとめがありませんが、そろそろ、昼寝してる子どもらを起こして、ピアノの練習させなきゃ、かな。息子はまだ、計算ドリル終わってないし!(今朝、山へ行くつもりだったのもあって二人とも5時半起きだったので、よく寝てます。)

そうそう、最近、このブログへの検索語で、たまに「梅酒 1ヶ月」ってのがあったので思い出し、夕べ、一年前につくった梅酒をちょっと飲んでみました。1ヶ月の頃のえぐみは全然ないです。小梅なので梅酒にはどうかなー、と思ってたけど、それなりに梅の風味もして、悪くなかったです。アルコール度が決して低いものじゃないので、あんまり夫は飲めなさそうだけど。炭酸(もちろん、甘くない奴)で割ったりするといいのかな。夏の夜に、たまには飲んでみよう。基本、家飲みの習慣がない我が家では、ちっとも減りそうにないから(笑)。
たまに、夕飯食べてから、買い忘れのものを買いに車出したりすることもあって、飲むときって、今日はもう運転しないぞ!という確信が必要なのもある。この間、夫とこっそり平日ランチに行ったら、飲み物欄に10年みりんの「福来純 古々美醂」ってのがあって、ここの3年みりんはずっと使ってるけど、10年?飲んでみたい!と思ったけど、その後、運転しなきゃならない用事があったので涙を飲んで諦めた・・。(代わりに「自家製炭酸水」を頼んでみたら、最初の一杯は美味しかったんだけど、すぐに炭酸が抜けちゃったようでちょっと残念でした。食事にはペリエはちょっと・・・で、バドワかサンペレグリノが好きですが、さすがに和食の店に、そんな異国の炭酸水は置いてありませんでした・笑)。古々美醂、ネット通販で買えるみたいだけど、うーむ、どうしよう・・・。
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by mmemiya | 2012-07-15 15:04 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

ことばを使いこなす

昔から、「ことば」というものへの思い入れが深くて、得意な教科は国語と英語(学校では、ね)で、高校時代の愛読書は「なんで英語やるの」(中津燎子)と「私家版・日本語文法」(井上ひさし)で、あげく、外国語学部なんつー、「そんなところへ行って卒業後、なにやって食ってくんだ」(父は「つぶしがきくから」と、私を法学部へ進ませたがっていた)みたいなところへ進学した私ですが、残念ながら、日本語以外の言葉が堪能になったことはありません。大学で、フランス語は発音から文法まで一通り習ったし、講読じゃパスカルのパンセなんて読まされてたにも関わらず。(で、パンセの次はジュールヴェルヌの月世界旅行でした。どういう選び方なんだろう。)

必要に迫られなかったから、というのは単なる言い訳で、要は努力不足な訳ですけど、ことばの習得に、才能ってどれぐらい関係するんだろうか、あるいは全く関係ないんだろうか、などと、たまに思います。

「なんで英語やるの」の中で、中津さんに英語を教えた日系二世のアメリカ人男性は、確か、語学に才能なんて関係ない、と言っていたような。「アメリカではベビーでもきちがい(多分、今、出版しようと思うとこの用語は使えないでしょうが)でも英語をしゃべる。」って、で、彼の両親である日系一世の英語が不十分なのは、適切な訓練を受けなかったからであって、才能は関係がない、と。

確かに、大抵の場合、ひとは母語については十分使いこなせるようになるわけですから(細かいこというと、作文能力とかは大人の間でも差がありますけど、それは言語能力の問題というより論理的思考力とかそっちの問題になってくるかな)語学は才能とは関係がない、というのも真実ではあるのでしょう。

ですが、同じ言葉を母語とする人の中でも、ことばを使いこなす能力に多少の得手不得手はあるように、あるいは、運動能力やら数学の理解力やらにどうしても差があるのと同様、語学習得も、やはり、得意な人、不得意な人はいるように思います。不得意な人がある程度の語学運用力を身につけようと思うと、得意な人よりもっと努力が要るんじゃないかな、みたいな感じでしょうか。
特に、大人になってから、全く違う音韻体系のことばの音を身につけようと思うと、耳の良さ、みたいなものも影響するかなー、とか。
もっとも、私自身は、大した英語力もフランス語力ももたないために、同胞の英語力やらフランス語力やらをあまり判断は出来ないのですね。私の耳には素晴らしい発音、と聞こえていても、その言葉を母語とする人が聞いたら違和感があるってこともあるかも。ただ、同じように大人になってからフランス社会で暮らし始めた日本人で、フランス語を使ってフランスで働いて生活している人でも、すごくカタカナ発音の人と、そうでない人はいたなー、と思い出します。

まぁ、発音以上にわからないのが、表現がその場にふさわしいものになってるかどうか、ということで、結局、「外国語を上手に使いこなせている人」と言って思い浮かぶのは、私の場合、日本語を上手に話す外国人ばかりってことになります。

私がフランスへ行く前にしばらく通ったベルリッツで、フランス語を教えてくれた人はカナダ人でした。ベルリッツは基本的に、一人の生徒がたくさんの講師から習う、という方針を持っているらしいんですが(いろんな人の発音やら言葉遣いの癖やらに慣れさせるためとか)、当時、そこでフランス語を教えている人は一人しかいなかったので、フランス語は一年ずーっと同じ先生でした。育った家庭内では使用言語はフランス語だったけど、テレビは英語の方が面白かったから、英語のテレビばっかり見てて、英語も話せるようになった、とかいう先生で(まぁもともと、英語も十分入ってくる環境なんでしょうかね、カナダだと。幼稚園も英語の幼稚園に行った、とも言ってたような。)、同じベルリッツで、英語のクラスも担当してたので、英仏バイリンガルの先生だったんでしょうね。たまに、英語のクラスから引き続いて私のレッスンに来て、うっかり「Exactly! あ、ちがった、 Exactement!」とか言ってるときがありましたっけ。
ベルリッツ、授業中、日本語は使用禁止なんですが、実はこの先生、日本語も達者で、ま、だから「あ、ちがった」とか言ってたわけですが、授業中、たまに、「そうそう、そんな感じ」とか、日本語が混ざってました。(ま、私のフランス語が初級レベルだったせいもある。)日本語のアクセントには癖がなく、綺麗な発音で、それもやっぱり、テレビで覚えた、と言ってましたっけ。高度な敬語の使いこなしとかになるとどうだったかは知りませんが、日常生活の日本語にはまったく不自由してなさそうでした。雑談で聞いたけど、電話で「鈴木と申しますけど○○さんいらっしゃいますか?」ってやったら外国人とはばれなかったそうです。だから、トリリンガル、って言えるんですかね。日本語は成人してから身につけたはずなので、「大人になってから始めたから外国語できない」なんて言い訳は通用しないよなー、と、この先生を見てると思ったものです。読み書きがどの程度できるかは聞いたことないけど。

フランスで知り合った、当時、パリの商工会議所で日本関係の担当をしていた男性も、発音含めて、相当、日本語がお上手でした。高校時代とかはドイツ語やってた、とおっしゃってたので、日本語習ったのはそれより後ですよね。初めて一緒にお昼を食べたとき、ずーっと日本語で会話してて、私が、ここはフランスなのに申し訳ない、みたいなことを言ったら、「じゃあ、デザートがきたらフランス語にしましょう」って言われたんですよ。
そんで、デザートがきてフランス語に切り替えたら、彼が「なんだ、意外にフランス語話せるじゃないですか。もっと全然駄目かと思った」と言った(これは日本語での発言)のは強烈に覚えてます。この人についても、日本語での読み書きの方がどうなのかは聞いたことないんですが・・・。(たまに貰うメールやファックスは全部フランス語だったので。そういう連絡文書は本人じゃなくって秘書が打ってたと思う。)

この間、ちょっと探し物をしていたら、Ustreamで、ちょっと面白いものを見つけてしまいました。
私が海外旅行をよくしていた頃って、今ほどインターネットとか普及してなかったので、政府観光局ってのは、旅行前の資料集めに色々お世話になりました。帝国ホテルの中にあったのって、北欧のどこの政府観光局だっけ?
どうでもいいけど、日本って、よその国に「政府観光局」っつーのを置いてないのは、やっぱ、観光に力を入れてないってこと?ま、JNTOがそういう役割をしてるってこと?と思って、今、検索したら、なんと、JNTOの通称が「日本政府観光局」になっていた。2008年からですと。ちっとも知らなかったわ。

で、このUstreamの番組が何か、というと、日本にある、よその国の政府観光局の人が、色々と自国のPRをしてらっしゃるんですが、第一回から第三回までの皆さん、とても流暢な日本語をあやつっておられます。異国で仕事をする、というのは、そりゃまぁ、こういうレベルを要求されるんだろうな、と思いつつ、この人たちが日本語を習ったのは何歳からかしら、どうやって勉強したのかしら、とか、色々と興味は尽きることがありません。
(ちょっとネット検索すると、第一回のベルギーの方は日本在住20年以上とか。あと、第三回のクロアチアの方は、お母様が日本の方で、小学校1,2年の頃は日本にいて・・・とか、番組冒頭で話してらっしゃいます。第二回のハンガリーの方も、お母様は日本の方ですね。15分20秒前後で、「発明ではなくて開発って言った方が正しい日本語だと思いますけど」と、進行役の日本人男性の発言に突っ込んでいる・・・。)

とはいっても、こういうのを見て、私もがんばらなきゃ!とか発奮するわけでは全然ないのが情けないですが(笑)。

ワッシーの観光局の中の『人』
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by mmemiya | 2012-07-12 21:51 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

Women's Talk

土曜日。古い友達と、久々の夕食。
6時の予約で、確か8時ちょっと前にはデザートにたどり着いていたのだが、そこからも延々話しこんで、とうとう、お店の方が「お話が弾んでいらっしゃるようなので、コーヒーか紅茶なら無料でサービスいたしますが・・・」とやってきたほど。ちゃっかり紅茶貰って(その前に、デザートと一緒にエスプレッソ飲んでるのよ)、9時までいました。ははは。フルーツトマトの冷製パスタ(カッペリーニ)がおいしかった。
まぁ、何話してた、っつって、他愛もない話ばかりですが。毎度ながらそういうもんです。お互い40も過ぎて、いやー、体のあちこちが弛んできてるわねー、でも、ここで諦めてはいけない気もするしー、とかさ。
私よりも相当華奢な彼女ですが、やっぱり、スタイルってのは変わってくるものらしい。私自身、体重自体は学生時代とめちゃくちゃ変わってるわけじゃないのに、この三段腹の肉はどこから来た??このでかい尻の肉はどっから??とか思うもんなぁ。(あー、あと、デコルテが削げますね、これは最近、富に感じる。ワコールショップへ行けたとしてもサルートの客ではなくラゼの客にしかなれないだろーなー、という。)

しかし、私と一緒にしては失礼かもしれないが、私も彼女も、別に昔から、お洒落で鳴らした、というタイプではなく、むしろ、服装にしても髪型にしてもメイクにしても平均よりけっこう地味な方だと思うんですよ。そんな私たちであってすら、40過ぎてなお、「まだすべてを諦めておばさんになってしまうのは早すぎるのでは」とか思ってしまうのが昨今の日本。私でこれなら、昔からお洒落だった人たちはどれほど頑張らされているのだろう、と、ふと思ってしまったりする。(まぁ、エステだの美容整形だのサプリだのの広告がこれだけ世にあふれかえってるのも納得だよね。)美魔女だの10歳マイナスのなんちゃら・・・だの、このさき、何歳までこれで煽られ続けるんだろう?

ところで、酒井順子の、この間も触れた「おばさん未満」とか、「駆け込み、セーフ?」とかのエッセイって、われわれのこういうおしゃべりを本の上で開陳したみたいなもんだと思うんだけど(酒井女史はガールって年でもないけどガールズトーク、と書いてた気がするが、さすがに私は自分をガールと名乗るほどあつかましくはなれない、ってことでタイトルのようなことになるわけよ)ただ、私、女友達とシモネタ話をするって経験がないもんで、いったい、女同士でのそういう話って何をするんだろう?と、そこだけは読んでて謎。
この話については色々書きたいこともあるのだが、書くと長くなりそうなので、ひとまずここまで。土曜は朝から子どもの科学教室、ピアノ、眼科受診、そしてディナーとあっという間に終わり、今日は今日とて朝から子どもに宿題やらせて夫の実家に行って昼食べてピアノのグレードテストに連れてって買出しに行って夫の実家に戻ってご飯作り手伝いして食べて帰ったら、ホント週末、あっという間に終わってしまった・・・って、なんか毎度言ってるな。

P.S. Noriさま、あいまいだったので調べなおしました。フランス語では夜の8時の場合、「8時半」か「20時30分」だそうです。(「8時30分」だと午前中しか指さないらしい。)「半」はet demie ですね。
ついでに言うと、「15分」のは見せていただいてませんので既に使用済みかもしれませんが、ここは「15」じゃなくquart「4分の1」を使うのがフランス語としては自然な気がします。et quart  と、「45分」の時は moins le quart。なんで後の例にだけ冠詞が必要なのかは不明。
おお、12時はmidiで24時は minuitとか、こうやって考えると、時間表現も奥が深いなぁ。
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by mmemiya | 2012-03-04 22:23 | 日々雑感 | Trackback | Comments(2)

チョコレート・クラウド・ロールと最近の購入本。

結局、日曜、夫の実家から帰ってきたのは8時30分近く。子どもらを風呂に入らせて寝かしつけてから、ケーキを焼きました。そんでもって、娘が生チョコ作りに使った残りの生クリームを月曜に泡立て、前日焼いておいたケーキにそれをのせて、巻いて、「チョコレートクラウドロール」なるロールケーキの出来上がり。
沢雅子さんの「キッチンで逢いましょう」のレシピによるものです。見た目はちょっとイマイチでしたが、ま、味は良かったのでよしとしよう、って、私のケーキってそんなんばっかだな。そういや、娘の生チョコキットに入っていたココアパウダーが余ったので、このロールケーキの方にも使わせてもらった。

ところで、このレシピでは、卵が6個、とか書いてあって、チョコもその量で用意したのですが、作り始める前にもう一度見たら、「天板2枚分」のレシピでした。4人家族でそんなに作ってどうする、ってことで、全部、半分にして作ったのですが、おかげで、明治の「チョコレート効果 95%」って奴が余っちゃいました。
本当は、レシピでは「カカオマス」だったんだけど手に入らなかったもので、代用したのが、カカオ分95%というこの商品だったわけです。天板2枚分なら、ちょうど使い切るぐらいだったんだけど・・・これ、どーしよっかなー。このまま食べても甘くないもんだしねー、うーむ。

仕事場には、バレンタインを口実に、近くだけど一度も行ったことなかった、お洒落系ケーキ屋さんのチョコレートを買ってみて、みんなで食べてみました。なかなか美味しかった。お値段も立派でしたが。マカロンも美味しい店らしいけど、マカロンは消費期限が短くてね。いつかまた買ってみよう。

「キッチンで逢いましょう」は、アマトリチャーナは作ったけど、実はあまりまだレシピを活用していない。魚介類用のトマトソースを作りたいな、今度は。

レシピ本といえば、キッコーマンの「豆乳レシピ」なんてのも買ってしまいました。本の表紙が、紀文の豆乳のパッケージそのまんまで可愛いのです。っていうか、いつの間にキッコーマンになっていたのだ、紀文。ちっとも知らなかったよ。
タニタ食堂からこっち、なんか、社員食堂とか、社員がお勧めとか、そういうの、増えましたねぇ。北海道の給食本も、気になるといえば気になるんだけど・・・。

最近買った本の中では「長所活用型指導で子どもが変わるPart 3 認知処理様式を生かす各教科・ソーシャルスキルの指導―小学校中学年以上・中学校用」が、前評判どおり、すごく使えそうな感じ。
うちの息子、継次処理が苦手で、かなりの同時処理型らしいので、がんがん参考にするつもり。先日、「漢字がたのしくなる本」なるものを買ってみたのだけど、深く考えてのことではなかったんだけど、多分、これ、すごく息子向きなんじゃないか。まぁ、今は平日は学校の宿題で精一杯なので、まだ読む時間が余りなさそうなんだけど・・・。

そうそう、本といえば、ここんとこ、自分用にフランス語の本もちょっと買ってしまいました。何を今更・・・って感じではあるのですがね。フランス語使うあてがあるわけでもないんだけど・・・。でもなんか、フランス語に関しては、客観的にどのくらい出来る、とかいうのをいっぺんも測ったことないし、仏検とか目指してみてもいいかも、なーんて。(それより2級どまりの英検をなんとかすべきか(笑)。2級とったの高校2年だっけ?20年以上前かよ・・・。)
本日届いた「コンヴェルサスィオン-中級フランス語会話へのステップ」なる本、ぱらぱら見て、なーんだ、簡単じゃん、買うほどじゃなかったか、などと、最初は思ってしまったのだが、よくよく見て考え直しました。帰りが遅かった娘に母が言う「連絡ぐらい出来たでしょう!」みたいな台詞とか、そりゃ、読めばちゃんと理解できるんだけど、自分がさらっとこういう時制を使いこなしてしゃべれるか、って言ったらしゃべれんよなー。しゃべるとなると、私は多分、現在形と過去形2種類(フランス語には、「××した」みたいな、いわば動作に関する過去形と、「××だった」みたいな、状態に関する過去形の2種類があるので。)と未来形ぐらいしか使えない。このテキストぐらいにしゃべれたら、多分、相当、表現力あるってことになるんじゃないかなー。

来週、3泊4日の研修に出かけるのですが、食事を自分で作らなくてもいい!という夢のような(笑)生活で、夜は相当、自分の時間があるんじゃないかと思うので、さて、何の本を持っていくか物色中・・・。あんまり重いと荷物になるだけだしなぁ・・・。

そうそう、娘が「パソコンの日記に書いておいてね」というので覚書。日曜は、毎年恒例の某神社の餅撒きに出かけましたが、私4個、娘8個、息子7個、夫8個という結果でございました。息子は、手に握っていた餅を2個も!大人に持っていかれた、とか、頭たたかれた、とか色々悔しがっていましたが、まぁ頑張った。娘と私は櫓の裏側にいたのだけれど、私の数の少なさは、「あそこ!あっちも!」と娘に指示ばかりしていた結果、ということにしておこう(笑)。
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by mmemiya | 2012-02-14 23:12 | 日々雑感 | Trackback | Comments(0)

何歳の英語?

今週は、娘小1のクラスにも、息子小3のクラスにも、AETの人が来る英語の授業があったよう。

うちの子らの通う小学校は、小1から定期的に英語の授業があって、私はそれに懐疑的であることは前々から何度か書いているのですが、二人とも、トム先生(仮名)の授業は楽しかった!と喜んでいる。
まぁ、はっきりとした害がなければ、放っておくよりしょうがない、とは思っているのですが(まさか、英語の授業が厭で市外へ引っ越すというわけにもいかん…)娘が「ほわっちゃねいむ?ってやったんだよ」と話すのを聞いて、また色々考えてしまいました。

大人になった私たちが、英語をしゃべる場面でWhat's your name?という表現を使う機会って、あんまり想像つきません。事務的にいっぱい名前を聞かなきゃならない仕事に就くとか…?うーむ。(事務的に流すならYour name,please.でいいかもしれんしな。)

で、What's your name?の丁寧さ、ということについて、ちょっとネットを彷徨っていたら、これを「子どもっぽい表現」と書いてあるところがあって、そうか、と膝を打ったのですね。

確かに、アメリカの小学生に日本語を教えるとしたら、私も「失礼ですが、お名前はなんとおっしゃいますか?」なんて言い回しは教えないかもしれない。うちの子だってそんな言い方、まだできんな。そういや息子がときどき「○○してくださった」という言葉を使いますが、正直言って、会話の中でそこだけ浮いてる感じはします。
今日も、ピアノ教室行って帰ろうとしたら、教室に上がっていく階段(ある家のガレージの上にあるスペースが教室になってる。そのおうちがカワイに貸してる訳ですね、場所を)に立てかけておいた私たちの傘が傘立てに入れてあって(きたときには傘立てはなかったんですが)息子が「ここの家の人が入れてくださったんだよ」と言ってましたが、普段の会話のレベルとちょっとずれてるので、間違った日本語じゃないけど、妙な感じです。

で、話戻して、多分、小1や小3がお互いに「What's your name?」って言い合ってるのは、そう、おかしいことじゃないんだろう、と思えるんですね。だからこそ、AETが来たってやってるんでしょう。(先生が生徒に尋ねる、って場合も別におかしい表現じゃないし。逆だとあれだけど。)小1が学ぶ英語は7歳の英語、考えてみたら当たり前。
で、小学生で小学生の英語表現を習い、中学生で中学生の英語を習い、高校生で高校生の…それを、大人の英語にする機会って、普通に日本の中で暮らしてたら、多分、そんなにないんですよ。そこがすこーんと抜ける。で、結果として、ある意味で「(大人の)英語が話せない大人」が出来上がる、そういう側面もあるなー、これ、と思ってしまいました。
英会話教室なんてのに行ってても、いざ、ビジネスで英語が必要となったら、ちゃんとそういう目的を明確にして習わないと、「友達を作る」英語しか習わずに終わっちゃう可能性だってありますからね。
小学生から英語を習えば、英語を話せる日本人が増えるかも、っていったって、どういうレベルの英語が話せるようになるかって視点も要るよなー、などと思ったことでした。

そういや、これは又聞き、というか又読み、だが、デーモン閣下(が最新の芸名の筈。)が、自分はニューヨークの小学校へ行っていたからそれなりの発音は出来るけど、子どもの英語しか話せないので、今、自分が英語をしゃべっていると、ネイティブスピーカーが見れば、しゃべり方が子どもみたいなヘンな奴と思われるだろう、ってなことを言ってたそうで。
あ、こちらのブログ(Sweet Heart日記)ですね。

…やっぱ小学校から英語教えりゃ英語ペラペラになる、とか、簡単なもんじゃないですよ、言葉って、ね。
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by mmemiya | 2011-06-18 20:47 | 子育て、子育ち | Trackback | Comments(0)